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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第二章~ファハーン
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42日目

42日目


 おととい、鎧が出来た。親父から受け取った鎧に、自宅でアールが若干の手直しを施して完成である。

 一言で言おう。カッコいい。

 革ジャンの上から着られるようになっている。革ジャンにも若干の手を加える事になったが、機能性も見た目もほとんど変わってはいない。

 革ジャンを脱いだ場合でも、左右の余りを前に持ってきて締めればいいようになっている。機能的だ。

 防御力にも問題は無い。なにしろ素材はアールが自分の体の変形チートで作ったCFRP、カーボンである。

 テストピースを用いて試してみたところ、弓は完全に防ぐし、槍もかなりの所まで抑える事が出来る。ちなみに、アールの弓で試したところ、テスト品はバラバラに吹き飛んだ。

 鎧の出来に、伊勢は感動した。アールの両肩に手を置いて感謝した。そしてアールの方が身長が高くて変な図になったので、ちょっと恥ずかしくなってやめた。

 感動のあまり、久々の狩りに行く事になった。もちろんファハーン魔境である。


 とはいえ、前回の轍を踏むわけにはいかない。教訓を引っ提げ、経験者に御同行を願う事と相成った。カスラー…は他の仕事で居なかったので、幼馴染コンビのファリドとビジャンである。微妙に心配な気もしないではないが、まあ大丈夫だろう。大丈夫だと思う。

 ファリドとビジャンの二人は早朝のうちに自家用小型自操車でファハーンを出て、伊勢とアールはバイクでその後を追いかけて、適当な場所で合流し、魔境近くの宿泊所で一泊する事となった。正直、一日ずっと自操車に乗るというのは、とても辛いものだ。現代日本人の繊細な尻が崩壊しかねない。性的な意味ではない。


 さて、午後3時に伊勢とアールはファハーンの外門を出た。時速100キロ程度で街道を走っていく。魔法で作られた道だけあって、路面がよいから、本気ならば200キロ以上出しても問題は無いだろう。

 トリップメーターで50キロをいくらか過ぎた頃、こちらに手を振っている男を乗せたボロい自操車が見えた。言わずと知れた凸凹コンビである。

「兄貴ー姉御ー!こっちっすよー!」

 互いに速度を緩めて停車し、アールを人型にして自操車に乗りこんだ。小型だけあって、御者のビジャンを入れて4人が座るとパンパンである。体の大きなアールなどはかなり窮屈そうだ。

 更に一番可哀想なのは200キロ以上のアールの体重を運ぶ自操車である。魔境近くで車輪が壊れない事を望むしかない。


「いやー、やっぱ姉御は速いっすね!いつ街を出てきたんすか?」

「3時位ですヨ。頑張れば、街からここまで15分…四分の一時間でこれますヨ?」

 幼馴染コンビ二人は絶句である。ビジャンは常に無口であるが、絶句の気配がそこはかとなく漂ってくる。

「マジっすかそれ…速すぎでしょう…毎日毎日、日帰りで魔境にこれるじゃないっすか…」

 普通であれば、ファハーンの街から一日かけて魔境に移動し、一泊して翌日から何日か狩りをし、一泊してファハーンに帰る、というのが基本だ。

 それをちょっとそこまで、と言うような時間で来られてしまっては、ファリド達からしてみれば、まことに理不尽きわまる。理不尽なほどに理不尽であり、正直ちょっとうらやましい。


「まあ、ボクと相棒ですから」

「ああ、たしかにそうっすね」

 え、それで納得するんだ?!と伊勢は思うが、何も言わないでおいた。沈黙は金、である。


 宿泊所は狭く、汚く、木の寝台以外はなにもない。寝台と言っても、実のところ単なる木の板である。クッション性は皆無だ。

 宿泊しているのはハンターと戦闘士。基本的に皆、荒い。当然、木材加工場や肉の処理場の作業奴隷たちは別の棟で暮らしているが、その雰囲気もよいとはお世辞にも言えない。

 ここは日本風に言うと木賃宿、みたいなものだ。大部屋で無いのは喧嘩防止だろうか…とにかく殺伐としている。

 4人は伊勢の部屋に集まって食事がてら話をしていた。ちなみに食事を出しているのは伊勢とアールである。

「姉御は綺麗っすからね。マジな話、この中じゃ一人で歩かない方がいいっすよ」

「まあ、アールなら襲われても自分の身を守れるけど、余計な波風は立てない方がいいからな」

「はい。一応気をつけておきますもぐもぐ」

 ご飯も食べながら生返事である。不安だ。


「ところで前回はどうやって狩りをやったんすか?」

「え?森に入って待ち伏せして弓と槍と剣でだけど?やっぱり何か変か?」

「え?たった二人でそんな狩りはあり得ないっすよ。それで裸赤狒々を二匹も狩れたんすね。でも危ないっす」

「あーそうだよな。虎か獅子か熊が出たら終わりだもんなぁ」

 確かにそれが怖かったのだ。ゴブリンを大量に殺したことで、血の匂いに誘われる肉食魔獣が来ないように出来るだけ早く動いて祈るのみだった。


「どうすりゃいいんだ?」

「基本的に俺らは罠を使うっす。森の入ってすぐのところに餌を置いて罠を仕掛けるっす。次の日にそれを回収するっすよ」

 ふむ、確かにその方が安全であろう、と伊勢は思った。罠を使えば余計な戦闘をする事もない。戦闘を避ける技術も戦闘士には要るのかもなぁ、などとつらつらと考える。

「弓で狩る場合は毒矢を使うっす。自作のトリカブトの毒っす」

 伊勢は、はっとした。なぜ気付かなかったのか…言われてみればその通りである。必要ならば毒を使えばいいのだ。魔獣相手にジュネーブ条約もクソもないのであった。

「罠と毒にかけてはビジャンは天才っす。なあビジャン?」


「………毒は良い…」

 珍しいセリフである。一部の特殊な人間以外、ほとんどの人間が、たぶん一度も言わずに人生を終えるであろうセリフであった。

 そういう打ち合わせをしつつ、明日のために寝ることとした。


 

 翌日は早朝から動き出した。おびき寄せるための餌を食肉加工場のゴミ捨て場から拾い、4人でそろって宿を出る。自操車に乗って一時間弱で森の入口に着いた。

 中央部から北側に移動する。ファリド曰く、南には裸緑猿と裸赤狒々が多く、北にはアスラ熊、魔狼、ヤーマ獅子、赤虎、飛山猫が多いとの事。ビジャンが首をかしげているから、もしかしたら単なるファリドのジンクスなのかもしれない。

 いずれにしても、頭の良い裸緑猿と裸赤狒々は知能が高く、『手』があるので罠が効かない。狙うのは四足の魔獣であった。

 自操車を置いて、徒歩でさらに一時間ほど北上し、そこから罠を仕掛けていく。

 

 ビジャンは罠の天才、というファリドの言葉に嘘は無かった。

 いくつかの種類の罠を、伊勢とアールに教えながらどんどんと作っていく。物凄く手際がよく、隠すのもビックリするほど上手い。口数少なく教えられる方は、付いていくのに精いっぱいである。懸命にメモをとる。

 基本パターンとしてビジャンが使ったのは三つだ。杭で刺す。丸太などを落とす。ピンと張ったロープで引っ掛けて動けないようにする。この三つだ。

 杭には毒を塗ってあったりして、ビジャン的にかなり良い感じである。

 罠の傍には、人間がわかるように名前を書いた黄色い布を吊るしていく。これが無いと他人が罠にかかってしまう事もあるし、なにしろ自分が罠の場所がわからなくなってしまう。

 ビジャンが作業しているときにはファリドが必ず警戒をしている。伊勢かアールのどちらかも交代しながら勉強していく。常にパーティの半分は周囲を警戒しておくようにするのだ。

 時に裸緑猿が見えるので、弓で射殺してからナイフで内臓をぶちまけ、おびき寄せる為の餌にしたりもする。サツバツ!


 午後になったので、昼食にした。と言っても、少し森から離れて、おにぎりを食べるだけだ。

 今日のおにぎりは、なんとミソと醤油の焼きおにぎりであった。完璧に美味である。


 午後からは、さらに四つほど罠を仕込んで、帰る事になった。

 自分たちの罠を、確認しながら帰途につく。

 途中、緑猿を餌にした罠に魔狼がかかっていた。毒で死んでいる。戦闘をしなくても得物が手に入るのである。なんと素晴らしい、と伊勢は思うのであった。

 魔狼を草原に引きずり出して、即席で作った木のソリに乗せて引きずっていく。解体はその場ではしない。血の匂いを撒きながら、長時間とどまるのは危険だからである。

 魔狼は丸ごと買取所に売るのだ。魔石をとられ、皮を剥がれたら、のこりの肉はゴミだ。肉食獣の肉など臭くて食えたものではないのである。


 その日の得物はその魔狼だけであった。

 自操車に魔狼を乗せ、サツバツの宿泊所に戻る。

 周囲の男どもがアールを見る目が異常であった。欲望に満ち満ちている。魔境内部よりも、ある意味では宿泊所の方が危険なのかもしれぬ。

 数人の娼婦はここにもいるが、やはり危険地帯だけあって、その質は微妙である。


 のほほんとしているアール先生の傍ら、伊勢は必死になって殺気らしきものを発してみるように努力するものの、飢えたハンターどもの視線は一向にやまぬ。殺気などと言う存在は、物語の中にしか無いのである。むべなるかな。

 伊勢たちは、さっさと狼を売り、さっさと飯を食い、さっさと自室に引き上げて体を拭いて寝た。


 狼の売値は全部で100ディル。兌換券を買取所で貰い、ファハーンのギルドで換金する仕組みである。



^^^^^^

 43日目


 朝、目覚めた伊勢は水を汲みに外に出た。

 この旅では、雑用は出来るだけ自分でやろうと思っている。

 

 伊勢が井戸に行くと、そこにいたハンターの男が黙って井戸から釣瓶を引き上げて水を汲んでくれた。

 殺伐とした雰囲気の宿泊所で初めてうけた小さな親切に、伊勢は少し嬉しくなった。「ありがとうございます」と言うと、男は目を伏せて「とんでもないです」と頭を下げた。良い人だ、恥ずかしがり屋なのかもしれぬ、と伊勢は思うのであった。


 ビジャンは朝から罠と毒の道具の仕込みをしている。ファリドは何やらどこかに行った。 

 伊勢とアールが連れ立って炊事場に行くと、誰も飢えた目でアールの事を見なくなっていた。すれ違うハンターが皆、会釈しながら「おはようございます」と挨拶していく。

「アール、周りの雰囲気が昨日と違うけど、なんかあったの?」 

「ん?なんの事ですか?ボクは知りませんよ、相棒」

 であるなら、ファリド達が何か言ってくれたのかもしれないな、と伊勢は思った。ありがたいことだ。


「さて兄貴。今日は回収するっすよ!」 

 飯を食いながらファリドとビジャンはハイテンションである。拳をぶつけ合ったりしている。 

「回収の方が危険です。罠にかかった魔獣がいきてりゃ暴れるし、血も出ます。周囲にも警戒しないと」

「成るほど、本当に勉強になるよ」

「兄貴には暇なときに武芸を教えてもらってるからいいっすよ!少しは恩返しできてうれしいっす!」

 単純で、まっすぐな、気持ちのいい男だ。

「ああ、昨日のうちにハンターと…なんと言うか話を付けてくれたのはファリドとビジャンか?」

「………ああ、俺達です。気にしないで…」

 ファリドが急いで大きく飯を口にかっ込んだため、珍しくビジャンが答えた。

「そうか、すまんなぁ、ありがとう」

「……いいんです…もう早く行かないと…」

 そんなこんなで、あわただしく飯を片付け、出発する事になるのだった。


 さて、回収である。

 一番遠い罠まで来て、得物がかかっていれば回収しながら戻るわけである。餌代わりに緑猿を狩ったりもする。

 魔狼二匹と棘猪がかかっていた。その他にも虎の足跡があったが、罠を壊されて逃げられてしまったようだ。毒によってどこかで死んでいるのだろう。


 もう少しでしかけた罠全部をチェックし終わる、と言う時に伊勢は変な気がした。とても怖い。鳥肌が立つ。槍を構えた。 

「アール、なんか変な感じしないか?」

「ボクには分かりませんけど…何かあるんですか?」

「ああ、なんか怖い。ファリド、ビジャン、来てくれ。なんと言うか…変だ」

 ファリド達はすぐさま無言で武器を構えた。ファリドは弓、そこにビジャンが槍を構えてファリドを護衛する形だ。慣れたコンビネーションであった。

 その様子を見て、アールも足元に槍の石突を突き立て、鉄弓を構えて矢をつがえた。


「兄貴、どっちですか?」

「前方だ、たぶん左前のほ…」

 伊勢がそこまで言ったときに、20mほどの距離にあった左前の茂みが揺れた。茶色い塊が飛び出して突進してくる。

「ヤーマ獅子!」

 バンッ、と音を立てて、アールの鉄弓から太く重い矢が放たれる。獅子の胸に根元まで深く突き立った。刹那遅れて、ファリドの毒矢も顔に突き立つ。

 

 獅子は止まらない。槍を持つ伊勢とビジャンは槍先をそろえて獅子を待ち受けるしかない。

 獅子が跳んだ。獅子の体は、二人が構える槍の直前で力を失った。そして落ちた。

 ズザザザッー。なんとか横にかわす二人の傍らを滑っていく。


「………死んでいても、跳ぶ…」

 ビジャンがつぶやいた。




 ヤーマ獅子は300キロ弱の雄であった。なかなかの大物である。即席でもう一つソリを作ってアールが曳いていく事になった。

 森の入口まで戻って、自操車に獲物を積み、人間は徒歩で宿泊所に帰る。


 買取所に自操車で乗り付けて、得物を下ろす。

 伊勢が魔狼の体をずるずると地面に引きずっていると、アールが獅子を一人で担ぎあげて買取所に行ってしまった。周囲の驚愕が伝わってくるが、伊勢はそっと、みなかった事にするのであった。

 今日の稼ぎは2800ディルになった。


 夕食を片付けて、部屋でくつろいでいた。くつろげるような部屋ではないが、多少は慣れるというものである。

「ところで相棒、なんで獅子の居場所がわかったんですか?」

「なんでかわからん。なんとなく怖かっただけだよ」

 伊勢の言葉に、ビジャンが少し考える。

「………魔法だ…」

「そうっすよ!魔法っす。兄貴の魔法は探知系っすね」

 伊勢が、自分には使えないと思っていた魔法である。嬉しくもあるが、戸惑いもある。正直、使った本人からしてみれば魔法らしさが全くない。

「探知系とかそういう魔法もあるのか?」

「まあ、数は少なめですけどね。兄貴のは…何を探知してるのか良くわかんないっすね…悪意?」

 ファリド曰く、探知系魔法を使うのは百人に一人くらいの割合らしい。探知の対象は人それぞれで、特に決まっていない、との事。

 地中や水の探知が出来る人間は極めて重宝されるが、それ以外はかなり微妙らしい。

「相棒、おめでとうございます。これで魔法使いですね!」

「いやいや、ありがとうアール君」

 

 伊勢としては結構嬉しいのだった。微妙な能力かもしれないが、危険を感知できるなら戦闘士としては良い魔法だろう。なにより、本当は素人で、中身としては戦闘士なんて肩書が向いていないであろう、小心者の自分には良く向いている。

 これでアールに魔法が使える事になったら最高だ、とは思ったが、まあそれは無理かもしれない。内心では儀式を受ける前からわかっていた事だった。伊勢の相棒はあくまでバイクであって、人間ではないからである。


「うむうむ、では皆の衆、少しばかり祝い酒を飲むかね?明智君、ラムを出したまえ」

「はい先生、どうぞ」

「おお、兄貴の酒は旨いんすよね!ごちっす!」

「………つまみ…干しブドウ…干し肉…ナッツ……」

「うむうむ、いいねいいねぇ!」


 和気あいあいと、そんなくだらないことを言いながら、4人で祝杯をあげるのであった。




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