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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの覚醒 編
36/60

出会い(2)

明日も更新します。

 乾いた悲鳴が上がる。血飛沫が上がる。瓦礫がクロの全身を切り裂き、貫通し、押し潰していった。

「……」

 それを冷めた目で見届けた宮谷は、両手の拳銃を手放す。浮かび上がった愛用の銃に視線を送った後、宮谷は面上げ、周囲を見渡した。

 空中に浮かんでいる十数匹もの黒獣が、力なく息絶えていた。送信機の役割を果たしていた剣が真っ二つに折れたことで、クロから送信されていた情報が断絶されたという事実を、宮谷はまだ知らない。

 だがしかし、各フロアで暴れている黒獣も同様に停止したと確信した宮谷は、思わず安堵のため息を漏らした。

 

 そう、今この瞬間、宮谷の手によって700匹以上もの黒獣が倒されたのだ。


 その事実を深々と認識した次の瞬間、制限時間である10分が経過したため、宮谷の『橙』のモールドによる能力が切れる。ドスドス、という重たい音を発しながら、宙に漂っていた黒獣が次々と落下し、浮かんでいた瓦礫なども、重々しい音をたててフロアに転がった。

 そんな最中、2つの着地音が宮谷の耳を打つ。

 一つは、浦田勝也のものだ。片腕を失った浦田はバランスを崩すも、膝をついて何とか着地に成功する。そして苦痛の中にも微笑を浮かべて、宮谷に視線を送ってきた。宮谷も微笑を浮かべて応える。

 そして、宮谷が視線を正面に戻すと。

 全身から血を流し、右肩から先を失ったクロが大地に這いつくばり、憎悪の瞳で睨んでいた。

「……見かけによらずタフね。あれだけの攻撃を受けて、まだ意識があるなんて」

 僅かに表情を険しくした宮谷が、血まみれで伏せるクロに言葉を投げかける。

 へっ、と短い笑いを溢したクロは、ぎこちない動きでその場に立ち上がった。腕の付いてない右肩を押さえ、ペッと口に溜まった血を吐き出す。

「この程度で……やられる俺様かよ」

 そう強がりとも思える言葉を吐き捨てたクロに対して、宮谷の後方にいた浦田が歩を進め、宮谷の隣りに立つ。彼にしては珍しく無表情の仮面をはめながら、言った。

「君はさっき、こういってたよね――――『この絶望的な状況から、片腕一本で勝てるとでも思っているのか?』」

 自身の言葉を完全に返されたクロは、再び全身に憎しみを滲ませた。しかし激痛を覚えたのか、何か言い返そうとすると同時に咳き込み、力無くフロアに膝をつく。

「君を――――拘束させて貰う。これ以上は抵抗しない方がいい」

 それだけ言うと、浦田は一定の速度でクロに歩み寄る。その機械的な動作を見たクロは膝をついたまま、口元を吊り上げた。

「だから、いってんだろ。この程度で…………やられる俺様じゃねぇんだよッ!!」

 次の瞬間。

 クロの纏っていた空気が、爆ぜた。

「――――ッ!」

「――――ッ!」

 この場にいた浦田と宮谷。両名が瞬間的にクロから距離を取り、再び警戒心を持ちながらクロを見守る。

 クロの全身から発せられる気迫。まるで何かのエネルギーが、クロの満身創痍の体から溢れ出るように広がり、周囲の空間を乱す。バチバチッ、と火花が飛び散るような音が発せられると同時に、クロの体を紫電が包みだした。

 そうして数秒もしない内に、クロの全身を取り巻いていた紫電はその規模を一層増す。周囲の瓦礫を弾きながら球形状に拡大する紫電は数メートルにまで到達し、辺り一帯を焦がし始めた。

 

 ――――何かの、超能力?

 目前の少年が『橙』のモールドを使った素振りも無ければ、それ以前に入手しているとも思えなかった。ただ宮谷は、突如クロを纏った電撃を驚きもしなければ、恐れもしなかった。何故ならば目前の少年は既に満身創痍であり、電撃を産み出したところで何ができるワケでも無いと考えたからだ。例え電撃を放出された所で、宮谷には『橙』のモールド抜きで避けられるだけの自信があったのだ。

 しかし。

「ハ、……ハハ、ハハハハハハハッ!」

 途切れ途切れに哄笑したクロは次の瞬間、電撃を放つのではなく。


 自身の身に纏いながら、突撃してきた。


「――――なッ!」

 まだ動けるのか。

 その驚きから、宮谷は無意識の内に体を硬直させてしまった。

 球形状に紫電を帯びたクロは、自身が通ったフロアを大きく削りながら宮谷に迫る。その姿はさながら、万物を焼き焦がす雷神の如く。

 突然の事態に反応出来なかった宮谷を救ったのは、浦田だった。クロの作りだした紫電に接触する直前で、宮谷を片手で抱え、真横へと飛ぶ。

 直後、先ほどまで宮谷が立っていた場所を、雷球が抉りながら通過していった。その紫電の塊はその後もフロアを砕き、奥の壁に激突することでようやく動きを止めた。

 決着は着いた。そう油断していた自分を叱りながら、宮谷は覆い被さる浦田の手から離れ、起き上がりながら振り向くと。

 

 クロが、目前まで迫っていた。


「――――ッ!」


 避けられるだけの余裕は無かった。両腕を交差して身を屈めて、防御の態勢を取ると、宮谷は浦田を庇うように立ち塞がった。

 間髪おかずに、宮谷は紫電を纏ったクロと激突する。

「ッ……ッ……!」

 小柄な宮谷とはいえ、流石に子供のクロよりは大きいはずだった。体格上は、正面からの衝突は有利なはずだった。

 しかし、激突の末に弾かれたのは宮谷の方だ。

 突進をモロに喰らった衝撃と共に、宮谷の全身を紫電が包み込む。痺れて体が硬直する。そして突撃してきたクロの勢いに飲込まれ、宮谷は浦田を巻き込みながら後方へと吹き飛ばされた。背中から勢いよく瓦礫の山に突っ込む。

「グ……アァッ……!!」

 叩き付けられた際に、背中の辺りから嫌な音が響く。痺れから立ち上がることができず、そのままフロアに倒れ込んだ。

 ちらつく視界の先では、なおも突進の勢いを止めないクロが迫っている。

 私が、侵入者を倒す。

 その決意は今なお確かに存在し、僅かにも揺らいではいない。

 しかし意識の強さと反して、宮谷の体はマトモに動かなかった。突進の衝撃自体は大したダメージにならなかったが、電撃を受けての痺れが彼女に動くことを許さなかった。

 痺れから藻掻く中、宮谷はふと気づく。

 ――――この電撃は、知っている。

 そう、宮谷はこのクロの纏う紫電を、かつて体験したことがあったのだ。宮谷には、この電撃があの男――ライエルの産み出す電撃と、似た物に感じられた。

 電気など全て同じように思われるかも知れない。しかし、その電気自体が使用者の感情から生み出されているため、感情情報が微量に混入している場合がある。そのため同じ電気といえど、僅かながらも性質が変化しているように感じられるのだ。

 普通は莫大な電気情報の中から、感情情報だけを拾い上げる芸当などできるはずがない。

 しかしクロの電撃をモロに喰らった宮谷は、そこから感じられた僅かながらの感情を、感覚的に理解していた。

 つまり、『寂しさ』。

 クロの電撃は、確かに『寂しさ』を帯びていた。少なくとも宮谷にはそう感じられた。

 では、何故これほど好き勝手にしている侵入者が、そのような感情を抱いているのか。現に今も楽しそうに、笑いを漏らしながら突撃してきているではないか。

「――――ッ!」

 そこでようやく宮谷は、自分が戦場においてあるまじき思考をしていることに気がつく。今はそれどころではないのだ。

 目前の敵をただ処理することが、自身に与えられた使命であり意志。

 そう強く認識した宮谷が、迫り来るクロから必死で逃れようと藻掻く中。宮谷の侵入者へと向けていた視線が、一人の男によって遮られた。

「ウアアアアァッ!!」

 自身の体に風を帯びた男――浦田だ。珍しくも雄叫びを上げ、真正面からクロと激突する。

 自身が庇われたことに宮谷が気づくよりも早く、電撃が浦田を飲込んでいった。

「ッ! 浦田さんッ!」

 宮谷の叫び声はしかし、両者の衝突の際にまき散らされた衝撃音に掻き消される。

 浦田はただ突撃したワケではない。クロが身に紫電を纏ったように、浦田もありったけの能力を発動させて、自身の周囲に暴風を渦巻かせていた。

 言わば、浦田自身が小さな竜巻となり、電撃を帯びたクロと激突した。

 風船が割れたかのように、一瞬にして周囲を嵐が包み込む。クロの帯びていた電撃と、浦田の纏っていた風が混じり合い、空間を飲込むかのように拡散していった。

 爆発的な衝撃波が周囲を襲い、地に伏せていた宮谷は容易く吹き飛ばされる。未だに体が痺れているため受け身が取れず、背後の壁へと叩き付けられる。

 そうして、迫り上がる痛みを必死に堪え、視線を戻した宮谷が捉えた光景は。

 力なく倒れ伏せる浦田と、そこから目と鼻の距離で見下ろすクロ。

 激突の末はね除けられた浦田は当然のこと、クロもタダでは済まなかった。体全体を使って息をする少年の額からは、おびただしい量の鮮血が溢れ出ている。加えて、ボロボロになったコートから覗く皮膚は、自身の電撃によって真っ黒に焼け焦げ、衝突の際に喰らったダメージからか、今にも崩れ落ちそうな小柄な体は小刻みに震えていた。

 しかしそのような状態でもクロは、その血が滴る口元を確かに吊り上げた。

「へ、へへ……流石にやりすぎたぜ」

 クロは、うっと短い呻き声を発してから、片膝をつく。最初は腹部を押さえて震えているだけだったが、我慢できなくなったのか、激しく咳き込みながら血反吐をはいた。

 それでも未だに笑みを浮かべたクロは、最初に地に伏せる浦田を一瞥してから、壁に背を持たれる宮谷へと視線を向ける。

「けどよぉ……ここまで追い込んどいて、何もせず撤退するのは、癪だよなぁ」

「……何をするつもり?」

 宮谷の言葉が届いていないのか、ユラリと僅かに傾いたクロは、顔を伏せたまま左腕を伸ばす。

 バチチッ、と。

 小気味よい音を発して、小刻みに震えるクロの腕を電撃が包み込んだ。腕全体に纏われた電撃を見たクロが、独りごちるように呟き出す。

「この電撃はな……お前らの使ってる『橙』のモールドによる能力と、基本は変わんねぇんだよ。俺の精神を消費して創りだしたものだ。……ただな、一つだけ言わせて貰うと……」

 クロは伸ばした左腕を、宙へと掲げ。


「……チカラがッ! 格が、違うんだよッ!」


 まるで力を振り絞るかのように雄叫びを上げ、掲げた左腕をフロアに叩き付けた。

 床を爆砕しながら、クロの右腕がのめり込む。クロが一層強く吼えたと同時に、大量の電撃がフロアを伝って拡散した。

「何を……」

 フロアから手を荒く抜き去ったクロは、反動で尻餅をつく。そして宮谷に対して笑みを浮かべると、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 クロが倒れると同時に、フロアは水を打ったかのように静かになる。しかしその中で、宮谷は僅かな異変を捉えていた。

「――――? これは……?」

 宮谷が感じた異変。

 フロア全体が、僅かに振動しているのだ。

 最初は気づかない程度の揺れが、少しずつ、されど確実に大きくなっていく。そして異様なまでに揺れが大きくなると、さらなる変化が現れた。


 宮谷のいるフロア――243フロアが、崩落を始めた。


 まるでパズルにピースが抜け落ちていくように、フロアの至る所が崩れ始めたのだ。

 それだけではない。クロの下方へと放った電撃は悠に200フロアにまで到達し、支柱を伝って40以上のフロア全域に伝わった。そしてその圧倒的な高圧電流に、辛うじて形状を維持していた巨柱が完全に崩壊を来たし、ICDAの200階より上のフロアが全て崩落しだしたのだ。

「どういう事……一体何が……」 

 243フロアの片隅にいる宮谷は、ICDA全域に起きている事態を把握する術は無かった。ただ、この243フロアの崩落をもたらした張本人――仰向けに倒れ込むクロを見据え、ようやく痺れが消え始めた体を引きずって近づこうとしていた。

 そんな中。

 先ほどまで意識を失っていると思われたはずのクロが、仰向けに倒れたまま目を見開き、宙を見据えて叫んだ。

「シロ! 撤退だ……! ちょっくら肩を貸してくれッ!」

 シロ。

 クロが呟いたその名前を聞いて、宮谷は思わず立ち上がろうとするが、すぐに前のめりに転んでしまう。まだ歩けるほど回復していなかった肢体を憎く思いながら、宮谷は焦る自分を必死に押さえて、体を引きずってクロを目指す。

 この状況下で目前の敵が発する名前があるとすれば、それはほぼ間違いなく敵の味方。微動だにしない浦田と、マトモに立ち上がることすら出来ない宮谷の前に新たな敵が来れば、今度こそ確実に負ける。そう宮谷は理解していた。だからこそ危機感から行動を起こそうとしたが、しつこく絡みつく電撃がそれを許さない。

 何とか顔だけを前方に送った宮谷が、全身傷だらけのクロを睨む中。

 

 宮谷の想像を裏切らず、クロの声に導かれた新たな刺客が現れる。

 

 フロア全体が大きく揺れる中、突如ボロボロに廃れた壁の一端が波打ったかと思うと、次の瞬間にはそこから人間が入り込んできた。

 そして宙で一回転してから静かに着地したその人間の姿を、宮谷は網膜に焼き付けんばかりに見つめる。

 黒焦げのクロとは違い、全身真っ白なコートに身を包んだ少女だ。ツインテール状に束ねられた白銀の髪と、服装に負けないくらい色素の薄い肌。その周囲を浮遊する二対の黒色の盾が、一層その姿を現実離れしたものにしている。

 たった一人でICDAを追い込んだ少年の仲間となれば、保持しているであろう能力は計り知れないだろう。宮谷は、その新たに現れた少女から視線を離すことが出来なかった。

「クロ君、暴れすぎだよ。もうとっくにノルマは達成してるのに」

「へっ。こちとらまだまだ暴れたりねーんだけどな」

 そう言葉の応酬をしたクロはしかし、最早ロクに動けないようだ。視線はシロではなく、宙へと向けたまま。

 その様子から、クロが動けないと判断した様子のシロは歩み寄ると、しゃがんでからクロの左腕を回して、自身の小さな肩を貸す。真っ白のコートが傷だらけのクロの血糊によって赤く染まったが、シロは気に留める様子もない。滑らかな動作でクロを引き上げると、宮谷に背を向けたまま言葉をかけてきた。

「取り敢えず、私達は目的を達成しましたから。……志穂お姉ちゃん」

「――――ッ!?」

 なぜ、私の名前を。

 そう呟こうと震える唇を開く直前、シロが動きだす。

 向かった先は、意識を失って倒れ伏せている浦田でもなければ、身動きの取れない宮谷でもない。次々とフロアが崩れ去る中、その小さな歩幅でたっぷり十数秒かけて、シロは千切れたクロの右腕と、その近くに突き刺さった剣に歩み寄った。

 突如、宙に漂っていた二つの巨盾が動き出す。滑るように移動し、フロアに転がる右腕と真っ二つに折れた剣を挟み込む。

 続けざまに、異変は起こった。

 2つの盾に挟まれた右腕と剣が、淡い光を纏い出す。そうして細かい粒子へと分解されていくと、両側から押し込んでいた盾へと吸い込まれるように消えていった。

 その超常現象とも思える光景を見届けた宮谷は、壁際に向かうシロへと話しかける。

「証拠を隠滅しようってワケ?」

「ええ、そんな所です」

 そう短く答えたシロは、そのまま去るかと思いきや、すぐに歩を止めた。ダラリとぶら下がるクロを担いだまま、周囲を見渡す。

「保って、数十秒といった所ですね。間もなく200階までのフロアが完全崩落します。……まあ、志穂お姉ちゃんは40階以上から落下しても大丈夫でしょうけど、意識の無いその男は間違いなく死ぬでしょうね」

 そしてシロは、地に伏せる浦田に視線を送る。

 その際に視界に飛び込んできたシロの瞳から、宮谷は一切の感情を感じ取ることができなかった。

 これから死に行く者への、同情も、哀れみも。さげすみも。嫌悪も。

 一切の感情が、その瞳には宿っていなかった。これから浦田が死に行くことが、揺るぎない事実として確定されてしまったように。

「クロくんは……いや、クロは、もう意識は無いね」

 味方の意識が無いことを確認し終わると同時に、突如少女の纏っていた雰囲気が激変する。これまでの可愛らしい外見に変化は無かったが、周囲を取り巻いていた空気が、子供特有の活発な物から大人びた物へと変化したのだ。

 そして数秒だけ浦田を見つめていたシロが、宮谷に向き直る。

「――――ッ!?」

 今度こそ宮谷は言葉を失い、微動だにすることができなかった。

 シロの目を。

 

 自身へと向けられた、その瞳を見てしまったから。


 先ほどまで一切の感情が籠もっていなかった瞳は、ある一つの感情の色に染まっていた。

 その感情を、宮谷は読み取ることはできなかった。ただひたむきで、一心で、純粋で、汚れのない感情であることだけは分かった。

 何故なら。


 そのシロの瞳から、ボロボロと涙が溢れていたから。


「ッ……!?」

 ――――どうして。どうして泣いているの。どうしてそんな目で私を見るの。アナタは敵でしょ。

 宮谷には分からなかった。どうして敵である目前の少女が、自分を見て泣いているのか。この状況下で涙を流しているのか。

 そしてフロアが着々と崩落する中で、シロの言葉が響く。


「愛してるわ。志穂」


「――――」

 その言葉を聞いた瞬間、宮谷の心がぐちゃぐちゃにかき回された。色々な出来事や状態が渦巻いて、整理の付けようがなくなっていた。

 ただ、混乱する頭がシロの放った言葉を拒絶する中、体だけは受け入れていた。まるでその言葉を待っていたかのように震えて、熱い何かが全身から滲んで来るのが分かったのだ。

 宮谷には分かっていた。今、自分が為すべき事を。

 目前の少女に、こう問わなければならないということを。

 

 ――――アナタは、誰。私を知っているのか。どういう関係なのか。


 しかし、その言葉が口をついて出ることは無かった。まるで、そう問うてしまうのがこれ以上ない愚行に思えてしまって、それこそ意味の無い行為に思えてしまって、宮谷はただ小刻みに震えながら、目前のシロを眺めることしかできずにいた。

 そして、シロが踵を返す。

「志穂。アナタは、私が必ず助ける。『フーくん』も私が助ける。もう少し……もう少しだから……」

 その、振り絞るようにして放たれた言葉に、宮谷はいつの間にか頷いてしまっていた。そして気がつけば、混沌としていた思考を、新たに生まれた感覚が上塗りしていた。

 

 ――――なんだろ、これ。すごく、すごく、懐かしい。


 宮谷は目前の少女に対して、これ以上無いほど強い感情を抱いてしまった。その感情が敵へ向けて良い類の物なのか、それとも決してあり得てはならない物なのかは分からず、加えてどちらかを判断する気力すら無かった。

 ただ目前の立ち去ろうとする少女に、去って欲しくない自分がいたのだ。

「待って、待ってよッ、シロ! アナタは、アナタは一体――――」

 宮谷の言葉は言いきられなかった。無粋にも、宮谷の視界を無機質な何かが埋め尽くし、立ち去ろうとするシロの姿を塞いだからだ。

 巨大な影が、一瞬にして宮谷の周囲を飲込む。倒れ込んだままの宮谷が、条件反射的に視線を上げると。

「そ、そんな……クリスが……」

 急速に進行するフロアの崩落によって、支えを失った超巨大量子コンピュータ――ICDAネットワークの基盤である『マザー・クリス』が。

 電力供給用ラインを失い、桁違いな質量の『鉄の塊』と化した、かつての量子コンピュータが。

 フロアが動いていると錯覚させかねないほど、ゆっくりと傾き。

 

 ――――爆発的な衝撃波を産み出しながら、フロアに雪崩れ込んだ。

 その衝撃は、辛うじて形状を維持していたフロアを丸ごと粉砕し。叫びを上げた宮谷と、意識を失った浦田を飲込んで。


 遙か深淵へと伸びる闇に、全てを突き落としていった。


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