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その3

 応接室の三人掛けソファーに深々と腰掛けている白髭の老人は、思慮深いまなざしで少年を見つめる。

 ルーファス王子は、今まで誰にも話さなかった自分の本心を告げた。 


「コン王さま、僕は王子として国の役に立つ人物になるために、十二歳になったら祖国を離れ王都に行きます。

 そこで大聖堂で最高位神官を師と仰ぎ、高度な魔法を学ぶ……。

 でも僕は神官や魔導士より、本当は騎士になりたいのです」


 妖精族祖先がえりの魔力を持つ王子は、その魔力を生かす道を将来の進路として選ぶと誰もが思った。しかしルーファス王子は騎士に憧れている。

 だが王子は同年代男子より細身で背も低く、運動神経は良いが持久力が無い。妖精族の血は騎士に向かないのだ。

 そんなルーファス王子の悩みを、白髭の老人は「HAHAHA」と笑い飛ばし、両手を左右に振り承諾のゼスチャーをした。


「えっコン王さま、本当ですか。

 僕は神官ではなく、騎士を目指してもいいんですね」




 応接室の扉の前に立ったカナは、一生懸命サンタクロース人形に話しかける少年を不思議そうに眺めていた。

 そして部屋のどこからか、声は聞こえるが姿の見えないルーファス王子。

 カナはしきりに首を傾げながら、サンタ人形と話している少年に声をかけた。


「この部屋から王子の声がするわ。

 ねぇルーファス王子はどこにいるの、それから君は誰?」


 突然背後から声をかけられて、少年は驚いて後ろを振り返る。

 夏別荘の応接室の入り口には、茶色いふわふわの髪が背中まで伸びてポケットの多い厚手の作業服を来た小柄な娘が立っていた。

 それは四年前、王子と別れた時と全く変わらない姿をした魔女カナだ。


「えっ、オ、オヤカタだ。とても会いたかったよ!!」


 それはルーファス王子にとってあまりに突然の出来事で、四年ぶりに会えたカナを前にありきたりの言葉しか出なかった。

 そして待ち焦がれた再会に、カナが発したのは意外な言葉だった。

 

「もしかして君は予定日を間違えて来たの?

 クリスマスパーティは先週終わったし、新年会は明々後日よ。

「えっ、オヤカタ、僕が分からないの?

 僕だよ、親方オヤカタの弟子になったルーファスだよ」


 初めて会う見知らぬ少年は、なぜかカナの事をオヤカタと呼ぶ。

 自分をオヤカタと呼ぶのはあの小さな王子だけだ。

 

「言われてみれば、銀色の髪や綺麗な顔立ちは王子にそっくりね。

 そうだ、君はルーファス王子のお兄さんでしょ。王子も一緒に来ているの?」

「ちがうよオヤカタ、僕はルーファスだ。

 ヒドイよ、どうして分らないの?僕はずっとオヤカタに会いたかったのに」

「ワタシを驚かそうとしてもダメよ。ルーファス王子はまだ小さな子供だった。

 いくら顔が似ているからって、君は大きすぎるよ」


 ルーファスは自分だと何度言っても、カナは笑って信じない。

 魔女は歳を取らないから、あれから四年が過ぎて成長したルーファス本人だと分らないのだ。

 ふとある事を思い出したルーファス王子は、カナの右腕を取った。


「オヤカタ、僕がルーファスだって事を証明する、一緒についてきて」

「えっ、ちょっと待って。いきなり腕を引っ張らないでよ、何を証明するつもり」


 少年はカナの腕を掴んで無理矢理連れて行こうとしたが、自分と同じ背丈の彼女はその場から全く動かない。

 おかしい、オヤカタと僕は同じぐらいなのに、いくら引っ張っても動かない。

 途方に暮れたルーファス王子は「お願いだから、とにかくついてきて。信じて欲しい」と頼み込み、しぶるカナをやっと玄関ロビーに連れ出した。

 夏別荘の玄関ロビーには扉が二つ並んでいる。

 右の扉を開くと客室があり、手前が大叔母さんの部屋で奥の二つは子供部屋だ。

 手前の部屋には、扉横の柱に傷が刻まれている。

 それは夏別荘を訪れた子供たちの身長を測った印だった。


「ねえ、オヤカタの身長は何センチ?」

「私の身長は151センチだけど、それがどうしたの」


 無理矢理連れてこられたカナは少し怒った口調で答えたが、その様子を見て少年はニヤリと笑う。


「それは違う、オヤカタの身長は149.5センチだ。僕が計ったんだから間違いない」

「うっ、私が身長をごまかしているのはルーファス王子以外誰も知らない極秘事項のハズ。

 そういえば……君の声はルーファス王子と同じに聞こえる。

 まさか本当に、君があの小さな王子さま!!

 ええっ、たった四ヶ月でどうしてそんなに育っちゃったの」


 驚いたカナは目の前の少年の肩を引き寄せて、マジマジと顔をのぞき込む。

 小さな王子はふっくらとしたキューピットのようなホホをしていたが、成長期の少年は張りのある引き締まったホホに麗しい顔立ちは、まるで宗教画に描かれる天使のようだ。

 ルビー色の瞳がキラキラと輝き、絹糸のような髪を指先で払う仕草は映画のワンシーンのようで、ルーファス王子はアイドルのような美少年に成長していた。


「それは僕のセリフだよ。

 あれから毎年、満月の夜に妖精森を訪ねたけど、入口の鉄の扉が開けられなくてオヤカタに会えなかった。

 もう四年もたったのに、オヤカタは全然変わらない」


 少しすねた口調で答えた少年の瞳がみるみる潤んできた。

 カナにしがみついて肩に頭をうずめると、小さく声を震わせて泣いている。

 夏休みの終わりに別れた時には自分の肩までの身長しかなかった幼い王子が、突然カナと同じ大きさになって現れた。

 不思議な想いで肩を貸していたカナは、ふとあることを思いつく。


「そうだ王子、せっかくだから身長を測ろうよ。

 たった四ヶ月でどれだけ大きくなったか知りたいわ。

 さぁ、早く柱の前に立って。ワタシが身長を測ってあげる」


 カナの声掛けに顔を上げたルーファス王子は、鼻の頭を赤くしていたが涙は止まっていた。そして少し大人びた瞳に楽しげな色が宿る。


「オヤカタ、僕はもうすぐ十二歳になる。

 もうオヤカタより背も高いし、力も負けないよ」


 そう言うとルーファス王子は、ほとんど同じ目線になったカナを見返しながら背筋を伸ばし柱に頭をつける。

 その生意気な視線に気づいたカナは、鼻でフフンと笑った。


「体は大きくなったけど、その性格は全然変わらないのね。ルーファス王子。

 残念でした、身長149.3センチ、ワタシの方がまだ2ミリ高いわ」

「えっ、そんなこと無い。絶対オヤカタより僕の方が背は高いはずだ。

 オヤカタ、もう一回ちゃんと計れ」

「何度は計っても同じだと思うけど、こらぁルーファス王子、背伸びするな。かかとを床につけなさい」


 さんざん大騒ぎして三回計り直したが、身長はほんの少しカナが高かった。

 とても悔しそうな少年の姿は、カナの知る生意気で可愛い小さな王子と同じだ。

 

 カナは夏別荘の大掃除に来たハズだが、それは全部後回しにする。

 ルーファス王子には、聞きたい事が色々とあった。

 地図に載っていない王子の国はどこのあるのか、最後に別れたときに見た風景は何だったのか。

 この妖精森の外に、別の世界があるのか。


「騒いだらお腹が空いちゃった。台所に非常食用のカップめんがあるから、王子も食べるでしょ。

 そういえばクーデターが解決した後、王子の国はどうなったの。

 エレーナ姫やアシュさんたちは元気にしている?」


 そう言いながら廊下を出ようとしたカナの腕を、ルーファス王子は強く掴んだ。

 振り返ると、深刻な表情をしたルーファス王子がカナを見つめている。


「オヤカタ、僕は長い時間妖精森にいられない。

 ごめん、ニールが妖精森の外で待っている。すぐ帰らなくちゃいけない」

「そんな、今会ったばかりなのにどうして!!」


 ココであっさりと別れたら、彼とは二度と会えない予感がする。


「僕もオヤカタに話したいことが沢山ある。

 だからオヤカタ、僕らの世界に来てよ」



 ***



「ルーファス王子さまが妖精森の中に消えてから、半日が過ぎた。

 このまま王子さまが魔女に囚われて戻らなかったら、貴様はどう責任をとるつもりだ」

 

 ルーファス王子の護衛であり、追っ手から逃がすために足止めして捕らえられたのは、灰色の髪に灰色の目をした若い青年だった。

 後ろ手に縄で縛られ魔力の帯びた杖を額に突きつけられた青年は、動じることなく冷静な声で答える。


「ルーファス王子は魔女に呪われてなどいません。

 二人は姉と弟のような親しい関係です。

 やっと四年ぶりに魔女カナさまと会えたのです。どうかルーファス王子の好きなようにさせて下さい」

「ニール、お前も呪われた辺境領主一族のひとりではないか。

 実の兄の魂を魔犬に喰わせた、妖精森の【茶色い髪の悪い魔女】が憎くないのか?

 強欲な魔女は、言葉巧みに祖先返りの魔力を持つルーファス王子を下僕にした。

 王子の受けた呪いは、大聖堂の最高位大神官さまが必ず解くだろう」


 四年前にクーデターを起こした宰相は妖精森にすむ始祖の大魔女の怒りを買い、地獄の魔犬と鬼のように強化された剛腕族兵士たちがクーデター軍を打ち破り勝利した。

 そして大魔女は疲弊する人々に不老不死の果物と言われる金剛白桃を与え、魔法道具を与え、人々の暮らしは大幅に改善される。




 しかし貧しい地方小国の蒼臣国が大魔女の恩恵を受けて豊かになると、王都の覇王や最高位神官に目を付けられることになる。

 特にルーファス王子の持つ魔力を欲し弟子にしたがっていた最高大位神官は、王子が【茶色い髪の魔女】の弟子になったと知り怒り狂った。

 本物の魔力が消えつつあるこの世界でルーファス王子の祖先がえりの魔力は、いずれ覇王を凌ぐ力となるハズだ。

 心を操る幻術に長けている最高位神官は、王子を操りその魔力を自分のモノにできれば、覇王を超える権力を手にできると妄想していた。

 何としても魔女から王子を奪い返さなくてはならない。

 それから最高位大神官は、ルーファス王子は【茶色い髪の悪い魔女】に呪われている。というデマを流し始めた。

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