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その4

「僕もオヤカタに話したいことが沢山あるんだ。

 だから僕らの世界に来て欲しい」


 少年のルビー色の瞳がカナを見つめる。

 カナにとってはたった四ヶ月だが、ルーファス王子にとっては四年ぶりの再会だった。

 弟のような幼い王子は見た目だけでなく心も成長している。そしてどこか固い口調は、なにか悩みを抱えている様子だ。

 カナはそんな王子の姿に、昨日まで逆ホームシック状態で友人ミドリを心配させた自分とだぶらせた。


「どうしたの、ワタシは王子のオヤカタだよ。

 困っている事があるなら、弟子はオヤカタに相談しなさい。

 ちょっと心配だから、王子と一緒にいてあげる」


 そうだ、友人もきっとこんな気持ちだったハズ。ワタシは大叔母さんやコンおじさんやミドリちゃんに、気遣われ助けられている。

 そして自分も弟のように慕ってくる可愛い王子に、その想いを返そうと思った。

 妖精森の外へ行くとあっさり快諾したカナに、王子は目を見開いて驚き喜びを爆発させる。


「えっ、ほんとうに、オヤカタ僕嬉しいよ。

 外に出たら僕の国も見せたいし、話したいことも沢山あるんだ。

 そうだオヤカタ、このお守りを腕にはめて」


 ルーファス王子に言われて右手を差し出したカナ手首に、王子は自分のブレスレットをはめる。

 それは妖精森とあちらの世界を行き来できる王子の白銀の守護蛇で、魔女カナを世界に留める楔として身に着けさせたのだ。


「うわぁ、とても綺麗な銀色の蛇のブレスレッドね。

 あれ、このブレスレッドって静電気かな、細かく震えている。

 もしかして磁気ネックレスみたいな健康器具?」


 白銀の蛇にとって魔女カナは天敵だった。

 最初カナと出会った時に毒蛇と間違われ自転車で踏まれて、バール(魔法の杖)で頭を叩き潰されそうになった。

 手首に三重に巻き付くデザインの銀のブレスレットは、シャラシャラと冷たい音を立ててルーファス王子に助けを求めたが、王子は気づかないふりをしてカナに話しかける。


「オヤカタ、そのブレスレットは僕の大切なものだから、絶対無くしたりしないでね。

 もう外は暗くなってきた。時間がない、ニールが妖精森の外で待っている」

「えっ、ニール君も一緒に来ていたの。

 こんな寒い夜に、長時間外で待たせたら大変。すぐ出かける準備するわ」


 カナは腕時計に目をやると夕方五時半で、今からあちらに出かけるとすれば、一泊することになるだろう。

 明日から天気は崩れ、大晦日にかけて猛烈な寒波が襲うと天気予報で言っていた。

 カナは用心のために、自分の身体より大きめの黒い分厚い防寒用マントを纏い作業用手袋をした。


「あれ、赤いリュックがない。

 王子の声に急いで夏別荘に飛び込んだから、背負っていたリュックをどこかに投げ捨てたみたい」

「オヤカタ、赤いリュックならコン王さまの足下に落ちているよ。

 コン王さま、貴方もオヤカタと一緒に僕の国へいらして下さい」


 カナが出かける準備をしている間ルーファス王子はサンタ人形に話しかけていて、その様子にカナの心は葛藤する。


(どうしよう、この超リアル造形人形を本物のサンタクロースと間違う子供多いけど、まさかルーファス王子まで本物だと思いこんでいる。

 だめよカナ、純粋な王子の夢を壊しちゃ。サンタさんは本当にいるんだから!!)

 

「王子、この白髭のおじいちゃんはコンおじさんじゃないの。

 サンタクロースと言って、冬の夜に子供の願い事を叶えてプレゼントをくれるのよ。

 そうだ、ルーファス王子は、なにか願い事や欲しいプレゼントはある?」

「えっ、この方はコン王さまじゃないの。

 そうか、さんたくろーすさまが僕の願い事を叶えてくれたのか。

 僕の願いはオヤカタと会える事だよ!!

 欲しいプレゼントは、夏別荘の話をすると母上はカップ焼きそばを思い出して食べたがっていたから、それを持って行きたいな」

「えっ、王子の願い事はワタシと会うことで、プレゼントはカップ焼きそば……なんて、なんて欲の無い優しい良い子なのっ!!」


 カナは思わず涙腺が緩くなるのを感じる。

 自分はクリスマスに男子をこき使い大喧嘩していたのに、ルーファス王子はなんて健気なお願いをするのだろう。

 思わす目頭を押さえ鼻をすすりだしたカナを、王子は不思議そうに見つめていた。





 出かける準備も整い、夏別荘の外にでたカナは裏庭の物置から白い自転車を出してきた。


「ねえ王子、自転車の二人乗りしたこと覚えている?」


 カナにとってはわずか四ヶ月前、でもルーファス王子にとっては遙か四年前の出来事だった。

 あの時は小さな子供用自転車で二人乗りしだが、カナの身長に追いついた少年は大人用の自転車に乗れる。

 さっそくルーファス王子は白い自転車のハンドルを握ったが、少し引っかかるような堅さがあってハンドルが逆方向に動く。

 この白い自転車には、子供部屋の壁紙から出てきた最高位聖獣が憑依している。黄金のたてがみを持つ異界の獅子は、魔女カナの守護聖霊だ。

 王子は獅子が憑依した自転車のハンドルを無理矢理動かそうとしたが、ハンドルは全く動かさない。ペダルを踏んでも空回りして、前に進むどころか後ろにバックする。

 

「こいつ、一度僕に服従したクセに、オヤカタがいるから僕に使役されたがらないんだ」


 必死に自転車を動かそうとして、なにやら独り言をつぶやいている王子に首を傾げながらカナが自転車に近寄る。


「あれ、ペダルが動かないの?

 長い間倉庫に仕舞っていたから、油が切れて調子悪いのかな」


 カナは王子を自転車からいったん降ろし空回りするペダルを調べて、いきなり厚底の作業用ブーツで自転車を蹴った。

 その自転車に憑依した聖獣の姿が見えるルーファス王子には、魔女カナがふて腐れて動かない獅子の横腹をいきなり蹴っているように見える。

 さらにカナは、動かないハンドルのつなぎ目を赤いバールでガンガンと力一杯叩く。

 それがルーファス王子には、黄金のたてがみを持つ獅子の脳天を呪杖で殴り、調教しているようにしか見えない。 


「うわぁ、オヤカタやめてよ!!そんなに強く呪杖バールで殴ったらかわいそうだ。

 守護獅子ジテンシャが傷ついて痛がっている」

「ずっと壁に立てかけていたからハンドルが歪んでいるのかな。

 もう少し強く叩けば、あっ、やっとハンドルが動いた」


 思わす王子はカナの腕にしがみつき、バールで叩くのをやめさせる。

 頑なに動こうとしなかった守護獅子ジテンシャも、カナの調教に絶えきれず服従して、素直に王子をサドルに座らせた。

 守護獅子ジテンシャの調教を終えた魔女カナは満足げだが、ルーファス王子はオヤカタが結構スパルタだったと思い出す。

 

「そういえばオヤカタは、地獄の魔犬ケルベロスを片手で放り投げるくらい強かったな。

 オヤカタぐらい強くなくちゃ、異界の獅子は使役できないんだ」

「えっ、王子、ワタシの名前を呼んだ?」

「ううん、何でもないよオヤカタ。僕もオヤカタみたいに強くなりたいと思っただけさ」


 カナは自転車の後ろに飛び乗ると、自分と同じ背丈になった少年の腰に腕を回した。

 ルーファス王子は背中に暖かくて柔らかい気配を感じて、少しホホを赤らめながら自転車のペダルを踏む。

 守護獅子ジテンシャのペダルはとても軽く、まるで宙を走っているようだ。

 きらびやかなイルミネーションでライトアップされた遊歩道を、二人乗りが自転車が走る。

 カナは通り過ぎる七色の光に、思わず歓声を上げた。


「王子が消えてから、あの後ワタシは何度も向こう側に出ようと試したけど行けなかった。

 でもきっと王子と一緒なら、ワタシは妖精森の向こう側に行ける」


 そして妖精森入口の緑のトンネルが見えたとき、可愛い豆柴が吼えながら走ってきて、ふたりと一匹は妖精森の向こう側へ旅立った。



 **



「高位神官さま、来た、来ます。とんでもない魔力の塊を感じます。

 妖精森の結界の向こうから【茶色い髪の悪い魔女】が現れます」

「ついに呪われた妖精森に住む魔女が出てくるか。

 蒼臣国の兵士どもは魔女を恐れ大聖堂への協力を拒んだが、相手は子供と女ふたり、我々神官だけで充分だ。

 王子は保護をしたらすぐに大聖堂の最高位神官様の下へお届けする。

 捕らえた魔女は気を付けろよ。呪文を使えないように猿ぐつわして動けぬように拘束しろ」


 妖精森の結界出口の前には、神官に呼ぶには凶悪顔の男が十人、鈍器のような呪杖を構えて待機している。

 

「【茶色い髪の悪い魔女】と恐れられているが、まだ十五、六の小娘らしいじゃないか。

 ハハッ、捕まえて頬を何発か叩けば、素直に言うことを聞くだろう」

「こんな王都から離れた僻地じゃ、王子が少し可愛い魔女に惚れてもしょうがないな。

 王子が大聖堂に行けば、国中から美しい修道女が集まってくる。

 それに都会の洗練された女を見れば、田舎魔女のことなんかすぐ忘れるだろう」


 神官たちから少し離れた場所に捕えらていたニールは、その会話を聞いて笑いを堪えきれず吹き出した。

 後ろ手に縛られた腕の縄はすでに解き、木にくくられた縄も緩んでいる。

 そしてすぐ行動が起こせるように身構え、結界で閉ざされた妖精森入口を鋭いまなざしで見つめる。


「無能な神官どもめ、捕虜が縄抜けしても気づかない。

 貴様らごときに我が主ルーファス王子と、偉大な魔女カナさまが捕らえられるものか」


 そして次の瞬間……。

 ニールの予想を遙かに上回る、とんでもないモノを従えて彼女は妖精森から現れた。 

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