その38
辺境軍の掲げる松明は、まるで光の川のように雑木林の遊歩道を埋め尽くしながら進んでいた。
「うわぁ、よくこれだけの兵隊を集めたな。
集団の先頭を走っているのは、救国の英雄ウィリス様じゃないか!!
英雄が魔女さんを助けに来るなんて信じられない」
雨の止んだ冬薔薇塔の屋上で、辺境軍を見たリオは思わず興奮の声をあげた。
四年前のクーデターで大活躍をしたウィリス隊長は、蒼臣国の少年にとって憧れの存在なのだ。
でもカナはウィリス隊長の姿をチラと見ただけで、塔の反対側に建つ聖堂と金髪の女神像を睨みつけるように注意深く観察する。
聖堂と一体化した金髪の女神像は、派手な飾りだらけの頭部を支える細すぎる首と大きな乳房の重みで不安定な状態になっている。
「ルーファス王子、あれを見て。
オッパイ女神像の頭頂部に積もった雪の重みで、首に大きな亀裂ができている。
この欠陥建造物に雪が積もるだけで、ううん、強い風が吹くだけで倒壊する危険があるの」
「オヤカタ、あの見た目だけ豪華なオッパイ女神像を作ったのは最高位大神官だ。
僕の国に、あんな趣味の悪い女神像と聖堂はいらない。
だからオヤカタの好きなように壊していいよ」
ルーファス王子はそう断言すると、長くなった白銀の髪をかきあげて冷たい風に鼻の頭を赤くしながら、これから魔女カナが始めるショーを楽しみにしていた。
カナの服装はエレーナ姫お手製のフリフリドレスに防寒コートを羽織り、カナが着ていた鷹獅子のマントはルーファス王子が着ている。
カナたちはかなり厚着をしているが、ここはマンション十階の高さに相当する冬薔薇塔の屋上。
時折強い北風が吹いて、三人は身を縮こませる。
「キャアっ、風が寒い。温かい飲み物で体を暖めよう。
そういえばリュックにインスタントお汁粉が入っていたし、ちょうど金色のコップを持ってきたの」
そしてカナはインスタントお汁粉を金杯の中に入れると、沸かしたお湯を注いだ。
ガキ大将リオは、魔女の作る見慣れない黒い液体に顔をしかめる。
「魔女さん、その黒い飲み物からとても甘ったるい匂いがする。
俺、甘すぎるのは好きじゃない」
「僕はオヤカタの作るじゃんくふーどなら、何でも大好きだよ。
リオが飲まないなら、僕とオヤカタだけで飲むよ」
「王子、あまりジャンクフード好きにならない方がいいよ。
それじゃあ先に王子から飲んで。
しょうが入りお汁粉はとても熱いから、やけどしないように気をつけてね」
「オヤカタ、このドロッとした黒い飲み物はとても体が温まる。
あれ、中に白くて柔らかい固まりがあるぞ?」
「王子、そのお餅は二個あるから一つは残し、あっ、王子ったら二個食べちゃった」
結局ルーファス王子は、インスタントお汁粉(餅二個入り)を全部食べてしまった。
自分も食べる気満々だったカナは肩を落とす。
その頭上で鳥の羽音がすると、街の偵察から帰ってきた白い鳥のハビィが塔の屋上へゆっくりと舞い降りてくる。
空の上からカナと王子の様子を眺めていたハビィは、とても驚いた。
魔女カナがルーファス王子に与えた鷲獅子の刺繍が施されたマント。それは覇王に選ばれた者だけが着る事が出来る。
そして王子が手にする金杯(インスタントお汁粉入り)は覇王の証。
始祖の大魔女が覇王を認める儀式が、冬薔薇塔の屋上で行われたのだ。
「カナ様、その金杯をルーファス王子様に渡したのですか」
ハビィは感動に打ち震えながらも、声を絞り出して魔女カナにたずねた。
「金属製でアウトドア用に便利だから持ってきたけど、このコップ使ったらダメなの?」
「いいえ、冬薔薇塔の中に保管された宝物はすべて、始祖の大魔女の後継者であるカナ様の所有物。
カナ様がルーファス王子に覇王の金杯を託したのなら、私は何も言う事はございません」
ハビィは金杯を手にしたルーファス王子を感慨深げに見つめる。
今王都は金髪の女神の醜態で混乱し、そんな女を王妃に選んだ覇王の資質が問われている。
王妃の養父である最高位大神官の権力も地に落ちた。
やがて王都は、王族同士の権力争いが勃発するだろう。
「ルーファス王子様にそのマントは大きすぎるので、替えのマントを持ってきます。
それから金杯に汚れがこびりついたら大変なので、私が金杯を洗って磨きましょう」
魔女カナは、ルーファス王子を覇王であると示した。
しかしそれを知る者は、今は女官長の自分とリオという少年だけ。
それなら、事実は秘された方がよい。
祖先返りの膨大な魔力を持つルーファス王子は、王都の争乱に巻き込まないように異国へ預ける。
そして近い将来、我が愛しき白銀の王子ルーファスは大陸を支配する覇王となるのだ。
***
分厚い雲の切れ間から、少し欠けた月が姿を現す。
雑木林の中に立つ冬薔薇塔は、夜でも魔力を帯びた冬薔薇のツタがほのかに発光して場所を示した。
それはまるで陸の灯台のように、人々の目印となり暗い夜道でも迷うことはない。
「カナ様ぁ、ご無事ですかァ――。
ウィリスは辺境の民を率いて、カナ様をお助けに参りました!!」
遠くからカナの名前を呼ぶ、野太い男の声が聞こえる。
「ウィリス隊長ったら随分とスリムになって、ダイエット成功したのね。
これなら大丈夫、作戦を決行出来るわ」
「オヤカタ、何が大丈夫なんだ?」
ルーファス王子が不思議そうにたずねると、カナは屋上に置かれた木箱の蓋をあけて中身を引っ張り出す。
それはとても長く太く編まれた、まるで大蛇のような縄が三本出てきた。
「これのために塔に生えていた冬薔薇のツタを全部毟ったの。
何度も繰り返し耐久度テストを行って、体重200キロでも切れない命綱とロープを作ったわ。
ダイエットしたウィリス隊長なら体重制限に引っかからないし、全然大丈夫」
そしてカナは大蛇のような太い縄の先に空のリュックをくくりつけて、冬薔薇塔の屋上から下に投げ落とす。
長い、とても長いロープがまるで塔の壁面を這うように下に落ちてゆき、冬薔薇塔にたどりついたウィリス隊長の目の前に空のリュックが落ちてきた。
「蒼臣国で一番高い冬薔薇塔は、間近で見ると余計に高く感じられる。
魔女カナ様を助け出すには、塔の壁に穴を開けなくてはならないだろう」
「ウィリス隊長、お久しぶりね。この塔に穴を空けちゃダメよ。
赤煉瓦積みの塔の基礎部分を壊したら、ジェンガみたいに一気に崩れるんだから。
それよりウィリス隊長、下に落ちている荷袋を背負ってみて」
下に降りて塔の小窓から顔を出たカナは、いきなりウィリス隊長に指示をする。
四年前、妖精森でカナに散々こき使われた経験のあるウィリス隊長はその指示に無条件で従い、太い縄で結ばれたリュックを背負い、胸の前にある金具を留めて固定した。
「布袋を背負いました。これでいいですか、カナ様」
「いいよ、ウィリス隊長。リュックが体から外れないように、しっかり掴まってね。
それじゃあウィリス隊長を上へ、一気に持ち上げるよ」
「この俺を持ち上げるって、なんの冗談で、うっ、うわぁああーー!!」
ウィリス隊長がリュックを背負ったのを確認したカナは、合図の指笛を吹く。
リュックにくくられた太縄の反対側は屋上に置かれた大きな銅像と繋がって、カナの合図と同時にルーファス王子とリオが銅像を屋上の天窓から塔の中に投げ落とす。
片方が下に落ちれば、片方は引き上げられる。
鬼神と呼ばれるウィリス隊長の巨体が太縄に引っ張られて宙を浮き、一気にカナのいる三階小窓まで引き上げられた。
「ひぃい、足が地面に着かないっ。
俺は高い所が苦手なんだ。カナ様、早く下に降ろしてください!!」
宙吊り状態になったウィリス隊長は悲鳴を上げる。
しかしカナは、ウィリス隊長に向かって冷酷に告げた。
「落ち着いてウィリス隊長。小窓の枠に掴まって、下の出っ張りに足をかければ大丈夫よ。
アシュさんはロープも使わずに軽々と三階まで登って来れたから、ウィリス隊長なら屋上まで簡単に登れるはず」
「ええっ、カナ様。まさか塔の屋上まで登るなんて、俺そんなこと出来ません!!」
「大丈夫よ、ウィリス隊長。
壁の通気口に丸太を差し込んで即席足場を作ったし、体重200キロまでOKの命綱もあるから、ちょっと大変だけど頑張って塔の屋上まで登ってきてね」
カナにそう言われたウィリス隊長は、周囲の木々より高い冬薔薇塔の屋上を仰ぎ見る。
マンション十階相当の高さがある冬薔薇塔を、壁伝いに登って来いと魔女カナは言うのだ。
「まさか塔の上まで壁登りなんて、俺には無理、無理ですよぉ。
そんなのは、身軽なアシュに頼めばいい」
「アシュさんじゃダメ、ワタシはウィリス隊長に頼みたい事があるの」
ウィリス隊長は必死に壁にへばりつくと、小窓から顔を出したカナに泣き言をいう。
その時、辺境軍の一団が冬薔薇塔の前に到着した。
「おおっ、あれを見ろ。
救国の英雄ウィリス隊長が、冬薔薇塔の壁をよじ登って茶色い髪の魔女様を救い出そうとしている」
「みんな、冬薔薇塔の一番上を見ろ。魔女様の他に子供がいるぞ。
あの白銀の髪の少年は、まさかルーファス王子様じゃないか」
「汚らわしい最高位大神官め。
茶色い髪の魔女様だけでなく、ルーファス王子様も冬薔薇塔に閉じこめていたのか」
これ以上登れないと判断したウィリス隊長は、リュックの金具を外して下に飛び降りようとした。
すると塔の真下に集まって来た兵士が、壁にへばりつくウィリス隊長に熱い声援を送る。
「きっと救国の英雄ウィリスが、ルーファス王子様と魔女様を助けてくれるぞ」
「うぉおおっ、ウィリス隊長、頑張れぇぇ」
冬薔薇塔を取り囲んだ辺境軍の兵士たちは、ウィリス隊長がルーファス王子と茶色い髪の魔女を救い出すと信じていた。
「さぁウィリス。皆の声に答えて、魔女カナ様とルーファス王子様をお救いするのです」
白い鳥のハビィもウィリス隊長の周囲を旋回しながら励ました。
「しかし豪腕族の俺でも、これより高い場所から落ちたら命はない」
「大丈夫ですよ、ウィリス。下にはケルベロス様が控えています。
もし手が滑って落ちても、ケルベロス様がウィリスを受け止めてくれますよ」
そう言われてウィリス隊長が下を見ると、黒い小さな柴犬がうれしそうに駆けずり回っている。
キャンキャンと吠えながらよだれを垂らし舌なめずりする姿は、まるで美味しい餌が落ちてくるのを待っているようだ。
「うわっ、ケルベロス様は落ちてきた俺の魂を食う気満々じゃないか!!」
「ウィリスはケルベロスさまが食べたがるほど素晴らしい魂を持っているのです。
英雄ウィリス、この程度の高さを恐れるとは情けない。
さぁ勇気を出しなさい。我々が魔女カナ様から受けた恩義に報いるのです」
後に引けなくなった救国の英雄ウィリスは、ハビィの叱咤激励を受けて、茶色い髪の魔女カナと白銀の王子ルーファスを救うために冬薔薇塔の頂上を目指し登り始めた。
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