レイラーの飛行機械 4
レイラーの飛行機械 4
注文して2週間後、アミルの店から、竹が届いた。思いのほか早いのは、船が付くタイミングが良かったからだろう。
「キルス、自操車を回してくれたまえ。さっそくボルズー君の所に持って行くからね」
「はい、お嬢様」
キルスは自操車を取りに走った。
ボルズーに取りに来させても良いのだが、レイラーは現場がみたいのである。イセ君曰く、エンジニアは現場を見ないといけない、との事だからだ。
小型の旋盤をボルズーの工房に入れたので、その様子も見てみたい。親父の鍛冶屋からレイラーが購入して、貸し出しているのである。
さて、そんなことより竹である。
この竹を使ってもう一度1/5模型を作り、テストをしてから実機の製作に移るのだ。レイラーはついニヤけてしまった。本当にワクワクする!
親子で頭をひねった新型機の図面はもう出来あがっている。上下に翼があるので、そのまんま二枚翼機と名付けた。名前など、分かればいいのだ。
図面はイセ君に教えてもらった、三面図と言う方法で書かれている。これは実に秀逸な記載方法である。これを初めて考えた人間は、神に愛された天才であろう。自分もあやかりたいものだとレイラーは思う。
「お嬢様、お待たせしました」
「ありがとう!」
レイラーは魔法を使って、キルスが回して来た自操車にどんどん竹を積み込んだ。モラディヤーン家の荷物用自操車は大きくないから、山盛りいっぱいになってしまったが、何とかギリギリ積み込める。キルスが竹に綱を廻してしっかりと縛った。
「じゃあ留守を頼んだよ、キルス」
「お気をつけて」
レイラーは運転席に乗り込んだ。いざ行かん!飛行機械が我を待っている!
彼女は魔法師ならではのパワフルな発進で、猛然と自操車を走らせていくのだった。
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迷った。
「ふむ、ここはどこなのだろうね?」
27歳にもなって何をやっているのだろうか。ボルズー君の工房に行くのは二度目だというのに…
まさか地元ファハーンで自分が迷子になってしまうとは、思ってもみなかったレイラーである。
「しかし…これはまいったね」
飛行機械の事を考えて、漫然と運転していたのが悪かったのだろう。気がついた時には、知らない路地のどん詰まりにいたのだ。左右は灰色の集合住宅に押しこまれており、細い空しか見えない。荷台から長く伸びた竹を積んで、よくここまで入ってこれたものである。
もちろん、出るに出られない。すでに詰んでいる。
仕方がないので、上空から現在位置を確認する事にした。魔法を使ってふわりと浮かびあがる。50ヤル(約45m)くらい上にあがって見渡してみた。
「うむうむ!なるほど、だいたい近くまでは来ていたね!」
空から見てみれば一目瞭然なのだ。ここからボルズーの工房までは300ヤルと言ったところであろう。
「よし、行こうかね…おっと…まいったね」
降りようと下を見てみると、十人弱の子供たちが自操車の周りに群がってレイラーを指さしている。
「まほうしさまだー!」
「とんでるー!!」
「すごーい!!」
「かっこいー!!」
「女まほうしさまだー!」
魔法師というのは、この国の子供にとって、あこがれの存在なのである。このファハーン行政官区内全域を見渡しても、十数人しかいないのだ。気軽に空を飛べるほど器用な魔法師は更に少ない。
ドン詰まって恥ずかしいので、余計な注目を集めたくなかったが、こうなってはもう仕方がない。レイラーは自操車の上に降りると、子供たちに向き直った。
「少年少女の諸君!木工職人のボルズー君の工房を知っているかね?」
「うおお!おいらんちだ!!」
7歳くらいの青鼻を垂らした子坊主がぴょんぴょん跳ねながら出てきた。
「ニグスすげー!」
「いーなー!」
羨望のまなざし。ニグスはこの瞬間、子供たちの英雄になったのである。鼻水を垂らす勇者である。そんなのも悪くない気がする。
「ニグス君、すまないが君のお父さんを呼んで来てくれたまえ」
レイラーの自操車はふん詰まってしまっているから、助けに来てもらうしかないのである。まことに恥ずかしいが、これもまた学問のためなのだ。
「わかったー!」
ニグスはイセ君の言う所のドップラー効果を残して駆けて行った。何故か子供たち数人も叫びながらついて行く。
「まほうしさまー」
「なんだね?」
6歳くらいの女の子がレイラーの前に出てきた。
「らい年、みこさまのところに行くの。あたしもとびたい!」
「ふむ。そうかね。魔法は才能に依存するから、君が魔法で飛べるようになるかは保証できないよ。だが、そのうちに世界中のだれもが空を飛べるようになるだろうね」
「むう?」
女の子はレイラーの言葉を聞いて考えたが、全くわからなかったようだ。レイラーには、子供向けの話し方など出来ないのである。子供と話したことなど殆んど無いし、彼女自身がもの心ついた時から、ずっとこの口調なのだ。
「あたしはとべるの?」
「あー……、みんな、そのうちにね」
必死に考えた末の返答がコレである。
でも通じたようだ。女の子が目を輝かせて、両手を上げて回りだした。
「ヤッターー!!」
「すげーー!!」
子供たちはヤンヤヤンヤの大喝采。騒ぎを聞き付けた大人たちも、家の窓から顔を出してこっちを見てくる。だいぶ恥ずかしい。
結局、洟垂れ勇者が親父のボルズーを呼んでくるまで、さらし者になるレイラーなのであった。
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ボルズー宅は、狭い。
いや、正確に言うと狭くは無い。人が多過ぎるだけなのだ。家は20坪ほどの4階建て集合住宅である。一階がボルズーの工房と倉庫、二階にボルズー一家が住み、三階以上は別の家だ。大家は別に住んでいる。
その二階に大人と子供合わせて22人が住んでいるのである。まさに地獄の釜と言ってよかろう。
「おめぇら出て来い!荷はこび手伝え!」
とのボルズーの命令が下されると、わらわらと大中小の人間が出て来て、自操車の荷台にたかる。
荷物の竹は、文字通りあっという間に片付けられてしまった。レイラーが魔法を使う必要など一切無い。これが、数の暴力というものである。
「レイラー様!どうぞ中に!」
「そうだね」
中に入ると、意外にも工房の中は綺麗なものである。木屑と粉だらけではあるが、整理整頓はされている。整理整頓は職人の必須条件なのだ。
職人は下っ端も入れて全部で10人。全員が家族である。場所が狭いので、この工房で得意としているのは、小さく細やかな仕事である。熊のように大きく、ぞんざいな性格のボルズーからは想像が出来ない程の、繊細な製品を作り出している。
工房の奥の角にレイラーの貸し出した旋盤が置かれていた。ボルズーの妹の夫が、それを使って作業をしていた。
「ボルズー君、旋盤はどうかね?」
「最高です!飛行機械には必須です!模型製作以外にも大活躍です!」
さもあろう。
「いい機械を自由に使わせてもらって最高です!」
「その方が良いのだよ、ボルズー君」
レイラーは模型製作だけに旋盤を使わせる気は無い。これによって、模型と将来作るであろう実機の品質が上がるならそれで良いのである。
色々に使い倒してもらって、腕を磨いてもらう方が良いのだ。
「どうぞ!」
ボルズーは小さな椅子からパンッと木屑を払ってレイラーの前に置いた。軽く払っただけなので椅子は粉だらけであるが、彼の中では綺麗な事になっているらしい。レイラーは素直に座った。木屑などより飛行機械である。
「ボルズー君、さっそく打ち合わせをしようじゃないかね。…ああ、キミヤー君すまんね」
「レイラー様、いらっしゃいまし」
ボルズーの奥さんのキミヤーが水を持って来た。大きなお腹をしている。またすぐに生まれるのである。その後ろでは柱に隠れて、洟垂れ勇者のニグス(推定7歳)とその他の子供が、目を輝かせてレイラーを見つめていた。
「これが新型の飛行機械だよボルズー君。どう思うね?」
レイラーはボルズーに図面を見せた。二枚翼機である。
「おう!格好良いです!構造的には強そうです!でも上下の主翼のくっ付けかたが難しそうです!」
「細かい所は君に任せるよ。私には工作は出来ないからね」
「やりがいがあります!……てめぇらはあっち行ってろ!!」
ボルズーは柱の陰の洟垂れ勇者に木っ端を投げつけた。脛に痛打を受けた勇者は「びぇぇぇ!」と泣きながら逃げて行った。どうにもやるせない。
「…ボルズー君、すごいね…」
「何がです?」
「いや…なんでも無いよ…竹は、表面を軽く火であぶって使うと良いらしいよ。表面に蝋が浮いてくるのだね。実に面白い植物だよ!」
「ほう!面白い素材です!…っっ!」
ボルズーは無言で再度、木っ端を投げつけた。びえぇぇぇ…
「……えーっと…まず、次の模型で竹の特性について学んでくれたまえ。気がついた事があればどんどん言って欲しい。設計に生かしたいからね」
「わかりました!」
「では、前回からの変更点を確認していこうかね……」
そんな感じで、打ち合わせは進んでいくのであった。
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打ち合わせは2時間に及び、すっかり夕方になってしまった。
「レイラー先生!腹が減りましたね!飯をどうぞ!」
「え?」
腹が減った→飯をどうぞ。まったく論理的な整合が取れていない。だがまあ、いいたい事はわかる。
「かあちゃん!飯は出来てるんだろうな?!」
「この時間なんだから当たり前だろ!」
「レイラー先生も一緒に食うぞ!」
一階と二階で怒鳴り合って、何故かそう言う事になってしまった。
これはボルズー一流のおもてなしなのであろう。彼の気持なのだ。レイラーは黙って受ける事にした。だが、22人が住む二階…おそろしいが興味深くもある。
レイラーはボルズーに案内されて階段を上っていった。どんな人外魔境がこの先に広がっているのだろうか…おや?
「ふむ。ボルズー君、意外と綺麗なんだね」
「ありがとうございます!」
綺麗というより、物が無い。最低限の物だけなのである。これでは子どもたちも散らかしようがない。実にエレガントな解決方法なのだ。
結果として、この家の中で散らかっているのは子供そのものである。
都市生活者で、ここまで家に自分の子供が多いのは、とても珍しい。大概の子供は7歳~10歳のうちに丁稚に出されるか、農村に里子に出されたりする。環境と経済的事情としきたりが、そうさせるのだ。
「あんた達!並べな!」
ボルズー妻であるキミヤーの命令により、軍団はバタバタと動き始めた。ちゃぶ台を並べて、料理をその上に置くらしい。
赤子が泣き、喧嘩が勃発し、そいつらが年長の子供に張り飛ばされ、泣く。滅茶苦茶である。だが全体として見れば、どうやらこうやらキミヤーの命令は執行されていた。
食事はメニューと呼ぶのもおこがましい。パンと、クズ野菜と豆のスープ。以上である。だが、平均的な家の食卓はこんなものだ。
レイラーの分だけは、羊の肉がほんのちょこっとだけ置いてある。
「おめぇらまだ食うな!こちらはお偉い学者で魔法師のレイラー先生だ!
先生!紹介します!あっしの両親、嫁、弟夫婦、妹夫婦、二番目の弟、あっしの子供6人、弟夫婦の子供5人、妹夫婦の子供2人、全部で22人です!」
「「「「こんにちは!」」」」
「おお、諸君、こんにちは!」
既に1/3くらいの子供たちがフライングで食べ始めているが、そんな事を気にしていたら負けである。急がねば食い物が無くなってしまうのだ!猛然と食うべし!
レイラーも羊の肉に噛みついてみた。カッチコチである。お世辞にも美味しいとは言えないが、ボルズーの気持ちである。ありがたく頂く事にした。
「あんた達!レイラー先生の前なんだから行儀よくしな!」
キミヤーが怒鳴って命令するが、無駄である。行儀よくしていたら無くなってしまうのだ。今はただ食うべし!
キミヤーはレイラーと三つか四つくらいしか離れていないだろうに、完全に肝っ玉母さんである。彼女の長男はもう14歳で、ボルズーと一緒に働いているのだ。
…私にも子供がいたら…どんな感じなんだろうね?レイラーは、そう考えずにはいられなかった。きっと、今頃は一緒に飛行機械の事でも考えているのかもしれないね…。
「どうしたサーム!腹でも痛いのか!」
レイラーがふと眼をやると、一人だけ食事に手をつけていない、4歳くらいの男の子がいる。
「…とうちゃん。ぽんぽいたい」
「なんだ情けない!おめぇは腹が弱いからな!寝てろ!」
酷い言い草である。
「ああ、私が診ようじゃないかね。これでも医学を学んでいるからね」
「レイラー先生!お金が払えません!でもお願いします!」
「ああ、わかったよ」
レイラーは立ちあがって、子供たちの隙間を縫ってサームに近寄り、診察を始めた。
「ぽんぽいたい…」
「いつから痛いのかね?」
「わかんない…」
レイラーはサームの右の下腹を押してみた。
「いーたーいー!!」
サームは泣きながら暴れて、レイラーを小さな拳でポカポカ殴った。
「…ふむ、ボルズー君、サーム君は我が家で預かろうじゃないか。すぐ用意をしてくれるかね?」
「先生!サームは病気ですか?!」
「念の為、だよボルズー君。まあ準備をしてくれたまえ。」
「はい!」
本当は念の為でも何でもない。彼はこれから死ぬのだ。
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サームはモラディヤーン家の客間でしくしく泣きながら寝ている。ボルズーがそばに付き添っている。
先程、ベフナームも診断を行ったが、見立てはレイラーと同じものだった。
間違いは無い。腹痛死である。
右の下腹が痛くなって、まず確実に死ぬ病気。イセ君から教えてもらった知識と合わせて考えると、虫垂炎というものだろう。腸の一部が腐ってしまう病気である。
手の施しようがない。
「お父様、ボルズー君を呼んでください。私から話すからね」
「大丈夫かね?レイラー、君は医学は学んだが、こういう経験がないだろう?」
「大丈夫だよ、お父様。さあ、頼むね」
ベフナームは娘の顔をじっと見て軽く頷き、病室に入ってボルズーを呼び、彼と看病を代わった。
レイラーは深呼吸した。
「レイラー先生」
病室から出てきたボルズーの声はとても小さい。
「ボルズー君、サーム君は腹痛死だね」
「…じゃあ、もうだめですね。あっしの弟も、それで死にました」
ボルズーは無表情だ。悲しんでるそぶりも見せない。小さい子供が死ぬのは、よくある事だ。生まれた子供の3割以上が5歳までに死ぬ。ボルズーだって、自分の子供が死ぬのは、初めてではない。
「ボルズー君、腹痛死はとても苦しいからね。痛みを和らげるために阿片を焚くよ」
「先生、お金が払えません。でもお願いします。必ずお返しします」
「わかったよボルズー君」
「…ありがとうございます」
ボルズーはその場に土下座して感謝すると、サームの病室に戻っていった。
「キルス」
「はい、お嬢様。阿片でございますね…阿片で抑えられなかった場合は、私が。」
「ごめんね…キルス。ごめんね」
「いいのでございますよ」
キルスは軽くレイラーに微笑みかけると、薬品庫に阿片を取りに行った。
「ああ。ちくしょう」
やるせない。
でも、こういうものなのだ。
これが、今のレイラー達の限界。
もっと、医学に力があれば救えるのだろう。病気だって神の理のうちなのだ。
だから、もっと学問を…もっと学問があれば…
もっと学問があれば!!
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翌日の夕方、サームは神の元に還った。




