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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第二章~ファハーン
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55日目

 55日目


 若干修正した遠心分離機は既にアミルに納入済みだ。もうすぐ巣箱と一緒に北東部に送る事になっていた。

 今の伊勢は、巣枠に付けておいて、蜂が巣を張る際の土台となる、六角形の模様を持つ、薄い紙のような蝋の板の作り方を、一日中検討している。当然、この板に名前はあったと思うが、伊勢は覚えていない。

 結局、蜜蝋を薄く金属板の上に流して、それに六角形の並んだ雄型を型押しして作る事にした。まだイマイチ上手く行かないが、まあちょこちょこいじれば、たぶん時間の問題だ。数日以内に形にできるだろう。アールの変形・合成チートには本当にお世話になっている。

 長期的には遠心分離機より、巣箱の改良の方がずっと大変だろうと伊勢は考えている。

 いずれにしても、伊勢は小学校の授業で養蜂をやっただけなの中途半端な知識しかないのだ。後は現場のトライ&エラーに期待しつつ、時々のアドバイスや提案をするくらいしか出来ないだろう。

 何回かは現場に行くだろうが、結局は投げっぱなしにせざるを得ないのである。



「イセさま!イセさま!アミル・ファルジャーンの使いの者でございます」

 昼ごろにアミルの所の丁稚坊主が来た。伊勢も顔は良く覚えている。名前は知らないが。

「おう、なんだい?」

「まあ、水を飲むと良いですヨ」

 アールがすぐに水を運んできてくれた。気が効く。

「あ、アール様、ありがとうございます。はいえーと。夕方えーと4時に来てくれとうちの旦那…アミルが申しておりました。共にキルマウス様の邸宅での宴に参加したい、との事です」

 正直言って面倒くさい。

「うーん。そうか…行かなきゃ駄目なのか?」

「キルマウス様のご要望なそうですので…」

 と言うことであれば、拒否権は一切ない。

「よしわかった。4時な。俺一人だけの方がいいのか?アールと一緒の方がいいのか?どっちだい?」

「えーと…分からないです。すいません…」

 伊勢がどうしようかと悩んでいると…

「いいよですヨ相棒。一応、ボクもアミルさんとこまで行きますヨ。ついでに奥さんに習いたい事があったから」

「アールが良いなら良いか。坊主、お前菓子食ってけよ。甘いぞ」

「わぁぁぁぁ!!ありがとうございます!!」

 日本から持ってきたカ□リーメイトで、こんなに喜んでもらえれば幸せである。



 3時50分にアミルのうちに着いた。腕にあるデジタル時計のおかげで、伊勢はこの世界のだれよりも正確な行動を可能としているのである。しかし惜しむらくは、誰もそれを知る事ができないという事であった

 店に着くと、いつもの番頭のホスローが出てきて奥に通してくれた。

「おお、こんにちは。すまんな、イセ殿。そういうわけだ」

「分かってます」

「ボクも一緒に行った方がいいですか?」

 アミルは一つ頷いて、即答した。

「アール殿も来られた方が良いだろう。イセ殿が舐められたらいかん。私も妻を連れていく。外国人もいるかもしれないので、そのつもりでな」

 なにか面倒くさそうな雰囲気がぷんぷん臭ってくる。半ば嘆息しつつも、用意をする伊勢なのであった。



 伊勢は、砂糖の手配でナードラに行っている長男の服を借りる事となった。実は初めからそのつもりである。指輪や腕輪などの装身具も一緒に借り受ける。アクセサリーなど付けた事のない伊勢には、どうもわずらわしいものだ。投げ捨ててしまいたい。

 アールは新しい赤色の服を着ていた。少し前に、よそ行きに買ったものだ。

 比較的布の少ない、シンプルなものである。帯とスカーフは白。かなり派手で目立つ服だが、長身美女のアールだけに、全く服に負けずに問題なく着こなせている。正直言って、物凄い存在感だ。この横に立つのは少し勇気がいるなぁ…と伊勢は思うのであった。


 6時すぎにキルマウス邸に着くと、すでに前の道には十数台の自操車が止まっていた。

 アミル夫妻に続いて自操車を降りる。


「お越しいただき有難うございます。アミルご夫妻。イセさま、アールさま」

 玄関前で家令が挨拶をしてきた。以前、キルマウス邸に来たときに応対してくれた者なのだろうが、伊勢とアールの名前を覚えているとは流石である。

 案内の物に連れられて、中庭に入った。以前見た時にも思ったが、見事な中庭であった。そこかしこに白いクロスをかけた丸テーブルが置かれ、果物や料理が盛られている。竪琴のようなものを弾いている楽人もいる。

 なるほど、庭を宴に使うというのは思いのほか良いもののようだ、と伊勢は思った。広く、屋内よりずっと自由で開放感があるし、明りの煙も問題ないのだ。客の人々は思い思いに歩き、料理をとり、ベンチに座ったりして談笑している。こういう形式で助かったと、すこし安心した。

 

 いずれにせよ、主人への挨拶をせねばならぬ。アミル夫妻に付いて歩き出すと、アールを見た客たちから感嘆と若干の嫉妬を含む視線が飛んできた。完全に伊勢はおまけである。

 アミルは周りの客たちに会釈したり、笑いながら軽く声を交わしたりしながら進んでいく。慣れたものだ。

 この宴にいる人間は皆、この付き合いこそがメインの仕事である。宴の席で情報をやり取りし、人間関係を確認し、利権の調整をしているのだ。ここは政治の場であった。

 

「キルマウス様、お招きいただき、ありがとうございます」

「アミル来たか。アファーリーン相変わらず美しいな。イセ、遊んで行け。アール、女どもが嫉妬と憧れの視線を送ってきておるぞ?料理と酒を楽しんでいけ。まあ無理か!ふはは!沢山の者と話しておけ!」

 キルマウスは相変わらずであった。


 会場には数十人がいる。中には細身で耳が長い人もいる。双樹帝国のエルフなのだろう。初めて見るが、異世界慣れした伊勢からすれば、その程度で驚くほどウブではないのだ。なんてことは無い。


―アミル・ファルジャーン殿、お久しぶりですな…―アミル殿どうもどうも…―ああアミル殿、実はな…―アミル殿こちらへ…

 アミルは会場を縫うように歩きながら、さまざまな人と声を掛け合い、そのたびに伊勢を紹介していく。これが、この席に伊勢が呼ばれた、一つの目的なのだろう。

 根っこの部分で気が小さい伊勢は、このように不特定多数の初対面と話すのがあまり得意でないため、顔には出さないが四苦八苦だ。ストレスが胃に痛くのしかかってくる思いがする。

 戦闘士、と名乗ると多少怪訝な顔をされるが、皆が皆、伊勢の傍らに立つアールの姿を見て、勝手に伊勢の評価を上方修正しているようだ。実にありがた迷惑なのであった。


 一通り回ると、アミルは商人仲間に連れられて離れていった。奥さんは奥さん仲間で何か話している。ひと段落である。

 ところで…先程から、伊勢が気になっているものがあった。…あの大きなアライグマ達はなんなのだろう…


 そう、アライグマが3匹居るのだ。テーブルとベンチを占拠して行儀よく料理を食べている。

「なあアール。あのアライグマはなんなんだろうね。ときどき街中にもいるけどさ。こういう所にペットを同席させる習慣があるのかな?」

 アールは不思議な顔をしている。

「え?アライグマ?何処にいるんですか?」

「アレだよアレ」

 伊勢が指さすと、アールがぷっと吹き出した。

「相棒違いますヨ。あれはナードラ国の獣人の人たちですヨ?」

「……」

「知らなかったんですか相棒?話してみると良いですヨ?おしゃべりで楽しいですヨ?」

「…」

「相棒?」

 伊勢は絶句した。少々、彼にはレベルが高過ぎた。

「あ、あー、そうだな…後でな…」

「そう?じゃあボクは話してきますヨ。たぶん知ってる人だから」

 アールはアライグマ改め獣人に話しかけに行った。伊勢が知らないうちに、色んな知り合いを作っていたらしい。さすがアールさん。謎コネクションだ。



 伊勢は気を鎮めようと、一言断って席をはずし、空き地を探してタバコを吸っていた。

「イセ君じゃないかね?!!キミ、いい所で出会ったものだね!」

「キミ、この前はありがとう!おかげで問題解決の為のいい啓示を貰ったよ!!」

 気は鎮められそうになかった。父ベフナーム、娘レイラー、モラディヤーン親子である。


 二人の親子は伊勢に走り寄って、両手を握って感謝した。伊勢からすれば、特に何もしたつもりが無いのでさっぱりである。二人は伊勢の言葉に絶句して呆然としていただけだ。


「ところでキミ酷いじゃないかね!この前はあのままで帰って!意識を取り戻すのに丸一日かかったよ!」

 レイラーが責め立てる。言葉だけを聞くと、なにやら非常に物騒で怪しげである。

「しかし、あのような悦楽の境地があるとはね!導いてくれたキミに感謝だよ!また一緒にどうかね!」

 小さいオッサンのベフナームが言うと、さらに怪しげである。紫色に怪しい。勘弁していただきたいものである。


「ベフナーム卿、楽しんでおられるか?タバコはどうだ?イセと知り合いなのか?コイツは面白いだろう?レイラー殿、最近の研究はどうだ?それにしてもこの葡萄酒は旨い」

 また、うるさいのの登場である。キルマウスだ。

「ああキルマウス殿、楽しんでいるよ。タバコは自分のを。イセ殿とはこの前知り合って啓示を貰った。確かに最高に面白いね」

「研究は数学と光と天体の運動に関して考えていますがね。なかなか面白い事になりそうです。葡萄酒は後ほど是非いただきます」

 キルマウスの矢継ぎ早の言葉に、親子は完全に答えて見せた。

 さすがの回転力であった。


「イセは面白いネタをもっと持っているだろう。ベフナーム卿、レイラー殿、徹底的に掘り出すが良い」

 言うだけ言って、キルマウスは去っていった。

 伊勢は二人に住居を教えて、なんとか今は勘弁してもらうのだった。



 なんとか親子から離れると、伊勢はもうなんだか面倒臭くなってきた。

 庭にしつらえた人工の小川の傍の、大きな石に座って、その辺のテーブルから勝手に持ってきたフルーツの盛り合わせを、指でつまんで食べる事にした。なかなかに旨いものである。

 小さな川のせせらぎ。ホッとした。日本人である。この国では、地上に流れている水を見る事は少ないのだ。小川で果汁に汚れた手を洗い、タバコをとりだして一服した。うまかった。

 しばらくそうやって、宴の全景を眺めていた。アールはアライグマを連れて奥さん連中と、アミルは商人連中と、キルマウスは色んな人の挨拶を受けている。みんな色々、だ。


 ザッっと砂利を踏む音がしたので振り返る。背の高い50歳くらいに見えるエルフと、15歳くらいに見える少女のエルフだった。二人とも典型的な、ザ・エルフであった。歳かさの方はこちらを傲然と見下ろしている。若い方は一歩下がってバカにしたような顔だ。従者なのだろうか?細身の人間の中年男を連れていた。

 中年男が伊勢に話しかけてきた。早口である。

「イセ殿と申されたな、私はザンド・ナイヤーン。議会人で商人だ。こちらのエルフは双樹帝国から来られた外交官のニールワンヤン様とユーメイリン様です」

「はい、どうもはじめまして。伊勢修一郎です」

『イセか。私は二ールワンヤンだ。何処から来た』

 年かさのエルフが話しかけてきた。エルフ語であろうか?音楽的な抑揚を持つ不思議な言語である。言語チートを持つ伊勢には、初めて聞いた言葉でも十分に話がわかる。

 しかし随分と…傲慢な態度であった。もういい加減に面倒になっている伊勢は、わからないふりをした。

「は、あー何をおっしゃってるのか…」

 ザンド、と名乗った男がエルフに『エルフ語が分からないそうです』と通訳する。このエルフ外交官なのに相手国の言葉がわからないとは…バカなのだろうか?


『エルフ語は知らぬか。このイセと言う男が何処から来たか聞け。この男の顔はモングに少し似ているように思う。確かめてモング族なら殺せ』

 エルフの二ール何とかがザンドに話しかけた。物騒な話である。後ろでユーメイリンとか言うのも頷いている。

「二ール様はイセ殿にお会いできて嬉しい、時にイセ殿はどちらからまいられた?と。モング族に顔立ちが少し似ておられるようだが…」

「俺は日本っていう海のかなたの国から来た人間ですよ。アルバールの市民で戦闘士をやっています。モングとは関係ありません。というか…モング族とアルバール帝国は戦争をしてきた間柄なんだから、国内にモングなんているわけないじゃないですか」

 伊勢が言う。面倒になってきている為、口調も適当になっている。

『モングとは関係無いようです。ニホンとかいう国から来たと…』

『ニホン?しらんな。どうせどこかの蛮人の小国であろう。まあいい…良い女を連れていたが、献上する気があるなら受けてやると言え』

 最低の野郎だこの糞ジジイエルフ。伊勢は呆れ果て、怒り、無表情になった。若い方のエルフはちょっと引いたようだ。軽蔑するような視線を二ールワンヤンに送っている。

「ニホンは存じ上げないが、さぞ素晴らしい国なのであろう、とおっしゃってます。また、お連れ様がお綺麗でうらやましい、と」

 流石にアールを献上しろ、とは言えないらしい。

「ええ、お褒め頂き、ありがとうございます。では連れの様子を見に行きたいので…」


 そう言って、抜け出した。足早に去った。 


 アールは獣人を連れて、奥さんたちととっても仲良く談笑していた。獣人たちは10歳の男の子みたいな性格だった。

 


^^^^^

 しばらくしてキルマウスの邸宅を辞し、自操車でアミルの家に向かった。

 なんと言うか、伊勢にとっては非常に疲れる二時間であった。

 

 今回わかった事は3つ。

 エルフはクズ。

 獣人はカワイイ。

 宴はめんどくさい。

 

「アミルさん、エルフって全員あんな感じですか?あと、ザンドってどういう奴ですか?」

 ため息と共に、伊勢は一応聞いておいた。あれがエルフの標準かどうか確かめておかねばならぬ。

「残念だがエルフの半分はあんな感じだ。もう半分は多少は理性的だ。少なくとも見た目は。

 ザンドは双樹帝国と商売している嘘つきのクズだ。しかし証拠は掴ませない」

 分かりやすい、端的な表現で切って捨てた。

「そうですか…ザンドの取引しているものは何ですか?」

「そうだな…主に紙と絹と磁器だろうね」

 伊勢は顎を撫でて答えた。


「ふむふむ…では俺達がこの国で紙を作ってやりましょうか…そのうち磁器もね…」




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