その30
「改めて、冬薔薇塔へようこそ。
ワタシはルーファス王子の親方、カナよ。
最高位大神官に騙されて、この冬薔薇塔に閉じこめられちゃったの」
カナは少しおどけた口調で挨拶をして、子供たちを歓迎した。
「オヤカタに僕の友達を紹介するよ。ガキ大将のリオと三つ編みティナだ」
「カナさま、あたしの名前はティナと言います。
魔女カナさまにもらった白桃をお母さんに食べさせたら、病気が治ったの」
そう言うと金髪を三つ編みにした少女は何度もカナに頭を下げる。
彼女がルーファス王子を冬薔薇塔に案内したのだ。
「えっと白桃、そうだ思い出した。
ケルベロスにパンを食べられて泣いていた女の子ね。
白桃ならフリーズドライにしたのが沢山あるから、お母さんに持って行くといいわ」
「それからオヤカタにくるみボタンをぶつけたのが、ガキ大将のリオだ」
「うわぁ、ルファ、なにチクってんだ!!
俺は悪気はなかったんだよ。
外から魔女を呼んでも気づかないから、仕方なく投げたんだ」
「まぁ、そうだったの。
オデコにくるみボタンが当たってとても痛かったけど、全然気にしてないわ。
リオは重労働向きのイイ体格をしているから、一生懸命ワタシのお手伝いをしてね」
リオの弱みを握った魔女は、とても嬉しそうに微笑んだ。
ルーファス王子と子供たちが来るのを楽しみにしていたのは、カナだけではない。
白い鳥の姿をした女官長ハビィは、腕によりをかけてフリーズドライ料理を振る舞う。
「リオ、この干肉にお湯を注いで蓋をして、二百数えます。
そろそろいいでしょう。蓋を取りなさい」
「なんだこれ、ふやけた干肉がご馳走なんて変な食事だな。
あれ、鍋の中に炙られた大きな肉が出てきたぞ。すごい魔法だ!!」
リオが鍋の蓋を取ると、ジュウジュウと音を立てて焼ける肉の香ばしい薫りが漂う。
そして表面に少し焦げ目のついた大きな肉が皿の上に盛られた。
「肉は分厚く切って、子供でも食べやすい金剛白桃の甘辛ソースを添えます。
それにしても……」
テーブルの上のご馳走を前にしながら、二人の子供はソワソワと椅子からお尻を浮かせる。
ミシミシ、ドスン、ミシミシ。
さっきから頭の上で、縄が軋んで弾む音と騒々しい声が聞こえる。
「王子見てて、階段の一番上からレース編みに飛び降りるよ。
ひやっはぁ、トランポリンみたいに反動を利用して、秘技・後方抱え込み宙返り!!」
「うわぁーっ、オヤカタが上から飛び跳ねて空中で一回転した。
今のどうやったの?僕もオヤカタのマネをする」
カナとルーファス王子は階段を駆け上り、リオとティナが食事するテーブルの真上に張られたレース編みにダイブして遊んでいる。
「ルーファス王子さま、そしてカナさまも行儀が悪すぎます!!
お友達が食事をしている間ぐらい、静かに出来ないのですか」
二人の羽目を外しすぎたハシャギっぷりに、ハビィの雷が落ちた。
***
「さて、これから冬薔薇塔の最上階へ、王子とリオを招待するわ。
といっても縄ばしごを登らなくちゃいけないけど」
子供たちの食事が終わると、カナは王子とリオを天窓から吊された縄ばしごの下に連れてきた。
それは王子が登った三階小窓よりずっと高く、しかも宙吊り状態で大きく揺れている。
男の子たちが壁を登れるか、カナが試した理由はコレだ。
「オヤカタ、本当にこの縄ばしごを登るの?」
「うわぁ、高いっ。それに縄ばしごが左右に揺れておっかねぇ」
カナはシャツとズボン姿でリュックを背負い、腰には赤いバールを下げて縄ばしごに飛びつくと、まるで猿のようにスルスルと登ってゆく。
下を見て縄ばしごを登ろうとすると、その高さに恐怖で足がすくむ。
上の天窓だけを見て、一気に登るしかない。
ルーファス王子とガキ大将リオはお互い頷きあうと、覚悟を決めて縄ばしごに手をかけた。
「ルーファス王子様、縄ばしごにしっかり足をかけて慎重に登って下さい。
もしもの時は、下でケルベロス様が待機しています」
「ルファ、リオもガンバレ!!」
見上げると首が痛くなるほど高い塔の天窓を目指して登る。その姿は小さくなって、天窓に届くと屋上に消えた。
縄ばしごを登ってたどり着いた冬薔薇塔の屋上は子供部屋ほどの広さで、煉瓦積みの塀が胸の高さまである。
そして屋上には小さなテーブルと水差しが準備されていた。
カナは水差しの中に炎の結晶を落とすと一瞬で水が沸いて熱湯になり、リュックからコップを三個取り出してインスタントココアを作る。
さらにフリーズドライの白い塊にお湯を注ぐと、それはふわふわのクリームになった。
「ワタシ塔の中にずっと閉じ込められていたから、お外の景色を眺めながら一服したかったの」
カナはココアの上に、辺境の村祭りで買った氷山ヤギのクリームをたっぷり乗せて火をつける。クリームの焦げる甘い香りが周囲に漂った。
「オヤカタ、これは彼方の世界のココアだ。
燃えるクリームと一緒に飲んだら、とても美味しいよ」
「クリームが焦げて少し苦いのにとても甘い、変な飲み物だな。
魔女はこれを飲むために、わざわざ高い場所まで登ったのか?」
ココアを飲んで一服したカナは、リオの言葉に満足げにうなずく。
そして勢いよく立ち上がると、腰から下げた愛用のバールを手に取った。
カナは胸の高さの塀に歩いてゆき、バールで煉瓦を叩いて何かを調べている。
「やっぱり、屋上の煉瓦は風雨にさらされて脆い。
バールの先をねじ込めば、塀の煉瓦は簡単に剥がれる」
カナは塀の目地にバールを差し込んで、いきなり煉瓦を剥がし始めた。
それを見て二人は驚く。
「なんだ、魔女が冬薔薇塔を壊し始めたぞ!!」
「オヤカタ、もしかして敵が冬薔薇塔を襲ってきた時、煉瓦で攻撃するのか?」
「半分正解よ、ルーファス王子。これから沢山煉瓦が必要になるの。
この煉瓦を剥がす仕事はリオにお願いしたいの」
そう言ってカナが塀に積み上げられた煉瓦をバールで剥がして見せるが、それはとても面倒な仕事だ。
「何で俺がそんな事しなくちゃならないんだ。
俺は女神も魔女の信者じゃないし、タダ働きする暇なんてないよ」
「リオの家は家族が多くて、子供でも働いているんでしょ。
それなら私はリオにアルバイトをお願いするわ。
バイト代として、さっき食べた魔法の料理をあげる」
カナはそう言うと、シャツの胸ポケットやズボンのポケットから、キャラメル状の小さな食べ物を出す。
それも一つや二つではなく数えると二十個も、隠し持っていた魔法料理全部だ。
リオが市場で働いて稼げるのは、せいぜい自分の夕食分ぐらいだ。
でもこの魔法料理なら、家族の食事一週間分が賄える。
「仕方ない、ルファのオヤカタだし魔女の頼みは断れない。
仕事を引き受けるよ。その鉄の杖で煉瓦を剥がせばいいんだな」
「ありがとうリオ、とりあえず煉瓦百個お願いするわ。
できるだけ丁寧に剥がしてね」
「ええっ、煉瓦百個ぉ!!
アンタ本気で煉瓦を投げ落として、神官たちの頭をかち割るつもりだろ」
リオに仕事を押しつけたカナは、王子と共に塔の中に戻って来た。
そして応接室のテーブルに大きな紙を広げると、これから計画している改装の図面を王子に見せる。
「上に吊るす大きなレース編み、あと二つ欲しいわ。
レース編みを三重にして強度を高めれば、バンジージャンプに挑戦できる!!」
「オヤカタ、大きなレース編みひとつより、小さいレース編みをいくつも作ったほうがいい。
レース編みと縄ばしごを繋げば、登る途中で休憩できて便利だよ」
そう言うと王子は、自分の思い付いたハンモックや吊り橋、それに大きなブランコを楽しそうに図面に書き入れた。
「確かに王子の言う通り、大きなレース編みは作るのに時間がかかる。
それにハンモックやブランコを沢山吊したら、とても楽しそう」
カナと王子がワイワイ騒ぎながら図面を見ている側で、ティナはハビィから編み物を習っていた。
ティナは小さな指で器用にかぎ針を動かして、薔薇のツタを編んでいる。
「ティナは私が少し教えただけで、とても器用に編み物をします。
カナさまは当てになりませんが、ティナと私の二人で編めば、王子様のハンモックならすぐ出来上がります。
ところでカナさま、今お話していたバンジージャンプとは、どのような遊びですか?」
カナと王子のお喋りをハビィはしっかり聞いていて、カナは思わず口ごもった。
天窓から腰に縄を付けて飛び降りる遊びだなんて、ハビィにはとても言えない。
「えーっとバンジーは、ゴニョゴニョ、危ないのでやめます。
屋上の煉瓦はリオに、レース編みはティナちゃんにお願いしたから、王子と私はアレを作ろう。
フリーズドライ食品も美味しいけど、そろそろインスタントは飽きてきたのよね」
カナが一ヶ所に積まれた煉瓦を指さすと、ルーファス王子は元気よく答えた。
「よし判った、オヤカタ。
煉瓦を窓から投げ落として、神官たちの頭をかち割ろう」
「ちょっと王子、リオの話し方をマネしちゃダメよ!!
この赤煉瓦でピザ焼き石釜を作るの。
火力が炎の結晶なら、薪より煙が出る心配はないから、建物の中でもピザ焼き石釜が作れる」
「オヤカタ、妖精森にあった石釜を作るなら、僕も頑張って手伝うよ。
あの時食べた熱々ピザを、リオやティナにも食べさせてあげたい!!」
それから夕方になるまで子供たちは冬薔薇塔の中で過ごし、帰りにティナは金剛白桃と花束のお菓子を、リオはバイト代の魔法料理をもらった。
「それじゃあオヤカタ、明日もまた来るからね」
別れ際にルーファス王子がひしと抱きついてきたので、カナはもう一度優しく背中をポンポンと叩いてあげた。




