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その8

 妖精森の【茶色い髪の魔女】は、村長に金剛白桃の収穫を手伝うという。

 村長は好奇心でそれを承諾した。

 魔女がどんな魔法で果物を収穫するか知りたかったのだが、カナは普通に手で白桃をもいで収穫している。

 それでも村長は『やっぱりこの娘は魔女だ』と思ったのは、カナがまるで猿のようにスルスルと木に登り、手の届かない高い位置にある白桃の実を簡単に収穫したからだ。

 植物の育たない荒れ地に住んでいた村人たちは木登りが下手で、高い場所にある白桃は放置されている。

 そしてカナは、夏休みになると妖精森のツリーハウスに登って遊んでいたので、木登りは得意中の得意だ。

 たっぷり日光を浴びて充分に育った白桃は、完熟して今にも皮がはち切れそうで、その白桃をカナは次々と収穫した。


「これは、国王様にお届けするにふさわしい見事な完熟金剛白桃だ。

 カナさまありがとうございます、収穫した白桃の半分を貴女に差し上げましょう」

「えっ、村長さん。この白桃をワタシがもらってもいいの?」




 村長から仕事の手間賃代わりに白桃を貰ったカナは、昨日砂糖菓子を買った屋台に走る。


「おじさーん、ワタシお金は持っていないけど、この白桃と甘いクリームのお菓子を交換して下さい」

「アンタは昨日のお嬢ちゃんじゃないか。果物と砂糖菓子を交換したいだって。

 うぉっ、コイツはなんてデカい、傷一つ無い特上品の金剛白桃だ。

 こりゃあ屋台の砂糖菓子全部と交換しても余るぐらいだよ」


 それから屋台の砂糖菓子は丸ごと村長の館に運び込まれ、館の手伝いに来た村の女たちと、母親に付いてきた子供たちに砂糖菓子が配られた。

 そしてカナは息を切らしながら台所へ飛び込むと、朝食の準備をする侍女長に声をかける。


「ハビィさん、一生のお願い。

 この甘いクリームのお菓子を、ミイラ料理でフリーズドライに加工して!!」 


 こうしてカナのリュックの中には、インスタント食品とお菓子がみっちりと詰められた。



 ***



 やがて村長の館に、向かえの馬車が到着する時刻になる。

 これからカナはルーファス王子と共に、蒼臣国の都に向かう。


「ココの世界に自動車はないから、馬車が一番の輸送手段なのね。

 しかも王様の馬車だからものすごく豪華で、きっとシンデレラ気分を味わえるわ」


 はしゃぐカナに侍女長ハビィが準備した衣装は、裁縫技術に磨きがかかったエレーナ姫手作りの七段フリルに細かいプリーツ、膨らんだ袖の可愛い少女趣味炸裂の見事なドレスだった。

 黒目がちの大きな瞳に柔らかなヴェールのかかった長い髪、小柄なカナがそのドレスを着るとビスクドールのような雰囲気になる。


「なんて素敵、まるで結婚式のお色直しに着るような、とても華やかなドレスだわ。

 エレーナ姫はこっちが本職でも大丈夫ね」

「ええ、エレーナ姫がカナさまから頂いた魔導ミシンは、蒼臣国の衣装を上質な物に変えました。

 魔導ミシンで仕立てた服は糸がほどけにくく、丈夫で長持ちします」


 そこへ出発直前まで寝ていて、ニールに起こされて大慌てて服を着替えたルーファス王子がやってくる。


「おはようオヤカタ、それは母上がオヤカタのために張り切って縫ったドレスだ。とても似合っているぞ」

「ありがとう王子、エレーナ姫はムームーからドレスに縫い物スキルがレベルアップしたのね。

 小柄なワタシにぴったりのドレスのサイズで、デザインも可愛くておしゃれだわ」

「それはオヤカタと僕が同じ身長だからだよ。母上は最初このドレスを僕に着せようとしたんだ」


 以前もルーファス王子にムームードレスを着せようとしたエレーナ姫は、相変わらずフリル服しか作らないようだ。




 カナと王子がおしゃべりしていると、館の外から馬の嘶きと車輪の音が聞こえてきた。

 外から凛とした張りのあるアルトの声が聞こえる。

 村長に案内されて館の中に入った来たのは、女騎士のアシュだった。


「お迎えに参りました、ルーファス王子。

 それにカナさまも、たいへんお久しぶりです。ああ、なんて愛らしいドレス姿だ。

 待ち伏せていた大聖堂の連中に邪魔されず、ルーファス王子はカナさまと会うことができたのですね」

「きゃあーアシュさん、お久しぶりです。

 こっちの世界では四年も経っているのね。いきなり王子が大きくなっていて、ビックリしちゃった。

 でもアシュさんは全然変わらない、ううん、前よりも美人っぷりに磨きがかかったみたい」


 馬車を率いてルーファス王子を迎えに来た彼女は、女性用の紺色の軍服に身を包んでいる。スリムなラインの服で、スリットの入ったロングスカートがとても似合う。

 始めて妖精森で出会った時は、カナはアシュを男性と間違えたが、四年の間にアシュは魅力的な女性になっていた。


「アシュ、ニールが神官連中を引き留めてくれたおかげで、僕はオヤカタに会うことが出来たんだ」

「それは本当ですか。まさか神官連中が実力行使で、王子の妖精森行きを阻止してくるとは。

 王子に同行していたニールは、神官たちに囚われたのですか?」

「俺は大丈夫ですよ、アシュさま。神官連中に捕まった俺をケルベロスさまが助け出してくれました。

 すこし殴られましたが、非力な神官の力では大したことありません」


 三人の話題に気付いたニールが部屋の奥から現れた。ニールの無事な姿を見てアシュは安堵のため息をもらす。

 

「ニールは魔導の車輪ジテンシャの優れた乗り手だが、まだ年若い兵士を敵の矢面に立たすのは心苦しい。私はエレーナ姫様の身辺警護の任があり、どうしても見動きが取れないのです」

「えっ、ルーファス王子はこの国で王様やエレーナ姫の次に偉いんでしょ。

 なのに王子を実力行使で邪魔したり、エレーナ姫の身辺警護が必要だったり、それに今アシュさんが敵と言ったのは神官の事?」


 カナの問いかけに、アシュは申し訳なさそうな表情で小さくうなずいた。

 

「では俺はもっと活躍して、アシュさまに一人前の兵士として認めてもらえるように頑張ります。

 そうだアシュさま、貴女も甘いモノが好きでしたよね。

 これをどうぞ、カナさまが美味しいと気に入った花束の砂糖菓子です」


 沈んだ表情のアシュにニールは声をかけると、持っていた紙袋の中から小さな砂糖細工の花束を取り出す。

 この二人の様子を見たカナは、心の中で絶叫した。


(うわぁー、ニール君からアシュさんに好き好きオーラが漂っている!!

 砂糖菓子を受け取ったアシュさんも薄っすらと頬を赤らめていて、これはひょっとして脈アリ。

 心配する相手に大丈夫だとアピールして、私の名前を出して砂糖菓子の花束をプレゼントをするニール君って、やる事がすごいイケメン!!)


 恋愛以前に男子をこき使うことしか考えないカナは、ニールの恋の駆け引きに思わずうなった。

 そして二人の横に立つルーファス王子は色恋事には全く気づかず、しきりに外を気にしている。

 邪魔者は少し席を外して、ふたりっきりにした方がいいだろうと判断したカナは、王子の腕を引っ張った。


「王子、早く外に行こうよ。ワタシ馬車が見たいな。

 アシュさん、花束のお菓子はとても美味しいから、今すぐ味見してね。

 ニール君、アシュさんにお茶を入れてあげて」

「どうしたオヤカタ、口元がニヤニヤ笑っているぞ?」


 カナの言葉にニールは軽く会釈し、不思議がる王子を引っ張って館の外に出た。



 ***



 村長の館の前で停車している迎えの馬車を見て、カナは絶句する。

 シンデレラの出てくるカボチャの馬車のような、おしゃれで豪華な乗り物を予想していたカナの目の前に現れたのは、あまりに予想外のモノだった。

 馬車は凹凸のないまん丸のフォルムで、鉄の車輪ではなく四本の太いタイヤがついている。

 この形はまるで、ルーファス王子お気に入りのゼンマイ式ミニカー。

 人間が乗れるサイズに作られたミニカーは、馬車の先頭にはちゃんと二頭立ての馬がいる。

 自動車のエンジンはついていないようだ。


「ルーファス王子、これってワタシがプレゼントしたオモチャのミニカーそっくりだけど……。

 もしかして実物大作っちゃったの?」

「そうだよオヤカタ。あの魔導カラクリの荷車ミニカーを真似たんだ。

 魔導カラクリ荷車ミニカーはゼンマイの力で前に進むことができるから、その仕組みを馬車に応用した。

 丈夫な火焔小龍の巻き髭で、荷車ミニカーと同じゼンマイを作ったんだ。

 重い荷物を引く馬車は上り坂で速度が落ちるから、上り坂はゼンマイで車輪が動くようにした。

 そのおかげで馬の負担も減って、これまでの倍の距離を移動できる」

「王子はミニカーをカスタマイズして遊んでいたから、こんな事が思いついたのね。

 この馬車は平地は馬力で、上り坂はゼンマイの力で進む、なんてすごいハイブリット技術」


 馬の負担が減ったゼンマイ馬車は、一度に大量の人や物資を運搬できる。そのおかげで蒼臣国の流通は以前より活発になった。

 妖精森の中は自動車の乗り入れが出来なかったから、オモチャのミニカーしか知らないルーファス王子はそれを斜め上の改造で実用化した。

 この世界の技術力にカナは驚く。もしかして自分がリュックを忘れたのは、現代技術を持ち込ませない為かもしれない。

 

「ココの人たちにスマホや電動ノコギリを見せたら、どんな風に魔改造するか分らないかも。

 特に電動ノコギリを隊長に持たせたりしたら、大変な事になるわ」





 魔女カナがエレーナ姫やルーファス王子に与えたモノは、蒼臣国の人々の暮らしを豊かにした。

 しかしそれは世界を統べる覇王と大聖堂の最高位神官にとって、地方小国が突然豊かになり国力を付け始めた事に警戒感を持つ。

 どうにかして蒼臣国の力を削ごうと、様々な妨害工作を始めたのだ。

「小説家になろう大賞2014」エントリーしてみました。

規定10万文字で、〆切の4月末まで残り7万文字。再び自分の追いつめる行為(笑)!!

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