その32
冬薔薇塔合宿の前日。
夜眠る必要のないカナは、一階寝室のタンスに仕舞われていたシーツを引っ張り出して、じゃぶじゃぶと浴槽の中で踏み洗いした。
「冬薔薇塔の中は暖かいから、お布団はいらないわね。
ミノ虫みたいにシーツや毛布にくるまりながら、焼きたてピザを食べる。うん、最高よ!!」
それを三階に運び、冬薔薇で編んだ縄にシーツの端を結わえると引っ張り上げて干す。
蜘蛛の巣のレース編みに天井から垂らされた縄ばしご、部屋に掛けられた吊り橋。
そして色鮮やかなシーツは塔の中を漂う微風にあおられ、船のマストにように広がる。
「まるでアスレチックジムみたいに、賑やかで楽しい空間になった。
これでワタシの思い描いた、リフォーム計画の第二段は完了。
さて次はゴロゴロと皆でくつろげるスペースを作ろうか」
カナは満足げにうなずくと、部屋の片隅に立てかけられたテーブルを引っ張り出して、何かを作り始める。
「カナさまとルーファス王子さまが、私のためにピザ焼き石窯を作って下さいました。
そのお礼に妖精森で食べたピザの再現と、王子様の大好きな金剛白桃入りプティングも作りましょう」
白い鳥の姿をした侍女長のハビィは、完成した手作り石釜の前でピザに乗せる具材をそろえて、ピザ生地作りに取りかかる。
「ハビィさん、彫刻の後ろにスープが入れられる容器を見つけたよ。
とても汚れてたから歯磨き粉で磨いたら、金色に光ってピカピカになったの」
そこへカナが、鷲の頭と翼、獅子の胴体を持つグリフォンの姿が刻まれた黄金の杯を抱えてきた。
さすがにこれは、ハビィの目から見てもタダの装飾品ではない。
「もしかしてカナさま……これは覇王が持つと言われる、聖杯ではありませんか?」
「えっ、カンパイってハビィさんも気が早いよ。
今日は子供たちが主役だからお酒飲めないし、ワタシが冬薔薇塔から出る時、これでカンパイしよう」
「なるほど、魔女カナさまが冬薔薇塔を出る時、聖杯を誰かに授けるのですね」
カナとハビィの会話は微妙に食い違いながらも、ルーファス王子たちを迎える準備は着々と整った。
しかし日が昇り、いつもの時間になってもルーファス王子たちはなかなか現れない。
心配性のハビィは、ルーファス王子に何かあったのかと何度も外を飛んで探した。
やっとお昼前になって、雑木林の中から腫れぼったい目をしたルーファス王子と三つ編み少女ティナ、そしてガキ大将リオの後ろからゾロゾロと数人の子供たちが現れた。
王子たちが来るのを首を長くして待っていたカナは、驚きの声を上げる。
「ちょっと、この子たちどうしたの?」
「ああ、魔女さん。こいつらは俺の兄弟だ。
俺が冬薔薇塔に泊まったら子守が居なくなるから、母ちゃんが弟たちも一緒に連れてゆけって言うんだ」
ガキ大将リオの後ろで駆けずり回る幼児園児ぐらいの双子と、さらに小さい妹。
そして騒がしい双子から少し離れた場所で、ルーファス王子はその場で突っ立ったまま体を左右に揺らしている。
「王子の様子も変だよ。
下をうつむいたまま体をふらつかせて、頭が痛いの?」
「ううっ、オヤカタ。
僕もう眠たくて眠たくて、目が開けれない」
顔を上げてカナを見たルーファス王子の目は虚ろで、必死に目蓋を開こうとしている。
つまり子供たちの冬薔薇塔到着が遅れたのは、睡眠不足でふらふら歩く王子と、寄り道ばかりして暴れる双子の弟たちが原因だった。
特に王子は立っているのもやっとの状態で、今にも目を閉じてその場に座り込んで眠ってしまいそうだ。
カナは大慌てで三階の窓から縄を下ろしたが、睡魔に襲われた王子は縄にしがみつくだけで精一杯。
仕方なく先に他の子供たちを冬薔薇塔の中に入れて、最後に王子の体を縄で結わえて三階まで引っ張りあげた。
冬薔薇塔に入ったルーファス王子は、ふらふらと足をもつれさせながら、階段を下りてゆく。
慌てて後ろから追いかけてきたカナの目の前で、王子は寝室のベッドに倒れこんだ。
「ああっ、オヤカタの甘くてイイ匂いがする。
もうダメだ、限界……お休み、なさい」
「王子、せめて靴を脱いでって、もう寝ちゃったの?」
ベッドに突っ伏すと、瞬く間に夢の世界へと旅立ったルーファス王子は、いくらカナが名前を呼んでも目覚めない。
カナは王子の靴を脱がせると、そのまま寝かせることにした。
「どうやら王子は冬薔薇塔のお泊まりが嬉しすぎて、昨日は興奮して一睡も出来なかったようです」
「そういうのって私にも身に覚えがある。
夏休み、妖精森に行くのが楽しみで楽しみで、前日全然眠れなかったもん」
主役のルーファス王子は爆睡中、そして子供の数が増えた冬薔薇塔はまるで保育園のような騒がしさになった。
***
冬薔薇塔の中に連れてこられたリオそっくりの妹は、ティナと一緒に大人しくソファーに座わり、奇妙な塔の中をめずらしそうに眺めている。
そして見るからにやんちゃな双子は、大きな声で騒ぎ出す。
「リオ兄ちゃん、この女が茶色い髪の悪い魔女なのか?
なんだか弱そうだし、全然怖くないぞ」
「お前ら、兄ちゃんは行儀よくしろって言ったよな」
「リオ兄ちゃん、この白い鳥しゃべるぞ。捕まえて見世物小屋に売ろう」
騒がしい双子はそういうと、いきなりハビィに飛びかかってきた。
ハビィは身をかわして素早く飛び上がるが、双子は側にいたティナと妹にぶつかって、妹が大泣きしてリオが双子を怒鳴りつける。
そんな兄弟の騒動を眺めていたカナは、いきなり双子のかぶっている帽子を奪うと、スルスルと縄ばしごを登った。
「あっ、俺の帽子が盗られた!!」
「悪い魔女、俺の帽子を返せ!!」
双子が返せと叫んでいる間に、カナはドレス姿のまま天窓近くまで登ると、帽子をひらひらと振り回している。
「生意気なチビちゃんたち、アタシと鬼ごっこしよう。
早く帽子を取りもどさないと、これをケルベロスのオモチャにしちゃうぞ」
カナは、エレーナ姫が金剛白桃をイメージした純白に金糸の刺繍に裾の膨らんだショート丈のドレスを着ている。
一見すると妖精のように愛らしい娘は、まるで羽でも生えているかのように数本の縄ばしごを飛び移りながら双子をからかう。
双子の片方は顔を真っ赤にして縄ばしごを登り始め、残る片方は見上げるほどと高い場所にいる魔女の姿に怯えている。
「兄ちゃん、俺の帽子を魔女から取り返してよ」
「何言ってんだ。あの魔女は怒ったら、母ちゃんと同じぐらい怖いんだ。
自分でがんばって、帽子を取り返してこい」
そしてカナと双子の鬼ごっこが始まった。
勝ち気な双子弟は、縄ばしごやレース編みを伝ってドンドン上に登ってゆき、弱気な双子兄は壁伝いの階段を恐る恐る上がる。
「コラァー、悪い魔女。早く俺の帽子を返せ」
「よく頑張ってココまで登ってきたね。でもワタシは捕まえられないよ。
ほら、下を見てごらん。高いぞぉ――」
双子弟が縄ばしごの上まで追いついてくると、カナは楽しそうに笑い、その瞬間縄ばしごから手を離して飛び降りた。
そして落ちながら片手を伸ばし干してあるシーツの端に掴まると、一度落下スピードをゆるめてから、中ぐらいのレース編みの上に落ちる。
「ひぃいっ、魔女が上から飛んできた。僕の帽子返せ!!」
「ふふっ、この階段に吊り橋、少し揺らしたらブランコみたいで面白いよ」
ちょうど壁の階段から吊り橋の上を渡っていた双子兄は、目の前にレース編みの上に落ちてきた魔女と目が合う。
魔女はレース編みの上で何度か大きく弾むと、吊り橋の下に飛び移ると左右に激しく揺らし始め、双子兄は吊り橋の上で悲鳴を上げる。
カナに逃げられて縄ばしごの上に取り残された双子弟は、天井まで届く高さに気づくと怖くて下に降りられず、半泣き状態でリオに助けを求めた。
「魔女のヤツ、やっぱり怖ぇ女だ。くそ生意気な弟たちを一発で懲らしめた」
「カナさま、こんな小さな子供を泣かるなんて、大人げないです!!」
カナのイタズラに、ルーファス王子の乳母で子供好きのハビィは雷を落とす。
「あら、この子たちハビィさんを見世物小屋に連れて行くと言ったのよ。
ワタシより、ハビィさんにゴメンナサイするまで、帽子は返さないわ。
ケルベロス、おいで」
カナは子供でも手加減なしで相手するし、子供だからと見逃したりしない。
カナに呼ばれて、黒い豆柴が尻尾を振ってやってくる。
「黒い子犬は魔女様の使い魔、ケルベロスだよ。
アンタたちの帽子なんて、あっという間に噛み千切ってボロボロにする。
早くハビィさんに謝りなさい。リオも双子のお兄ちゃんでしょ、一緒に謝って!!」
普段は大人しい三つ編み少女ティナが、ハビィをからかった双子を厳しい口調で叱る。
兄のリオは泣きじゃくる双子を連れて、申し訳なさそうにハビィに頭を下げた。
「もういいですよ、私の姿を見たら大人でも驚きます。
さぁ、沢山暴れてお腹が空いたでしょう。
これからみんなで美味しいピザを焼きましょう」
そういいながらハビィは心の中で、子供の数を六人から、カナも加えて七人に改めた。
魔女に大人の対応を求めるのは無理なのだ。
平たい大皿のようなパン生地に葡萄トマトのソースを塗って、子供たちが自分で好きな野菜を並べ、最後にカナが脂ののったベーコンとたっぷりチーズを乗せる。
この世界でトマトの代用品を探すのが大変で、渋くて食べられない赤葡萄をひと月天日干しにして、それを煮込んでトマトソースにしたという。
そして五分ほどでピザ焼き石窯の中から香ばしい薫りが漂い、熱々でふっくらとした分厚いピザが出来上がった。
子供たちは焼きあがったピザに歓声を上げると、双子は切り分ける前にいきなりピザに手を伸ばす。
「俺は丸いパンの半分、一人で食べるぅ」
「あ、あちぃー!!兄ちゃん熱いよぉ、火傷したぁ」
「お前たち、いくらお腹が空いているからって、ムニャムニャ……ピザは冷ましながら食べないと、やけどする」
後ろから声がしてカナが振り返ると、そこには裸足で毛布を肩にかけたルーファス王子が立っている。
「ルーファス王子、やっと起きたのね。
これからみんなでピザを焼いて食べるのよ」
「オヤカタ、ニールがとても、ピザを食べたがって、いた。
ピザが、焼けたら、ニールにとどけて……ムニャ、ムニャムニャ」
夢遊病状態で起きてきたルーファス王子は一言そう呟くと、再び寝室に戻っていった。
※お話もいよいよクライマックス、かな?
現在アルファポリスさんのファンタジー大賞エントリー、頑張ってます。




