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Fの軌跡  作者: ひこうき
Fの覚醒 編
23/60

侵入

やっと急展開!

 ベアリング。

 日本から発足した、世界的な総合家電ブランド。

 企業としての成功を確かな物へとしたのは、モールドの登場に他ならない。

 そして、そんな大企業へと急成長したベアリングだ。例え日が沈もうとも、その本部ビルでは働く人々による騒音が絶えることはない。他の企業の追随を許さないため、出勤時間をずらして、二十四時間態勢で社員が働いている。

 つまり今現在。

 空を茜色に染め上げていた太陽が沈み、都会に夜が訪れたこの瞬間も。

 本来ならば、電話の音やら行き交う社員のざわめきで騒がしいはずの、ベアリングの本部ビルだが。


 その本部は現在、完全な沈黙状態にあった。


 いや、決して人がいないワケではない。この超高層ビル内部には、午後9時を回る現在、悠に1000人以上もの人々がいる。

だがしかし、彼らは全員が意識を失っている。

原因は、ベアリングのビル全域に散布された、謎の靄だ。突如ビルを包むように拡散した靄を吸った者は、例外無くその場に倒れ伏せた。呼吸はしていることから、全員が死んだわけでは無い。

 そして、その謎の靄を発生させた張本人。


 クロと、シロ。


 一閃の長剣を携えた少年と、二対の巨盾を従えた少女。


 二人の少年少女は今、沈黙したベアリング本部、その180フロア付近にいた。

 クロと呼ばれる少年は、そのフロアの中心を抜ける壁に剣を持って寄り添い、シロは幾ばくか離れた位置で、宙に浮かぶ二対の巨盾と共に佇んでいた。彼らも気を失ったベアリング社員と同じく、その靄に体を晒しているワケだが、両者が倒れ伏せる気配は無い。

 そんな中、灰色の壁に手を当てるクロは、へへっ、と短い嘲笑を溢した。

「びっくり、たまげたもんだよなぁ。こんなでっかいビルの内部に、ICDAの本部が存在してるんだからよ」

 そのクロの言葉に反応したのは、後ろで呆れた顔を浮かべるシロだ。

「クロ君、そんなに驚くことでもないよ。志穂お姉ちゃんのお父さんがベアリング社長兼、ICDA会長なんだから」

 まあな、とクロは呟く。

「ま、でもICDAの情報管理も脆いもんだよな。こうもあっさりと尻尾を掴まれたんじゃ、組織を隠蔽する理由が見あたらない」

 そう言ったクロはシロの方へ視線を向けると、ゆっくり歩き出す。壁から数メートルの距離を取り、そしてビルの中心に向き直る。

 視線は、一直線に壁へ。

 

 壁の向こうに存在する、ICDA本部へと。


「昔、ある哲学者が言ってたことでな」

 クロは残忍な笑顔を浮かべて続ける。

「『深淵をのぞき込む者は心せねばならない。深淵もまたこちらをのぞいているのだ』ってな」

 クロは、右手に携えた剣を掲げる。その剣先の軌跡に沿うかのように、空間に紫電が走る。

「お前らICDAは、Fコードについて何処まで知っているつもりだ?」

 自身の身長に迫る長剣を持って構え、居合いの態勢を取る。

「全部知っているつもりか?それとも、ほんの表面だけか……?」

 まあいい、と呟いたクロは、その足に力を込める。

「これほどまでに大規模な組織を、『F』がいつまでも野放しにしておくと思っていたか?」

 ギュゥウウウウウウ、と。

 何かが圧縮されるかのような音が周囲を走る。

 いや、実際にそうなのだ。クラージェからの『原子構造の組み替え』情報。

 それらがクロの構える一本の長剣に、莫大な情報として、一過のエネルギーとして圧縮されているのだ。

 ピリピリッ、とクロを取り囲む空気が弾ける。クロから発せられるプレッシャーに、フロア全体が僅かに揺れ、彼の構えに同調する。

「いずれにせよ、お前らは深淵を覗いた。覗いたからには、それ相応の覚悟と、裁きを持って貰わなくちゃ」

 そして、少年がさらに前のめりの態勢になる。

 蓄えた力を、彼の両脚と一の剣に。

 空間全域のエネルギーが、その僅か2点に圧縮され。


「フェーズ3。ノルマは『ICDAへの40%以上の損害』と、『Fの覚醒』」


 少女の呟きをトリガーに、クロに蓄積されたエネルギー、その全てが放出された。

 クロ自身が一閃の刃となり、目前の壁へと飛翔する。

 そして、設立から8年。

 一度たりとも、表舞台に立たされることの無かった世界が。


 ―――――たった一人の少年の、たったの一閃によって、その入り口をこじ開けられた。

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