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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの再会 編
55/60

捕獲

お待たせしました~お久しぶりです。

再開早々、説明回というのが痛いですが……ここら辺のウンチクは流し読みで結構です。むしろ流し読みしてもらわないと苦痛でしかないと思うので……。

3話一気に更新します。

「裏切者が……いる」

 予想だにしなかった、重く放たれたその言葉を理解しようと、少女は繰り返すようにして呟く。

「ああ、ICDA内部の情報を外部に流している者がいる。ほぼ間違いなくね」

「今は話を進めるぞ。その裏切者がいる前提で聞いてくれ」

 まるでここからが本題であると暗示するかのように、ミスター1は腕を組みなおした。

「俺が裏切者がいると確信できたのはそう昔じゃない。基礎理論に依存したリファポット捜索が打ち切られてから、ちょうど数週間後といったところだな。そこで俺はすぐにアメリカ支部を離れることにした。その時点で、俺が最も信頼できる部下だけ引き連れてな」

「ロバート。それはいいが、どうしてこの第3支部に?」

「一言で言ってしまえば、不安定情報素の研究のためだ。だがその研究には明確な目的が2つある」

「目的……ですか、師匠?」

「ああ。一つはお前たちの想像通り、不安定情報素のタワーの突破だ。そもそも今回の話の始まりは不安定情報素の捕獲に関してだからな。まずはこの目的に沿う形で話を進めていこう」

 ミスター1はコーヒーで喉を潤してから続ける。

「不安定情報素の研究はずっとされてきてはいたが、進行度は無に等しかった。しかし一方で、接触を経ても不安定情報素を変化させない技術が存在すれば、この研究はあっという間に完成することができる。

 簡単に言ってしまえば、僅かでもいいから、不安定情報素を変化させずに捕獲することができれば、あの分厚いタワーを突破することができたに等しいと言っていいということだ。俺たちはもう一度、あのクラージェの悪魔を襲撃することができるようになる。ここまではいいな」

 ミスター1の研究に携わってきていた少女は当然のこと、浦田も力強くうなずいた。

「よし、話を続けよう。

 最初に言ったように、俺たちの研究グループは1年の歳月を経て、ついに今日、浦田がここに来る最中に、不安定情報素を捕獲するに至った。お前たちが施設に来たときに俺が留守にしていたのはそのためだ。

 捕獲したのは僅か数粒子だけだがな。つい1時間弱前まであのタワーに張り付いていたのは、今は容器の中で健気に浮いているぜ。その容器は俺の研究室で厳重に保管されてるが、後で時間があれば実際に見せよう」

「それは見てみたいな……ホントに……ホントに捕獲することができたんだな」

 少女から見て、浦田は今日一番強く目を輝かせていた。しかしながら、その輝きの色は興味というより感動に近いものに見えた。

 それも仕方がないのかもしれない、と少女は内心で頷く。何故なら不安定情報素の捕獲はタワーの突破に結びつき、タワーの突破は、それこそクラージェ、Fコードの抹消に繋がるからだ。Fコードの抹消を目標としている組織の者にとって、不安定情報素の確保というのはこれ以上ない朗報なのだ。それこそ組織全体をあげて歓喜するほどの。

 少女も例外ではなかった。なにせ彼女の場合、馴染んだアメリカ支部からわざわざ故郷まで戻ってきて、1年もの歳月の間ほとんど片時も休むことなくミスター1の研究に従事していたからだ。捕獲の瞬間、研究の達成を成した瞬間こそ目撃することは叶わなかったが、それでも感動はひとしおというものだろう。

「それで、結局のところどうやって不安定情報素を捕獲したんだい?」

「それを今から説明するワケだが……」

 そろそろか、とロバートはつぶやく。

「実は既に、今回のキーパーソンをこの場に呼んである。もう来る頃だろう」

「コーヒーの準備は?」

「頼む、ウラタ」

 浦田は再び給仕のカートへと舞い戻る。

「よし、ウラタが準備を進めている間に、お前から俺たちの研究を説明してやれ」

「わ、私ですか……?」

 少女はオズオズと浦田へ向き直ってから、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「え、えっと……ご存じかとは思いますけど、私たちがこの1年行ってきた研究は『不安定情報素』の捕捉です。

 では、どのような内容かといいますと、私たちは不安定情報素の『タワー』に着目しました」

「タワー……かい?」

「ええ、これもご存じだと思いますが、Fコードは不安定情報素で作られた空間隔絶用のタワーを、自身の周囲3㎞に成層圏付近まで広域展開させています。しかし、冷静に考えてみればお気づきになりませんか。不安定情報素を壁の役割たらしめているのは、その『不安定』さです。どんな形式情報でも僅かに混入してしまえば、その時点で何らかの反応を起こしてしまうその危うさです」

「それは……そうだろうけど」

 少女は、声を潜めるようにして続けた。

「おかしいと思いませんでしたか、どうして形式情報を持たない不安定情報素が『タワーの形をしている』のかって」

「……!」

「そうです、本来なら不安定情報素ではタワーの形を構築することは不可能。タワーを構築するための形式情報を与えた段階で、別の物質なり現象に変化してしまうんです。

 それが、どうして、現にこうしてタワーの形をしているのか」

「言われてみれば……」

 浦田は無意識のうちに給仕の手を休めて、考える素振りを始める。

「確かにおかしいな、そんな簡単なことどうして考え付かなかったんだろうか」

「ウラタ、気に病むことはない。俺たちはなまじ優秀すぎるが故に、根本的な問題に気づいていなかったんだ。不安定情報素の捕捉ばかりに目が行っていて、こんな初歩的な疑問に誰も気付いてこなかった」

 少女はロバートの言葉を引き継ぐ。

「師匠の言うとおりです、ようやくそこに疑問が向いた私たちは、そこで不安定情報素の本質について考えることにしました。

 不安定情報素とは、物質なり現象なりに変化する一歩手前、言ってしまえば森羅万象、万物の元になる存在です。原子や素粒子とは、物質を構成する元という意味では同じカテゴリーに属するモノですが、それらと比べると幾分以上に抽象的な存在。

 ここで私たちは数か月の歳月を費やして考察に考察、それから実際にタワー現地へと赴いて調査を繰り返しました。そして、得た結論」

 少女は、浦田をまっすぐ見据えて告げた。

「あのタワーは、不安定情報素ではない。いえ、正確に言うと、『不安定情報素だけでなく、別の概念物質が混合している』んです」

「別の……概念物質……?」

 想像の斜め上をいく言葉に、浦田は思わずつぶやき返していた。

「そうです、名称はまだありませんが、Fコードとクラージェによって半強制的に生み出された、地球上には存在しえなかった物質。それが、核とでも言いましょうか、『不安定情報素同士を結び付ける装置』としての役割を果たしているんです」

「不安定情報素同士を結び付けるとは……それこそどうやって? 完全に形式情報を与えているじゃないか」

「情報素同士を結び付ける……その手段は至って簡単です。敢えて情報素に情報を流し込むんです」

「っ!」

「そうです、敢えて情報素に形式情報を流しこむことで、変化する瞬間だけは情報素の位置情報が固定される。何故なら変化する直前には、その流し込まれた情報の位置が不安定情報素に位置情報として伝達されますから。そして変化するギリギリ、その刹那の間に、最初に流し込まれた形質情報とはまったく逆の形質情報を流し込むんです」

「なるほど……飛んだ話だが、不可能ではない……」

 浦田は自身で確認するように、ゆっくりとつぶやく。

「常に相反する情報を流し込み続けることができれば、情報混流による不安定情報素の変化を防ぐことができる。それを莫大な不安定情報素の塊全体で、絶え間なく、微塵の狂いもなく実行し続けることができる『都合のいい物質』が存在すれば、確かにタワーの形状を維持することも不可能ではない……か」

「すぐに理解して貰えるとは思っていない。ただ、今はそういう技術が存在していたという事実だけを受けれてくれ。それで十分だ」

「ああ、分かっているロバート。Fコードはそれこそ人智を超越した存在だからな、もう何が出てきたところで驚かない」

 よし、とロバートは満足げに頷く。

「まぁ何にしても、こういった物質が存在すると気づいた段階で研究は9割方終了したも同然だったのさ。要は、この概念物質ごと不安定情報素をぶった切ってくりゃいい。そうすりゃ不安定情報素が変化することもないし、タワーが崩壊することもない」

「それは簡単にできるんじゃないのか、その概念物質の位置さえ追えれば」

「ああ、それはそうなんだがよ。そのためにはそれなりの機材、人材を、タワーの目の前まで運び込まなければいけなかったのさ。あの『森』を突っ切ってな」

「『森』……か」

 浦田は何か思うところがあるのか、その言葉にピクリと眉を上げた。

「『森』……改造生物たちが徘徊する超危険地帯。クラージェから発信される『原子構造の組み換え』情報を全身に浴びて、凶悪な生物兵器へと変わり果ててしまった猛獣たちの巣窟。そんな危険地帯が、クラージェを守る不安定情報素のタワーの周囲5㎞地点まで広がっている」

「付け加えますと、不安定情報素のタワーに近づけば近づくほど、より強力な個体が出てきます」

「そうだ、ICDA実行部の中堅ポストが、能力使用アリの1対1で相手になるかどうかの恐ろしい相手。そんな連中が大群でウヨウヨ彷徨ってる場所だ、当然ながら俺の部下みたいな軟弱者は、一歩でも踏み入れたらひとたまりもない。

 まぁ、俺はちょくちょく一人で行ってたがな」

「それですよ!」

 少女はいきなり立ち上がる。

「どうしていつも! 一人で『森』みたいな! 超危険地帯に入るんですかッ!」

「それは、俺が一人でも生きて帰ってこられるからだろ?」

「だからって! モールドくらい持って行ってください!」

「分かった分かった、次からは持っていく」

「もう、ホントに聞いてるんですか!?」

「ああ、もちろん」

 一応名目上は客である浦田を放って、少女とロバートとの間で会話が進められていく。

「……師弟のやり取りも興味深いけど、そろそろ話を戻さないか?」

「おっと、そうだったな」

 ロバートは咳払いをして続ける。

「ここまでを整理するぞ。とにかく、俺たちは不安定情報素を捕らえる手段を発見した。その手段を決行するためには、タワー付近までそれなりの機材と人材を運び込まにゃあならん。しかし、そのタワーまでの道のりには、実行部の中堅ポストでも手を患うような改造生物たちがウヨウヨとひしめき合ってる。ここまでいいか、ウラタ?」

「ああ、続けてくれ」

「実際に俺たちは何度も機材の搬送を試みたさ。しかし、結果は惨敗。人個人を守るのに精いっぱいで、機材にまでは助けの手を伸ばす余裕がない。空からの搬送を試みようとも、飛行タイプの改造生物たちが襲いかかってくるから、むしろ地上の搬送よりもリスクが高い」

「つまるところ、私たちの手段は理論的には可能でも、現実的なリスクの面から不可能だったんです。例え機材を運び込めたとしても、そこから不安定情報素の採取は精密作業で時間がかかりますから、採取中に最強クラスの個体にでも襲われたら全て水の泡というワケです」

「ならいっそのこと最新兵器を導入して、森ごと改造生物どもを薙ぎ払おうとも考えたが……そんなことしたら不安定情報素に接触してしまってそれこそ本末転倒だ」

 ロバートは続ける。

「そこで機材・人材の搬送の間、概念物質の位置特定の間、それから採取の間に、俺たちを改造生物どもから守ってくれる強力なガードマンが必要だったってワケさ」

 ロバートがパチン、と指を鳴らすと、突如スライドドアが開いた。

 全員がドアの先に視線を向ける。

「コイツが、俺が雇ったガードマンだ」

 無機質な壁に背を預けるようにして、両腕を組んだ一人の少年がいた。

 見た目の印象を一言でいえば、派手極まりない。ダメージジーンズにチェック柄のシャツ、熱帯雨林のど真ん中であることを忘れさせるような真っ赤なスカジャンを羽織っている。

 さらにはギンギンに立たせた茶髪と大きなサングラス、小柄な顔立ちには不釣り合いなガッチリしたヘッドホンが一層派手さを強調している。見た目はまだ子供そのものだが、口にくわえられた煙草がその印象を僅かに薄めている。

 シャカシャカとヘッドホンから漏れてくるロックに乗って全身でリズムを刻んでいた少年は、サングラス越しに浦田たちを眺め、悪戯な笑みを浮かべた。

「紹介しよう……といっても、もっとも名前くらいならICDAの全員が知ってるだろうが。

 ケブル・マット。ICDA実行部ナンバー3といった方がいいか」


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