その31
町外れの旅館で帰りを待つニールは、ルーファス王子が冬薔薇塔から無事戻ったことに安堵する。
「ルーファス王子、カナさまは冬薔薇塔をツリーハウスのように改造しているのですね」
「そうだニール。塔の中は魔女の書物や道具が沢山あって、天井の天窓まで縄ばしごで登る。
冬薔薇塔の屋上からは街全体と、街道の遙か先まで見渡せた。あの最高位大神官のいる聖堂も見下ろせるんだ。
僕はオヤカタと一緒に、ピザ焼き石釜を作る事になった」
王子がピザ焼き石釜の事を話すと、ニールは瞳を輝かせる。
「ああ、ルーファス王子。俺も冬薔薇塔の中を覗いてみたい。
それに魔女カナさまが焼きたてのピザを作るとは、なんてうらやましい」
ニールは四年前、妖精森で魔女カナに助けられた。その時食べた熱々ピザの味は一生忘れない。
「残念だニール、塔の小窓は狭すぎて子供しか入れないんだ。
でもピザを焼いたら、ハビィに頼んでニールとアシュに届けさせよう。
僕は明日もオヤカタの所に行くから、街で買ってきて貰いたい物がある。
ええっと、これかな?
もう少し大きかったから、このくらいだ」
そういって話の途中で王子は席を立つと、サイドテーブルの上に盛られていた果物を一つずつ手に取ると何かを確認する。
「ああ、ちょうどこのリンゴぐらいの大きさだった。
ニール、明日朝一番で街に出かけて、このリンゴと同じ形の胸当を買ってこい」
「王子、もしかしてソレってカナさまの胸の……アワワワッ!!
また俺に女性下着を買わせるのか、友達の三つ編み娘に頼めばいいじゃないか」
王子は普段から女官に身の周りを世話させているので、女性に対して抵抗がない。
何故か抗議するニールを無視して、ルーファス王子はリンゴを投げて渡す。
その大きさを確認した純情青年ニールは、まるでリンゴのように真っ赤になった。
ガキ大将リオがバイト代として貰ったフリーズドライ食品を、彼の両親は自分の知人にも分け与えた。
「干しパンみたいな魔法の料理にお湯をかけたら、肉詰めパイが出てきたんだ。
皿からはみ出る大きさで、俺と婆さん二人じゃ食べきれなかったよ」
「あたしが貰った魔法の料理は、骨付き黄色牛のシチューだったわ。
お湯を注ぐだけで、長い時間煮込まれて柔らかくなった牛肉のシチューが出てきたの」
「始祖の大魔女は、この世界に様々な食べ物を与えた。
茶色い髪の魔女さまも、魔法の料理を俺たちに恵んでくださる」
街の市場では、今日も茶色い髪の魔女の噂話で持ちきりだ。
するとそこへ白装束に顔を頭巾で隠した神官一行が通りかかる。
市場にいた人々は道を空けて一行が通り過ぎるまで頭を下げ、その姿が見えなくなると不平不満の声を上げた。
「余所からきた神官連中が、偉そうにしやがって。
俺たちを助けてくれる茶色い髪の魔女さまに引き替え、最高位大神官は貧乏な俺たちにもっと寄付を寄越せと言う」
貧しい人々に魔法料理を恵む茶色い髪の魔女と、日々の食事に困る彼らに寄付を強要する最高位大神官。
人々は聖堂に愛想を尽かし、市場の商人たちは魔女を救おうと活動するゲリラ兵士に味方するようになる。
そして真っ先にとばっちりを受けたのは、聖堂に臨時で雇われた下っ端神官たちだった。
「魔力持ちは神官として高い金で雇うと言ってたのに、約束した給金の半分も出ないぞ」
「しかも街の連中に嫌われて、神官と知られたら物を売ってもらえない。
パン一つ買うにも、倍の値段を要求された」
「もうこんなところに居られるか。俺は給金代わりにこのロウソク立てと鏡を貰っていくぞ」
そういうと雇われ神官は、祭壇に飾られた装飾品を鞄に押し込んだ。
もはや信者から寄付を集めるどころか、聖堂の備品を盗んで売り払う神官が続出する。
そして盗品の中には、冬薔薇塔の中を映す鏡も紛れていた。
***
毎日子供たちは冬薔薇塔に通って、カナとルーファス王子は石窯作りを始める。
この石窯は火力に炎の結晶を使うので、煙突を付ける必要はない。
「煉瓦を五段積み重ねて、その上に鉄板の板を乗せてピザ焼き台にするの。
さらに上部の煉瓦を五段積んで、石窯の天井はこの大きな鍋の蓋がイイわ」
「オヤカタ、それは鍋の蓋じゃない。豪腕族が持つ円盾だよ!!」
冬薔薇塔の中にあるモノでピザ焼き石窯を作るので、カナは応接室の壁に飾られている始祖の大魔女所有の杖や盾を材料にした。
もちろんその品々は、とても珍しく高価なものばかりだ。
「埃をかぶった大きな兜、逆さにして水差しに使えそう。
この棒きれに吊して、火に掛ければ鍋にできるわ」
「カナさまダメです、それは棒きれではありません!!
貴重な一角獣の角で作られた、穢れなき聖女が持つ純白の呪杖です」
魔法道具の価値が分からないカナは、火箸を作ろうと一角獣の呪杖を真っ二つに折ろうとして、ハビィは大慌てで止めた。
最高位大神官は偶然カナをこの建物に閉じ込めたが、この奇妙な冬薔薇塔は魔女後継者の選定に関わっていると、ハビィは判断した。
応接室の壁に飾られる装飾品の中に、鋭利な刃物は見あたらない。
それは長期の幽閉に耐えられない魔女が、思い余って自害する危険を避けるためだろう。
普通の娘にはとても耐えられない状況で、魔女カナは恐ろしいほどのタフさを発揮し、冬薔薇塔の魔改造までやってのけた。
これこそ真の魔女、彼女は始祖の大魔女を越える存在になるかもしれない。
子供たちが冬薔薇塔に通い始めて四日目、ハビィと三つ編み少女ティナは人数分の小さなレース編み上げた。
それをハンモック代わりに、リオが気持ちよさそうに昼寝している。
壁づたいの階段が途切れた部分にツタで編んだ吊り橋を架けて、ティナでも塔の中間まで登れるようになった。
「人数分のハンモックもできたし、ピザ焼き石窯も完成したわ。
よし、明日はみんなで冬薔薇塔で合宿しようか」
カナの一言に最初に飛びついてきたのは、ティナだった。
「わぁい、あたし冬薔薇塔にお泊まりしたかったの。
可愛い寝室のフワフワベッドで眠ってみたい」
「魔女は石窯でどんな料理を作るんだ?
俺も冬薔薇塔に泊まって、そのピザって言う料理を食べたいな」
「オヤカタ、僕も冬薔薇塔に泊まるぞ。
ニールが反対したって、絶対ココに泊まりたい!!」
冬薔薇塔と言う秘密基地で合宿をするというカナの提案に、三人の子供たちは瞳を輝かせる。
女官長ハビィは、最近まで色々と辛い思いをしてきたルーファス王子が、同じ年頃の友人と元気に遊ぶ様子に心底喜んでいた。
ルーファス王子にとってこの経験は、子供時代の貴重な思い出になる。
「ねぇ、ハビィさん。王子たちをお泊まりさせてもいいでしょ」
「はいカナさま。冬薔薇塔はケルベロスさまが守護しているので、ルーファス王子さまがお泊まりになっても大丈夫です。
王子がカナさまの元にいれば、ニールとアシュも自由にゲリラ行動ができるでしょう」
「そういえばウィリス隊長は、今どこにいるの」
カナは何かを考える様子で腕時計を見ると、ハビィに聞いた。
「ウィリス隊長はカナさまを救出するために辺境の村で兵士を募り、そこで訓練しています。
冬薔薇塔の幽閉期間は一ヶ月、私たちはそれよりも早く最高位大神官を倒し、カナさまを救い出す計画です」
この世界の十日はカナの一日。
腕のデジタル時計の日付を確認すると、信じられないことにカナが妖精森を出てから二日しか経過していない。
そしてカナの腕時計は、温度と気圧が下がり天気の崩れを示していた。
「彼方の世界は12月31日、大晦日の午後4時なのね。
天気予報では、大晦日に猛烈な寒波が来るといっていたわ」
「なるほど、カナさまは天候を操り敵の動きを封じるつもりですね」
魔女カナは天気を操れるらしく、四年前に嵐を呼び寄せてクーデター軍に大打撃を与えた。
「ハビィさん、ウィリス隊長に伝えて欲しいの。
辺境の街から冬薔薇塔まで、馬や自転車に乗らず、自力で走って太った体を絞ってきて!!」
そう告げた魔女の言葉は呪いが宿り、逆らう事は許されない。
ニールもアシュも、ルーファス王子のお泊りをあっさり許可してくれた。
「明日は冬薔薇塔でオヤカタと一緒、オヤカタと一緒、オヤカタと一緒、オヤカタと……」
しかしベッドの中に潜っても、目が冴えてまったく眠気が来ない。
しきりに寝返りを打つ王子の様子に、ニールは苦笑しながら声をかけた。
「王子、もうそろそろお休みになられて下さい」
「そうだなニール、おやすみ……明日はオヤカタと、オヤカタと一緒、オヤカタと一緒、オヤカタと」
結局ルーファス王子は、一晩中興奮して一睡も出来ず朝を迎える。




