84日目
84日目
出発して13日が過ぎた。
移動距離はファハーンから500キロ近くである。隊商のメンバーは途中で抜けたり、加わったりしながら、多少数を減らしている。
今は自操車160台ほどだろうか。
護衛は当初のメンバーとほぼ同数。戦闘士は途中で2人増えている。
関所をいくつも越え、有力な遊牧民の部族に金を払い警備をしてもらったりもする。ちなみに金を出さない場合は、その部族が盗賊となって襲うのである。このあたりでは、それは黙認されているし、ある種の権利としても捉えられている。
東部の治安はファハーン地方と比べて悪い。
距離的な問題によって帝国の治世はある程度分権的にならざるを得ないが、このあたりでは近年のモング族の侵入によって、地方政府の統治に多少の揺らぎが生じているのであった。
伊勢とアールの状況はあまり変わってはいない。戦闘士仲間とレイラーとアミルの店の番頭であるホスロー、そして何よりアールの明け透けな人柄で怖れは随分と除けてきているようだが、長であるエスファンの態度が変わっていないために、隊商にとってアールは未だに「異物」であった。
伊勢はアールと共に数キロ先に先行し、斥候をしていた。この任務には伊勢達は最高のコンビだ。
街道近くの岩山の裏を見て、何事もない事を確認するとタバコをとりだして、アールにまたがったまま一服した。二人っきりでタバコを吸って、ゆっくりと一服できたのは久々の事だった。実に旨い。
「アール、なかなか上手くいかないなぁ…」
伊勢は思わず愚痴ってしまった。言った後に少し後悔した。
「そうですね相棒。でもボクなら大丈夫ですヨ。ケセラセラですヨ」
「そうだな、ケセラセラ、だ」
そう言って、少し笑い合う。少し乾いているけれど、笑えば力が出るように人間の体は出来ている。
伊勢は笑いながら、そのとき何か違和感を感じた。妙に不安になった。
「アール、なんか変な感じしないか?」
「ボクは何にも感じませんよ?周り、もう少し確認してみましょうか?」
「ああ、そうしよう。そうだな…あのワジ(水無川)を見てみようか」
「はい、相棒」
アールはバイクの各所を変形させてオフロードもどきになった。いつ見ても実にチートである。
道を降り、200mほど走って、街道に平行して走る小さめなワジの近づく。街道が無い頃は、このワジの中が道路として使われていたんだろう。
そのまま徐々に近づくと、―バンッーヒュッ
弓弦の鳴る音がして矢が飛んできた。ヘルメットをかすめて飛び去る。
「アール!!」
「はい!!」
伊勢はアールの補助を受けながらアクセルターンすると街道に向かった。後ろからは馬蹄の音が聞こえる。
街道に戻って後ろを振り向くと、ワジから続々と馬が飛び出してくるのが見えた。賊だ。
「アール、規模を確認するぞ!」
「はい相棒!」
50キロほどの速度でわざと相手に追わせながら、大体の賊の規模を確認する。おそらく150くらいであろう。多い。
隊商は既に賊に発見されている。逃げる事は不可能だ。こちらには戦闘士も多いし、魔法師もいる。…犠牲がゼロとは行かないだろうが、何とかなるかもしれない。
「よし、戻ろう」
「はい」
150キロ程度まで速度をあげて戻る。2分もせずに本隊に着いてしまった。
「敵襲!!敵襲!!前方に盗賊!数は150騎! 300を数える頃にこちらに着くぞ!!」
伊勢のあげた声に騒然となる。
自操車を街道の両側に停めて全員が弓と槍を用意する。両側の自操車を盾にしながら戦うのである。
伊勢は護衛長のゴバードに敵の状況を急いで説明した。時間は無い。
「アール、レイラーの所に」
「はい」
レイラーのもとに走る。全てが非現実的な夢のようだ。
「レイラー!」
「イセ!アール!」
レイラーは隊の中ほどにある自分の自操車から飛んできた。
「レイラー!自操車に戻れ!背中に注意しろ!自分の身を守れ!…御者!レイラーを守れよ!」
伊勢とアールは言うだけ言って、先頭のゴバードの所に行くとアールの変身を解いて、二人そろって弓を構えた。
すでに賊の馬が目で見える距離にいる。土煙が上がっている。
アールが撃ち始めた。非常識な鉄の強弓ならではの射距離だ。
一射…外れた、二射…馬を射て落馬した、「撃て!!」ゴバードの号令と共に、三射目で互いの矢が飛び交い始めた。伊勢も撃つ。
馬は速い。
見る見るうちに接敵した。
賊は街道の両側をかけ抜けながら、街道上の隊商を騎射で射ていく。遊牧民だけあって、騎射が抜群に上手い。
―カツッ ―カッ
先頭で弓を射る伊勢のヘルメットと胴体に強く矢が当たったが、メットの曲面とFRPの鎧にはじかれて無傷だ。さすがアールと親父の合作だ。
―ヒュン
伊勢の射た矢が賊の腿に当たった。そのまま落馬した賊を誰かの矢が射抜いた。
アールは先頭に立って、順調に敵とその馬を射ぬいていく。
人間の胴体に当たれば殆どそれで終わりだ。彼女の矢は槍を突き刺されるようなものである。
何本もの矢をくらっても全てはじき返し、気にするそぶりすら見せない。ひたすら、射る。
賊が隊商の先頭を通り過ぎる。伊勢は後ろを振り返った。
賊はそのまま隊商を通り過ぎ、一度隊をまとめた。
「後方から突撃してくるぞ!!備えろ!!」
ゴバードが叫びをあげ、後ろに向けて走っていく。彼の物静かなイメージもこれまでだ。
伊勢もアールも後方に走る。人型では足の遅いアールは、伊勢に少し遅れた。
斜行突撃。後方から斜めに幅広く一丸となって突っ込んできた。
乱戦になった。
後は槍と剣だ。
自操車に駆けあがって、荷台から槍を馬上の敵に突き出した。胸の奥までまっすぐに刺さって、敵は落ちた。
馬を止めていた、すぐそばの敵に槍を繰り出す。股に刺して引きずり下ろすと、味方の誰かが頭を殴って殺した。
下馬している敵がいたので、上から槍を頭に振りおろした。肩に当たったがそのまま倒れて動かなくなった。
ふと上を見ると、レイラーが飛んでいた。
いい弓の的になるが、矢は皆そらされていく…魔法だ。
飛びながら相手をどんどん魔法で叩き、落馬させ、気絶させていく。強い。
敵の一人が馬上から飛んだ。レイラーに向けて槍を振り回す。
槍はそらされながらも彼女の足に当たった。レイラーが集中を乱して空中を大きく斜めに滑って落ち、赤土の地面に転がった。
賊が何騎かそれに向かおうとする。
「レイラー!!」
伊勢はレイラーに向けて走った。彼女に槍を向ける一騎に、下から斜めに突きだした。刺さらなかったが打撃により落馬したので、石突きで突いて昏倒させた。
レイラーは何とか立ち上がったが、まだ飛べない。また一騎が彼女に向かう。
伊勢は槍を投げつける。運よく上手く相手の喉元に刺さった。もう一騎が突進してくる。
夢中で駆けよって、そのままレイラーを突き飛ばした。
伊勢の体は馬に跳ね飛ばされて転がった。
そこで伊勢の戦いは終わった。
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相棒が槍を振るっていた。必死だ。
アールも必死に走る。
バイクの時はあんなに早いのに、なぜ人型だとこんなにも遅いのか…イライラする!
走りながら鉄の槍を振るう。相手の体の何処でもいいから勢い良くぶつけて壊していく。
防御はいらない。
相手の矢も槍も剣も、アールの体を完全に破壊する事は出来ない。
振る振る振る。どんどん振る。
早く相棒の近くに行かないと!
背中を守るんだ!相棒だから!ボクの相棒!
走れ走れ!邪魔しないで!どいて!どいて!
レイラーが落ちた。
相棒が走っていく。
槍が…
あ
あっ…相棒が馬に飛ばされちゃった…
「あーっ!あーっ!相棒ーっ!相棒がーっ!!あーっ!」
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エスファンは後悔していた。黒馬族を甘く見すぎたのだ。
隊商の長として失格だと思った。本当ならば、事前に防げるはずの襲撃なのだ。
弓で射られ、突撃をくらった。普通であればこんなに相手も無理はしない。
メンツがかかっているからだろう。遊牧民はメンツを何よりも大事にする。
ギリギリで、イセとかアールとか言う、あの気持ち悪い戦闘士たちが偵察を成功させたから抵抗できているだけだ。
後は魔法師のレイラー様に何とかしてもら…ああ、レイラー様が地に落ちた
イセとかいう気持ち悪い戦闘士がレイラー様を守ろうとして、敵を何人か殺し、馬にはじかれた。
「あーっ!あーっ!相棒ーっ!相棒がーっ!!あーっ!」
エスファンの目の前を、あの気持ち悪い女が、綺麗な顔をめちゃめちゃにして、叫びながら駆けていった。
「あーっ!あーっ!あぁぁぁあいあいぃぼぅぅぅううああ!」
騎馬が駆けて行って、後ろから女の背中に槍が叩きこまれた。
俺は何をやっているんだろう。
エスファンはそう思った。
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ゴバードに既に有効な打開策は無かった。
乱戦だ。あとは互いの戦力をすりつぶしあいながら、どちらかの限界を待つしかない。
たぶん勝てるだろう。
御者達だって必死だ。
レイラー女史もいるし、アールさんもいる。あのイセだって4級戦闘士とは言えない実力だ。
ゴバード自身、戦闘ではイセにはかなわないと内心で思っている。
それ以外にも選ばれた戦闘士が沢山居るのだ。
あーっ あーっ
ゴバードの耳に、戦場の怒号を抜けて女の悲鳴が聞こえてきた。
アールさんの取り乱した声?
イセに何かあったのだろうか。
アールさんは、本当にすごく強いけど…でもたぶん普通の人だ。戦えるだろうか。
ゴバードは歯を食いしばりつつ、次の敵を求めて走りだした。
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イセ君が私を突き飛ばした。
レイラーはどうやらそこまではわかった。
周りを見回してみる。
イセ君が自分の近くの地面に、転がっているのが見えた。
「あーっ!あーっ!相棒ーっ!相棒がーっ!!あーっ!」
アール君が絶叫をあげてこっちに向かってくる。随分とひどい顔をしているなぁ、と思った。
「あーっ!あーっ!あぁぁぁあいあいぃぼぅぅぅううああ!」
アール君の後ろを駆けてきた一騎が、彼女の背中に槍を叩きこむのが見えた。
…なんなのだ、これは。初めてだ。
……戦わないと。
レイラーはどうにか自分を取り戻して、アール君の背中に槍をつけた敵の頭を全力の魔法で殴り飛ばし、落馬させた。
アール君がイセ君のもとに這うようにやってくる。傷は大丈夫なのだろうか…
「あぁぁぁぁ…相棒ぅぅ…」
わなわなとふるえた手で、彼女がイセ君の変な兜の面を開けた。
彼を動かさずに様子を見ている。
レイラーは、もう一度力を振り絞って、戦い始めた。




