レイラーの飛行機械 6
レイラーの飛行機械 6
あれから、1/5模型は結局5度作り直した。サイズの違いによる空力特性の変化も様々に実験を行い、できる限りの検討がなされた。
そして今、ようやく実機の製作に着手したのである。
「お父様、組み立てる場所がないのですよ」
「建てれば良いじゃないかね?」
それがロゴスというのものである。当たり前の事である。無いのなら、作ればよいのだ。ためらう事など何もない。
「うむ、やはりそうだよね、お父様。ではキルス、大工を手配してもらって良いかね?」
「はあ…」
そのようにして、あっという間に組み立て工場兼格納庫は完成したのである。ただの箱でしかないのだから、特筆すべきものでもない。場所は外壁の外だ。
キルスだけは出費に泣いている。まあ、そんな事もどうでもいいのだ。いつもの事である。
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その格納庫に、沢山の荷物を積んだ一台の自操車が向かっていた。
「暑いなぁ!なあイマーン!カンカン照りだな!」
「あーもう…オヤジの喋りを聞いてるともっと暑くなるぜ…」
「そいつは良かったな!」
ボルズーと、その次男であるイマーンである。
イマーンは12歳。8歳の時から工房で働いているから、職人歴はすでに4年。ただし、下働きなのでその腕はまだへなちょこである。
「お、着いたぜオヤジ」
暑いので格納庫の扉は開け放たれているが、外からは見えないように簾がかかっていた。ボルズーは乱暴に簾を押しのけて自操車を中に入れた。
「おー、ビジャンさんが組んでるな!こんにちは!」
「……こんにちは…」
ビジャンは操縦席周りの工作をしていた。鉋を使って器用に木を削っている。なかなか見事なワザマエである。
「ビジャンさんは戦闘士などやめた方が良い!木工で食っていける!」
「戦闘士の方がよっぽど金になるぜ…」
「ぶはは!間違いないな!」
それはそうである。戦闘士のビジャンはボルズーの5倍は稼いでいる。危険ある所、報酬も大きい、自明である。
「…………まあな…」
素直に認めるものの、ビジャンの沈黙はいつもより一瞬長かった。リアクションに困ったのであろう。
「俺も戦闘士になりてぇぜ!」
男のガキがあこがれる職業の一つが戦闘士である。理由は言うまでもない。ロマンである。男のガキなんて、みんなバカだ。
「……木工の方が面白い…」
「マジかよビジャンさん。変わってもらいてぇぜ」
愚痴をいいながらもイマーンはボルズーを手伝って、部材を下ろし始めた。ぶん殴られる前に動く。職人の鉄則である。
ボルズーとイマーンは積んできた部材を使って、下主翼を組み始めた。組み立てはここで行うが、部品の製作は自宅工房で行っているのである。
「イマーン!木釘持ってこい!」
「あい親方!」
図面を数えきれないくらい読み、自分で模型製作をして来たボルズーは、構造を完全に熟知している。手際良くどんどんと組んでいく。
イマーンはこういう作業中は無駄口など叩かず、父親の事を親方と呼んで指示に従っている。そうしないと木っ端でぶん殴られるからだ。
5時間ほどぶっ続けで働いて、どうやら形になった。
「ビジャンさん!休みましょう!」
「あー、あちいぜ…」
「……食え…」
ビジャンが昼飯屋特製の羊焼肉ホットドッグモドキを、籠からひょいひょいと取り出した。全部で一人3本づつである。
「おう!いつもすみぐもぐ!」
「ごちになりまぐまぐ」
ボルズーもイマーンも異常な早食いである。大家族の宿命なのだ。彼らは、これが楽しみで仕事をしてると言っても過言ではない。
「……イマーンは戦闘士になりたいのか…」
ぽつりとビジャンが言った。
「へっ?そりゃそうです。カッコいいぜ!」
その言葉にビジャンは無言である。
「ビジャンさんの家では大人の男は皆戦闘士だそうですね!レイラー先生から聞きました!」
「すげぇぜ…」
その言葉にビジャンは無言である。
「ビジャンさん、俺にも武術を教えてもらえませんかね?」
その言葉にビジャンはイマーンを見て、言った。
「……明日の朝、来い…飛行機械の事は何も言わないと誓え…」
そういう事になった。
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シューイチロー家の朝は早い。男たちは日が昇ると、朝飯前に剣や槍を4人で振るう。伊勢、ファリド、ビジャン、ロスタムのメンバーである。
だが今日はもう一人おまけが付いている。
「おい、ビジャン、彼は?」
「ビジャン先生の友人の息子でイマーンです!木工職人の弟子やってます!イセ大先生!よろしくっす!」
伊勢の問いかけにイマーンが元気よく答えた。伊勢を見る彼の眼はキラキラと輝いている。なにしろ、アルバール帝国最強の戦闘士が目の前にいるのだ。憧れの人、なのである。
「よろしくは良いが先生はやめてくれ…ビジャン、彼も練習に参加するの?」
「はい!ビジャン先生から許可をもらってます!今日はビジャン先生の一日弟子っす!」
「ふんむ、まあいいか」
その辺は伊勢も無頓着である。こまけぇことはいいのだ。
イマーンは体格の似ているロスタムの防具を借りて、練習に参加する事になった。そして、ビジャンのしごきによりボロボロになった。
彼の運動神経は悪くない。が、取り立てて良くもないのである。しかし、へこたれない。大家族パワーである。
「はぁはぁ…すげぇぜ…これが戦闘士の訓練か…」
などと抜かしながら、ヘロヘロの太刀筋でビジャンに打ちかかっていき、「アバーッ!」とぶっとばされている。
「おいビジャン、もう少し加減してやれよ」
という伊勢の言葉は無視である。伊勢はちょっと悲しくなった。
「ご飯ですヨ!」
アール軍曹殿からこの命令がかかると訓練は終了である。可及的速やかに水を浴びて、食卓につくのだ。イマーンもご相伴にあずかった。
彼はあれだけビジャンにブッ飛ばされても、へこたれない。「イタダキマス」の号令と共に、ぐいぐいと飯を食らっていく。
さっさと飯を食い終わると、伊勢の方を向いて、真剣な目をして問いかけてきた。
「イセ先生!俺は…戦闘士になれますか?!」
「ん?…まあ無理だろうな」
「無理言うな」
「……無理だ…」
「無理だと思うよ」
「無理だと思いますヨ」
「キシシシシシ…」
セシリーとフィラー以外の全方位攻撃を受けたイマーンは白目を剥いて一瞬で轟沈した。可哀想でなくもない。
「なんでっ?!」
「だって、今の君には才能がないからな」
その伊勢の言葉に、全員が頷く。
「そ、そんなのまだ判んないじゃないっすか!」
「まあ、そうかもな」
伊勢はそう言うと、ずずっと味噌汁をすすった。今日も味噌汁は濃い。
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朝食の後、イマーンはビジャンから学問を命じられた。内心では不服であったが、一日師匠に逆らう事など出来ぬ。ぶん殴られるからである。
そこからは、「兄弟子」のロスタムさんに指導を受けるフィラーさんに指導を受けるイマーン、という謎のトコロテン式授業体系で、居間の一角を占拠し、何時間もの勉強(拷問)が開始された。"ビジャン先生"はそれを横目で見ながら、黙って新型の毒の調合をしている。
イマーンは腐った。
「みんなおはよう!イセ君いるかね?!…おや、イマーン君。勉強かね!?素晴らしいね!!」
10時を過ぎてイマーンが腐りきったころにレイラーがやって来た。
「師匠なら作業場ですよ、レイラー先生。ガラスを弄ってると思います」
「そうかね」
「あ、レイラー先生、後で複素平面と行列を確認させてください」
「ふむ、わかったよ」
レイラーは、すたすたと作業場に向かって行った。もはや自宅の如き気軽さである。
「ロスタム先生、イセ先生は…ガラス職人もやってるんで?戦闘士じゃないんすか?」
イマーンには話かが分からぬ。なぜ戦闘士の家に作業場などがあるのだ。なぜ学者のレイラー先生が来るのだ…学者の卵らしきロスタム先生が、なぜ戦闘士の弟子をやっているのであろう…
「うわぁ…先生はやめてくれ…師匠は職人じゃないよ。エンジニアっていう、モノを作る学者だよ。紙も師匠が作ったんだ」
「そうすか」
イマーンには全くわからぬ。まあ、わからないので放っておく事にした。たぶん、想像できないくらい凄い人なのだろう。大先生なのだ。
しばらくイマーンが地獄の足し算引き算に挑んでいると、、作業場から「おおお!!たぁびん!!作用反作用!!」という叫び声が聞こえた。
「ロスタム先生…あれは…」
「レイラー先生が何か思いついたんだね。…ロスタム先生はやめてくれよ、イマーン…」
ロスタムは心底げんなりしている。師匠が「先生」と言われるのを嫌がる理由が分かった気がした。
「そうすか。じゃあロスタムさんにします」
「ああ」
そんな話をしていると、なぜかいつもより色っぽい艶々した顔でレイラーが居間に戻ってきた。
「いやー、ビジャン君!危ない所だったよ!喜びのあまり、全て話してしまう所だった!実に危ないね!素晴らしい発見があったよ!たぁびんだよ君、作用反作用なのだ。わかるかね君?!空気を押し出せばいいのだ。実にエレガントだよ。これで推進力の問題は解決だね。後は回転力を打ち消すためにどうすればいいかだ…あ――逆転!二つつけて反転させればいいのだよ!素晴らしいね!完璧だ!だが仕組みが難しいね…どうしようか…」
実に危険である。
全て話している。喜びのあまりテンションが上がり過ぎて、思考がだだ漏れになっているのである。いつもは内にこもって思考する彼女からすれば珍しい事だ。
「レイラーさん、家まで送ろう。…イマーン来い」
「―そこで翼の両側に互いに反転するたぁびんを一つづつ付けてやればいけるね…。そうだねビジャン君…」
ぶつぶつと喋りながら、レイラーはビジャンに連行されていった。もはや抵抗の意思すらない。イマーンもついて行く。計算問題よりは遥かに良いのである。
ビジャンは彼のボロ自操車にレイラーとイマーンを乗せ、自操車を走らせ始めた。
レイラーはすぐに思考の彼岸から戻ってきた。
「いやはや、ビジャン君!危ない所だったね!助かったよ君」
「ビジャンさん、俺はそんなに才能がないっすか?」
ギシギシきしむ自操車の上で、イマーンがビジャンに問いかけた。彼は納得いかないのだ。
「……ない…」
「木工職人何か嫌っす」
「……だからお前は才能がないんだ…」
イマーンは腐って自操車の上から道につばを吐いた。ビジャンもレイラーも何も言わぬ。けだるい沈黙が漂った。
「ちくしょう…飛行機械はホントに飛ぶんすか?」
「……飛ぶ…」
「イマーン君、聞きたまえ」
レイラーは彼に向き直って、まっすぐに目を見た。
「飛行機械は必ず飛ぶ。飛ぶ事はわかっているのだよ。後は我々のやり方次第なのだね。――私は絶対に飛ばすよ」
理論上は飛ぶと分かっている。レイラーは飛ぶまで絶対にやめない。だから飛ぶのは当たり前である。至極、当然の論理だ。
「……戦闘士も学者も職人も…同じだ…」
「ふむ……なかなか良い事をいうね。ビジャン君」
レイラーは、またちょっと嬉しくなった。
職業は数あれど、犯罪でない限り、あらゆる職業は本質的に同じなのである。世の為になる事をすれば、神から恩寵が与えられる。それだけである。
「……戦闘士では飛行機は飛ばせない…」
「ふむふむ!」
イマーンは相変わらず腐っている。
彼にはわからないのだ。ビジャンとレイラーが何を言っても無駄である。
こういうことは、時間だけが解決するのだろう。
「ところでビジャン君、どこに走らせているのかね」
「親父の鍛冶屋だ」
「おお!!」
たぁびんの相談をするなら、そこしかないのである。




