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その35

 故郷に帰る途中の雇われ神官は、村の雑貨店で買い物代金として一枚の美しい鏡を置いていった。

 雇われ神官に売った商品以上の価値がある鏡に、店主は大喜びでそれを近所の人々に見せびらかす。

 すると冬薔薇聖堂から来たという武装神官が、鏡は聖堂から盗まれたものだから返却しろと店主に言ってきた。


「鏡は俺が売った商品の代わりに貰ったものだ。

 これが盗まれたモノなら、雇われ神官から商品を取り返してきてくれ。

 そうしたら鏡を返してやる」

「身分の低い商人が、最高位大神官様に仕える我々によくも無礼な口をきいたな。

 さっさと鏡を差し出さないと、貴様も盗人と同罪だぞ!!」


 美しい鏡を見ようと集まった村人の目の前で、冬薔薇聖堂から来た武装神官は怒鳴り声をあげながら小柄な商人を呪杖で殴り倒した。


「貴様等のような下民が手に触れる事も許されない、これは神の御使いのみが覗き見ることの出来る神聖な鏡である。

 この無礼な商人は、最高位大神官様から厳しい罰が言い渡されるから覚悟していろ!!」


 武装神官は村人たちを威嚇しながら奪い取った美しい鏡を高く掲げる。

 すると突然鏡の表面が光り出し、村人は恐怖の声を上げた。


「うわぁ、神官の持つ魔法の鏡にココではないどこか遠く、別の何か映っている!!」

「鏡に金髪の女が映っているぞ。最高位大神官の祭る女神に似ているな」


 武装神官が持つ魔鏡に映るのは、蒼臣国の人々が崇める黒髪の女神でも茶色い髪の悪い魔女でもなく、冬薔薇聖堂の前に鎮座する派手な金髪の女神像そっくりな女だった。

 鏡を見た武装神官は大喜びして、魔鏡をもっとよく見ようと顔を近づける。


「おお、これはまさしく神の奇跡だ。

 お前たちの貧相な黒髪の女神より、最高位大神官様の養女であり覇王の妃である金髪の女神様の方が数倍も美しい」

「へぇ、鏡に映る金髪女は最高位大神官の娘なのか。

 それじゃあ、この女の周りにいる首輪をした男たちは何だ?」

「覇王の妃は、鞭で男たちを叩きながら笑っているぞ。

 この女のドコが女神なんだ!!」


 茶色い髪の悪い魔女を監視するための魔鏡に、何故か退屈な王宮暮らしに飽きて刺激を求める覇王の妃の姿がバッチリ映る。


「まさか俺の敬愛する女神様が、こ、こんなふしだらなんて……嘘だ嘘だぁ!!」


 金髪の女神を狂信的に信仰していた武装神官は、魔鏡に映し出された女の痴態にショックを受けて思わず鏡を手放してしまう。

 地面に叩きつけられた魔鏡は粉々に砕けるが、その破片は金髪女が複数の男たちと刺激的な遊びに興じる姿を映し続ける。

 実は雇われ神官たちが聖堂から持ち出した魔鏡は一つではなく、武器屋は防具の代金として宿屋は宿泊代として鏡を受け取っていた。

 そして王都聖堂に祭られた魔鏡にも、同じように覇王の妃の姿が映し出されている。


「金髪の女神は王都であんな非道い事をしているのか」

「まさかこれは、覇王の妃の浮気現場じゃないか」


 冬薔薇聖堂に祭られた等身大の魔鏡が突然輝き出し、それを見た最高位大神官は悲鳴を上げる。


「何故、魔鏡に私の娘が映っているのです?

 やめろ、このバカ女、なんて事をしやがる。

 畜生、誰かが魔鏡を使って私を貶めようとしているんだ。

 早くこの鏡を壊してしまえぇ!!」


 養女の痴態に最高位大神官は顔面蒼白になり、汗が額から噴き出して厚塗り化粧を流した。

 最高位大神官以上に神官たちはパニック状態になったが、金髪の女神像の影に隠れてその様子を眺めていた雇われ神官アシュはこっそりと微笑む。


「魔女カナ様を覗き見る魔鏡を、何故かルーファス王子様が枕の下に隠し持っていたので、それを覇王の妃に贈ったのです。

 それが妃のとんでもない趣味を暴くなんて、さすが魔鏡と言われるだけあります」


 最高位大神官の養女である妃は、養父同様に膨大な魔力を持つルーファス王子を自分のモノにしたがっていた。

 そのルーファス王子から贈られた美しい鏡に彼女は大喜びして、常に肌身離さず持ち歩く。

 まさかそれが自分の浮気現場を映し出す事になり、不貞行為がバレてしまったのだ。


「もう私の最高位大神官の地位はお終いだ。

 それどころか妃の養父として捕らわれ、最悪の場合処刑されるかもしれない。

 これから私はどうすれば……。

 そうだ、ルーファス王子を私の傀儡にして、その膨大な魔力で覇王を返り討ちするのだ。

 武装神官たちを呼べ、エレーナ姫の元にいるルーファス王子を私も元へ連れて来いっ!!」


 最高位大神官は祭壇の椅子から立ち上がり声を荒げながら命じたが、武装神官は一人も姿を見せない。


「私が呼んでいるのに、武装神官たちはどうした!!」

「最高位大神官様、武装神官たちは盗まれた魔鏡の回収と冬薔薇塔周囲に現れるゲリラ対策のため、全員出払っています」


 最高位大神官に訊ねられた神官の言葉は、半分正しく半分間違っている。

 魔鏡の回収に行った武装神官は真実を知り、ほぼ全員が逃げ出していた。

 そこへ追い打ちをかけるように、血相を変えた神官が飛び込んでくる。


「大変です、最高位大神官様。

 茶色い髪の悪い魔女を信仰する辺境の連中が、暴徒化して冬薔薇塔に向かっています!!」

「今は辺境の暴徒にかまっている場合か。さっさとそいつ等を追っ払え」

「しかし、最高位大神官様。

 暴徒に呼応した人々が街道を埋め尽くすほどに膨れ上がっています」

「知らないのですか、最高位大神官様。

 蒼臣国の辺境の民は四年前の反乱軍を鎮圧した、金剛白桃で肉体強化された最強戦闘村人ですよ」



 ***



 冬薔薇塔応接室の大きなソファーの上で寝ていたルーファス王子は、ひとつクシャミをすると震えながら目を覚ました。


「さ、寒い。まるで氷の上に寝ているみたいだ」


 寝る前までは薄着でも暖かった塔の中が、今は刺すような冷たい空気で吐く息も白い。

 すると王子の目の前に、爽やかな花の香りの湯気を頭から立ちのぼらせたカナが鷲獅子グリフォンのマントを防寒着にしてやってきた。


「王子、ちょっと失敗しちゃった。

 壁面の冬薔薇が塔内を保温してくれたから中は暖かったのに、ワタシったら冬薔薇のツタを刈りすぎたみたい。

 このままじゃ寒さで凍えちゃうから、王子も下のお風呂で温まってきて」


 そしてカナはルーファス王子をせき立てるように、応接室から追い出した。

 浴室ではハビィが準備をして待っていて、ルーファス王子は湯船に浸かり冷えた体を温めながら、さっきカナが羽織っていたマントを思い出す。

 

「オヤカタが羽織っていたマントの紋章は、僕が小さい頃訪ねた王都の謁見の間に飾られていたのと同じモノだ。

 あれも絶対に貴重品のハズだけど、オヤカタは何も気しないんだろうな」


 この冬薔薇塔は魔女の隠れ家や秘密基地というより、貴重な宝物や歴史資料や魔具の保管庫と呼んだ方がいい。


「そうだ、のんびりと風呂に入っている場合じゃない。

 ここにいる間にオヤカタから貴重な魔法書物の読み方や、彼方あちらの世界の魔道具の使用方法を習わなくちゃ」


 王子はある程度温まるとさっさと風呂を出て、着替えを済ませ頭を拭きながら三階の応接室に戻った来た。

 すると部屋の中央に置かれていたソファーが壁側に移動され、それと入れ替わりに膝までの高さしかない低いテーブルが置かれている。

 テーブルには黒髪の女神の宗教画が刺繍されたタペストリーが掛けられて、魔女カナは布の掛かった低いテーブルの中に足をつっこんで、大きなクッションを抱えたまま寝転がっている。


「ふわぁ、やっぱり大晦日はコタツで寝転がりながらダラダラ年越しするのが一番ね。

 王子も突っ立ってないで、湯冷めしないうちに早くコタツに入って入って」


 応接室の床には絨毯が敷かれているが、それに直座りするのに抵抗がある。

 しかしカナが自分の隣に来いと手招きするので、ルーファス王子は仕方なく布のかかったテーブルの中に足を突っ込んだ。


「オヤカタ、このテーブルにイスはないの?

 テーブルに足を入れたって別に、えっ、中は凄く暖かい!」

「片足の折れたテーブルを修理して、電気ヒーターの替わりに炎の結晶を使ったの。

 コタツで足下をポカポカに温めれば、部屋が冷たくても全然平気よ。

 これぞニホンの誇る禁断の暖房器具 おコタ!!」


 カナがルーファス王子に風呂に入るように命じたのは、コタツをセッティングするためだった。

 低いテーブルにちょうどいい大きさのタペストリーをコタツ布団にして、一階の寝室から大叔母さん手縫いクッションを運んでくるとそれを座布団代わりにした。


「本当だ、オヤカタ。部屋の中はとても冷たいのにそれほど寒く感じない。

 でもどうしてコレが禁断の魔導具なの?」

 

 しかし王子の質問にカナは答えずニヤリと笑う。

 そこへ白い鳥の姿をしたハビィが熱々のハーブティを運んできて、それを飲むと体の芯から温まる。

 カナは腕のデジタル時計を見ると、彼方あちらの時間は12月31日22時30分だった。


「そうだ、ハビィさんも人間の姿に戻って、一緒におコタに入ろうよ。

 もう大晦日だから仕事は終わり。のんびりしなくちゃ」

「カナ様もルーファス王子様も、とても気持ちよさそうですね。

 では私も少しだけ、その魔道具おコタに入らせてもらいます」


 カナの世話をするために冬薔薇塔にやって来たハビィは、予想外の雑務に追われすっと働きづめだった。

 鳥の変化を解き女官姿に戻ったハビィは、興味津々でコタツの中に足を入れる。


「なるほど、足先を温めれば部屋の寒さがしのげますね。

 あっ、失礼しました。申し訳ございません、中でルーファス王子様の足に当たってしまいました」

「ハビィさん、コタツの中では遠慮しないでいいのよ。

 王子は足が長いんだから、もっと端に寄りなさい」

「オヤカタァ、ケルベロスさまもおコタの中に入ってきたよ」


 去年まで、カナは大晦日にアルバイトを入れて年越していた。

 他人のような両親の元へ帰る気にもなれず、友人は年末に帰省するので、カナは海外にすむ大叔母さんの所へ遊びに行く旅行資金を貯めるために年末年始アルバイト三昧で過ごした。

 だからカナにとって、大切な人たちとのんびり大晦日を過ごすのは久々の事だった。

 




 雪まじりの冷たい雨の中、リオは冬薔薇塔に向かった。

 金髪の女神が実はとんでもない女だと、町はその話題で大騒ぎ。

 しかしリオが父親に話を尋ねると、何故か母親に子供は知らなくていいと怒鳴られた。


「おいルファ、金髪の女神の話を知って……。

 うわぁ、ルファと魔女さんが床に倒れている。一体なにがあったんだ!!」


 リオは冬薔薇塔の中で、禁断の魔道具おコタに呪われて寝落ちしたカナを発見した。

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