その40
ウィリス隊長が全力で投げた赤煉瓦は、金髪の女神像の頭上に落ちた。
「私が投げても全然女神像まで届かなかったのに、ウィリス隊長は一発で大穴を空けた」
「見事だウィリス、この距離から狙いを外さずに当てられるとは素晴らしい」
「さすが救国の英雄ウィリス隊長さん。俺、隊長さんを見直したよ」
魔女カナは大喜びしてウィリス隊長の手を握りしめルーファス王子は満足げにうなずき、ガキ大将リオは憧れの英雄をキラキラした瞳で見つめた。
「まさかカナ様が誉めてくれるなんて、信じられない!!
俺はこれまで何度もカナ様の手伝いをして、そのたびに物を壊して迷惑をかけた。
そんな俺でも、カナ様の期待に応えられる仕事が出来たのだ」
「そうよ、これはガサツで荒くて何でも壊しちゃうウィリス隊長にぴったりの任務なの」
茶色い髪の魔女は大きな瞳でウィリス隊長を愛おしげに見つめると、恥じらいながらプレゼントを渡すように赤煉瓦を渡した。
「お願いね、ウィリス隊長。
今の要領で赤煉瓦を投げて、あの欠陥建造物を解体して欲しいの。
煉瓦は沢山あるからどんどん投げちゃって!!」
「カナ様、ちょっと待って下さい。
もしかして後ろに積まれた赤煉瓦を全部、俺が投げるんですか?」
そう言ったウィリス隊長の視線の先には、ピラミッド状に積まれた大量の赤煉瓦がある。
「ウィリス隊長さん、この煉瓦は魔女さんに命令されて、俺が屋上の煉瓦を一つずつ剥がしたんだ。
とても大変な仕事だったよ」
「僕とオヤカタは、冬薔薇のツタを編んで赤煉瓦にくくりつけた。
オヤカタは薔薇のトゲで手のひらを傷つけながら作業したんだ」
少年二人は自分たちの仕事を自慢げに報告したが、ウィリス隊長の顔は戸惑ったままだ。
「しかしカナ様、本当にこの煉瓦を全部投げるんですか?」
「そうよウィリス隊長。煉瓦ハンマーの数は、だいたい600個かな。
一分間に10個投げれば一時間で作業は終わるから、全然大丈夫」
「違うぞオヤカタ、赤煉瓦の数を誤魔化すな。
ウィリス、煉瓦の正確な数は1280個だから、二時間休みなく投げ続ける必要がある」
カナは煉瓦の数を誤魔化して隊長に教えたが、ルーファス王子が正直に話してしまった。
するとウィリス隊長は眉をしかめたまま押し黙り、ピラミッド状に積まれた煉瓦の山に向かう。
「さすがのウィリス隊長でも、この煉瓦を全部投げるのは無理かな。
でもワタシはどうしても、あのオッパイ女神像と聖堂を解体処分したいの」
「大丈夫だよオヤカタ、ウィリスを信じよう」
魔女カナはその気になれば、すぐにでも冬薔薇塔から抜け出せたとルーファス王子は思った。
わざわざ巨漢のウィリス隊長を冬薔薇塔の屋上に連れてくるより、身軽な魔女カナが縄を伝って塔から降りる方が簡単だ。
「ウィリス、オヤカタがずっと冬薔薇塔にいたのは、全部僕達のためだ。
オヤカタが最高位大神官の気を引き付けたおかげで、僕もアシュもニールも、そしてウィリスも自由に行動が出来た」
赤煉瓦の山を見つめるウィリス隊長に、ルーファス王子は声をかける。
無言で顔を上げたウィリス隊長の手には、縄が十本握られていた。
「豪腕族の俺でも、一度にまとめて投げられる煉瓦の数は十個が限界だ。
手を滑らせて煉瓦が当たると危険だから、王子とカナ様は俺が投げ終わるまで塔の中に隠れて下さい。
うおおぉーーっ、ムローブフゥ、ムローブフ我に力を与えたまえ!!」
そう言うとウィリス隊長は縄を掴み、煉瓦十個を勢いよく振り回す。
グォングォンと音を立てて風を切り、そして冬薔薇塔の屋上から魔力を帯びた赤煉瓦が放たれた。
「何と言うことだ。
茶色い髪の魔女様とルーファス王子様の力で、ウィリス隊長が魔神に変身したぁ」
それは単純な投石攻撃だが、ダイエットで体を絞り栄養ドリンクでドーピングして、ルーファス王子の魔力で力を得たウィリス隊長の姿は、人々の目には異界の魔神に見えた。
一個でも女神像の頭に穴をあけた煉瓦が、十個ひとまとめで大きな隕石のように女神像を破壊する。
魔神の放った一つ目の流星は女神像の脳天に直撃した。
二つ目の流星は女神像の後頭部を破壊した。
三つ目の流星は女神像の豊満な右胸を破壊した。
四つ目は、五つ目は、六つ目は……。
九つ目の流星が女神像の高い鼻にぶつかると、女神像の細い首がポキリと折れて、巨大な頭部が聖堂の上に転がり落ち屋根を押し潰した。
「魔女様を苛めた最高位大神官の自業自得だが……なんて恐ろしい光景だ」
その圧倒的な破壊力に、雑木林の中に避難したいた辺境軍の兵士も息を飲む。
冬薔薇塔に閉じこめられた一月の間、カナはこの日のために入念に準備を行った。
カナを閉じこめた頑丈な冬薔薇塔そのものが、強力な武器になったのだ。
それは後の世に、【冬薔薇塔の厄災】として語られる。
愚かな大神官によって冬薔薇塔に閉じこめられた茶色い髪の魔女は、煉獄の鬼神を召還し最大壊滅魔法『隕石落下』を発動させる。
すると天から数万の星が降り続き、金髪の女神像と冬薔薇聖堂はわずか一晩で破壊された。
***
女神像の首が折れる直前、最高位大神官は奇跡的に女神像頭部から脱出して、隠し扉から女神像の外にでた。
巨大女神像のもげた頭部は聖堂の屋根を押し潰す。
顔は白塗り厚化粧で体は下着姿のまま、最高位大神官は赤煉瓦の降り注ぐ聖堂の中を逃げ回る。
「おーい、誰か早く助けてくれ。
茶色い髪の悪い魔女は、私を殺そうと天から星を降らせている!!」
「その声は最高位大神官様。
ああ良かった、ご無事でしたか」
聖堂の奥から声がして、ハンサムな雇われ神官が大盾で赤煉瓦を避けながら最高位大神官の元へやってきた。
「最高位大神官様、茶色い髪の悪い魔女が『隕石落下』の壊滅魔法を発動しました。
もうすぐこの聖堂は、百万の隕石によって押しつぶされます。
最高位大神官様、私と共に聖堂の外へ逃げましょう」
盾を構えたハンサムな雇われ神官は、最高位大神官をかばうように後ろに立つと自分のマントを羽織らせる。
下着姿に全身擦り傷だらけの最高位大神官は、そのマントの温もりに思わず涙ぐんだ。
「お前はなんて慈悲深い聖人だ。
これからはお前を私の一番弟子として、特別待遇してやるぞ」
屋根が落ちガレキの散乱する聖堂の中、雇われ神官は最高位神官をかばいながら、半分壊れた木の扉の前に誘導する。
「最高位大神官様、この勝手口から聖堂の外に出ることができます。
入口が狭いので、気をつけて中に入って下さい」
雇われ神官は壊れかけた扉を支え、最高位大神官を中に入るのを確認すると扉を閉めた。
女騎士アシュは、まんまと罠に引っかかった最高位大神官の背中を見てほくそ笑む。
祭壇裏の隠し扉と地下通路の存在を魔女カナから聞いたアシュは、隠し扉を勝手口の扉と取り替えたのだ。
そして暗闇の中、最高位大神官を隠し扉の地下道へ誘い込んだ。
扉の先に、床が仄かに光る狭い廊下が続く。
「おかしいぞ、雇われ神官。聖堂の外に出たはずなにの、ここは地下通ではないか!!」
「最高位大神官、ここはお前が魔女カナ様を冬薔薇塔に誘い込んだ地下通路。
ああ、自己紹介が遅れたな。私はエレーナ姫側近の護衛騎士アシュだ」
最高位大神官が驚いて後ろを振り返ると、そこには燃えるような赤い髪をした女騎士が剣を構えて立っていた。
アシュはさげすむような冷たい目で、剣先を最高位大神官に突きつける。
「貴様ぁ、よくもこの私を騙したな!!
そうか、魔鏡が王妃の醜態を映したのは貴様の仕業だな」
「確かに私は王妃に鏡を贈った。しかし彼女の浮気がばれたのは自業自得だ。
さぁ、もうすぐこの場所もガレキで埋もれる。
最高位大神官、この先にある冬薔薇塔の入口に案内しろ」
すでに地下通路の壁や天井にも無数の亀裂が入り、小さな破片が落ちてくる。
アシュに剣を突きつけられた最高位大神官は、両手を上げたまま地下通路を歩かされた。
50メートルほど進むと通路の突当りに、アイアン製の流線デザインが施された夏別荘と同じ扉が現れ、床には精密な魔法陣が描かれていた。
最高位大神官はそのドアノブに手をかけたが、鍵のかかった扉は開かず、最高位大神官は狂ったように笑い出す。
「あはは、ふぁははっ、貴様は何も知らないんだな。
冬薔薇塔へと繋がる扉を開けることが出来るのは、大魔女の後継者とその弟子だけ。
私や貴様程度の魔力では、冬薔薇塔の中に入ることは出来ないのだ」
始祖の大魔女に弟子として認められなかった最高位大神官は、悔し気な笑みを浮かべる。
だが女騎士アシュの表情は変わらない。
「私はこれまで散々エレーナ姫とルーファス王子を苦しめ、魔女カナ様を幽閉したお前を許さない。
お前を道連れして地下道で生き埋めになるなら本望だ」
「貴様、まさか本気か!!やめろ、やめてくれ」
アシュは剣を握り締め、一切のためらいもなく最高位大神官の左胸を突き刺す。
しかし剣先が何か堅いモノに当たって大きく弾かれ、その衝撃で最高位大神官は扉の方に吹き飛んだ。
アシュが僅かな慈悲心で最高位大神官に着せたマントの胸ポケットには、魔女カナから渡された炎の結晶が入っていた。
剣で傷ついた炎の結晶から、膨大な魔力が流れ出す。
「これは、魔女カナ様の魔力に魔法陣が反応して冬薔薇塔の入口が開く!!」
床に倒れた最高位大神官はぴくりとも動かない。
すでに天井は大きなひびが入り、今にも崩れ落ちてきそうだ。
アシュは倒れた最高位大神官を抱えると、開いた扉の中に飛び込んだ。
次回、最終話




