69日目
17話に32日目の幕間を挿入しています。投稿忘れでした。
69日目
北東部に行く事になった。養蜂は冬の間に準備を整えねばならない。季節を逃せば一年待たなければならないのだ。後二カ月は冬との事だから、順当にいけば問題ないだろう。
伊勢は養蜂なんて素人だが、巣箱と分離機の「開発者」だ。関係各所に最低限のフォローをしておかなければ、先に進まないのだ。物だけおくって、「はい後はやっとけ」では済まないのである。まことに面倒なことこの上無いのだ
一応、巣作りが始まるくらいまでは現地にとどまってみてみたいと思っている。
さて、伊勢とアールは戦闘士である。肩書は4級戦闘士。
ということで、アミルの自操車隊を含む隊商を護衛しながら行く事になった。護衛する隊商の規模は自操車200台。複数の商人からなる、中規模隊商だ。
それはいい。護衛に着く事自体は問題ない。
問題は馬である。隊商の護衛で馬を持たない戦闘士などあり得ないのだ。
「さてアール君、問題が一つあります」
「何でしょう相棒」
「馬がありません。買わねばなりません。お金はあるけどね」
そう、伊勢とアールには馬が無い。
「相棒にはボクが居ますけど?」
「ん?アールが変身できる事がばれてしまうよ?」
伊勢にはそこだけが心配なのである。いまのところ、ちょこちょこ見られているが、問題は起きていない。ここで変身可能な事を完全にばらしてしまっていいのか、伊勢にはその判断がつかなかった。
「相棒、大丈夫ですヨ?ボクは異国のものすごい魔法師って事になってますから」
「え?いつの間にそんな事に?」
「わかりませんが、何回かバザール付近の人や、ハンターの人たちと話し合いをしたら、いつのまにかそうなりました」
まあアールが大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。伊勢の相棒の「大丈夫」が裏切られた事は無いのである。
伊勢らがごそごそと出発の準備をしていると…
「イセ君、居るかね?」
また、うるさいのが来た。遠慮なく家にどんどん上がってくる。
「あー、いるけど…旅に出る準備をしててな」
伊勢もレイラーに対しては全く遠慮が無くなっている。
「なに!?旅だと?いつ帰ってくるのかね?微積分とやらを教えてくれると言っていたではないか?如何すればいいというのかね?」
確かに伊勢はレイラーに微積を教えると言ったが、すぐとは言っていない。こちらにもこちらの予定というものがあるのである。あると言ったらあるのだ。
「ちょっと待っていてくれよ。えーと一月半くらいしたら帰ってくるからさ」
「一月半!!」
レイラーは愕然とした。微積分が…彼女にとっての世界の終りである。今、世界が終わったのだ。
「わかった私もキミに付いていく!」
一瞬で復活してレイラーは気炎を吐いた。伊勢には、なぜそうなるのか、思考が全く理解できぬ。天才の考える事が理解できぬは当たり前だが、もしかするとレイラーはただのバカなのではないだろうか。
「レイラー、遊びの旅じゃないんだよ。隊商の護衛に着くんだ。女性なんだから危ない事もあるかもよ?」
伊勢は彼女をおさめようとした。彼女は名家の娘で、有望な学者である。責任として、連れて行く事は出来ない。
レイラーは少し考えたようだ。うむうむと縦に首を振る。
「キミが私に責任を負う必要はない。私は勝手に隊商に参加するし、それを拒否する権利は君には無い。それに私は魔法師だ。自分の身は自分で守れる」
「えっ、レイラー魔法師なの?」
「何だ知らなかったのか?有名な話なんだが」
「相棒?」
アールが口を挟んできた。
「レイラーはボクが守りますヨ」
「そうか…じゃあ好きにしてくれ。隊商の長はエスファン・ディアル。出発は明後日だ」
レイラーは頑固だ。一度言いだしたら容易には自分の考えを変えない。伊勢は、「ついてきたら微積を教えない」と脅そうかとも思ったが、レイラーとの関係上、なんとなくそれは嫌だった。
だから、アールの言葉と、レイラーが魔法師だという話を聞いて、受け入れる事にした。いずれにしても受け入れざるを得ないのだが、気持ちの問題である。
そう、魔法師である。
この世界の魔法は、超能力のようなものだ。集中すれば、そこそこのモノを動かしたり、熱したり、押し固めたりする能力が使える。
ただし、普通の人間は戦闘に使えるような、速く、器用な魔法の使い方は出来ない。手で殴った方がはるかに早くて強力なのである。
しかしながら、数万人に一人程度の割合で、戦闘にも使えるほど速く的確な魔法を使える人間がいる。それが魔法師である。魔法師の戦闘能力は局地戦においては一般兵50人にも相当すると言われ、人々からの高い尊敬を集める称号なのだ。
さて、こうして伊勢の周りには、奇しくも真・偽、二人の魔法師がそろう事になったのであった。
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71日目
ファハーン北門の場外に、隊商は集合していた。
この隊商に、アミルの商会は14台の自操車を出している。そのうち3台が伊勢の提案した養蜂関連の部材である。率いるのは番頭のホスロー。伊勢やアールとしても、ホスローとはしばしば顔を合わせていたから、なじみである。
隊商全部の規模は約200。隊商長はエスファン・ディアルという男であった。がっちりした体形をした権威的な男で、頭は固いが人々の信頼は極めて厚いそうだ。長と言う立場には向いている男なのであろう。
護衛長はゴバードという3級戦闘士であった。戦闘士は8人、各商人の自前の用心棒が27人。合計35人の護衛だ。
ゴバードがまとめて35人の指揮をとる。
伊勢とアール、そしてレイラーは、護衛の集まりがあるとの事だったので、呼ばれた場所に行ってみた。ほとんどがもう集まっているようだ。伊勢たちが行くと、「「「こんにちは!」」」と男たちの野太い声がかけられてくる。それほど親しいわけではないのに、礼儀正しい男たちであった。さすが戦闘士。選ばれし、名誉ある男たちである。
ゴバードは耳の下から顎にかけて傷のある、歴戦という形容が見事に当てはまりそうな風貌をしていた。細身でそれほど強そうではないが、抑揚のあまり無い、落ちついた話し方をする男だ。暗い男だが、こういう男は嫌いじゃないし、信頼に値すると伊勢は思う。単なる勘だが。
「よし、お前ら聞け」
ゴバードが喋り始めた。静かに話すことで注目を集める話し方だ。
「今回の隊商には魔法師が二人参加している。当然二人とも知っているだろう。戦闘士でもあるアールさんと、有名なレイラー女史だ。レイラー女史は護衛じゃないが、いざという時は戦ってくれると言ってくれた。
だが魔法師がいるからと言って気を抜くんじゃない。魔法師がいた所で、奇襲を受ければ全滅だ。しっかり守れ。
ではアールさん、何かありますか?」
アール先生、完全にVIP待遇である。
「ではボクから一言。ボクのチート魔法は異国の魔法みたいなものなので、皆が知っている魔法とは違います。まあ、見てください」
そう言って、バイクに変身し、また人型に戻った。
周囲の男どもは目を剥き、息をのんで見つめている。唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「今みてもらったように、ボクはバイクに変身します。あの姿だと馬の4倍くらい速いです。ボクの上には相棒が乗って、移動して戦います」
男たちの視線のいくらかが伊勢に振りかかってくる。伊勢としては、ギリギリのポーカーフェイスでやり過ごすのみである。
「あと、知っている人も多いと思いますけど、ボクは力が強いです。馬よりも。あと、硬いです。ええと…そのつもりで作戦を立ててください」
ぺこり、と頭を下げて終わった。
なぜか拍手が起こった。伊勢も当然のように拍手した。
「ゴ、ゴバード隊長」
どこか怖れを含んだかすれた声でゴバードに呼びかけるものがあった。長のエスファンである。顔をゆがめながら伊勢とアールを見ている。
「なんなんだ、その…気持ちの悪いのは…そんなのに護衛されるのはごめんだ!」
「俺の配下の戦闘士ですよ。異国の魔法師殿です。戦う俺達としては、とても頼りになる仲間ですよ。…護衛の事は俺に一任されているはず。アールさんとイセの事が気に入らないなら、俺はやめますよ?」
ゴバード…余りの格好よさに、伊勢は感動した。ありがたい、いい男だ。仲間たちもゴバードを拍手している。コイツらも…すでに良い仲間だ。
「…わかった。好きにするが良い。わしは知らん」
エスファンは月並みな捨て台詞を吐いて消えていった。今後に、微妙な心配を残す彼との出会いであった。
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隊は出発した。
200台もいると、出発や停止にも長い時間がかかる。まあ仕方のない事だが、わずらわしさを感じないわけでもない。慣れの問題だろう。
伊勢とアールは斥候か隊の先頭に位置する事になった。機動力と伊勢の探知魔法への期待だ。もっとも探知魔法の実績はヤーマ獅子と戦った時だけなので、伊勢としては自分の魔法に対しての自信は無い。まあないよりはまし、と言う程度である。
レイラーは先頭に位置する伊勢とアールの所に、しばしば自分の自操車を離れて、フラフラと飛んで遊びに来る。文字通り、飛んで、くるのである。
伊勢が聞いてみれば、魔法師の多くが腕の差はあれど飛べる、との事であった。ただし、自分の体に魔法をかけるのは結構難しく、下手すれば脱臼したり骨折するので、あまり好んでやる人はいないらしい。レイラーは結構飛ぶのが好きとのこと。バカと煙と天才はなんとやら、である。
アールの姿はバイク姿はかなり注目を浴びて怪しまれているが、伊勢たちはシレっと無視だ。堂々としていれば、意外に大丈夫なものである。
護衛には受け入れられている以上、そのうち隊商の商人や御者たちも受け入れるだろうと、伊勢は楽観的に考えている。アミルの隊も協力してくれるわけだし、案ずるよりなんとやらだ。
と、考えている時期が伊勢にもあったのであった。
ファハーンを隊が出発して5日。約250キロ程度を移動している。
伊勢とアールは隊商の商人と達と馴染もうと思っていたが、今一つその思いは果たせていないのであった。
端的に言えば、怖れられているのである。
戦闘士の面々は良い。彼らは伊勢とアールを仲間として見ている。各商人の用心棒も良い。彼らは戦闘士と情報の多くを共有しているし、指揮をしているのは3級戦闘士のゴバードだからだ。彼らがアールに対して見ているのは敬意を持った畏れであって、怖れではない。
商人やその配下の御者たちは、アールと伊勢を「何かわからないもの」として怖がっているのであった。
機械と人間を行き来する、よくわからないモノ。人間はわからない事が一番怖いのだ。戦闘士・魔法師という肩書が持つ、純粋な暴力で抑えられてはいるものの、きっかけがあれば、容易に排斥しようとするだろう。
伊勢は何でも無い顔をしつつも、それなりに焦っているのであった。
一番の問題は、隊商のキャプテンであるエスファン・ディアルである。彼が、伊勢とアールに対する態度は、他の戦闘士やレイラーなどとは一線を画している。
異物、として扱っているのだ。
エスファンは悪い人間ではないし、信頼に値する人間でもあるのだが、堅い。すぐには変化しないのである。
伊勢は焦燥を抱えつつも、打開策が見つけられず、なんとか護衛の仕事を続けるしか無かった。




