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その9

 ミニカー風に改造された馬車の中は小さな応接室のようで、床は繊細な模様の織り込まれた濃紺の絨毯が敷かれ、窓には金の紋章がかたどられたステンドグラスがはめ込まれている。


「この真っ白な馬車の座席、もしかして熊の毛皮かな。

 とてもフワフワで座ると身体をすっぽり包んでくれる。ねぇ王子、これなら馬車の中で昼寝ができるよ」


 カナは馬車の窓から頭を出してルーファス王子は声をかけると、王子は意を決したかのように返事をする。


「オヤカタ、僕は馬車に乗らない。オヤカタの守護聖獣ジテンシャを使役したい。

 あんなに速く走る守護聖獣ジテンシャは初めてだ。もう一度オヤカタの守護聖獣ジテンシャを使役させてよ」


 さっきから王子が外を気にしてたのは、館の裏庭に駐輪している白い自転車に乗りたいからだ。

 そう言うとルーファス王子は自転車に向かって駆けだし、カナも馬車から降りて後をついてゆく。




 魔女カナの白い自転車には、異界から呼び出された黄金の獅子が憑依している。

 妖精族の祖先がえりの魔力を持つルーファス王子には、見事なたてがみを持つ獅子の姿がはっきり見えた。そして木の下で優雅に寝そべっている守護聖獣は、王子の顔を見ると不機嫌な表情でそっぽを向くが、相手は一度は服従させ、使役することが出来た守護聖獣だ。

 ルーファス王子は全身の魔力を高め、守護聖獣ジテンシャのハンドルを握るが、前回と同じように拒絶の姿勢を示しハンドルは固く動かない。


「コイツ、また僕に反抗する。やっぱり僕の魔力では弱すぎるのか。

 それに黄金の獅子は、オヤカタ以外には使役されたくないんだ」

 

 カナが裏庭を覗くと、動かない白い自転車にルーファス王子が悪戦苦闘している。

 カナは自転車の後部座席に括り付けていたバールを手に取り、くの字に曲がった柄をハンマーのように構えるとハンドルに手を伸ばした。


「王子、ちょっとハンドルから手を離して。この自転車また動かなくなったの?

 うーん、徹底的に点検した方がいいかなぁ」

「えっ、徹底的に調教するって、ダメだよオヤカタ。

 守護獅子ジテンシャは大切な従者だ。もっと丁寧に思いやりを持って使役しないと」


 自転車に変化した守護聖獣ジテンシャが、カナの魔法のバールを見るとひどく怯えた表情で瞳に涙まで浮かべている。

 その姿が見えるルーファス王子は、ハンドルを握りしめたまま必死に守護聖霊をかばう。

 カナがバールで叩いて少し凹んだ傷をルーファス王子は慰めるように優しく撫でると、固く動かなかった自転車のハンドルが動きだした。


「そうね、ちょっとワタシは自転車を放置してたし、乱暴に扱いすぎるかも。

 自転車は大切な道具、もっと丁寧に扱わなくちゃいけないよね」


 ルーファス王子の熱意に押されたカナは、「次に故障したら分解修理する」と条件を出して王子が自転車に乗る事をOKした。




 カナとルーファス王子のやりとりを見ていた侍女長は、その時ちょうど館から出てきた女騎士アシュに声をかける。


「アシュ、これはよい機会です。

 ルーファス王子様が異界の守護聖獣ジテンシャを使役できるかどうか、私たちで見極めましょう。

 王子様が黄金の聖獣を使役することができれば、大神官から理不尽な扱いを受けているこの状況を打破できるかも知れません」

「では私とニールは、ルーファス王子の護衛として付き添います。

 もし途中で王子を狙う敵が現れても、ニールはケルベロスさまを連れていますから大丈夫です」


 そして辺境の村人たちに見送られながら、丸い形のゼンマイ式馬車と白い自転車は蒼臣国の都を目指し出発した。



 ***



 馬車一台が通れる幅の石畳の道を、四頭立ての馬車と二頭立ての客車、そして後ろから白い自転車とそれを護衛する騎馬と数台のマウンテンバイクが進む。

 後ろから自転車で付いてくる王子を眺めていたカナは、馬車との差が広がって姿が見えなくなると、やっと馬車の中に入った。

 小さなテーブルの上には、旅の道筋が記された地図が置かれている。


「この東の果ての辺境の村から蒼臣国の都まで、以前は五日かかりました。

 それが今ではゼンマイ式馬車のおかげで、都まで三日で行けるようになりました」


 侍女長の説明では都までの金剛白桃運搬用道路が整備され、収穫された白桃は馬を替えて昼夜走らせれば、二日目の朝には都の市場に並ぶという。

 カナは侍女長の話を聞きながら童話の挿絵のような地図を眺めた。

 綺麗なひし形の蒼臣国の東端に妖精森があった。その向こう側は険しい山脈が連なり南まで延びている。

 地図の中央には平原と大きな湖の岸辺に蒼臣国の都がある。 


「さっきより道が広くなってきて、荷物を満載したゼンマイ式馬車が何台も行き来している。

 山に囲まれてゴルフ場ばかりのド田舎より、こちらの世界の方が開けて活気があるみたい」


 街道の途中には露店もあり、そこで人々は作物を取り引きしている。畑で農作業をしていた子供たちが、奇妙な丸い馬車を見つけると面白がって追いかけてくる。

 途中馬車を停めて休憩し、再び走り始めた頃、街道から少し逸れた場所に巨大な城と寂れた集落が見えた。


「ねぇハビィさん、あのお城には立ち寄らないの?」

「あれはクーデター主犯の宰相を匿っていた、反王族派筆頭の隣領主の城下町です。

 以前は高い通行税を要求して辺境の人々を困らせていましたが、新たに街道が出来て馬車の足が速くなったので、わざわざ不便なあの場所には誰も立ち寄らなくなりました」

「道路沿いに新しいファミレスが出来て、道から外れた古い喫茶店が寂れてゆく。こちらの世界でも似たようなことが起こるのね」


 隣領主の没落する様は【茶色い髪の悪い魔女】の呪いと噂されるが、当の本人はそんな事知らない。




 少し風が冷たくなり少し日が傾き始めた頃、今夜滞在する街道沿いの街に到着した。

 辺境の村より規模が大きく頑丈な赤煉瓦造りの建物が並び、街の中央広場には小さな女神像が祭られた聖堂と領主の館がある。

 王族の馬車が広場の前に停まると街の人々が珍しがって集まってきて、侍女長と共に馬車から降りたカナは、この地の女領主である老婦人に聖堂の中へ案内された。

 

「青いとんがり屋根が可愛い、中は白で統一された素敵な聖堂ね。

 御神体の女神像って若い女の子で、長い髪に優しそうな顔立ち、どことなくエレーナ姫に似ているわ」

「エレーナ姫さまのおかげで私たちの生活は少しずつ豊かになり、姫さまは女神さまのようだと言われています。

 私たちは女神さまに感謝して、少しでも居心地が良くなるように聖堂を整えています」


 乳白色の石を彫って作られた女神像の前には花や果物やお菓子が供えられ、皆熱心に願い事を祈っていた。

 聖堂の中の椅子に座ってくつろいでいる街の人に、若い神官が楽しそうに話しかけている。

 その様子は、ルーファス王子を待ち伏せていた神官たちとは全く雰囲気が違う。


 やがて聖堂の西側のステンドグラスに夕日が射し込み、聖堂の真っ白な壁に美しい黒髪の女神の姿が映し出された。

 街の人々はその様子を静かに見守っていたが、初めて女神さまの姿を見たカナは興奮して大きな歓声を上げてしまう。

 愛らしいドレスを着た娘の驚く様子は微笑ましく、子供たちは自慢げにカナに話しかけた。


「お姉ちゃん、女神さまを初めて見るのか?俺たちの女神さま、キレイだろ」

「もう凄いビックリした。なんて神秘的で綺麗な女神さまなの」


 燃えるような夕焼けが西の空に沈むまで、カナは映し出された女神をうっとりと眺め続け、そしてハッと我に返ると隣にいる侍女長に興奮しながら話しかける。


「ハビィさんも今の女神さまを見たでしょ。

 白い石造の女神さまも似てるけど、この黒髪の女神さまはエレーナ姫に瓜二つだわ」

「そうですカナさま、エレーナ姫さまは女神の現身と人々に慕われています。

 しかしそれを警戒する最高位大神官は、国中の女神像を別のモノに作り替えているのです」


 カナと侍女長の会話を側で聞いていた女領主は、怒りに声を震わせながら呟いた。


「私たちにはエレーナ姫さまがいらっしゃるのに、最高位大神官は魔力を持たない容姿だけの女を女神として信仰しろという。そんな事は絶対に認めません」



 ***



「これだけの人数がいながら、ルーファス王子を取り逃がしただと。

 このグズどもめ、なにが地獄の魔犬だ。そんなもの存在しない!!

 キサマ等はデカい野良犬に怯えて逃げ出したんだ」


 高位神官は声を荒げ戻ってきた男たちを怒鳴り散らしていが、簾の降りた上座から優しげな声が聞こえてきた。

 

「そんなに責めるでないよ。この者たちには荷が重すぎる務めでした。

 私はなにも罰など与えませが、お前たちは役に立たないので大聖堂に帰りなさい。

 ただし神官の衣も靴も置いて行くのです。そう、何も持たず裸足で西の燃えたぎる山を越えて、王都まで歩いて帰るのですよ」


 言い渡された神官たちの悲鳴が聞こえた。だが最高位大神官の命は絶対だ。

 お許しくださいと泣いて懇願する男たちは、殴られながら部屋の外に出される。

 簾の向こう側にいるのは、表情のない白い能面のような顔をした最高位大神官だった。

 他の神官たちが息を詰めて見守る中、彼は口元に薄笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。


「ついに【茶色い髪の悪い魔女】が妖精森から現れましたね。

 そういえば辺境の村に紛れ込ませた間者から、面白い話を聞きました。

 村に滞在していた【茶色い髪の悪い魔女】は、妖精森に魔導カラクリを忘れてきたと騒いでいたそうです。

 彼方アチラの世界の魔導カラクリを扱えない魔女など、普通の人間と変わらないただの小娘。

 それならエレーナ姫やルーファス王子よりも、【茶色い髪の悪い魔女】の方が容易く罠に引っかかるでしょう」


 そう言いながら最高位大神官が呪杖の柄でコツコツと床を叩くと、数人の神官が目配せして部屋から出てゆく。

 すでに罠は仕掛けられていた。あとは【茶色い髪の悪い魔女】が、この聖堂に現れるのを待つだけだ。


「少しヤンチャが過ぎたルーファス王子は私の弟子にして、聞き分けの良い子にしましょう。

 そして【茶色い髪の悪い魔女】の持つ大魔女後継者の権利は、最高位大神官である私に譲ってもらいますか」

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