その37
冬薔薇塔のある雑木林を取り囲んでいた武装神官たちは、かがり火を落としたまま息を潜めて誰かを待っていた。
そして武装神官たちの前に、白い魔導車輪に大きな木箱を乗せた雇われ神官が現れる。
雇われ神官は運んできた木箱をおもむろに地面に放り投げると、木箱のふたが開き中から宝石の散りばめられた金髪の女神像が数体転がった。
「僕はお前たちのために聖堂から女神像を拝借してきた。
しかしこの女神像を売ろうとしても、誰も買わないだろう」
ハンサムな雇われ神官がそう告げると、武装神官たちは地面に転がる金髪の女神像を冷めた目で見る。
最高位大神官の娘である金髪の王妃のスキャンダルは、すでに武装神官たちの耳にも入っていた。
金髪の王妃を女神と崇めていた彼らは、偶像に裏切られたのだ。
「さっさとここから逃げ出そうぜ。
女神像を壊して宝石を剥ぎとればいい。髪は金糸に目玉は紅玉、装飾の月長石に黄石や瑠璃が使われている」
「この歳になるまで女神様に身も心も捧げてきたのに、俺の純情を返せっ!!」
一人の武装神官が叫びながら手にした剣で金髪の女神像を真っ二つにすると、他の武装神官も女神像を壊し始める。
自らの手で偶像に別れを告げた武装神官たちは、剥ぎとった宝石を懐にしまうと雑木林の外に出ていった。
雇われ神官に化けたアシュは、武装神官たちが立ち去ったのを確認すると雑木林の中央にそびえ立つ冬薔薇塔を仰ぎ見る。
先ほどウィリス隊長率いる辺境軍の先発隊が、街入口に到着したと報告があった。
「やっと邪魔な武装神官がいなくなり、これでカナ様をお助けできる。
残るはあの憎っくき最高位大神官、ただ一人。
ヤツがルーファス王子様に近づかないように、混乱に乗じて片づける事も最終手段として考えなくてはならないが、とにかく今はカナ様の無事なお姿を見に行こう」
アシュは獅子の憑依した白い魔導車輪に飛び乗ると、雑木林の細い道を走らせた。
冬薔薇塔の外の騒動とは関係なく、カナたちは相変わらず禁断のおコタでダラダラ年越し中。
「ふわぁ、このおコタやばい。
炎の結晶の遠赤外線効果で体の奥までじんわりと温めてコリをほぐし、リラックスしすぎていくら寝ても寝足りない」
「オヤカタ、大変だよ。
おコタの中に入ったケルベロスさまが、のぼせてグッタリしている」
ルーファス王子はコタツから豆柴を引っ張り出すと、ポカポカ暖かい小犬をカナは湯たんぽ代わりに抱きしめる。
すると突然、カナの腕の中にいた豆柴が激しく吠え出した。
チリリン、チリリンッ
ケルベロスは後ろ足で勢いよくカナを蹴飛ばして、思わず手を離してしまう。
「どうしたのケルベロス、外に行きたいの?
えっ、これはワタシの自転車のベル。窓の外で誰かが合図している!!」
カナは慌ててコタツから出ると、小窓から塔の外を覗く。
冬薔薇塔の真下には白い自転車が停まり、赤煉瓦の壁をロッククライミングのように軽々と登る細身の神官がいた。
小窓から顔を出すカナを見上げる美しく整った中性的な顔立ちは女騎士アシュだ。
「アシュさんったら凄い。ロープ無しで簡単に赤煉瓦の壁を登ってくる。
でも塔の周囲には武装神官たちがいるはずだけど、見張りの姿が見えないわ」
「お久しぶりですカナ様。
金髪の女神の醜態を知った武装神官は、聖堂と最高位大神官を見捨てて逃げ出しました」
アシュは驚いたカナを安心させるように微笑むと、窓の外から塔の中をのぞき込む。
なるほど、ニールがとても冬薔薇塔に行きたがった理由が分かる。
魔女カナがDIYで作り替えた冬薔薇塔の中は、天井までの吹き抜けに色鮮やかな布切れとネットが張られ、吊されたランプの明かりが星の瞬きのように輝き、まるで夢物語の世界のようだ。
美しい色タイルの床に分厚い絨毯が敷かれ、低いテーブル(おコタ)に見事な刺繍の施されたタペストリーが掛けられている。
その高級なタペストリーの上にお菓子や玩具が無造作に置かれ、大きなクッションを背もたれにして座るルーファス王子の姿が見えた。
「お久しぶりです、ルーファス王子。塔の中はとても楽しそうですね」
「アシュ、オヤカタの作ったおコタはすごいぞ。
このおコタの中に炎の結晶があって、温室のように暖かい。
アシュも早く中に、あっ、大人は塔の中に入れないのか」
外はみぞれ混りの冷たい雨が降り、塔の中を覗き込むアシュは白い肌は青ざめている。
「この塔は入口がないくて、アシュさんが覗いている小窓から王子たちは中に入ったの。
そういえばアシュさんは冬薔薇聖堂に出入りできるよね。
聖堂の祭壇裏にある地下道の突き当たり、床に魔法陣が描かれた場所が冬薔薇塔の入口よ。
私は最高位大神官に騙されて、その魔法陣から塔の中に閉じ込められたの」
「カナ様、その地下道から塔の中に入れるのですね。
なるほど、良いことを教えて下さいました」
アシュは何かひらめいた様子でうれしそうに微笑んだが、ずっと雨に打たれているので寒さに歯がカタカタ鳴る。
その様子を見たカナは、コタツに戻るといきなり上掛けのタペストリーを引っ剥がした。
「もう充分温まったから、おコタは終了!!王子もリオも退いて退いてっ」
「うわぁ寒いっ。魔女さん、突然どうしたんだよ」
コタツをひっくり返したカナは、熱源にした炎の結晶を取り出す。
元々これは、女騎士アシュから貰ったものだ。
カナは炎の結晶を陶器の小箱に入れると、窓の外にいるアシュに手渡した。
「アシュさん、この暖かい炎の結晶をカイロ代わりにして。
それからウィリス隊長が冬薔薇塔に到着したら、ワタシたちはオッパイ女神像の解体作業に取りかかる。
だからアシュさんは、聖堂の中にいる人を全員外に出してちょうだい」
「えっ、カナ様はどんな魔法を使って、あの巨大な女神像を破壊するのですか?」
柔らかくウェーブした茶色い髪に幼い目鼻立ちをした小柄で人形のように愛らしい魔女は、恐ろしい本性を隠している。
アシュは過去に何度も、魔女カナの魔法を見た。
魔女カナは魔導カラクリで鉄の歯を腕から生やし(電動ノコギリ)、地獄の番犬と牛頭の魔人を使役して、情け容赦なく敵を倒したのだ。
「ワタシの力では壊せないけど、ウィリス隊長の力で冬薔薇聖堂の解体作業を行うの。
壊すだけなら、一晩で作業は終わると思う」
「カナ様、ウィリス隊長を使って何をなさるつもりですか?」
***
ウィリス隊長率いる辺境軍が、冬薔薇塔のある雑木林入口に到達する。
辺境の村からダイエットをかねて走り続けてきたウィリス隊長のたるんだ肉体は引き締まり、逆三角形で筋骨隆々の勇ましい姿は、まるで捕らわれの姫を救い出す勇者のようだ。
「おおっ、貴方は救国の英雄、ウィリス隊長。
冬薔薇塔に閉じこめられた茶色い髪の魔女さまを、どうかお救い下さい」
「あの忌まわしき最高位大神官から虐待を受けながらも、茶色い髪の魔女様は街に様々な奇跡を起こしました」
カナが冬薔薇塔でDIY生活を楽しんでいる間、街で起こった不思議な出来事は全て茶色い髪の魔女の御利益と受け取られた。
街中の人々が辺境軍を大歓迎する様子に、ウィリス隊長は目頭が熱くなり感動で体がぶるぶると武者震いする。
「魔女カナ様は、これほど街の人々から信仰されていたのか。
皆の魔女カナ様を思う気持ち、このウィリスがしかと受け止めた!!
俺はこれから冬薔薇塔に向かい、魔女カナ様をお救いするぞ」
救国の英雄ウィリスは、辺境軍の先頭に立ち拳を天に掲げると大声で宣言した。
その言葉に辺境の最強戦闘農民も街の人々も、呼応して、
ウィリス隊長の元に、近衛兵の軍服に着替えたニールが駆け込んでくる。
「報告します、ウィリス隊長。
雑木林周辺を警護していた武装神官のほとんどは逃げ出して、残りも我らゲリラ部隊が捕えました。
ウィリス隊長はこのまま林の中を進んで、冬薔薇塔に捕らわれた魔女カナ様を助け出して下さい」
「しかし魔女カナさまが閉じ込められた冬薔薇塔には、入口が無いと聞いた。
魔女カナ様を救い出すには、塔の壁を破壊するしかない」
「その事なら、魔女カナさまに妙案があるそうです。
とにかくカナ様はウィリス隊長が来るのを待っています。
早くカナ様の元へ行ってあげて下さい」
ニールの言葉にウィリス隊長は大きく頷くと、いきなり雄叫びをあげながら雑木林の中を駆けてゆく。
取り残された辺境軍が慌てて追いかけるのを見ながら、ニールは苦笑いを浮かべた。
「カナ様は男を利用することしか考えない魔女だから、ウィリス隊長はこき使われるだろうな。
しかしいくら体を絞っても、ウィリス隊長の巨体は冬薔薇塔の小窓をくぐり抜けられない。
カナ様はウィリス隊長をどうやって使うつもりだ?」




