歩兵中隊 13
歩兵中隊 13
マイマイとジャイアン、二人を目ざとく見つけた騎馬斥候4騎が、ドカドカと馬蹄を響かせながら近づいて来た。さすが帝軍の精鋭、反応が良い。
「何者か?!」
二人を取り囲んで厳しく誰何して来た。怪しげなまだら模様の服を着た男二人なので、無理も無い。ジャイアンはマイマイをそっと地面に下ろすと、伝令用の余所行き口調で返答した。
「私はジャハーンギール第三兵団支援騎馬隊長、ジャイアン!もう一人は第二小隊所属のマイマイ! 我々はヴィシー北北東、第4砦からの伝令なり! 貴隊は第四帝軍先遣隊とお見受けする! 指揮官殿あてに第三兵団長と第4砦司令からの書状をお持ちした! 至急お会いし、現状を説明したい!」
「あなたの身分を保証するものはあるか?!」
「これが第三兵団の腕章、この書状が第三兵団長と第4砦司令からの書状なり!」
「拝見する」
ジャイアンの手渡した書状の封印を確認すると、俄かに騎兵たちの態度が柔らかくなった。
「あんたらは随分と大変な目にあったみたいだなぁ……ほら、水を飲めよ。井戸で汲んでから、そう経ってないぜ」
「おお、ありがとうよ。……プハァ!うめぇ! マイマイも飲めや」
ジャイアンは投げ渡された水袋を遠慮なくあおった。実戦経験のある部隊同士の下っ端は、互いの苦労がわかる分、すぐに仲良くなれるのだ。。西と東で顔も違うし、言葉の訛りも違うが、下っ端は下っ端である。互いに、気遣いと敬意と親近感がない交ぜになったような感情が湧いてくる。
「おい、あんたら、俺の馬を使うか?」
「いや、歩いていくぜ。だが俺の相棒を……あ? マイマイ?」
「……歩く」
「そか」
マイマイとジャイアンは、休憩所までの残り400ヤルを歩いていった。
もう陽は殆んど落ちている。
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ジャイアンは先程の騎馬斥候兵に連れられて、指揮官に会いに行くことにした。独りである。マイマイは休憩所に辿り着いたのと同時に、意識を失ってしまったからだ。今は軍医の手にゆだねられている。
正直、アイツは良くここまで来れたものだとジャイアンは思う。だが、ジャイアンは彼の事を全く心配していない。マイマイが丹念に鍛え上げた体は、彼を裏切らなかったのだ。ここまで頑張ってこれたくらいなのだから、今も、これからも、決して裏切らないだろう。
さて、第四軍先遣隊の部隊規模は全軍が騎兵。当初の予想よりも若干大きく、500をいくらか超えていた。司令部は休憩所内の建物に設営されている。一般の兵士は休憩所には入りきらない規模の為、部隊ごとに分かれてのんびりと炊事や天幕の設営、馬の世話をしていた。
案内の兵士は休憩所内の奥、視線を遮るように幕を張った一角にジャイアンを連れていった。
「アルサーン様、伝令です。 ジャハーンギール第三兵団支援騎馬隊長ジャイアン殿であります。」
アルサーンは巨大な鼻を持つ、四十がらみの男であった。彼は床に敷いたボロ絨毯に腰をおろして手元の書類に何か書き物をしており、ちらりと眼だけを上げてジャイアンを見た。
「ふむ、ご苦労であった。適当に座るとよい。一服淹れてやるから、その間に報告せよ」
彼は絨毯の隅に置いた喫茶道具をテキパキと操り、珈琲を淹れはじめた。上手な加熱魔法を使い、手早く、かつ機械のように正確な作業である。油の薄暗い明りの中でも迷いがない。彼の顔面に鎮座まします巨大鼻の大きさは無駄としか言いようがないが、それ以外は一切の所作と言動に無駄がない男だ。ただし、その所作に美しさは皆無である。
ジャイアンは、ふと彼の鼻の穴にソラマメでも詰め込んでみたくなった。片側に二粒ずつ入れられそうな気がする。是非、「フンッ!」とやって飛ばさせてみたい。
それはともかく、
「隊長殿、まず、ジャハーンギール第3兵団長ファルダードと、ヴィシー北北東、第4砦マフボド司令官からの書状をお渡ししやす」
「ふむ……飲むがよい」
背嚢から引っ張り出した二通の書状と、珈琲カップを交換する。アルサーンは手早くナイフで蜜蝋で封された書状を開き、さらさらと瞳だけを動かして目を通した。ジャイアンは上目使いで彼を見ながら、珈琲の表面を静かに吹いて、粉が沈むのを待った。
「モングが800騎か」
「あい、援軍がないと第四砦は失陥する可能性がありやす」
「きさまの口からも状況を説明せよ」
書状から目も上げずにアルサーンが問う。ジャイアンは珈琲を一口飲み、疲労で回転の鈍った頭を総動員して、なんとか言葉をひねり出した。久しぶりに飲む珈琲は、すこぶる熱く、すこぶる旨かった。
「あい、えーと…モング来襲は四日前の午後っす。我々は砦外部に置いた土塁で迎撃しやした。この戦いでモングを80人ほど殺しやした。こっちは死者7名の重症者5名。こっちの兵力は元々300もねぇンで……あー、力の差がありすぎるんで、外部陣地を放棄しやして……で、いちばん内側の砦にこもって籠城することに…………
「ウチのファルダード中隊長…あー、ファルダード・ホライヤーン兵団長が言うには、貴隊と砦とで敵をはさみうちにすれば勝利を得られると。その為に、敵がここに居ると前もって知らせる必要があると。で、俺らが来たわけっす。敵の位置は……
「ウチの中隊長は短期では砦は落ちねぇって言ってやしたが、俺はそんなに簡単にはいかねぇと思うんす。駐屯してるヴィシー兵の士気が低いんす。逃げ出してもおかしくねぇくらいで……目が半分死んでやす。そういう兵は弱いんす。中隊長も内心では焦ってると思うんす。俺ら下っ端には言いやせんけどね……と、こんな感じなんですけど……」
アルサーンはずっと書状を睨みつけながらジャイアンの話を聞いていた。書状には図や地図も記してあるので、兵の動かし方や戦術を考えているのだろう。
彼が何も言わないので、ジャイアンは静かに珈琲を飲むことにした。実に旨い珈琲である。疲れた体に、じんわりと染みて、活力がよみがえってくる。香り高いのは、挽きたてだからなのだろう。苦みのわりに酸味が弱く、コクがある。ジャイアンの好みだ。出来れば、一緒にタバコを吸いたいと思った。
「了解した」
ジャイアンがコーヒーを飲み終わる頃、相変わらず書状に眼を落したまま、アルサーンが話しだした。
「我々は至急、援軍に向かう。だが、ヴィシーでまずは補給を整える必要がある。我々はここまで長躯して来ているからな……ヴィシーから第4砦に出発するのは最短でも7日後としたい。ヴィシーから砦までは60サング強、だな? では急げば出発してから3日後の午後に到着できるであろう…今日から数えて10日、あるいは11日だ」
諸々の補給手配には時間がかかるものだ。ジャイアンもそれは承知している。10日後……遅くはないが、とりたてて早くも無い。いくらなんでも一週間かそこらで中隊長が指揮する砦が落とされるわけ無いとは思うが、一方でヴィシー兵は弱く、無理攻めされた時の損害も心配だった。兵力差は大きいのだ。
「もっと早くなりやせんかね? ヴィシー兵の士気が問題でして」
「誓っても良いが、これがおそらく最短だ。補給をゆるがせにする事は出来んし、行軍速度を無理に上げる事も出来ぬ。替え馬にそれほどの余裕がないのだ」
「そうすか。わかりやした。道理を曲げようとは思いやせん」
ジャイアンは素直に引き下がった。経験上、アルサーンが言っているのは真実だろうと思えた。現実として、無理なものは無理なのだ。牡馬に子を産ませる事は出来ないのだ。
「それと、白山羊族の族長は捕まえられんぞ。今現在、我が部隊の案内に白山羊族を雇っているがな、その者の話によると、今の時期は西に向かって移動中だそうだ」
「わかりやした。初めから期待していなかったんで大丈夫っす。貴隊が来てくれるだけで問題ない……っすよね?」
「ああ、問題ない。完全な撃滅を目的とはせぬ。砦攻略前に十分な脅威となりうる戦力が援軍に来れば、敵は退却するだろう。一撃されれば尚更だ。それと……いくつかの諸侯軍もヴィシーに到着しているはずだ。大きなのは無いと思うが、連れていけそうなのは連れていく」
「ありがとうございやす。助かりやす」
「いや、礼には及ばぬ。……ところで、きさまらはどうするのだ?」
「俺は先に砦に戻りやす」
その言葉を聞いて、ようやくアルサーンが書状から目を離して顔を上げた。両の眉を上げて、不思議なものを見る目でジャイアンを眺める。
「きさまは何を言っているのだ?」
「援軍が来る事を知らせてやらねぇといけねぇっすから。ヴィシー兵がね……アイツらの士気が本気でまずいと思うんす」
「わかっておるのか?」
「あい、わかってやす」
アルサーンが半眼になってジャイアンを睨んだ。何も言わない。ジャイアンは彼の巨大鼻を見ながら噴き出しそうになった。この鼻は実に……いけない鼻だ。
「おかわりは?」
「いただきやす」
アルサーンはもう一度珈琲を淹れ始めた。今度は自分の分も含めて、たっぷり二杯分だ。かちゃりかちゃりと茶器が軽やかな音を立てる。所作は手早く無駄がない。が、やっぱ美しくねぇ、とジャイアンは思わざるを得ない。
珈琲を淹れ終わると、アルサーンは立ち上がって、傍の桑折から携帯用の水煙草を二組出してきた。これまた手早く葉と水を詰め、すっと差し出す。
「煙草も共に飲むが良い。砂糖は好きなだけ使うが良い。珈琲には新鮮な山羊の乳が少しばかりあれば、更に良いのだがな」
「いやいや、アルサーン隊長。これで十分でさぁ。最高っす」
ジャイアンは小さな匙に半分ほど茶色の砂糖をとり、珈琲に入れた。煙草は大して上等なものでは無かったが、珈琲と相まって最高の香りを醸し出していた。誰が何と言おうと、これに勝る組み合わせは無いのだ。議論の余地はない。
二人はしばらく黙ったまま、最上のひとときを楽しんだ。
タバコの葉がすべて灰になったところで、
「ところで、隊長殿。俺と一緒に来た、マイマイの…もう一人の伝令の治療を宜しくお願いしやす」
これだけはしっかりと頼んでおかねばならない。
「至高なる神と我が名誉にかけて、手厚く看護すると誓おう。きさまには良い馬と武具、旅装を用意する」
「ありがとうございやす。でも、馬は良いのでなくて結構っす。乗り捨てでやすから」
「了解した。ときに、ジャハーンギール第3兵団は、きさまらのような兵が標準か?」
何をもってそう訊かれているか、ジャイアンにはまるでわからなかった。わからないなりに、とりあへず喋った。
「さあ……俺は別に中隊で特別な兵士じゃないっすけど? 部下は一応9人いやす。俺と一緒に来たマイマイは、違う隊のペーペーっすね」
「きさまらは、例のイセ・セルジュ・シューイチロー殿の訓練を受けたのか?」
「おほっ! 軍曹殿はさすがに有名なんすね。……俺は最初に受けやした。俺の隊では全員ですけど…中隊全体では受けてねぇ奴のが多いっすね。でもまぁ…あんま関係ねぇっす。イセ軍曹殿の訓練を受けてねぇ奴も同じように戦ってやすし、大して変わりゃしねぇんで」
そうなのだ。軍曹殿の訓練は激しく、あれを成し遂げた事は誇りに思う。だが、同じような訓練と座学を、新兵たちは士官や分隊長達から受けているのだ。今では中隊を構成する兵士の6割以上が軍曹殿の訓練を受けていない兵士である。
技術と体力に関しては古参の方が一歩進んでいるかもしれないが、一番大事と軍曹殿も言っておられた「心」の部分では変わりはない。実戦を繰り返した今となっては、古参との間に変なわだかまりも無い。中隊兵士は、ただ中隊兵士でしか無いと、ジャイアンは思っている。
アルサーンは「ふむん……」と眠そうな顔をして唸っただけだった。
「よし、ジャイアン。良い寝床を用意させておく。ゆっくりと休むがよい」
「あい。珈琲、美味かったっす」
「さもあろう。それだけは、こだわっているのだ。……どうだ、粉を分けてやろうか? 好きなだけ持って行くがよい。今、薬研で挽いてやる」
「ホッ! ありがてぇっす。じゃ、ほんの少しだけ。……あ、いやいやいや、そんなには要りやせん……そう、そんくらいで、あい、結構」
ジャイアンは手の平に半分ほど、挽きたての粉を貰った。彼にはそれで十分だった。
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翌朝、日の出と同時の朝飯には、羊の肝をあぶって、玉ねぎと一緒に薄いパンに巻いたものが出た。量はたっぷり、熱々の珈琲付きだ。羊の肝には”てつぶん”と”びたみんえぃ”がたっぷりだし、玉ねぎは血の流れを良くしてくれるらしい。そんな事は激しくどうでもいいが、実に美味い。
考え得る限り最高の朝飯を食って、旅装を整えた後、ジャイアンはマイマイの所に顔を出した。マイマイは休憩所の奥に張った、軍医の天幕で寝かされていた。彼の顔は熱に火照って浮腫んでいたが、それでもモングの二三人なら片手一本でぶっ殺せそうに、ジャイアンには見えた。
「よう、マイマイ。どうよ?」
「おう……ジャイアン。昨日よりはマシだけど、まあ……キツイな。医者が言うには、弓死病にはなってないみたいだ。大丈夫だろう。腕は成り行きだ。骨はまあ時間かけて直すしかないが……ヴィシーで休むよ。運がよければ帝軍本隊の魔法医が何とかしてくれるかもな」
「安心しろよマイマイ。俺達は運が良いからよ」
ジャイアンはホッと胸をなでおろし、ため息をついた。マイマイの言う弓死病とは傷を受けた所から毒が入り、激痛と共に身体が弓なりに反って死ぬ病気である。かかれば間違いなく死ぬ。反面、これにかかっていなければマイマイのような強靭な男が死ぬわけがないのだ。
「お前の事はアルサーン隊長殿にちゃんと頼んでおいた。心配はいらねぇぞ」
「ジャイアン、行くのか?」
「行く」
「気をつけろよ」
「マイマイ、宜しく頼むな」
「至高なる神に誓う」
マイマイは寝床から苦労して身体を起こし、右手を伸ばした。ジャイアンはその手を強く握りしめた。マイマイも握り返してくる。痛い。年がら年中、槍を振りまわしている硬い手だ。病の床にあっても尋常じゃ無く強い彼の握力に、ジャイアンは苦笑した。
マイマイは笑わなかった。
「じゃあな」
「ああ」
手を離して別れた。
建物から外に出る。ブラブラと休憩所内を歩いて、厩舎に行く。朝ぼらけのかすかな湿気の中、炊事の煙がそこかしこにたなびいている。
すぐに着いた。厩舎の前にはすでに馬が引き出されていた。良い馬ではないが、悪くも無い。手入れもしっかりされている。砦まで行くには十分だろう。
「よう、ご苦労さん。……お? あんたは昨日の人だね」
昨日ジャイアンを誰何し、アルサーン隊長の所まで案内した、あの斥候騎兵だった。
「私の名はシャール・ハラユームと申す。この馬でよろしいか?」
「わるくねぇな。シャールさんよ、俺はジャイアンだ。そんな仰々しい口調は止めやがれ。俺は単なる下士官だぞ?」
「ああ……わかった。だが、あんただって市民だろう? 家名は何というんだ?」
「ただのジャイアンだ。ジャハーンギール歩兵中隊、支援騎馬隊長」
「ん、そうか。じゃあ、気をつけてな、ジャイアン殿。……あんたと話せて良かったよ」
「おう、世話になったな、シャール・ハラユーム殿」
鐙に足を乗せ、ひらり、馬の背にまたがる。
シャールに軽く目礼をして、軽く馬側を蹴り、馬を出した。まるっきり馬に任せて、ゆっくりと休憩所の門をくぐった。シャールは門までついてきて、見送ってくれた。
後は、荒野を進んでいくだけだ。
北へ。
朝日がまぶしい。
左側、馬に揺れる自分の影が出来ていた。速歩で走る大きな馬の背に、小さな身体。子供のころから、小さかった。中隊に入るまでは、ずっと嫌だった。
「フン」
今はどうでもよくなった。小さい方が何かと便利だ。馬に乗るのでも、隠れるのでも、大きくては出来ない事が沢山ある。
「飯も少なくて済むし、な」
マイマイの事を思い出して、少し笑った。
身体の小ささを、義兄弟達にはいつもバカにされた。喧嘩ではいつも徹底的に負け、飯も服も馬も女も義兄弟たちに全て取られ、嘲られた。
でも、彼女だけは笑わなかったから、だから今、ここにこうしていられるのだ。
「――山々よ、山々よ、
――朝霧にけぶる気高さよ、
――とこしえなるはお前の頂、
――その頂に我が涙を捧げよう」
歌は、良い。
小さなころから、ずっと歌ばかり歌って来た。いつ歌い始めたかもわからない。たぶん、歩き始めるのと同じくらいの時期からだろう。もしかしたら歌いながら生まれてきたのかもしれない。
自分だけのモノは、名前の他には歌しか無かったのだ。
歩きながら歌い、馬に乗りながら歌い、羊を追いながら歌い、歌いながら寝た。
ずっと歌ってきた。それだけだった。それで良かったのだと思う。
なけなしの意地を張りながらいい歳になって、いつの間にやら相応に薄汚れ、流れ流れて流れつき、今は家族みたいな何かが出来た。ファルダード中隊長のような年下の親父や、アオダヌキやデキスギやスネオやノビタクンやシズカチャン、それにマイマイみたいな弟が出来た。
大した奴らじゃ無い。良い奴ばかりでもない。みんな、下らなくて、単純で、クソバカで、ギリギリの、何も無い奴らだ。ゴミみたいなもんだ。
だけど、共に戦って生きるには最高の奴らだ。命を任せあえる。
色々あった。
何を得て、何を失い、何をあきらめたのか、全ては自分にもわからない。
それでもやっぱり歌が自分なのだと、ジャイアンは思う。
遥か遥か遠い昔となってしまった草原の川辺。草の褥に横たわって草笛を吹く彼女。
月日に負けて、多くの記憶が思い出となり儚く霞んだ。
だが、それだけ長い時を経ても、青かったあの時の自分と、根っこの部分は何一つ変わってはいないのだと思う。
瞳が、あの日の彼女のいたずらな瞳の輝きが、あの瞳だけが、自分という縦糸を繋いでいる。それが自分のど真ん中だ。
だから歌う。
軍曹殿は歌う自分を見て、ジャイアンと命名なさった。
歌うから、ジャイアンなのだ。ジャイアンだから、歌うのだ。
「――新春の風、雨をのせ、大地を駆けよ、花は開け、草は芽吹け、広く静かに地に敷き詰めよ
――我が馬は疾駆し、我が妻は毛糸を紡ぐ、我が子らは万象の海よりいずるだろう
――今はただ野辺に坐し、かわらけに酒を満たして、まだ見ぬ我が子を寿ごう
――新春の風よ、いのち運ぶ神の息吹よ、我がたなごころに幸せをもたらせ」
北へ。
馬は軽やかに進んでいく。




