F連盟
いや、何かもう、ホントお待たせしました……。1年半ですよ、1年半。待たせすぎて、多分読者さんはほとんど残ってないんじゃないかな……。
それでもコメント残してくれてる人、本当に申し訳なかったです。そしてありがとうございます! 1年半経っても覚えていてくれる人がいてありがたいです。
こんな駄文で綴られた稚拙なラノベですけど、どうか今後も気長にお付き合いください……。
あ、これからまた更新していきますけど、私生活の方が色々修羅場ってるので、そんな更新ペース早くないかもです。勝手ですんません! 好きにやらせていただきます!
「はぁ……はぁ……」
荒い息を繰り返して、必死に動悸を落ち着ける。キャパシティを超えた能力使用、さらには度重なる発砲の反動から、宮谷は膝から崩れ落ちていた。
出した、宮谷は持ちうる力の全ての出しきった。後先なんて考えていない、捨て身の特攻だ。
宮谷の吐き出した無数の攻撃によって、彼女が乗っている船体はボロボロだった。内装は全て真っ黒に焼け焦げ、マグマを彷彿とさせる深紅の傷跡がフロア中を走っている。
ちょうど船の真ん中から後ろが消し飛んだ結果、船上は上空の冷たい空気に吹き曝しにあっていた。数基のフロートエンジンが生きているおかげで、船が墜落する心配はなさそうだ。
まさに小規模の隕石でも落ちてきたかのような甚大な被害。その渦中にいた少年が無事であるハズがない。
そう、その少年が、ただの人間だったなら。
「――いやぁ、凄い凄い」
折れた船の中央と、足場の無い蒼空。その境界線上に『無傷』の少年が立っていた。子供の小さな反抗に驚く親のような、至って平和的かつ慈愛に満ちた呆け顔を晒しながら。
「なんて火力だ。この一撃だけなら、ICDA実行部トップ3にも匹敵するかもしれない」
客観的かつ理性的。その圧倒的な火力が、つい先ほどまで自分に降り注いでいたことを忘却してしまったかのごとく、少年は無邪気な笑顔で問いかけた。
「で?」
そう、この少年はこれでも満足しない。いや、『この程度』では満足できない。
「それで? まさか、この程度で終わりじゃないよね?」
宮谷がこれだけの全力を出してもかすり傷一つ付けられない。少年は地面に膝を付く宮谷を前にして、彼女の全力を前にして、さらに『その先』を求めている。
理不尽なまでの実力差。刃向うのもバカらしくなる能力差。
その隔絶的な、あまりに圧倒的な力を前にして、宮谷は打ちひしがれる。
打ちひしがれただろう――もし、この攻撃に宮谷が全てをかけていたのなら。
「ええ、ここからが本番よ」
宮谷の策は尽きていない。いや、ここからが宮谷の策の始まり、これまでの攻撃は全てそのための下準備でしかなかった。
「確かに私は『全ての力を出し切った』わ。だから、今からその力がアナタに向くことになる」
「……」
少年は笑顔のままだ。だがその眼差しに、期待以外の何かが混じり始めているのを、宮谷は感じとった。
「最初から不思議だったのよ。『人間の知覚を超えた速度で迫る弾丸に、どうしてアナタが対処できたのか』」
宮谷は思い出す。最初に黒服を守ろうと両脚目がけて発砲した瞬間、少年が振り向くことなく弾丸を消し去ったのを。
つまりはこういうことだ。
少年がこの空間を支配し、その情報を自在に書き換えられる。それはもう疑いようのない事実だろう。
だが問題は、その書き換える前の情報をどうやって入手しているか、だ。先ほど少年は宮谷の発砲した弾丸を振り返らずに消してみせた。それは暗に、『少年は視覚から物質の情報を得ていない』ことを示している。
また宮谷の放った弾丸は、裕に音速を超えていた。つまりそのことから、『少年は聴覚から物質の情報を得ていない』ことが分かる。
それ以前の話として、宮谷の放った弾丸の初速は700m/sを超える。約5メートル離れた位置からだと、着弾に要する時間は僅か0.007秒程度。人体の神経伝達速度は100m/sであり、脳への情報伝達までおよそ0.01秒を要するワケだから、この弾丸に反応できた時点で少年が五感を用いていないことは確かなのだ。
「その段階で確信が持てたわ。アナタが五感ではなく、この空間の情報全てを別の『何らか』の手段で把握しているってね」
宮谷は続ける。
「なら簡単な話よね。五感で感知できないんじゃ、その『何らか』の手段による感知さえ乗り越えれば、書き換えられる前にアナタに攻撃が届く」
「僕のその情報を把握する手段、それが何であるかも分からないのに?」
「ええ、確かにその手段は分からないけど、これまでの戦闘からその特性なら分かる」
少年が、ピクリと反応した。
宮谷はゆっくりその場に立ち上がりながら、まっすぐ少年を見据える。
「その感知能力は、ある種の超能力の一つ、と言ったところかしら。つまり、感情をエネルギーとして消費する。賢明なアナタのことだわ、感情消費を抑えるために、その『感知ができる範囲』は恐らくかなり小さい規模に絞ってあるハズ」
つまり宮谷は、こう推測した。
少年は何らかの手段を用いて、空間の情報をかき集めている。そしてその何らかの手段とはつまり、感情を消費した超能力であるということ。
強力な能力ほど必要な代償は大きい。ならば少年は確実に、その感知の範囲を狭めている。例えば、戦闘区域であるこの飛行船内部にのみ能力を適用、といった具合に。
つまり飛行船の外、戦闘区域外部の情報は完全には把握しきれないということ。
「もちろん確証は無いから、今からアナタを襲う攻撃は賭けね。アナタの感知とリライト、私の攻撃のどちらが速いか」
だが、宮谷には確証はなくとも、ある程度の自信はあった。先ほどから少年が、何にも気づいていないことから。
宮谷が戦闘開始直後から飛行船外部に張り廻らせた、直径1㎞にも及ぶ超巨大な『重力加速装置』に気付いていないことから。
重力によって編まれた通路を駆けまわり、その速度を少しずつ、されど確実に伸ばしていく4発の弾丸に気付いていないことから。
「バーンッ」
宮谷は弾の残っていないI&W-600を少年に突き立てて、そう呟いた。彼女にしては珍しい、悪ふざけにも思える行為だ。
そこで少年は気づくべきだった。宮谷が何を狙っているのか。何が自分の身に降り注ごうとしているのか。
もっと前から気づくべきだった。M70を掃射する中で、宮谷が『敢えて』残りの4発の弾丸を飛行船外へと撃っていたことに。
「ねぇ、知ってる? 重力加速装置。一方通行の重力場を環状に配置しただけなんだけどね。遠心力と重力加速で弾丸を加速できる。100メートル程度の装置でマッハまで行くのよ」
宮谷は得意げに続ける。目前で、未だ不敵に笑みを浮かべたままの少年を見つめて。
「じゃあ私の能力で無理やり1㎞級の重力加速装置を創って、そこに『偶然軌道の外れた』弾丸が乗っかってて、そしてこの飛行船がその加速装置上に存在していたら……どうなると思う?」
宮谷負けじと最上級の笑顔を浮かべて、告げた。
「今度の私の弾、ちょっとバカにできないくらい速いわよ」
I&W-600によって放たれる弾丸の速度は700m/s。
宮谷の創りだした重力加速装置に乗って、約1000㎞の通路を加速してきた弾丸の速度は1800m/sオーバー――実にマッハ5を超えていた。
極超音速流の流れ場を生み出し、そのあまりの速度にプラズマを纏った4つの弾丸が、飛行船の真横から少年を襲った。
*
一瞬の出来事だった。
遥か遠くで何かが煌めいた直後のことだ。眼前の少年を、図太い雷光が塗り潰した。
まさに桁外れな速度で繰り出された一撃。常人はもちろん、攻撃を敢行した宮谷本人すら知覚できないほどだ。
分かったことといえば、青光りする何かが駆け抜けたこと、さらにはその影響が飛行船全体に及んだこと。
宮谷は全身を張り付けるように伏せて、ただ船体を震わす衝撃波を凌いだ。
「……っ」
この世の終わりとでも思えてしまうほどの破壊を乗り越え、うつ伏せになっていた宮谷は、ゆっくりと面を上げる。舞い上がった灰でチカチカする視界を必死に維持して、目の前の光景を貪欲に取り込む。
プラズマによって焼き切れた船内はまるで溶岩のごとく赤黒くうごめき、真っ二つに割れた船体の先には何処までも青々とした空が広がっていた。
「少年F相手にやりすぎってことはないだろうけど……」
一言で言えば、無茶苦茶だ。
あれだけの衝撃の後で、船が船の形を維持しているだけ奇跡というものだろう。砕けた窓から覗いているフロートエンジンは残り1つのみ。最早ICDA本部までの輸送は叶わないだろう。辛うじて船が宙に浮いている状態だ、何かの拍子でいつ崩壊してもおかしくない。
――手ごたえは、あった。
これまでの攻撃とは明らかに違う。船をとりまく惨状が、宮谷の放った全力攻撃の威力を物語っている。
「これで、倒せてなかったら――」
そこで、宮谷は言葉を断った。
いや、断たされた、と表現する方が適切だろう。彼女の瞳に飛び込んできた光景は、あまりに理不尽で、絶望的なものだったから。
彼女の眼前には――少年がいた。
宮谷の全力、正真正銘最大の攻撃を受けて、なお平然と君臨している少年Fがそこにいた。まるで何事も無かったかのように、退屈な映画を見終えた後のように、ただそこに突っ立っていた。
「この……化け物め」
他に表現のしようが無かった。あるいは神か。
もう一歩を踏み出すだけの力もない。残弾もモールドもとっくに尽きた。これ以上闘うことはできなかった。
宮谷の視線は、自然と少年の瞳へと向けられた。
表情からは何も語らないこの少年は、代わりに目で語る。ただ一度の相対を通して宮谷はそう理解していた。
そして、その瞳に映った色がこれまでのものとはどこか違うことに、宮谷はようやく気づいた。
「――すばらしい」
少年はそう呟いた。たった一言、しかしこれまでのどの言葉よりも重く響いた。
少年は初めて、自らの手を動かして指さした。
「この僕に、傷を負わせるなんて」
少年の膝に、一線の、本当に僅かな切り傷ができていた。破けた制服から覗くその傷からは、これまで決して見ることがなかった純赤の血が滲んでいた。
そう。宮谷は一矢報いたのだ。
世界の理を支配する本当の化け物に。
ライエルの電撃を以てしても、まるで歯が立たなかった少年に。
「君は強者だ。本当の意味での強者だ。僕はその力を見ることができて満足だ」
その決して見ることができないと思っていた光景に、その決して聞くことはできないと思っていた言葉に、宮谷は喉を詰まらせた。
嬉しさからではない、悔しさからだ。
宮谷が付けたちっぽけな傷が暗に語るのだ。これが現実であると。宮谷がどれだけ足掻こうとこれが限界なのであると。何もできずにコテンパンにされた方が良かったとすら思ってしまう。いっそ諦めがついただろうから。少年Fには何をしても勝てないと悟って、楽になれたはずだから。
自分の中途半端な力があまりに無様で。だから宮谷は少年の言葉を素直に受け取ることができなかった。
「私は、あなたを許しはしない」
だから、宮谷は声を張り上げる。
「あなたは人を殺した。私の目の前で! 返しなさい! 今すぐ彼らを生き返らせなさい! あなたならできるでしょ!? 本当の化け物なら……神様なら……」
「無理だね」
少年Fは切り捨てる。無情にも有りのままの事実を伝える。
「最初に言ったはずだよ。僕はこの世界の創造神でも無ければ破壊神でもない。ただの人間だって」
「そんな……許されない! 私の力が見たいからって、たったそれだけのために無関係な人を!」
「僕を許さない? なら君はどうする? 今の君に何ができる? 一歩も動けず、助けを呼ぶこともできない君に何ができる?」
宮谷は言葉に詰まる。その指摘が残酷なまでに的確で。だから言い返せなかった。
「君を怒らせたことは謝るよ。心配しなくていい、消えた彼らは自宅で寝てるだけだから」
「……は?」
あまりに自然に放たれたその言葉に、宮谷は口をポカン、と開けてしまった。
「だから、彼らは死んでいないんだって。自宅まで跳んでもらっただけだよ。これは本当だ。
君を怒らせるのに彼らの命を奪う必要は無い。そう勘違いさせるだけで十分だ」
ニコッ、と少年Fは、一点の曇りもない笑顔を見せた。
その無邪気な表情を見せつけられた宮谷は、しばしの間ポカーンと放心状態に陥っていたが、すぐに正気に戻る。そして何ともいえない複雑な気持ちになる。
つまりはこういうことだ。
少年Fは宮谷の力を計りたかった。だから宮谷の目の前で仲間を消して見せた。ただ宮谷を怒らせるために。
しかし実際のところ、彼らは消えていなかったのだ。今は少年Fの手によって、どこか別の場所で休息をとらされているという。
遊ばれていた。
自分は、この目の前の少年に遊ばれていた。
怒りはない。死んだと思っていた人が生きていたことへの安堵感の方がずっと大きかった。
ただそれとは別に、この少年の遊びが、宮谷にどうしようもない『人間くささ』を思わせていた。
人間だ。
この目の前の少年は、本当に人間なのだ。
規模がいっきに萎んでいくイメージ。これまで繰り広げていた死闘が茶番であったことを、宮谷はようやく理解し始めた。
「なんか……」
疲れた。
全身からドッと力が逃げていった。これまで振り絞っていた気力はどこへやら。もう何もかもがどうでもよくなった感じ。
宮谷はその場にゴロンと寝転がった。女子としては絶望的な勢いで。
少年はそんな宮谷を見て、
「あっ、女の子がそうやって寝るのってだめなんじゃないの?」
「誰のせいだと思ってるのよ……」
「ねぇ、ていうか僕を拘束しなくていいの? ICDAまで連れてくんでしょ? 拘束器壊れてるけど」
「だ・か・ら! 誰のせいだと思ってるのよー!!」
キレた。もうさっきよりもすごい剣幕で宮谷はキレた。
「おお、すごいね。彼らが消えたときよりも怒ってる」
「あなた私をバカにしてるでしょ!? もう、いいからさっさと拘束されなさーい!!」
「でも、君動けないよね。……仕方ないなぁ」
少年は指を慣らした。
まるで魔法のような光景だった。少年のたったそれだけの動作で、半壊していた飛行船が瞬時に元通りになったのだ。ねじ一本の取りこぼしもなく、戦闘以前の綺麗な状態に、だ。
それだけではない。まるで時間が遡航しているかのように、少年自身の身にも変化が起きた。先ほどまでユラユラと立っていた少年は、今宮谷の目の前で静かに座っている。
………拘束器に束縛されて。
「あなた……どういうつもり?」
少年は、至ってまじめな表情で答えた。
「どういうつもりだって? 決まってるだろう、君が動けないんだから。僕が代わりに僕自身を拘束したんじゃないか。少年FをICDAに連れて行くことが君の望みなんだよね?」
「……」
もう少年の行動、言動が不可解すぎて、宮谷は何も言うことができなかった。
この少年の目的が見えない。いったい何を考えて、何を元に行動しているのか。まるで雲を掴もうとしているかのようだった。
いや、ひょっとすると目的なんて無いのだろうか。その場その場の思いつき、感情だけで行動している。
まるで、子供だ。
自分の感情を否定せず、ただ欲望に忠実になる子供だ。目先の興味にだけ固執している。
「さて」
少年は宮谷から視線を外した。彼の瞳はこの場から離れ、遠くの場所を見据えているようだった。
「けど残念ながら、君に搬送されるのを待っているわけにもいかない。僕の活動時間も限られているからね。
用があるならさっさと済ましてしまおう。ちょうど僕も彼らに用がある」
彼ら、が誰を指しているのか、宮谷には瞬時には分からなかった。
人、だ。
彼女と少年の間を割くようにして、複数の『人間』が突如として出現したのだ。
この事態が少年によって引き起こされたものだということはすぐに分かった。常軌を逸した力をこれでもかと見せられてきた宮谷は、今更驚くことは無かった。
代わりに、少年が呼び寄せた人物達に目を見開くことになった。
「ユ、ユウリ様…!」
宮谷の前に立つ一人の少女。小柄な体躯と特徴的な青髪のツインテールは、間違い無くICDA副会長、ユウリ・アリフォンスのものだった。
宮谷は、視線をその少女の周りに配る。
少年によって召喚された人物は、合計で9名。その全員が只者ではない。査問会議長陣や司令部副責任者、錚々たる顔ぶれが揃っている。ユウリは当然のこと、残りの8名もICDA上層部の相当な重役だ。
突如出現したICDAの権力者たちを前に、宮谷は思わず一歩後ずさった。これほどの面子が揃うのは、最大規模のコンフィレンスでもない限り叶わない。彼らの存在そのものが、少年がもたらしたこの事態の異常さを物語っている。
そして当の少年だが、これだけの面子を前にして至って自然体だった。彼が意図的に呼び出したのだから、この人物達の素性を知らないはずがない。これほどの人物達に視線を注がれてなお、少年は全く臆することなく向き合っている。
その9人の権力者の中央に立つ少女、ユウリ・アリフォンスは、ゆっくりその場で振り返ると、まるで濁りの無い笑顔を向けてきた。
「お疲れ様、志穂ちゃん」
一言。全てをお見通しであるかのような発言だった。宮谷はただ頷くことしかできなかった。
ユウリはもう一度だけ笑顔を浮かべなおしてから――少年の方へと向いた。そして少女のものとは思えぬ、大人びた声色で問いかける。
「『直接』会ったのはこれが初めてだね。少年F」
一方の少年は、変わらずいつもの微笑を浮かべて返した。
「初対面からこの姿は少々失礼だったかな。でも、僕の意向を理解して貰うにはちょうどいいと思ってね」
いつでも脱出できるはずの拘束器具に、敢えて自ら縛り付けられている少年Fを見て、ユウリが僅かに眉を寄せた。
「私たちICDAには敵意は無いと」
「当然」
少年は縛られたまま肩をすくめてみせる。
「僕の目的はキミたちと合致しているからね。刃向う理由が見当たらない」
つまり、とユウリが続きを促す。
少年は宣言するように、高らかに言った。
「僕の目的はただ一つ。僕自身が生み出してしまった、人類史上最悪の兵器――――Fコードの完全抹消だ」




