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異世界ツーリング  作者: おにぎり
外伝~歩兵中隊
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歩兵中隊 3

歩兵中隊 3


―コンコン

 夕方、第二小隊長のジロウは、第5小隊長に移動したサブロウの部屋の扉をノックした。各小隊長室の扉は、寝ている時以外は常に開け放たれているが、まあ最低限の礼儀という奴だ。

「どうぞ」

 サブロウは鎧の手入れをしていた。小札(こざね)をつなぐ麻紐を新品に代えているのである。

「おう、サブロウ、ちょっと相談があるんだよ」

「ふむ」

 ジロウは狭く殺風景なサブロウの部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた。


「で、なんだ?」

 サブロウは手を休めて、ジロウに向き直った。

「ああ、お前はけっこう学があるから何か思いつくだろうと思ってな……中隊長が一月後に結婚するだろ?中隊として贈り物はどうする?イチロウさんは自分の家から贈り物を出すだろうからよ。」

 ジロウの最近の悩みは、その事なのである。

「ああ、俺も考えていた。…なにか無いか?」

「それを相談に来たんだろうがよ。」

 悩みどころである。

 ジロウやサブロウに大して金はない。中隊兵士から集めて…まあ一人10ディルとしても2千ディル。これが良い所だろう。あまり安っぽいものを送っても中隊長の恥になるし、高いものはお返しが大変になる。


「ジロウ、中隊長が欲しがるものは何だと思う?」

「優秀な兵士くらいのもんだな」

 困ったものである。

 ファルダード中隊長には、これと言って趣味もないのだ。一般には短剣やら装飾品やら布やらを贈る場合が多いが、そんなものは大して喜ばれないだろう。

 装飾品や布など、「ふむ、きき綺麗だな。な何に使うのだ?」だけだ。それに、彼は良い馬にも、良い武器にも興味はないのだ。自分より腕の立つ中隊兵士に、貸し与えて終わりだろう。


「うーむ…」

「うーむ……あ」

 サブロウが何か思いついたようだ。

「軍曹殿とアール軍曹殿が紙を作ったと聞いたが…それはどうだ?」

「ふむ…良いかも知れねぇ…だが、高そうだな…扱ってるとすればアミル商会だな」

 ジロウは記憶を掘り返してみた。アミル商会は軍曹殿が定宿にしていたはずだ。紙の開発もアミル商会の主人と共に行ったと中隊長に聞いた。……これは手に入るかも知れん。

「よし、明日の朝にでも行ってみるわ。ありがとうよサブロウ」

「こちらこそ助かった。宜しく頼む」

 サブロウはジロウに小さく頭を下げた。

 宜しく頼む、とは…相変わらず堅い男である。


「よし、じゃあサブロウ、そう言う事でな…ああ、ニタマゴがたぶんちょっと困ってる。たぶん中隊長も知ってるけど、お前からも声かけとけよ」

「ああ、わかっている。モクギョの件だな。ニタマゴは優秀だが下の者から怖がられ過ぎだな。……気を使わせてすまんな」

「うるせぇよ」

 バカめ。水臭い奴だ。だが、まあこれがサブロウのいい所でもあるな、とジロウは思わなくもない。

「じゃあ、俺は帰るわ」

 ジロウはさらっとそう言って、サブロウの部屋を出た。彼には妻子がいるので、隊舎には住んでいない。


^^^

 さて、アミル商会といえば、ジャハーンギール近隣では有名である。近郊のいくつかの小規模村落と、独占的に農産品の売買契約を結んでいるのだ。こんな商売のやり方をしている店は他にない。買値は少しばかり渋いが、安定的な取引をしたいならこの商会は最高である。

 ジャハーンギール近郊の、ちょっと裕福な農家の4男であったジロウも良く知っている。店を訪れるのは初めてだが、ためらいもなく中に入った。家から直接来たので、私服のままだ。


「おう、こんちわ。ちょっと聞きたいんだが」

「はいはいはーい!!いらっしゃいまーせ!なんなりとどーぞ!」

 若い不細工な店員が、奥から揉み手をしながら飛び出てきた。随分とまあ元気のいい店である。

「ああ、あれだ。最近、紙がこの国でも作られたと聞いてね。…こちらで手に入るかい?」

 ジロウの言葉に、店員は少しばかり眉を寄せて、申し訳なさそうに答えた。

「旦那様!確かーに!確かに紙が開発されました!!開発者は私どもの商会主であるアミル・ファルジャーンと、ファハーンの戦闘士であり学者であられるイセ・シューイチロー様とアール・シューイチロー様でございまーす!!ただ……」

「ただ?」

「ええ、紙は宮廷の専売となりましたので、私どもは代理店、という形をとらざるをえません。勝手に作って売るとクルマ=ザキ!アイエェェ!コワイ!……あいにく宮廷の製造販売には今しばらくの時間がかかりまーす」

 がっかりである。


「あー、そうかい…そいつはまいったな。…うちの上司の結婚の贈り物が欲しいんだが、何か提案はないかい?」

 こうなればヤケである。案が浮かばないなら、色々と当たってみるしかない。動いているうちに、何かの状況はできるものだ。軍曹殿曰く、兵は拙速を尊ぶのである。

「そうですねぇ。ご上司様はどういったお方なのでしょうか?」

「軍人だよ…ああ、まあ言ってもいいか…第三兵団長だ」

 俄かに店員の目つきが変わった。

「旦那様!中隊のファルダード・ホライヤーン様とあれば、私どもは全力でご協力いたしまーす!…そうですね…紙はお売りできませんが、なんとなんと、こういったものが!!」

 店員が奥から出して来たものは、ねじくれた青いガラスの棒であった。ジロウの頼りない審美眼によると、素晴らしく綺麗である。

「こいつは何だい?」

「ガラスペンと申します!!イセ様とアール様がお作りになった、最新の筆記用具です!これをこうやって…」

 店員がペンをインクに付け、羊皮紙に走らせると、均一で綺麗な細い筋が描かれた。


「おお!良いじゃないか!」

 見事である。これは実に良い贈り物になりそうだ。

 それにしても、軍曹殿は…何を作ってらっしゃるのか。ジロウは呆れて言葉も出ない。あの方々は戦闘士の筈なのだが…まあいい。軍曹殿ならこういう事もあろう。そう思う事にして、自分を誤魔化した。

「これはこの店に一本しかない最高のガラスペンですが、1000ディルでお譲りいたしまーす!!加えて、普段使い用に、質素な物をもう一本お付けいたしまーす!」

「よし買った!金は3日後に持ってくるから取っといてくれ」

「はい!ありがとうございます!」

 交渉は無しだ。すでに大幅に値引いているのはバカでもわかる。ここで値引き交渉などすれば、中隊の名誉にかかわる。

 大幅値引きが申し訳ないので、ジロウは店にある薔薇の香油と蜂蜜菓子を買った。嫁と子供二人への土産にするのだ。


 これで今月のこづかいは全てパァである。



^^^

 結婚式当日。


 中隊からは5名の士官が参加した。第一小隊長オニギリ、第二小隊長ジロウ、第三小隊長ニタマゴ、第四小隊長キムタク、第五小隊長サブロウ、以上である。

 式自体は滞りなくすぐに終わり、今は立食形式の宴である。

 執政官の息子と近隣の部族長の娘なので、それなりに盛大なものだ。お偉いさんも多く、綺麗どころのお嬢さん方もいる。だが、中隊の士官である5人は、いま一つ場に馴染めていない。政治的な社交には慣れと知識がいるのだ。5人ともソコソコの学はあるが、彼らには経験がまるでないのである。


 しかも…悪い事に中隊の士官たちは目立っている。悪目立ちという奴である。チラチラとした視線と、ヒソヒソと噂されている気配が、ありありと感じられる。

 なぜなら、5人とも同じ格好をしているからである。いや、花婿のファルダードも入れて6人である。


「サブロウ…」

「ああ、ジロウ、まずいな…」


 士官たちは悩んだのだ。

 正式な結婚式の場…いったい、どんな服を着て行けばいいと言うのだろうか…そんなに大きな家の出では無い5人には、上流階級の社交などした事が無いのだ。

 戦闘服は論外である。結婚式は戦場では無い。

 普段着…あり得ない。

 正装…誰も持っていない。

 悩んで話し合った末に出した結論が、こういう場合用の士官たちの服を中隊の備品として揃える、という事になったのである。


 そう決めたなら本気でやる。中隊が舐められてはいけないのだ!中隊の名誉がかかっている!

 ファルダード中隊長はがっつり金を出した。士官たちも金を出した。中隊の会計係も、中隊運営費から金を出した。中隊兵士たちも、自分たちの名誉を守るために、楽しみの酒を削ってなけなしの金を出した。

 それで計画されたのが、この礼服である。

 どうせなら、この国に、いまだかつてない衣装を創ろう。誰かがそう言ったのだ。かつてない衣装…素晴らしいと皆が思った。

 そこで、軍曹殿の着ていらっしゃった"革じゃん"と"革ぱん"を元に構想を練る事にした。中隊の中で最も絵が上手い、分隊長のハッパが絵図面を描きあげた。それをハッパ自身が服屋に持ち込んで、形にしたのだ。


 今、士官たちは思っている。帰ったらハッパをどつく、と。


 下は黒い山羊革で出来た、まっすぐな細身のズボン。靴は磨き上げた黒い軍靴。これらはまあ良い。

 問題は上だ。

 上は高価なぶ厚い水牛の黒革を使用している。だが、予算の都合上、袖が無いのである。ハッパのバカが、革の質やボタン、用途不明な沢山の銀鋲など、高価な細部にこだわりすぎたのだ。

 結局、異常に堅牢で贅沢な、革のチョッキのような格好になってしまった。肩口から先は素肌である。

 ハッパは袖がなくて寂しいと思い、「よかれと思って」肩口に羊の毛皮をぐるりと縫いつけた。さらに、前腕に黒い革の小手を付けることにした。手には指抜き手袋をはめる。頭には、新たに作った深緑色のべれぇ帽。

 そして左胸には、あの緑の粗末なリボンが燦然と輝く。


 見ようによってはカッコいい。

 …いや、正直に白状しよう。確かにファルダード中隊長をはじめとした士官たちも、始めてみた時は歓声を上げたものだ。中隊兵士達にも評判が良かった。ジロウの嫁はともかく、四歳の息子と二歳の娘の評判も良かった。

 ジロウ自身、鍛え抜かれた上椀が剥き出しというのが、悪くないと思った。仲間と「ヒャッハー!」などとおどけてみたりした。


 ……あの時はどうかしていたのだ!


 花婿すらこの格好というのは…無い。だが、中隊長は全員の視線にさらされる立場なのに、誇り高く堂々として見せている…さすがとしか言いようがない。


「おい、お前ら」 ジロウの背後から声がかけられた。ああ、この声は…

「イチロウさん…」

 第四兵団長に就任したイチロウである。彼は普通の正装だった。

「凄い格好をしているな。話題になってるぞ……第四兵団も真似して良いか?」

 そんな皮肉はやめてくれ…もう…

「好きにしてくれ…」

 投げやりなジロウを、イチロウはニヤニヤ笑いながら観察している。

「ふむ、俺の隊では胸のリボンとべれぇ帽の色を変えることにしよう。こいつは面白いな」

「そうかい…」

 もう嫌だ……

「誰が作ったんだ?」

「ハッパのバカですよ」

「そうかそうか、よしわかった」

 イチロウはそのまま笑いながら、遠くに離れて消えて行った。ジロウも消えてしまいたかった。



 まあ、それはともかくとして…


 花嫁は、かわいい。荒っぽい遊牧民の族長の娘だけあって、幼いながらかなり気が強そうな印象を受ける。まだ10歳との事だから数年早すぎる結婚だが、このくらいは普通の家でもよくある話である。早いうちに嫁にとって、自分の家で育てるやり方なのだ。

 もちろん政略結婚である。これは貴種の義務と言っていい。

 とは言っても、政略結婚の方が相手と相手の家に気を使う分、むしろ庶民の結婚より仲睦まじく良い夫婦となる場合が多い。男女の仲は一歩引いた方が上手くいくと、ジロウは思う。まあ、上も下も結婚の苦労は色々である。幸せも色々である。


 と…その今日の主役二人が、漫然と暇を持て余している中隊士官たちの所にやって来た。執政官と白山羊族の族長も一緒である。


「ぱパルヴァーネフ、し紹介しましょう。私の中隊の士官たちです。右から、じジロウ、ささサブロウ、にニタマゴ、オニギリ、きキムタク。おおお前ら、今日から私の妻となったぱぱパルヴァーネフだ。宜しく頼む。こちらは、し白山羊族族長の、くクーシャー殿」

 中隊長は、にこやかに互いを紹介した。幼い妻に対しても、随分と丁寧な言葉遣いである。

 だが…

「夫殿よ。私はパルヴァーネフじゃ。パパパルヴァーネフでは無いぞよ?さっきからもう何なのだ。いい加減に我慢ならん」

 透き通った幼い声に、空気が凍りついた。


「ぱパルヴァーネフ、わ私はどもりなのですよ。スッと話すのは、むむ難しいのです。ごご御容赦を」

「嫌じゃ。顔が悪いのは…まあなんとか許す。だが変な喋り方は我慢ならん。情けないのう…治してもらおう」

 執政官は微笑を浮かべている。もちろん本心で笑っているわけではない。

 白山羊族族長のクーシャーは顔が真っ白だ。激怒と焦燥と羞恥の為だろう。

 中隊長は軽く困惑した苦笑を浮かべている。この人は、まるで気にしていないのだ。

 パルヴァーネフの残酷な言葉に、一瞬たぎりかけたジロウの血は、中隊長の顔を見てすぐに静まった。言われた本人が冷静なのに、外野が勝手に激怒するわけにもいくまい。


「しし舅殿、まだ幼き妻は、つ疲れたようです。べ別室で休ませてやってください」

「ファルダード殿、申し訳ない…」

 クーシャー族長は歯を食いしばりながら、娘の肘をとって、そっと別室に連行して行った。彼は、娘の教育も出来ない男、という大恥をかいたのだ。まあ、事実であるから仕方ない。あの愚かな娘は、社交の場に一切出す事が出来ないだろう。そう、ジロウは思う。

 ファルダード中隊長は去っていく二人の後姿を横目で眺めて、一瞬だけ、小さく短いため息を漏らした。それだけだ。

「お、お前ら、すすまんな。気にしないでくれ。……まあ、おお前らの前で良かったな」

「はい、中隊長」

 サブロウが代表して、一言だけで答えた。


「ところで…」

 中隊長が片頬を上げて、いたずらっぽく笑う。

「あの、がガラスペンというのは良いな!おお前らありがとう!」

 やはり!ジロウも、ついつられて笑顔になってしまった。思った通りだ。中隊長の嗜好には、ああいう実用的、実践的な物が最適なのだ。

「中隊長、あれはイセ軍曹殿とアール軍曹殿が作られたらしいですよ」

「……ははははは!ほほ本当か?!あの、か方々は、わわ訳が分からんな!!」

「「「確かに」」」

 皆、同意せざるを得ない。まあ軍曹殿だから、そう言う事もあるのだ。

「ああ、おお面白いなぁ…

 ところで、じジロウ、ははハッパに、お俺が服を褒めていたと軽く言っておいてくれ。この、ふ服は良い…動きやすく、か簡易的な鎧にもなる。わ我々に、ふさわしい」

 ジロウの目が遠くなった。……ああ、そうだ…この人はこういう人だった…実用的、実践的な物が好みなのだ…。

 ファルダード中隊長は、「じゃじゃあ後でな」と言ってあいさつ回りに戻っていった。



^^^

 宴の付き合いで気疲れした体を引きずって、自宅に戻る。ジロウの家は隊舎から数分の、小さな集合住宅だ。ジロウの給金ではこれが精いっぱいである。士官といっても、あくまで中隊内規の事だ。一般の兵士と比べて、格段に高い給料をもらっているわけではない。


 彼は飾り気のない質素な扉を開けた。少し建てつけが悪くなってきている。後で直さなければならないだろう。

「ただいま」

 家は良い。そう思う。

「お父さんおかえりなさい!」「おっととたあーぅ!」

 子供たちが駆け寄ってくる。

「お帰りなさい、ザカリアス。いま湯を沸かすね」

 妻は内職のお針子をしながら、夫に声をかけた。お腹にはもう一人いる。

「ああ、ただいま。ほれチビども、土産だ」

 砂糖菓子である。宴から、密かにポケットに入れて持って来たのだ。本日の最大戦果である。

「ありがとう、お父さん!」「あーたーだっだーぃ!」

 子供達は両手を上げてクルクル回っている。うるさくて仕方ない。バカめ。

「食べたら歯を磨けよ」

「はーい!」「あーぅ!」


 家は良い。

 狭い家だが、それでも良いのだ。




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