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異世界ツーリング  作者: おにぎり
外伝~歩兵中隊
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歩兵中隊 9

歩兵中隊 9


「まず、俺達は掘る!」

「「「掘る!!」」」

 ツルハシが硬い土につきささる。


「そして、その中で死ぬ!」

「「「死ぬ!!」」」

 土壁の頂上に、土が放り出される。


「なせばなる!」

「「「なる!!」」」

 木槌が振り下ろされ、土が押し固められる。


 掛け声を合わせながら、第二小隊の兵士達は土壁を作る。版築である。中隊は、もう二十日近くこれをやっている。魔法も使ってるが、もちろん人力の部分も多い。根性と、根性に、根性が必要である。

 いつ襲撃があるかわからないので、作業は小具足をつけたままの作業だ。実際問題として、兵士達にとってはこれが一番しんどい。兜と胴鎧だけはすぐ着られるように近くに置いてため小具足だけとはいえ、それでもけっこう重いのだ。なにより暑い! だが、仮に急襲を受けた際に、鎧が無くて戦えないでは話にならないのだから仕方がない。


「第二小隊!休憩だ!」

 ジロウ小隊長の号令がかかった。


「ぷあーっかったりい!!」

 と豆が木槌を振り回しながら野太い声で叫んだ。デカい豆がデカい木槌を振り回すと、まさに大迫力である。マイマイの目には、力が有り余っているようにしか見えない。

 デカい奴は腹が減るのも早いだろう…

「おい豆、食え」

 マイマイは手に持っていたシャベルを放り出すと、腰の小袋からデーツを取り出して、豆にポイポイと投げてやった。

「お、すまねぇな。ちょうど小腹が減って来た所だ。――というか、おめぇまだ持ってたのかよ」

「おう、まあな」

 マイマイは長期行軍の前に、持てる限界まで買い込んできたのだ。背嚢と肩から下げる袋にたっぷりと詰め込んで来た。どっかのバカのいたずらで、クソったれなレンガを背嚢に入れて運ぶよりは、遥かにマシなのである。マイマイは気前よく、分隊の仲間や周りの兵士達にどんどんデーツを配った。


「………」

 マイマイからデーツを受け取った石が、お返しとばかりに破けそうになるほどパンパンに張った革袋を突き出してきた。完全に無言である。マイマイは革袋の口を覗きこんでみた。

「……おい石、これはやり過ぎだろう……どうしようもねぇバカだな、てめぇは…まあ、あんがとよ」

「………」

 人の頭ほどもあるデカい革袋の限界まで、正体不明の焼き肉が詰め込まれている。バカである。間違いなく保管庫か厨房を攻撃して得た戦利品だろうが…これをほどの戦利品を獲るとは…どうやっているのだろう…まあ、いいか…

 マイマイは深く考えない事にして、ありがたく二枚ほど貰っておいた。指でつまんで口に放り込む。堅いが、塩が効いていて癖も無く、実に旨い。斑鹿だ。口の中で良く噛み、完全にすりつぶしてから飲み込んだ。

 石は近くで何やらくっちゃべっていた鶏の腹に向けて、ボスンと革袋を投げた。後はテメェが配っとけ、という事である。

「おふぅ?! あ?…うっひょっひょーっ!!すっげ!これすっげ!」

 鶏は奇声をあげて肉をほおばると、腰をおろしている小隊兵士の間をチョロついて肉を配って回った。落ちつきのねぇ野郎だ。マイマイは口の端で苦笑した。


「それにしても、だいぶ出来てきたな」

 感慨深そうに、ツルハシを肩に担いだ白雪姫が呟いた。このバカの唇も、焼き肉の油でテカテカ下品に光っていやがる。

「だな。苦労した甲斐があるってもんだぜ」

 マイマイはそう彼に応えると、版築の城壁に登って周りを見渡してみた。

 もう、仕上げ段階に近い。よくわからんが、野戦築城としては上等なもんだとマイマイは思う。これなら軍曹殿が見たってお褒め下さる事だろう。

 壁自体は今のところ人の背丈の1.5倍から2倍ほどの高さだ。土を掘った跡の堀と、土台となっている土塁、そして土塁に突き刺さっている逆茂木と合わせて、馬には絶対に越えられない。人が越えるのにも非常に苦労するだろう。梯子を使わねば、絶対に無理だ。壁の上は狭いものの、人が二人か三人並んで歩けるくらいの幅になっている。


 マイマイの所属する第二小隊は、第三小隊およびヴィシー軍と共に、砦本体の構築を担当していた。V字型の堀と土塁、版築の壁で囲まれた正方形の砦だ。

 正方形の角と辺の中心の部分には、三角形の突堤を設けてあり、ここから壁にとりついた兵を攻撃できるようにしている。門は二つ。櫓は8か所だ。最終的に、壁の上には木の盾を並べて矢を防ぐ。

 まあ、ありていに言って普通の砦である。

 砦は魔境から二分の一サングほど離れている。魔境周辺なので周りは草地。膝の高さくらいに、草が生い茂っている。本当は魔境にもっと近づけたいが、これ以上近いと魔獣が多数寄りついて、防衛どころの騒ぎでは無い。

 魔境に開いた穴、モング侵攻ルートの出口と砦との間には、まっ平らな草地が広がっているだけなので、各所に罠と柵と障害物を設置して敵の行動を阻害しつつ、遅滞戦術が行えるように工夫している。

 これらの工作は第一、第四小隊と、第五小隊の約半数が担当している。魔境に資材を採りに行かねばならないから、砦本体の工事よりも大変だろう。

 当然ながら侵攻ルート内にも罠と障害物を多数設置している。敵の行動を遅らせて時間稼ぎが出来れば、こちらの対応が間に合う。奇襲は怖いのだ。奇襲が得意な中隊兵士達だからこそ、その恐ろしさについて誰もがしっかりと認識している。


 マイマイが感慨深げに砦の出来栄えを眺めていると、

「見ろよマイマイ。ヴィシーの奴ら、だいぶ可哀想な事になってるぜ」

 と白雪姫声をかけてきた。彼の指さす方向に顔を向けると、ヴィシー兵の部隊が第三小隊のニタマゴ小隊長にケツを叩かれ、罵倒されながら草原を駆けている様子が眼に入った。ゲロを吐いている奴もいる。訓練だ。

「ああ、三週間目か。ちょうど一番つらい時期だなぁ」

「だなぁ。……思い出すわ」

 軍曹殿の地獄の訓練を思い出す。今の自分達からしてみると、内容的にはそう辛くも無いのだが、当時のマイマイや白雪姫達からすれば心身ともに限界もいいところだった。今でも、乗り越えられた自分をほめてやりたいとマイマイは思っている。中隊兵士全員の、自信の源の一つだ。

「お前はアール軍曹に投げ飛ばされてたな、白雪姫」

「うるせぇ!あんときの俺はただのバカだったんだ!」


 それにしても……

「ヴィシーの奴ら、教官がニタマゴだからなぁ。きっついだろうなぁ……」

 マイマイはそう呟いて、眉をしかめた。

 そう、ニタマゴ小隊長は命知らずの恐ろしい男なのだ。中隊で最も腕が立ち、最も容赦なく、最も恐ろしい男だ。とことんまで合理的で、そして苛烈である。軍曹殿の恐ろしさとも、また少し違う。

「俺はニタマゴ、結構好きだぜ?わかりやすくて良い。……まあ、ニタマゴの訓練なんぞ、軍曹殿の訓練よりはマシよ。まだ小便と糞を漏らしながら走っている奴はいねぇみたいだからな」

「白雪姫は走るの苦手だもんなぁ。お前、あの頃は良く漏らしてたよな、上と下からダバダバと」

「うるせぇ。漏らしてても、走れてりゃいいのよ。おめぇみたいに速くは無くともな」

「そいつは間違いねぇな」

 まずもって、根性がある事と走れる事が、兵士の最大の条件なのだ。武術の腕前など二の次三の次である。脚が速いマイマイは、その点では最高の兵士なのだ。短距離ではまだしも、中長距離では誰にも負けない。中隊で一番という事は、おそらくアルバール帝国の北東部で一番である。


 と、そこに作業報告に行っていた分隊長のサンマが戻ってきた。

「お?肉じゃねぇか。俺にも食わせろ」

 サンマは石がぶら下げている、さっきよりかなり萎んだ革袋から肉をつまみだすと、数枚をまとめて口に放り込んだ。もちゅもちゅと噛みながら石の坊主頭を右手でベチッと張り飛ばし、グリグリとこねくりまわした。別に何の意味もない。石は無表情で前を向き、されるがままである。

「おいてめぇら。小隊長から聞いたが、砦本体は今日で終わりだ。明日からは外の陣地構築すんぞ」

「うっひょーっ! ありがてえっ。もう飽きて来てたからな!」

「うるせぇ鶏。やるこたぁ変わらねぇぞ。穴掘りよ」

 兵士なんて、そんなものである。


「休憩終わり!作業を開始しろ!」

 だべっている所に、ジロウ小隊長の号令がかかった。つかの間の休憩が終わったのだ。分隊の面々は地面からケツを上げて、各々の道具を手に取った。

「よっしゃ!てめえら気合い入れろ!一時間やったら昼飯だ!」

 サンマが分隊に喝を入れる。

「うーい」

「おーい」

「へーい」

「ほーい」

「………」

 うむ、実に適切に気合が入った面々である。疲れきってしまわぬように、これで良いのだ。ダラダラとしっかりやるのが土木工事のコツなのである。


「俺達は掘る!」

「「「掘る!」」」

 兵士達はまた、土を掘りはじめた。


 ちなみに、一時間後の昼飯に、肉は一かけらもついていなかった。


^^^

 夜。

 東の空には三日月が細い弧を描いている。遊女の艶やかな眉のようだ。明後日には新月になるだろう。


 マイマイは隊舎を出ると、建築中の城壁まで歩いていった。見張り用の篝火の近くで背嚢を逆さに振って、地面に中身をぶちまける。

「これだけかぁ…くっそぅ…少ねぇなぁ」

 もっとあったはずなのだが…マイマイが思っていたよりも食い物の消費が多いみたいだ。

 残りは小分けにして麻の袋に入れた干しデーツが七ポル。干しブドウと干しアンズが二ポルずつ。山羊の干し肉が一ポル半。

 第四帝軍がここに来て、中隊と交代するまで、あと二週間くらいと聞いている。

 これでは……足りない。

 不安だ。

 食い物が無いのは、怖い。

 腹が減るのは、怖い。


「ちっきしょうめ……」

「何がちきしょうなんだ?」

「んあ? ――あ、ニタマゴ小隊長」

 驚いて振り返ると、ニタマゴ第三小隊長が音も無くマイマイの背後に立っていた。火の付いていない煙管を咥えている。

 マイマイは立ちあがって軽く会釈した。別に悪い事をしているわけでもなんでもないが、正直言って、嫌な奴に見られた気がする。ニタマゴは中隊で最も怖いな男なのだ。マイマイだって、この男は苦手なのである。

「何がちきしょうなんだ?」 

 硝子のような目で、ニタマゴ小隊長はくり返し聞いて来た。マイマイにとってはその質問も畜生である。

「あー…その…自分の持って来た食い物が、もうあんまり無くて、ですね」

「糧食はたっぷり備蓄してるぞ。腹が減るのが心配か?」

「はい」

「なんで、そんな事をお前が気にするんだ?しっかり備蓄があるのはお前も知っているだろう?無補給でも1カ月はもつ」

 ――うるせぇ野郎だ。

「食い物は、沢山有れば有るほど良いんです。腹が減るのは嫌ですから」


 当たり前だ。腹が減るなんて最低だ。

 干ばつは、最悪の出来事だ。水が枯れれば作物は何一つ育てる事は出来ない。村は死ぬ。

 最初は腹が空いているのが自分で分かるが、一日か二日食わないと、それも分からなくなる。次に眠くなる。身体を動かすのがおっくうになり、寝てばっかりいるようになる。寝ているうちに、身体が痩せて殆んど動けなくなる。同じ体勢で寝てばっかりいるから、中には腰のところに寝ダコが出来て、それが腐って死ぬ奴もいる。

 その次に、手足は棒のようになるのに、腹だけがプックリと丸くなる。食い物の事だけしか考えられなくなる。そのうち食い物の事も考えられなくなる。それが続くと、死ぬ。

 マイマイは知っている。


 老人達は口を減らす為に、自分からどこかに行く。夜のうちに、家族に見つからないように隠れて、誰にも告げずに衣服だけを置いて、全裸になって出て行く。どこかに向けて歩けるだけあるいたら、そこでしゃがみ込んで骨になるのだと思う。マイマイは、そういう骨を何度も見た。

 子供の場合は更に可哀想だ。いつもはしゃいで走りまわっていた子供たちが、だんだん動かなくなって行く。腹だけが丸く膨れて、顎がとがり、こめかみは深く窪んで、眼はぎょろつく。腕など大人の指よりも細くなって、関節だけが丸く出っ張る。歯茎が痩せて、歯は全部抜け落ち、骨も脆くなって変な持ち方をしたり、どこかにぶつければ枯れ木のようにポキポキ折れる。折れた骨は決して治らない。唇はカサカサに乾いて、息は何故か生臭くなる。眼には蠅がたかって……


 マイマイは知っているのだ。

 あんなのは二度とごめんだ。絶対に嫌だ。


「死ぬのが怖いか?」

 ニタマゴ小隊長はかがり火を使って煙管に火をつけると、無感動にマイマイに問いかけた。篝火の逆光の中に白い歯が浮かんで、口だけが動いているようにマイマイには見えた。

「腹が減って死ぬのは嫌です」

「どんな死に方だって同じだろう?」

「腹が減って死ぬのを見た事があるんですか?」

「無い」

 マイマイの頭に血が上った。見た事も無いのにわかったような口を……まだ生きている子供の眼に、卵を生みに来るハエを追い払ってから言え!!


「なんで同じって言えるんですかっ?!」

 怒鳴った。

 ニタマゴは目線を下に向けて数呼吸だけ考え込み、煙管の煙を吐き出しながら答えた。

「生きてるのも死んでるのも同じだ。貴様はもう死んでいるのだ。我々は兵士だ。我々は死ぬ。死ぬために我々は存在する。それが仕事だ。

 我々のうちの誰かが死んでも、この隊は残るだろう。我々が守った民も残るだろう。名誉も残るだろう。それが全てだ。他には何もない。望みなど、忘れてしまえ。生き死になど、忘れてしまえ。そうすれば何も怖くない」

 彼はそれだけ言うと、煙管の燃えカスをプッと吹き飛ばした。彼の言葉は、軍曹殿の最後の挨拶に似ていると、マイマイは思った。確かに、兵士としては完全に正しい。正しいが…


「ニタマゴ小隊長は、何か怖いものが無いんですか?」

「負けるのは怖い」

 この人は…

 マイマイは何故か、可哀想だと思った。理由は自分にもわからない。

「小隊長、どうぞ」

 地面に広げた荷物の中からデーツを三つ四つと、アンズを手の平一杯に取り出して、無理やりニタマゴの手に押し付けた。

「お? おう」

 彼は少しだけ戸惑いながら両の手の平に食い物を受け取ると、「ありがとうよ」と口だけで笑って帰って行った。

 マイマイは彼の広い背を見送りながら、地面に広げた食い物を背嚢に突っ込んだ。

 ニタマゴ小隊長には、わからないのだと思う。マイマイと同じ経験をしたとしても、彼にはわからないのだろう。

 わからなくとも、別にそれは悪い事では無いと思う。悪い事ではないが……なんとなく、やるせなかった。マイマイは一つだけ深いため息をつくと、荷物を背負い直して、仲間の待つ隊舎に帰った。


^^^

 翌朝。7時くらいだろうか。草原の草は、まだ夜露に濡れて、乾いていない。

 マイマイ達の所属する第二小隊は、砦を出て魔境の近くに来ていた。今日からは第四小隊と交代して、第二小隊が砦の外で遅滞陣地を構築するのである。


「魔境ギリギリの場所はやっぱこえぇな……」

 白雪姫がツルハシを肩に担いで、静かに呟いた。ここは魔境の境目だ。確かにマイマイもそう思う。

 だが……、

「あいつらよりマシだぜ」

「……ああ、そうだよな」

 彼らより、もっと危険を冒している奴らもいるのだ。

 前方600ヤルのモング侵攻ルート上に、高さ15m程の櫓が本当に雑なやっつけ仕事で立ててある。その上には毎日二名ずつの見張りが交代で詰めているのである。そこは完全に魔境の中。奇襲を防ぐために必要ではあるが、非常に危険な配置だ。

 雑な仕事とは言え、櫓は一応ちゃんと計算して作っていあるから簡単に倒れる事はない。だが、突風や砂嵐が吹いたり、アスラ熊あたりの体当たりを何度もくらえばその限りでは無い。裸緑猿や裸赤狒々当たりなら登ってくる事も出来る。

 あまつさえ、実際にモングが侵攻して来たなら、逃げ切る事は不可能だ。相手は騎兵、こちらは歩兵。まず逃げ切れない。

「今日は誰が詰めてんだろうな?」

「順番から言って第四小隊の誰かと、ヴィシーの奴だな」

 マイマイの独り言のような問いに、豆が答えた。豆は蔓を編んだ大盾を持っている。刀槍を防ぐには心もとないが、置き盾にして矢を防ぐなら、これに勝る装備は無い。軽くていいのだ。


「おい。お前ら暑くても鎧は脱ぐんじゃねぇぞ。何があるか分からねぇからな」

 サンマが分隊の面々に念を押す。言われるまでも無い。作業中の第二小隊周辺を観察する見張りが立っているが、だからと言ってここで鎧を脱ぐバカなど居るわけがない。………ごそごそと隅っこで鎧を着直している石以外は。

「早く着ろクソバカ野郎が。……よし、作業始めるぞ。さっさとやって、さっさと帰ろう。」

「「「うーい」」」

 サンマに促され、兵士達はいそいそと動き始めた。マイマイも小さな岩塩の欠片とアンズを同時に口に放り込むと、スコップを踏んで土に突き刺す。やる事は昨日までと大して変わらない。土を盛って土塁を作り、逆茂木を刺すだけだ。工兵仕事なんて、そんなもんである。


「…………」

「投げるぞ」

「ああ」

「…………」

「ここ、ツルハシで頼む」

「おう」

「…………」

 静かだ。土を掘る音と、最低限の会話だけがなされている。

 いつもは歌を歌ったり、掛け声をかけたり、適当にしゃべりながら作業をしているが、今日は誰も無駄口を叩かない。ぽたぽた汗を垂らしながら、一心不乱に作業している。

 太陽が真上まで来たら昼飯である。時間が無いので、当然、飯はゲロ袋に入ったゲロだ。これも当然、冷えたゲロの味だが、こればっかりは仕方がない。

「ほれ、お前ら食え」

 マイマイは口直しに、レーズンを皆に少しずつ配った。

「ありがてぇ…マイマイ、今この瞬間だけはお前に抱かれても良いぜ」

「うるせぇクソ鶏。馬とでもやってろ」

「そんで卵産め」

「ひでぇ…俺はオスだぜ」

「でも、マジで卵くいてぇな。鶏肉もくいてぇ」

「まあ、棘猪と斑鹿も美味ぇけどな」

「ヴィシーの奴らが鳩飼ってんぞ?」

「おうマジか?! 後で一羽貰いに行こうぜ!」

「何と交換すんだよ」

「そりゃ石が厨房を攻撃してだな?」

「ああ、いいな」

「ありだな」

「卵もあんかな?」

「ま、石よ。頼むわ」

「………」

「お、小隊長が動き出したな。よしお前ら、立て。作業始めんぞ」

「うーい」

「おーい」

「へーい」

「ほーい」

「………」

 少し休んだら、サンマの合図で作業はすぐに再開である。四分の一時間も休んでいないが、皆早くここから帰りたいのだ。文句をいう奴など誰もいない。

「まあ、後二三日あれば出来あがるから、それまで何ともなけれ……んあ?……っ! 小隊長ーっ!!」

 振り返って土塁の向こうの魔境を見たサンマが、絶叫した。

 作業を再開しようとした小隊の全員が、バッとサンマを見て、すぐさま彼の指さす方向に眼をやる。

 青白い空に、青灰色の細い煙がたなびいていた。 ……狼煙だ。


 ジロウ小隊長が声の限りに叫んだ。

「敵襲! 敵襲! 敵襲! 太鼓鳴らせ!!」


 白雪姫が小声でひとりごちた。

「ついてねぇ……」


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