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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの再会 編
56/60

裏切り者

「紹介しよう……といっても、もっとも名前くらいならICDAの全員が知ってるだろうが。

 ケブル・マット。ICDA実行部ナンバー3といった方がいいか」

「ケブル……マットか。噂はかねがね」

「ハァイ、ミスター浦田。初めましてだね」

 ケブルという名の少年は流れるように部屋に入り込むと、差し出された浦田の手を握り返した。

 浦田との圧倒的なまでの身長差しかり、少年独自の高い声帯しかり、浦田にはケブルが大分幼く映っていた。

「実行部のナンバー3は相当の若手とは聞いていたが……まだ子供じゃないか」

「おっと、ミスター浦田。それは失礼ってもんだね」

 ケブルは加えていた煙草を手に取り、浦田の眼前に指すようにして突き出した。

 ジュッ、と煙草の先端が、浦田の鼻先を掠める。

「ボクは子供じゃない。口には気を付けなよ。じゃないと……」

 次の瞬間、ケブルが手にしていた煙草が一瞬にして燃え上がる。

 一瞬で灰と化した煙草を握りしめたケブルは、サングラス越しに浦田を覗きあげた。

「アンタも、燃やしちゃうけど?」

 浦田は一切動揺した様子も見せずに、さわやかな笑顔で返した。

「これはこれは……失礼したね。改めてよろしく、ケブル」

 パチン、と浦田が指を鳴らす。

 それを合図に、無風だった部屋に穏やかな微風が流れる。

 その微風はまるで意志を持っているかのようにケブルの右手へと集まると、燃え尽きた灰をさらって卓上の受け皿へと運んだ。

「これでお互いの能力も見せあえたワケだし……いい自己紹介になったかな」

「ははっ、これが噂の風使いか。アンタとは色々相性が良さそうだ」

 ケブルは新しい煙草をくわえる。自ずと先端部に火が灯った。

「改めて紹介しよう。彼が今回、俺がガードマンとして雇った実行部ナンバー3、ケブル・マットだ。齢15歳にして適合率は89%、能力ランクはSS+。その能力とはご覧のとおり『火』だ」

「師匠、雇った……って?」

「ああ、ケブルは何処の国にも属していないフリーマンだ。金さえあれば誰にでも力を貸す。実質的に力を借りられる人材としては、まず間違いなく最強だ」

 なるほど、と少女は思わず頷いてしまった。

 戦闘集団である実行部だ。上に行けば行くほど一個人の強さが増すのは当然のことだが、その頂点に立つナンバー1、ナンバー2、ナンバー3の3名は、それこそ別次元の強さを誇る。その力はまさに一騎当千、下手をすれば小国の軍隊をも真正面から相手にできるほど。

 人間兵器としての彼らは、もはや『戦術』兵器としての扱いではない。

 そう、『戦略』兵器だ。

 表だっては力を振るうことができない彼らだが、仮に何処かの戦争に投入されれば、ほぼ間違いなく一人で戦局を左右する存在になる。

 その3人ならば、例え一人でも『森』にいる改造生物から、運び込まれた人材・機材全体を守り抜くことは裕に可能だろう。

 ただし、それだけの力を持つ化け物が素直に組織の命令を聞くとは限らない。ましてや、いくら研究部のナンバー1であるとはいえ、ロバートという一個人の依頼を聞き受ける可能性は限りなく低いだろう。

 加えて言えば、実行部のトップ3は所有国の切り札だ。彼らが所属国として名前を置くだけで、その国の機関は他国のICDA機関に対して圧倒的なカードを手にしたことになる。国同士の政略的問題もあって、他国、それもこんな熱帯雨林の辺地まで彼らを連れてくるのは不可能に近い。

 しかし、ケブルという少年は違う。彼はどの国のICDA機関にも属してない、いわば金で動く傭兵のようなものだ。実行部のナンバー1、ナンバー2は動かすことができないのだから、3番手である彼が実質動かせる最強の戦力ということになる。

「まあ、おかげで研究費の5分の1が吹っ飛んだけどな。それでも高い依頼ではなかったぜ」

「ロバートさんも人使いが荒いよ。採取が終わるまで、ボクを3日3晩寝かせないで。その間、あんな犬っころの相手をさせてるなんてさ」

「い、犬っころ……」

 実行部の中堅ポストが苦戦するような改造生物を犬っころ呼ばわり。

 少女は内心で恐れおののいた。年齢は自分とまったく変わらないのに、そのあまりの力の差に、恐怖に近いモノすら感じてしまっていた。

「契約はまだ続いている。ケブル、お前にはもうしばらく俺の研究、個人的な目的に付き合って貰うぜ」

「はいはい、依頼料はたんまり貰ったしね、期限内なら好きに使ってくれていいよ」

「個人的な目的……かい、ロバート?」

 浦田がロバートに向き直って尋ねる。

「ああ、さっき言っただろ。俺がこの第3施設に来たのには2つの目的があるってな」

 ロバートはコーヒーを口にして、喉を潤してから続けた。

「今まで話してきたのが最初の目的だ、つまり『不安定情報素を捕獲する』という目的は達成せしめられた。俺はこれから、もう一つの個人的な目的のために動く」

「その目的とは……?」

 ロバートは一同を見渡してから、こう告げた。


「ICDA内部の裏切り者を……炙り出すことだ」


『ッ!』

「ここからは話を次の段階に進める、ICDA内部の裏切り者に関する話だ」

「ロバートさん。こうしてこの場にお呼ばれしたワケだけど、ボクも参加しなきゃいけない話なの?」

「ああ、ケブル。お前と俺はこれから一蓮托生。ちゃんと話を聞け」

「へーい」

 実に面倒臭そうな返事をしたケブルは、そのままベッドに歩み寄ると、ブーツを履いたまま飛び乗るように座った。両手を頭の後ろに組んで、ヘッドホンをシャカシャカと鳴らす。

「ケブル、コーヒーはどうだい?」

「ああ、いいや。ボクはコーラしか飲まないんだ」

「それは残念」

 浦田は本当にシュン、と落ち込むように肩を落とした。

「いいか、これから先の話は全てこの4人だけの秘密だ。組織のほかの連中には口外するな」

 ケブルは沈黙し、浦田と少女はゆっくり頷くことで同意した。

「よし、始めるぞ。

 俺がかつて研究していたリファポット……一見完璧に思えていた動作予測によるリファポット捕獲作戦が失敗に終わったのは、ほぼ間違いなくICDA内部に裏切者がいたからだ。まぁ言ってしまえば、俺が導き出した動作予測を何者かがFコード側に伝えて、クラージェがリファポットに伝送していた移動パターンを変化させたんだ」

「え、師匠……。Fコード側って……?」

 少女の疑問に、ロバートははっきりとこう告げた。


「いいか、今回の話に出てくる裏切り者は、何らかの形でFコード、クラージェに繋がっている。いや、もっと言ってしまえば、『眠りについているFコード、クラージェをいいように操作している』」


「えっ……」

「そうだ、クラージェを操作できるからこそ、俺の予測とは相反するようにリファポットの動きを変更することができた」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ……!」

 少女は自らの師匠に食いつく。

「クラージェを操作できるって……それこそどうやってですか! だって、クラージェはあの不安定情報素のタワーによって厳重に守られているんですよ!? 誰も入れないんだから無理に決まってます!」

「手段は俺にも分からない、だが何らかの形で操作をしていることは確実だろう」

「それには僕も同感だ」

 浦田が話に割って入る。

「ICDA内部に、Fコード側に通じた裏切り者がいる。僕もまったく同じ結論に達したワケだけど、証拠は十分にある。まず一つ、今回のICDA日本襲撃事件」

「っ!」

 浦田は苦々しい表情で続ける。

「僕らは大きな被害を被ったワケだけど、今回ICDA日本本部の場所が敵に割り出されてしまったのも、おそらくその裏切り者による犯行だ。ソイツがICDAに対立する組織に本部の設置場所を伝えた。間違いない」

「ICDAに対立する……組織……?」

「ああ、もうこの際、組織と考えてしまうのが妥当だろう。現にICDAを襲撃したのは一人じゃない。研究部ナンバー9の小野寺雅美の話によると、直接襲撃した『シロ』『クロ』という2人の子供以外に、メインシステムを陥落させるほどのハッカーもいたらしいから。まず間違いなくICDAに敵対する組織が存在する。そしてその組織と、ICDAにいる裏切り者が繋がっていて、彼らがFコードを操っている……」

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

「何だい?」

「は、話が急に飛び始めて……ちょっと整理させてください」

 少女は必死に自分の中で、これまで得た情報を整理する。

「えっと……まずは、ICDAに敵対する組織があるんですね。今回ICDA日本を襲撃したシロとクロっていう子供たちも、この組織のメンバー」

「うん、そうだね」

 浦田は頷く。

「そして、その組織は何らかの手段でクラージェを操作できる」

「ああ、そうだ」

 ロバートが頷く。

「そして、その組織に通じるスパイがICDAに潜入している。その裏切り者が、ICDAの情報をその組織に横流ししている。だからリファポットが捕まらず、今回はICDA日本の居場所がバレて襲撃された……」

「うん、そういうことになるかな」

「でもでも、どうしてそんなことまで分かるんですか? 確かに、捕獲作戦の失敗とICDA襲撃事件に関しては、侵入者と敵対組織の存在を認めるのが筋でしょうけど……でもその組織がFコードを操作できるという考えは流石に……」

「確かに、ロバートの話だけではいささか確証を得るには不十分かもしれないが、今回の襲撃で思わぬ収穫があってね」

 浦田は自身の端末を開くと、全員に見えるように画面を示した。

「これは……?」

 画面上に映し出された謎の物体に、一同が奇妙な印象を持った。

「不思議な物質だ、これは『シロ』と呼ばれる侵入者が使っていた自動徘徊型の武器さ。真っ黒の『盾』。ICDA実行部ナンバー4、宮谷志穂が相対の末に、逃走中の1つを拘束した」

「宮谷……志穂……」

 その名前に、少女は目を見開いた。

「宮谷って……あのジャジャ馬の姉ちゃんか」

「ケブル、キミは彼女と会ったことがあるのかい?」

「うん、かなり昔に一回だけ手合せしたよ。こちとら素手だってのに、拳銃連射しまくって物騒なヤツだったなぁ」

 実行部のナンバー3と、ナンバー4による手合せ。

 少女の胸の鼓動が高鳴る。

「あの、ケブルさん。結果はどうだったんですか? どちらが勝ったんですか?」

「ん? 答える必要あるの?」

 ケブルがサングラス越しに少女を睨み――

 ボッ、と少女の目前に小さな炎が生まれる。

「わっ、そ、そうですよね、ケブルさんが勝つに決まってますけど――」

 少女は僅かに俯くようにして、呟くように尋ねた。


「その、志穂は……強かったですか?」


 その問いに、一同の間を短い沈黙が走って。

 再びベッドに深く腰掛けたケブルが、まるでどうでもいいように答えた。

「ああ、まあ結構苦戦した記憶はあるよ。ボクとかライエルとか、『ナンバー1のアイツ』を除けば、間違いなくあのねーちゃんが最強かな」

「そう、ですか」

 少女はそれっきり、言葉を発しなくなる。

 一連の様子を傍で眺めていた浦田は、その少女の悲しそうな、でも何処か嬉しそうな笑みに小さな引っかかりを覚えていた。

「まあ、いいや。話を進めるけど構わないかな?」

「はい、どうぞ」

 浦田は再び全員を視界に入れて続ける。

「この黒色の盾を解析して、そして驚くべき結果が得られたんだ。

 この盾は、地球上に存在する物質ではない。いや、地球上どころかこの宇宙に存在しえない物質だ」

「どういうことですか?」

「質量がない物質、定義次第では光ともいえるが……」

「質量がない……物質……」

 少女が息を呑む。

「そんな物質が存在しえるんですか?」

「常識的に考えれば不可能だ。質量なくして形が存在するなど。だが、現にこうして存在してしまっている」

 浦田は続ける。

「君たちの方でも観測されたのだろう、これまで地球上に存在しえなかった概念物質が。つまり、こうは考えられないだろうか。シロという少女が使っていたこの盾は、Fコードによって創られた未知の物質であると」

「まぁ、それしかないだろうな」

 ロバートは同意をみせる。

「それだけではない。ICDAに対立する組織が存在する裏付けで、今現在ICDA日本が総力で当たっている『青』のモールド問題もある」

「『青』……たしか接種した人間が驚異的な身体能力を得る代わりに、急激に感情を喰らいつくされるという新型のモールドですか」

「ああ、恐らく何らかの目的を伴って、その対立組織が『青』を配布しているのだろう。そしてこの『青』は、それこそICDA研究部が8年の歳月を経て無しえなかった『感情フィルターの除去』を成し遂げてしまっている」

 浦田はカートの整理をしながら続ける。

「しかし、もし仮にFコードの力を借りられるのだとすれば、『青』の作成は容易い。何故ならFコードに一声尋ねれば、『青』を作り出すのに必要な答えを教えてくれるのだから。これこそまさに組織の存在、さらにはFコードと関係があることの証拠ではないかい?」

「確かに……そう考えると、もう組織の存在、侵入者の存在、それからその組織とFコードとの関連性は確かですね……」

 少女が納得した様子で頷く中、話を聞いていたケブルが会話に割り込んでくる。

「どうでもいいけどさ、それでICDA内部に侵入者がいるってことは分かったよ、うん。

 で、結局どうやってこのスパイを割り出すのかな?」

 フフン、とロバートが得意げな笑みを浮かべる。

「それに関してだが、実は裏切り者の特定はある程度できている」

「えっ? そうなんですか」

「ああ、言っただろ、俺がコンフィレンスでリファポットに関する理論を公表して間もなく、リファポットがその動きを変えたと。

 俺の理論を元に捜索が開始されてからFコードの指令を変更したのでは遅い。つまり、このコンフィレンスに裏切り者がいた可能性が高い」

「コンフィレンスにいた人って……各部のアンダー10だけじゃないですか!」

「ああ、アンダー10とは言っても、各部で空席があるからな。実行部から6名、研究部から7名、司令部から9名の22名だけだ。俺と浦田、それからケブルを除けばつまり、残り19名のうちの誰かが、全ICDAと敵対する組織の人間ということになる」

「……」

 ゴクリ、と。

 部屋が水を打ったかのように静かになり、ヘッドホンから漏れてくるロックだけが細々と音を鳴らしている。

 そう、ICDAのトップ集団である19名のうち、誰かが裏切り者ということ。

 この事実を未だに飲み込めずにいる少女は、次いで出てきた浦田の言葉に耳を疑った。

「いや、5人だ」

『!?』

 一同が一斉に浦田を見やる。

 変わらず穏やかな笑みを浮かべている浦田は、まるで緊張感のないようにスラスラと話し始めた。

「今のロバートの話と僕の話を合わせると、裏切り者は5名だけに絞られる」


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