施設にて
お久しぶりです。2週間ぶりの更新となってしまいました。
今回はちょっときりが悪いかもしれないです。解説話は次回に。
少女が驚いたのは、その浦田の切り替えの早さだ。
ICDAの施設への道中、あれ程までにはしゃぎ回っていた浦田は、施設に一歩踏み込んだ瞬間からまるで別人のように豹変した。
無邪気な子供から、一人のビジネスマンへと。
施設の案内中に少女が最も意識した変化は、浦田の行動から一切の無駄が省かれたことだ。どの行動一つを取っても機敏なもので、先ほどまでの軽挙妄動は何処へやら、と思ってしまうほどきびきび動くのだ。
浦田の切り替えがあまりに衝撃的だったせいかーー到着し次第施設内部を案内するように言いつけられてた少女は、雨林での遅延具合がウソに思えてしまうほどスピーディーに案内が終わったことに、戸惑いを隠せないでいた。
そして現在、案内が終わった少女は……何故か浦田のために用意された客室にて、何故か浦田と一緒にいるのだった。
「ありがとう、君のお陰で大体の施設構造は把握できたよ。素晴らしい案内だった」
などと、浦田が屈託のない笑顔で、面と向かって言うものだから
「い、いえいえ。これも任務ですから」
といった具合に、気恥ずかしさを感じずにはいられない少女だった。
本来ならば浦田は真っ先にミスター1の元へと案内される筈だったのだが、到着予定の時刻を大幅に過ぎてしまったことが災いしたのか、肝心のミスター1は何処かへと消えてしまったという。
そのため、自身の師匠の相変わらずな落ち着きのなさを痛感しつつ、少女は仕方なしに浦田を客室へと案内したのだ。
浦田に用意された客室は、よく言えば洗練されーー悪くいうと、何もない部屋だった。
部屋に置かれた家具は、簡素なシングルベッドと古謝れたラウンドテーブル、その脇に添えられた椅子二つのみ。ディスプレイはおろか、テレビの一つすら無い部屋だ。暇を潰せそうな代物は、予めベッド脇に添えられていた申し訳程度の書籍が少々……といった具合である。
そんな味気ない部屋にて、ラウンドテーブル越しに向き合って座っているものだから、少々にとっては、時計の秒針音が痛く感じるほどに気まずい空間となっていた。
そのような状況が10分強、口をついて出た話題は他愛無い世間話と来たものだから、流石の浦田も気まずさを薄々感じ始めてきたのだろうーー唐突に立ち上がり、部屋のスライドドアへと赴く。
「何か淹れよう。君はそこでゆっくりしていてくれ」
浦田があまりに自然に振舞うものだから、『はて、お客にティータイムの準備をさせるのは普通なのだろうか』ーーなどと真っ当からは程遠い思考が働いてしまう。その結果、少女の言葉はワンテンポ遅れてしまい……
「あっ、それなら私が…!」
声を発した時には、すでに浦田は部屋を出てしまっていた。
「あー……」
不思議と罪責の念は滲んでこなかった。代わりに、『あれが浦田という男だ』などと変な納得すら持ってしまう。
そうだ、自分は彼のワガママに付き合って、あの蒸し暑い雨林でずっと相手をしていたのだ。
そんな事実を今更ながら認識した少女は、この状況が正当であると勝手に決めつけ、再び椅子に腰を降ろした。
そして、周囲を一瞥しーー当然のことではあるがーー誰もいない事を確認した少女は
「はぁー、疲れた…」
とテーブルに力無く突っ伏した。
約3時間遅れの、ひと時の休息。本来なら今頃、彼女は簡単にシャワーを済ませて、研究室にていつもの作業をしている筈なのだが…
「あっ!」
ここで彼女は重大なミスに気がついた。
バッと勢いよく起き上がり、ポケットから愛用の端末を取り出す。
「あっちゃあ~、もうランチブレイク終わっちゃってるなぁ…」
そう、彼女にはここ一ヶ月、毎日欠かさず同じ時間、同じ場所で実行していたタスクがあったのだ。それを今日は予定外の任務によって潰されてしまったわけで。
「はぁ~、やっちゃった......」
少女は項垂れた。精神面で言えば落ち込んだ。本来の目的は置いといて、このような研究に塗れた生活における、密かな楽しみになっていたタスクを逃したことに、少なからず精神的ダメージを受けていた。雨林を突っ切ってきた疲れも相まって、少女の体からはどっと力が逃げていった。
少女は机に右腕を伸ばし、それを枕代わりにテーブルに突っ伏す。狭まった視界の中央に、左手首に巻きつけたキーチェーンを持って行く。
研究での失敗、マイナスな感情に押しつぶされそうになったとき、彼女はいつも左手首のキーチェーンを眺める。特段変わった代物ではないが、少女にしてみればこの世で二つとない、宝物といっても過言ではない大切な品だ。
そのブレスレッド代わりのキーチェーンを唯一無二の品たらしめているのはーー正確にいえばキーチェーンに繋がれたとある部品だがーー少女が過ごした幼少期における、彼女の想い人との大切な思い出だ。このキーチェーンの先端部に取り付けられた部品を眺めていると、彼女は懐かしい日々を思い出すことができる。そしてその思い出が、彼女に限りない気力を与えてくれる。
「よし、復活復活!」
バッ、と勢いよく起き上がる。
いつものように、少女は失態を完全に頭の隅へと追いやると、まるで今日の疲れ全てが吹っ切れたかのような元気な背伸びをした。
少女の切り替えが済むのを計っていたかのように、スライドドアが開く。当然ながら、現れたのは笑顔の浦田。
「やぁ、待たせたね」
待ったも何も、浦田が準備に出て行ってからまだ 1分と経っていない。 誰が聞いたところで白々しいそのセリフに対してーーしかし浦田という男の性質について嫌というほど知ってしまった少女は、言及の言葉を飲み込んだ。
代わりに浦田の押してきた、やたら豪勢なカートに視線を注ぐ。
ものの一分でこれだけ用意したというのならば、恐ろしいまでの手際の良さだ。当然のようにカート上に並べられたカップなどは置いといて、普段ではあまりお目にかかれないような白銀色のカートにはお洒落な布が掛けられており、中からはフルーツ、パイなどの菓子類も覗いている。香ばしい香りが漂っていることから、出来立て焼きたての品のようだ。
どのような手段を用いてこれほどまでのティータイムセットを用意したのか、いよいよ分からなくなった少女だった。
不思議そうな視線を送り続ける少女の脇に、その視線を全く汲んでいない浦田が歩み寄る。
「びっくりしたよ。まさか施設内部に焙煎機があるとは思わなかった」
「焙煎機?」
「ああ、しかも直火式だ。この施設は自家製コーヒーが自慢の喫茶店かい。豆も何種類も用意されていたからね」
そう言って浦田は、手前のカートから焙煎したてのーー仄かに芳ばしい薫りを漂わせる褐色のパウダーを掬ってみせる。
あれや、コーヒーか。内心紅茶が用意されるものだと思っていた少女は、僅かに眉をよせた。
別にコーヒーが嫌いというわけではないが、飲むと確実に夜眠れなくなるという理由で、少女は普段からあまり飲んできていなかった。睡眠不足では研究に支障がでる故、健康管理が重要な身としてコーヒーは遠くに置いておきたい存在だったのだ。
しかしながら、せっかく準備してもらったところを突き返せるほど、神経の図太い彼女ではなかったので、特にその事に関しては言葉を重ねようとはしなかった。
「あれ? 豆じゃないんですね」
「ああ、粉状に砕いた。こうした方が熟成が早いからね」
「熟成……コーヒーに熟成なんてあったんですか?」
「まあ、つまりは空気との接触による酸化だよ。通常焙煎後が豆状なら、数週間経ったぐらいが飲み頃なんだろうけど。こうして粉状にすれば、表面積が大きくなるから熟成も早い。風味も良くなる」
はぁ、と言葉を濁す少女。
知識は赤子並み、正直コーヒーなんてどれも一緒だと思っていた彼女は、一切を浦田にまかせ、彼の作業を傍観する事に決めた。
浦田はペーパーフィルターを折りしろに沿って折り、ドリッパーへと載せる。そこに持ってきた粉を落とし込む。
次に端を軽く叩き、粉の偏りを無くす。これはお湯の通りを一様にするための浦田のちょっとした配慮なのだが、少女は知る由もない。
そしてお湯の入ったポットを傾け、均等に、慎重に、中心から円を描くようにしてお湯を注いでいく。
フィルター越しに、薄目の珈琲液が滴り始めるのを合図に、浦田はパッとお湯を注ぐのを止めた。
「もう出来たんですか?」
「いや、まだ途中だ」
ポットをゆっくりと置いた浦田。片手を使って立ち上る湯気をかき集め、彼の鼻先へと扇ぎ送る。
「ん、いい薫りだ。流石に原産地の新鮮な豆は違うかな」
その言葉に影響されて、少女はクンクンと嗅いでみる。ふわり、とコーヒー独特のカフェインの薫りが、少女の鼻先をつついた。
浦田はしばし薫りを堪能した後、ドーム状に粉が膨らんだ頃合いを見計らって、再びお湯を注いでいく。のの字、のの字に、少しずつお湯の線を太くしていく。
最終的にドリッパー内に、新鮮な黒色の液体が並々たまってから、ポットを置き、ドリッパーに差し込んでいたフィルターを絞りカスの粉末ごと取り外した。
ここまでの作業を見届けた少女の前に、カチャリ、と白一色のシンプルなコーヒーカップが置かれる。つい先ほど用意されたドリッパーが傾けられ、カップがコーヒーで満たされていく。
そして最終的には、こだわり抜かれた過程を経て、一級品の香りを漂わせるコーヒーが出来上がった。
「さっ、冷めないうちにどうぞ」
ドリッパーを両手で抱えた浦田は一歩下がり、コーヒーに手をつけるよう少女を促す。
立ち上る湯気越しに、まるで何かを期待するような表情を浮かべた浦田。その顔を見てしまった少女は、いよいよ夜に眠れないから、などという子供染みた理由で遠慮することができなくなり……いわれるがままに遠慮気味にカップを取って、口元まで運ぶ。
思い切って一口含んでから、口一杯に広がった味わいに、僅かに目を見開いた。
「あれ、甘い……」
浦田が砂糖やミルクを入れた様子もなかった。ブラックなのにどこか甘い、まるでキャラメルを溶かしたかのような優しい味わいだ。
「驚きだろう。こんなコーヒーもあるんだよ」
少女の反応に満足したか、そばで眺めていた浦田は次の作業に移った。カートに掛けられた布を取り払い、その中から豪華絢爛、どこぞの貴族に相応の菓子類を次々と取り出し、少女のいるテーブルに並べていく。
焼きたてのアップルパイに、デコレーションがかったケーキの数々。淹れたてのコーヒーも併せて、あっという間にティータイムの場が用意された。
「……」
目前に並べられたお菓子の数々よりも、少女の興味は手元のコーヒーへと注がれた。その不思議な味わいに、一口、もう一口と、ついついカップを傾けてしまう。
「随分と気に入って貰えたようだね」
その一言で、少女は我に帰った。コーヒーに夢中のあまり、ついつい浦田のことを忘れていたことに気づく。
そもそもコーヒーというのは、今の少女がしていたように一気に飲むものではない。普通ならば午後のティータイムらしく、談笑の暇々で少しずつ味わっていくような物だ。
カップを置いて、恥ずかしそうに手を引っ込めた少女は、ニコニコ笑顔を浮かべる浦田に聞いてみた。
「あの、コーヒーってもっと苦くて、渋いイメージがあったんですけど」
「どうして甘いのか……不思議かい?」
コクコク、と少女は頷いてみせる。
「まぁ、使われている豆はここの地域で採れるものだ。確かに豆本来が生み出す風味や味わいもあるけど、この独特の甘味は豆によるものではない。焙煎する前の工程によるものだ」
ふむふむ、と少女は相槌を打ちながら、再びコーヒーを口にする。
「このコーヒーに使われた豆はね、とある動物の腸内を通って出てきた……糞だ」
「ブ―――ッ!!」
口に含んでいたコーヒーが、空気中に霧散した。
ワナワナ、と少女の体が震える。怒りゲージが着実に上昇しているのは浦田の目からみても明らかで、これから起こるであろう事に備えて浦田は両耳を塞いでいた。
「なんてものを飲ませるんですかーーっ!!」
悲痛とも感じられる叫びが、塞いだ両手越しに浦田の鼓膜を打った。
ジンジンとした耳なりにかまう暇もなく、浦田は必死の弁解を始める。
「いやいや、落ち着いてくれ! たしかにこれは糞から作られたが、立派なコーヒーだ。ジャコウネコという動物がいてね、彼らの食したコーヒー豆のうち、消化不良で出てきた豆のみを集めて焙煎するんだ。彼らの体液によって独特の香りと甘味が生まれる。供給が少ないから、世界一高いコーヒーとも呼ばれているんだぞ」
「結局動物の糞ってことじゃないですか!」
「美味しければいいだろう? 君だってたくさん飲んだだろうに。地元の人でも滅多に飲めない高級品なんだよ?」
うっ、と少女は言葉に詰まった。そして先ほどまで口にしていたーーそれこそ美味しく口にしていたコーヒーが、実は動物が排泄した糞によるものだという事実を飲み込みはじめ、急に目眩のようなものすら感じ始めてしまう始末だった。
一方そんな少女の状態とは対照的に、 浦田は自身のカップに並々とその問題のコーヒーを注ぎ、味わうようにして口にしていた。
浦田に恨めしそうな視線をたっぷり送った後、少女は短いため息で一区切りをつけ――気を取り直して、並べられた菓子の中からケーキをとった。ホワイトクリームがたっぷり乗ったケーキをスプーンで大きく切り取り、口まで運ぶ。
「むっ……」
先ほど飲んだコーヒーのほのかな甘みと苦みが後味を引いており、不本意ながらもそれがケーキの甘味をより一層引き締めた、美味なものにしていた。
悔しさ半分嬉しさ半分の複雑な心境で、少女はスプーンを咥えたままチラッ、と浦田に視線を送る。何やら再び作業に戻っている浦田は、少女の向かい側の席に新たなカップを用意していた。
「ミスター浦田? どうして新しいコーヒーカップを出しているんですか?」
ん、と浦田は僅かに頷き、準備を進めながらこう答えた。
「3人目が来てるからね」
「3人目?」
少女はドアの方へと視線を向けるが、特に誰が来る気配もない。
しかし浦田は新たな来客を確信しているのか、着々と準備を進める。コーヒーカップの横にミルクと砂糖の瓶を1つずつ並べ、その後ドリッパーを傾けてコーヒーを淹れる。
まるで計算済みであるかのように、ドリッパーの中のコーヒーが空になったとき、カップにはちょうど一人分のコーヒーが注がれていた。
ほのかな薫りと共に立ち込める湯気を見ながら、少女は思うのだった。
果たして、浦田は最初から3人分のコーヒーを用意していたのだろうか、と。
空になったドリッパーを携えて、浦田がその場から一歩下がったとき。
「っ!」
ちょうど少女の向かいの席、淹れたてのコーヒーを前にして――――1人の男が座っていた。
「師匠っ!?」
ガタンッ、と少女はその場で勢いよく立ち上がる。
荒く跳ねたショートの金髪。細かく伸びた無精ひげ。ずさんな手入れのこれらとは違い、吸い込まれそうなほど綺麗な青色の瞳。
凹凸の多い典型的な西洋人の顔立ちをした男は、派手な柄をしたアロハシャツに薄汚れた白衣、といった具合に、お世辞にもマトモとは言い難い恰好をしている。
清涼剤の塊であるかのような浦田とは対照的に、野性味あふれた長身の西欧人は、しかし紛うことなき少女の師匠。
つまり――――ミスター1。
ICDAアメリカ支部最高責任者にして、ICDA研究部ナンバー1。
本名をロバート・J・エドワーズ(Robert/J/ Edwards)。ICDAの研究、その最先端をゆく男だ。
「おう、久しぶりだなウラタ。腕の調子はどうだ?」
腕組みをして、にかっとワイルドな笑みを浮かべるミスター1。
一方の浦田は爽やかな笑みを浮かべて、手前に置かれたカップに視線を配った。
「それはコーヒーの味に聞いてもらえるかな」
「おっと、それはそうだ。せっかくの淹れたてだというのに、冷めてしまってはもったいない」
そう言って、取っ手ではなく豪快にもカップ本体を握って、ガブリとコーヒーを口にするミスター1。暫く味を堪能して、ゆっくりと飲み込んでから口を開く。
「相変わらず俺には似合わない上質な味わいだな。コーヒーはストロングに限る」
そのままカップのコーヒーを、一気に飲み干してしまうミスター1。
ドン、とまるでビールジョッキのようにカップを置いてから、浦田に右手を差し出した。
「この味なら……どうやら腕は大丈夫のようだな、ウラタ」
「ああ、おかげ様で大分良くなったよ、ロバート」
ガシッ、と固い握手を交わす両名。
「最初にお前さんの腕がちょん切れたって聞いた時は驚いたぜ。利き腕一本を犠牲にする必要のある相手だったのか?」
「十分に。利き腕一本の犠牲『だけ』で済んだというべきだ」
ほぅ、とミスター1はつぶやく。
「まぁ、正直言ってまだ違和感はあるけどね。ただ、得られた敵の情報の代償としては、右腕の違和感なんて少なすぎるくらいだ」
「ソイツはいい土産話になりそうだな」
「ああ、期待しているといい」
浦田とミスター1は、互いに不敵な笑みを浮かべながら、言葉を交わしている。
それを傍から見ていた少女は、テーブル越しに身を乗り出して、自らの師匠へと詰め寄った。
「師匠、何処行ってたんですかっ! 研究室から離れるときは連絡くれるように言ったじゃないですか!」
あぁ、とボリボリと頭を掻いたミスター1は、まるで今その存在に気が付いたように、詰め寄ってくる少女へ面倒臭そうに返答する。
「どうして俺が、お前にいちいち連絡を入れなきゃいけないんだ」
「そりゃそうでしょう! 師匠、いっつも護衛付けずに『森』に一人で入っちゃうんですもん。研究部のトップのくせに端末の一つも持ち歩かないし……せめて何処にいるかくらい把握してなかったら、こちらとしても気が気じゃないですよ! ホントにここが何処だか、分かってるんですか!?」
すっと、肩を竦めてみせるミスター1。
「ああ、分かってるとも。ここは世界で一番デンジャラスに満ちた場所だ。だからこそ俺は一人でいるべきなんだ。もしいざって時に足手まといが回りにいたんじゃ、それこそ全員が命を落とすだろ? いつも言ってるじゃないか」
むっ、と少女があからさまに表情をしかめる。
「まぁ話を戻そうか。ロバート、それで君は何処に行ってたんだい?」
「『森』だ」
「やっぱりぃ!?」
少女は思いっきり頭を抱えた。
「何やってるんですか! いっつも丸腰で『森』に入って! それじゃ本当にいくつ命があっても足りませんよ!」
「つってもなぁ、実行部の連中ばっかりに『採取』に行かせるのも悪いだろ? たまにはリーダー直々に行かなくちゃ、命張ってる部下に示しがつかねぇってもんだろ」
「だ・か・ら! 行くにしても何で! 一人で! 丸腰なんですかっ! せめて『橙』のモールドくらい持って行ってください!」
ぜぇぜぇ、と少女は息を荒げた。
「まぁ落ち着けって。せっかくの来客だってのに、こんな騒がしいんじゃ申し訳ない」
そうだろ? と傍観を決め込んでいた浦田に、ミスター1が同意を求める。
浦田は、珍しくも悪戯な笑みを浮かべた。
「ああ、何とかしてほしいものだね。こんな騒がしい出迎えは初めてだよ」
「おいおい、そこは否定するところだろ? 謙虚さが売りのジャパニーズじゃなかったのか?」
「それは偏見というものだよ。君らしくもないね」
ハッ、とミスター1は手を打ち合わせる。
「冗談だ。客観的に物事を判断できなくなったら一人の研究者としてはジ・エンド。ましてや組織のトップとしても、だ」
ニヤッ、と浦田は口元を吊り上げる。
「なら、来客にマトモな持て成しが出来ない組織のトップというのは?」
それに対して――ミスター1も、何処か謎めいた笑みを浮かべた。
「こういうもてなしは如何かな? ウラタ」
いつの間にか右手に握られた、長方形の金属カードを示すミスター1。
「映像カードかい?」
フフン、と得意げな笑みを浮かべたミスター1は、そのカードを浦田へと軽く投げ渡す。
片手でそれを受け取った浦田は、自身の端末を開き、縁部のリーダに通す。
途端に、浦田の端末が展開、カード内部に記録されていた映像が流れ始める。
「これは――――」
「ああ。ケブルのヤローがやってくれた。ここに来て1年、ようやく不安定情報素を捕らえたぜ」




