二年と268日目
二年と268日目
「アール、窯焚きを見に行こう。ロスタムも来い。タンデムで行こう」
「はい、相棒」
「はい、師匠」
という事で、ニグラート村に窯を見に行く事になった。今日は第1回目の本格的な火入れなのである。いわゆる量産試作一回目である。運用温度の1300度を目指してガンガンに焚かれるのだ。これを見ない手があるだろうか?いや、ない(反語)。
タンデムで走るのは異世界に来て初めての事である。ヘルメットも変形チートで作ってある。
それは良いのだが…
「し、師匠!アールさん!凄い!速すぎます!」
「相棒!もっとスロットル開けて!」
「あー…」
「これはすごい!」
この世界に新たなるスピード狂が誕生した。
「ふふふ、ロスタム君。凄いでしょう?ボクの本気はまだまだあんなもんじゃないですヨ?」
「アールさん!凄すぎます!こんな世界があったとは!」
「あー…俺はこわ……」
「相棒!帰りはもっと速く走りましょう!」
ダメだ。伊勢の言うことなんか、聞いちゃいないのだ。切なくて泣きそうだ。
まあ、そんな伊勢の愚痴はどうでもいいのである。
街道から3.3キロほど硬く締った土の道を走り、一行はニグラート村に着いた。そのまま、登り窯に直行する。
窯の周囲は、高さ3m程の土壁で囲ってあった。不審者が入れないように、また、周りから見えないように配慮してあるのである。ダールとアフシャーネフの結婚式のすぐ後に、大急ぎでつくらせたものである。ニールワンヤンが磁器の事を知っていたからだ。
双樹帝国大使ヨーンテンファンが磁器の情報を得たルートはキルマウスからであった。彼曰く、「どうせすぐにばれる」とのことである。単に何処かからバレるよりは、交渉カードとして能動的に使った方が良いとの事だろう。まあ、伊勢も一理あるとは思う。ただ、キルマウスは先走り過ぎであるとも思う。
さて、窯には、もうすでに火が入っていた。
尺取り虫のような長い窯の、一番下の焚口に木が放り込まれ、上の口からは火が噴き出ている。轟々と音を鳴らしながら吹き出る炎は、壮観の一言につきる。これを3日の間、焚き続けるのである。
「ドンヤーさん、おはよう」
「ああ、アールさん、イセさん。コレ大丈夫ですか?思い切り焚いてますけど…」
あれこれと職人に指示を出していた窯頭のドンヤーが3人の元にやってきた。窯の仕上げ以外では彼女が見た事のない温度で、やっているのだ。正直、ドンヤーだって怖いのは当たり前である。
「大丈夫だと思ってやりましょう。火力の調節はドンヤーさんの経験に任せます。自分の経験で思い切ってやってほしい。…これは弟子のロスタム。窯場を見学させたいと思いましてね」
「そうですか」
当然ながら彼女には何のリアクションも無い。弟子なんぞ、彼女にはどうでもいいのである。
「ドンヤーさん。中にはどのくらいの試し品が入ってますか?」
「全部で600くらいですね。場所ごとに粘土と釉薬の配合を変えた試し品が入れてあります。全部同じ小さなぐい飲みですけど」
さすがは窯頭である。しっかりとやるべき事はやってくれる。
「俺の作った三角は?」
「三角も各所に配置してあります。あれは良い考えです。さすがですね。」
…さすが…だと?
これは、あの気の強いドンヤー姐さんに、ようやく認められたという事であろうか。ボールミルもどきなど、工房の道具を改善してきた成果が評価されているのだろうか。
伊勢は判断に迷った。調子に乗ると叩き落とされる気がしたので、さらりとスル―しておいた。やわらかい心を守るための安全策である。
ちなみに、三角とはゼーゲルコーンの事である。炉内温度計になるものだ。
鋭角な三角錐をしていて、これを窯の中に入れておくのである。高温になると、それがやわらかくなって首が垂れてくる。この垂れ方を見ることで、炉内温度を測定するのである。
今回、伊勢は4種類の組成のゼーゲルコーンを用意して、炉内各所に配置してもらった。
「さて…これで目的の温度に達してくれると良いんだけどな」
「ドンヤーさん。ボクの皿とマグカップと茶碗も中に入ってますか?」
「はい、アールさんのはしっかり入れてありますよ」
「ありがとうございます」
アールはうんうん、と頷いた。彼女はろくろや手びねりで沢山の器を成型していたので、その一部を中に入れてもらったのだ。
彼女の作った茶碗は15個。一段階ずつ大きくなっていく。フィラーの赤ちゃんの茶碗にするのである。アールは一年に一回、茶碗を大きくする気なのだ。気が早すぎる気が伊勢にはするが、アールは待ちきれないのだ。
彼女はいつの間にやら、職人達から「先生」と呼ばれるほどの腕前である。焼き上がりが実に楽しみである。
「師匠、この窯は煙突のようになってるわけですね?」
ロスタムはさすがに理解が早い。基本さえ理解しておけば、そこから演繹的に推論を導くのは、彼にとってはそれほど難しくは無いのである。
「ああ、そうだロスタム。この中では熱が全体に回るように火炎をうまく導きながら、自然に上に行くようになってるんだ」
「焼き物はどういう仕組みで出来るんですか?師匠」
「焼結、という仕組みだな。融点以下の温度で粒子同士がくっついていくんだ。粘土は結晶の微細粒子からなっているけど、その粒子がくっつきたがるんだ。細かい粒子でいるよりも、ひとつの大きな塊になりたがる。なぜならその方が安定だからだ。粒子の集合体でいるよりも、塊のほうが合計の表面積が小さい。物質の表面というのは不安定なんだ。だからそれを減らしたがる。表面エネルギーを減少させる方向に進む、という事だ。それが焼結の駆動力だな。」
アールが伊勢の説明に合わせて、地面に図を描いていった。彼女は伊勢の知識をベースとして持っているので、学術的な部分も完全に理解しているのである。
伊勢はその図を利用しながら授業を続けた。相棒同士の無言のコンビネーションである。
ロスタムは伊勢の説明を、メモを取りながら真剣に聞いている。
正直いって彼にはわからない部分もあるが、概要は充分に理解できる。後で彼が質問をすれば、師匠はわかるまで答えてくれるので、これで良いのである。
「熱については以前説明したよな?簡単に言って振動が熱だ。高温になると、結晶を構成する原子が振動して、活性化エネルギーを得た原子は、元にいたところから移動できるようになる。これが拡散という現象だ。隣のやつと席を替わるようなものだ。これを繰り返して、みんなが一番座りの良い席を探すんだ。つまり、ひと固まりを目指していく。
この拡散はだいたい3種類と言っていい。粒子の内部から拡散してくる体積拡散。粒界を動いてくる粒界拡散、粒子表面を動いてくる表面拡散だな。で、そうやって拡散して来た原子が、粒子と粒子の接触面に集まっていくんだ。ただ、こういう焼き物の場合は粒子間に液相が形成されるから、もう少しモデルは複雑だけどな。
…さて、じゃあ素焼きの段階から順を追って現象を説明するとすると…まず成型された粘土の表面から吸着水が飛ぶ。乾燥しているように見えて、水ってのは結構頑固にくっついているモノなんだ。次に結晶内部の結晶水……」
そんなこんなで伊勢の講義は一時間以上続いた。
意外な事に、ドンヤーも窯の具合を見ながら、伊勢の講義をかた耳で聞いていた。アールが参加していたのが一つの理由だろうが、学問に触れた事のない職人のドンヤーには、なんとなく興味があったのだろう。しかも分野は自分のやってきた焼き物である。
伊勢としても彼女が興味を持ってくれるのは嬉しい。彼女にとっての伊勢の評価が、一ポイントでも上昇する事を願うのみである。
さて、それはともかく伊勢には言わなければいけない事がある。
「ドンヤーさん。正午に手の空いている職人を集めてもらえますか?村人も全員。もう一度念を押しておきたいんです」
伊勢はそう言って、いつも通りの仏頂面をしている彼女に、無理やり職人と村人を集めてもらった。
村の中央広場で車座になった村人の真ん中で、伊勢は演説をする事になった。
正直、伊勢は結構緊張している。普通の状態で、普通の人を相手に話すというのは、この国に来て初めての事である。
しかも相手は仕事の手を止められて、ちょっと迷惑そうにしている村人たち。
プレッシャーを押し殺し、伊勢は声を張り上げて話し出した。
「皆さん、仕事の手を止めさせてしまってすいません。窯について、もう一度皆さんに言っておかなければいけない事があります」
できるだけ直截に言わなければならない。学の無い村人に曖昧な言葉は通じないのである。
「この村の新窯は最新の窯です。製法も最新です。双樹帝国以外どこにも無いものです。もしかしたら双樹帝国にも無いかもしれない。非常に貴重なものです。
この村は、この新窯のおかげで豊かになるでしょう。皆さんが使えるようになる金も必ず増えるはずです。
ですから、この窯と、そこで出来る焼き物の秘密を、探りに来る人間も現れるでしょう。極めて価値ある情報です。
皆さんは、窯の事について漏らさない事をすでに誓っています。だが、もう一度ちゃんと心得て欲しい。存在も出来るだけ知られないようにすべきだ。この村の焼き物は全てアミル商会がとり扱う。宣伝など不要です」
伊勢は一拍置いた。
「いいですか?窯の仕組みや磁器の作り方について、一言でも漏らした人間はこの村の裏切りものです。窯場から破片一つ、粘土一握りを持ちだした者も、この村の裏切りものです。
セルジュ一門の看板に泥を塗る裏切り者でもある。セルジュ一門宗家の家産を売り飛ばす盗人でもある。
セルジュ一門は絶対に許さないでしょう。必ず追い詰めて車裂きにして殺すでしょう。仮に村が許しても、セルジュ一門は絶対に許しません。本人だけではなく、家族も殺されるでしょう。」
真剣に聞いている村人もいれば、聞き流している村人もいると伊勢は思う。クドいと思っている者もいるだろう。
村人たちも既にわかってはいる。だが、漏らす気が無くとも、ふとしたはずみで口を滑らせる事はある。念には念を押すに越したことは無いと、伊勢は思っている。信頼とは別の話なのである。
『軍曹殿』になって脅せば簡単かもしれないが、それはしたくはない。この村の人たちと、ここで新しい産業を作っていかなければならないのだ。
「これは本当に脅しではありません。我々は本当にやります。セルジャーン家と我々はすでに莫大な金をここに投入していますから…邪魔する者は殺さなければいけません。秘密を漏らすものは、必ず殺されます。
私、伊勢・セルジュ・修一郎は二級戦闘士です。相棒のアールも二級戦闘士で魔法師です。私たちは、いままでたくさんの人を殺してきました。
…人を殺すのは嫌なものです。襲ってくる敵を殺すのには何の躊躇もありませんが、そうでない相手を殺すのはとても嫌なものです。
私たちはこの村の誰かを殺すのは真っ平御免です…しかし、殺さなければならないなら、私が殺します。それが私の、なんというか…責任です。」
本当に嫌なものなのだ。伊勢はあれから何度も夢に見る。ザンドを殺した事は後悔していないが、だからと言って気にならないわけではない。首に手をかけた時の、ぬるっとした脂汗の感触は忘れない。
たぶん、一生これは付きまとうのだ。伊勢はそれを受け入れている。
「なので皆さん、一人一人、もう一度私の前で誓ってください。老人から子供まで、全員です。宜しくお願いします」
伊勢の話が終わると、ドンヤーが彼の前に出てきた。
「イセさん、誓います。ドンヤー・ニグラーティンは絶対に窯と磁器の製法を漏らしません」
彼女は伊勢の前で深く一礼して、誓いの言葉を述べた。窯頭の彼女はもう、この窯の特殊性を良くわかっている。ありがたいと伊勢は思う。
たぶん、彼女は伊勢の気持ちもわかっているのだ。根拠は彼女の顔しかないが、そう伊勢は思った。
仕事をしている仲間と通じ合うというのは、こういう瞬間である。
こういうのは、古臭いだのなんだの言われるが、大事なんだと伊勢は思う。何と言っても、モノを作るのは人なのだから。
ドンヤーは向き直って、皆の方を向いて叫んだ。
「みんな、あたしはこの窯はいけると信じてる。みんなも協力してちょうだいっ!」
これが、初めはクソミソに登り窯を貶していたはずの、彼女のセリフである。
「ありがとう、ドンヤーさん」
ドンヤーは一つ頷いて、窯の方に走っていった。気になってたまらないのだ。
次に村長が、次に窯場の職人達が、その次に村人たちが、一人一人伊勢の前に出て誓った。200人を超える人数だ。終わるまでに一時間以上かかった。
窯の職人達は、ほぼ理解していると伊勢は思う。窯の仕事から遠い村人の中には、理解していない者もいるだろう。
そういうものだ。
周知させるためには一度だけではいけない。繰り返し繰り返し、何度もやって、それが当たり前だという雰囲気を、全体に醸成しなければいけない。理屈など通用しないのである。伊勢も小まめに来て、窯を気にしている様子を見せなければいけないと思っている。
一種のパフォーマンスだが、管理者にはそれも重要な仕事なのだ。
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二年と282日目
伊勢とアールとロスタムは、またニグラート村の窯場に来ていた。
窯出しの日なのである。
窯を焚き終わってから10日以上の日数がたっている。セラミクスは急冷により発生する引っ張り応力の熱衝撃で割れるので、徐冷期間を長くとる必要があるのだ。
「よし、お前ら開けな!」
「へーい!」
ドンヤーの指示により、職人達が窯の入り口をふさいでいるレンガと粘土を崩し始めた。
全員が固唾をのんで見守る。伊勢たちもだ。
誰もが静かな期待と不安を胸に押し殺し、じっと窯の口を見つめている。
窯口が開いた。静かなどよめきが職人達の間に走った。
「お前ら、まだ勝手に出すんじゃないよ!ちゃんと番号を振らないといけないからね!」
ドンヤーはそうやって職人を叱りつけると、窯の中に入っていった。伊勢と仕事をして来た彼女には、この窯出しの意味がよくわかっているのだ。
伊勢も彼女に続いて中に入った。
釉薬が熱衝撃で割れてできる、貫入の生じる音はしない。静かなものである。
「1の1の1から出していくよ!」
ドンヤーは慎重にサヤ(保護具)を外して、中のワークを取り出す。小さなぐい飲みのようなテスト品だ。
ワークの底に墨で数字を付けて、順番に窯から取り出していく。
全部とりだすのには半日近くかかった。
「ふん、イセさん、ダメだね。火が強すぎましたね。この辺は釉薬も良くない。」
ドンヤーのコメントである。
モノを見た職人達の顔も曇り気味だ。
歪んでいるワークも多いし、施釉も上手くないものが多い。売り物になるようなものは、極めて少ない。
「窯頭、ダメですねこの窯は」
ろくろ職人の男が、ポツリと漏らした。
他の職人達も、悄然としてしまっている。
なんだかんだ言いつつも、彼らはこの窯に全力をかけてきたのだ。それがコレである…売れるものは、少ない。
「ふん、バカだねあんた達。この窯には問題はないよ。ダメなのはあたしの腕さ」
「へっ?」
「いいかいあんた達、ほんの少しだけど、磁器が出来てるんだよ!みてみな!こんなに真っ白い!!」
ドンヤーは叫んだ。
青白い、透明感のある磁器がいくつかできているのだ。
「あたしたちが磁器を作ったんだ!腕を磨けば、ちゃんとしたものが出来るよ!!そうだろイセさん?!」
彼女の目はキラキラと輝いている。
いつもの彼女の仏頂面はどこかに吹き飛んでしまった。
彼女は窯の余熱で汗だくになり、顔中を灰と埃で汚して真っ黒だ。服装だって汚い。
若くも可愛くもない、気の強い三十路女だ。
だが、職人なのだ。
「ああ、ドンヤーさん。傾向と対策は見えてくると思う。『実験』は成功ですよ」
「やったぁ!」
ドンヤーは伊勢に抱きついた。
「おっと?!」
伊勢はドンヤーの背中をポンポンと叩いてやった。
こんな風に誰かに抱きつかれたら、普通ならちょっと尻込みしてしまうヘタレの伊勢であるが…この時ばかりは何のてらいも感じなかった。
「窯頭が…」
窯場の職人達は普段とは違う彼女の姿にがく然とした。窯頭がこれほど喜ぶなら…本当にすごいのかもしれぬ…いけのかも…
「あんた達!片づけが終わったら宴会をやるよっ!」
「「「うおお!」」」
宴会につられて、職人達のテンションもうなぎ登りである。
「相棒…」
「なんだい、アール」
アールだけが少し、しょんぼりとしていた。
「ごはん茶碗が一つだけしか綺麗に出来ませんでした。あとはイマイチです。粘土の組成が悪かったと思います」
「良いのはどんな風になった?」
「これですヨ」
アールは伊勢にたったひとつの成功例を見せた。
なるほど。
「アール。これは茶碗じゃなくて、どんぶりだな」
そのどんぶり茶碗は、呉須に彩られて、なかなかに綺麗だった。




