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その28

 朝食を済ませたカナは、自分が眠っていた三日間の出来事をハビィに聞いた。

 冬薔薇塔に閉じこめられたカナを助けようと、ルーファス王子もエレーナ姫も女騎士アシュも皆が動いている事を知った。


「か弱いワタシは……何もできない。ううん、諦めちゃダメよカナ。

 今ワタシに出来ることを、全力で取り組まなくては」

「何もできないとは、そんな事ありません。

 カナさまはもう充分やらかしています。

 ところでカナさまにご覧頂きたいものがあるのですが、上の応接室まで来て下さい」


 そういうとハビィは白い翼を羽ばたかせ、部屋を飛び立ってゆく。

 カナはハビィに急かされるように、階段を駆け上がり三階の応接室に登ってきた。

 塔の真上まで吹き抜けになった円柱状の部屋を見て、カナは思わず叫ぶ。

 

「ふわああぁ、とても凄い。大きなレース編みが天井から吊されている!!

 アゲハ蝶模様のレースが、まるで蜘蛛の巣のように囚われた蝶のようで綺麗」

「カナ様がお休みの間、暇でしたのでレース編みを頑張って仕上げてみました。

 薔薇のツタを二本取りで、編み目がほどけないようにしっかり編んでいます」


 ハビィはカナが寝ているので暇だったと言うが、これだけ細かいレース編みを作るにはかなりの時間と労力が必要で、きっと睡眠時間を削っで編み続けたのだろう。

 そしてレース編みの他にも、天窓からなにかが下ろされているのが見えた。


「カナさまは薔薇のツタを編んで塔の真上まで登るとおっしゃいましたが、安全性を考慮して登りやすい縄ばしごにしました」

「ありがとうハビィさん。部屋にあった薔薇のツタが無くなっている。

 あれだけの量のツタを全部使って、レース編みと縄ばしごを作ってくれたのね」


 どうやら編み物はハビィに任せて、自分は薔薇のツタを集める作業に専念した方が効率的だとカナは判断する。

 目の前の大きなレース編みと縄ばしごを見たカナは、ウズウズして我慢できない。

 歓声を上げながら壁伝いの階段を駆け登り、途中で踏板が崩れ落ちた部分から、吊された大きなレース編みに向かってジャンプして飛び移る。

 大きなレース編みはカナの体をしっかりと受け止めると、トランポリンのように弾み、カナは手足を伸ばしてレース編みを揺さぶり遊び始めた。

 そしてしばらく暴れた後で、縄ばしごに手をかけると天窓に向かってスルスルと登ってゆく。


「随分と長い間、外の景色を見ていない気がする。この塔の上はどうなっているのかな」


 カナの感覚では冬薔薇塔に閉じ込められて一日が過ぎたが、外の世界では十日以上経っている。

 見上げた天窓の向こう側は青空が広がり、縄ばしごを握る手に力がこもった。

 



 強い風がカナの茶色い髪を舞い上げ、エレーナ姫からもらった総レースのドレスの裾がめくれ上がりそうになる。

 冬薔薇塔の屋上に上がったカナは、赤煉瓦の天井に身を屈めたまま周囲の景色を眺める。

 雑木林の木々を眼下に見下ろし、そして冬薔薇塔はどういう仕組みかわからないが、カナが予想したよりとても高かった。


「ええっ、この塔ってアパート四階建てぐらいの高さだと思ったのに、これだと八階建てマンションの高さがある!!」


 塔の周囲の雑木林、そして向こう側に青い屋根瓦の大きな街が広がって、街の中央には市場が見える。

 そして塔の上から街の反対側を見下ろすと、最高位大神官のいる巨大女神像の聖堂が見えた。

 聖堂の半分は女神像の上半身で、覇王の王妃に似せた女神は頭部に宝玉を埋め込んだ沢山の髪飾りと、ポロリしそうなほど胸が盛られて、聖堂入口に覆い被さるように建っていた。


「カナ様が驚かれたのも最もです。

 この高さを降りて塔を脱出する事は、いくらカナさまでも難しいと思われます」

「ねぇハビィさん、あの聖堂に人を近づけちゃ危ないわ。

 上から見たら、頭でっかちのオッパイ女神像の首の部分に亀裂が入っている。

 あの聖堂は完全に欠陥建造物。

 このまま放置していたら、女神像は頭の重みに耐えきれず首がもげて壊れる」

「女神像の首をもいで聖堂を壊すとは……カナ様は、それほどお怒りなのですね」


 塔の屋上に飛んできたハビィは、聖堂を見下ろす魔女カナの厳しい表情に息をのむ。

 せっかく冬薔薇塔の外に出たのに、下に降りる手段がない。

 魔女カナは怒り、自分を冬薔薇塔に閉じこめた最高位大神官がいる聖堂を破壊すると宣言した。


「私たちはカナ様の決断に従います。それで、いったいどのような方法で聖堂を破壊するのですか?」

「そうね、ハビィさん。

 一刻も早くあのオッパイ女神像を取り壊した方がいいけど、ここには何もない。

 塔に閉じこめられた私が、アレをどうやって壊そうかな」


 冬薔薇塔とオッパイ女神聖堂は、距離にして100メートルも離れていない。

 でも閉じこめられたワタシは逃げ出すこともできないのに、あの聖堂をどうやって破壊する?

 しかしDIY趣味のカナは、見映えだけを追求して作られた、中身の無いハリボテ女神像の存在自体が許せなかった。


「せめて愛用のハンマーがあれば塔の上から投げて、そんな事無理ね、届かないもの。

 えっ、ちょっと待って。ハンマーは無いけど、この方法なら出来るかもしれない!!」

 

 カナはもう一度自分の周囲を見回す。

 赤煉瓦の塔を覆い尽くす冬薔薇のツタ、それだけしかない。

 しかしカナは自分の思いつきに瞳を輝かせ、花咲くように満面の微笑みを浮かべた。



 ***



 街外れの旅館に潜伏しているルーファス王子の元へ、魔女カナが三日ぶりに眠りから覚めたと報告が入る。


「ニール、これから僕は冬薔薇塔へ行く。

 僕はオヤカタの弟子だから、目覚めたオヤカタの力になりたい」

「分かりました、ルーファス王子。

 俺は街に集まった魔女信者を先導して、雑木林の周囲にいる武装神官を引きつけます。

 その間に王子は、お友達と共に冬薔薇塔へ向かって下さい」


 兄弟の姿をしたルーファス王子とニールが宿の一階に降りると、そこには魔女信者に化けた近衛兵部隊が集合していた。

 神官に化けた女騎士アシュが、全員に指示を出す。


「我々は、偉大なる魔女カナさまから様々な恩恵を授かった。

 その恩に報いるためにも、まずは雑木林周囲にいる武装神官の数を減らす。様々な場所で小競り合いを頻発させ、武装神官の力を分散させる。

 辺境からウィリス隊長の率いる部隊が到着するまで、ゲリラ戦で武装神官の戦力を削るのだ」


 そしてニールとアシュはそれぞれの役目を遂行する。

 ルーファス王子はガキ大将リオと三つ編み少女ティナと共に、雑木林の獣道から再び冬薔薇塔を目指す。




 塔の屋上がすっかり気に入ったカナは、冬薔薇のツタのトゲ取り作業をしながら、のんびりと地上を眺めていた。

 何かお祭りでもあるのだろうか、雑木林の周囲を大勢の人間が忙しそうに動き回って、所々で大声で騒いでいる。

 その雑木林周囲の賑やかさと比べて、オッパイ聖堂の方は人の姿もまばらだった。

 

「カナ様、もうすぐルーファス王子がいらっしゃいますので、下に降りられて下さい」


 ハビィに呼ばれたカナは、塔の中に吊るされた長い縄ばしごを下る。

 途中で手を放すと大きなレース編みに落ちて、カナの小柄な体が二回三回と大きく弾む。


「ふふっ、楽しい、楽しすぎる。

 もっと天井から縄ばしごを吊してレース編みも二重三重にして、アスレチックジムにしよう。

 そうだ、空中ブランコにも挑戦できる!!」

「カナ様、今の発言は却下です。ここは応接室、子供の遊び場ではありません」


 外ではニールたちのゲリラ活動が行われようとしているのに、肝心のカナはいつも通り脳天気な状態だった。

 ハビィに叱られたカナは、しょんぼり顔で小さな窓から顔を出して外を眺めていると、雑木林の中から三人の子供たちが出てきて、こちらに駆けてくるのが見える。




 冬薔薇塔の三階の小窓から、薔薇のツタで編まれた太い縄が垂れ下がっている。

 それにガキ大将リオが手をかけると、ルーファス王子は反対から引っ張って奪い取ろうとした。


「それじゃあ最初に俺が登る。ルファは後から付いて来い」

「待てよリオ、僕が一番にオヤカタに会うんだ!!」


 そう答えた王子を、体格の良いガキ大将のリオは思いっきり突き飛ばす。


「お前、王子のくせにバカなんだな。

 俺が先に縄を登って手本を見せるんだよ。

 壁のどこに足をかけて登ればいいのか、よく見ておけ」

「えっ、リオ、僕の事を王子だと知って……」

「神官たちは『茶色い髪の悪い魔女』がルーファス王子様を呪っているっていうけど、俺の親父も市場のみんなも、『茶色い髪の魔女』は王子を助けるために弟子にしたって言っている。

 ルファは、茶色い髪の魔女の弟子なんだろ」


 そう言うとリオは背筋を伸ばし、深々と王子に頭を下げた。

 それは騎士が王族に対して行う敬礼で、子供たちも憧れの騎士を真似てよくやる仕草だ。


「リオ、騎士の敬礼は頭はそんなに下げなくていい。

 右手は胸ではなく、左の二の腕を触れるのだ」 


 そばかす顔のルファと呼ばれる少年は、まるで当たり前のように小さな騎士の敬礼を受け入れた。

 そんな男の子たちのやりとりを、ティナは不思議そうに見ていた。


「そうだ、リオにもティナにも僕のお守りをあげよう。

 この銀の蛇の腕輪は魔力を帯びているから、ふたりを危険から守ってくれる」


 そう言うと黒髪の子供に変化しているルーファス王子は、自分の髪の毛を数本抜く。

 黒髪は絹糸のように美しい銀の髪に、そして細い銀の腕輪に変わった。

 王子から腕輪を渡されてティナは大喜びで、リオは神妙な顔で腕輪をはめた。




 最初にリオが冬薔薇塔を登り始める。薔薇のツタで編まれた縄は握りやすく、手汗をかいても滑らない。

 赤煉瓦の割れ目に足をかけて順調に三階まで登るが、覗いた小窓の中は真っ暗で、まるで闇を詰め込んだようだ。

 それでもリオは勇気を出して頭を小窓に突っ込んだところで、上半身がつかえてしまう。

 

 真っ暗な闇が晴れて、冬薔薇塔の中が見えた。

 そこはリオが想像していた怪しげな魔女の住まいとは違う、色鮮やかなタイルの床に大きな布張りのソファー、テーブルの上に山のような果物やお菓子が盛られていた。

 そして赤レンガの壁には数種類の美しいタペストリーが飾られ、冬薔薇の花が満開に咲いている。


「冬薔薇塔の秘密基地へようこそ、ルーファス王子のお友達。

 さぁ、中に入って入って」


 そこにはやたらテンションが高く、赤いバラの花びらを身に纏ったような美しいドレスを着た茶色い髪の娘がいた。

 柔らかくウェーブした茶色い長い髪をフワフワとなびかせて、踊るような足取りでリオに近づいてくる。


「アンタはもしかして、ルファのオヤカタ、茶色い髪の魔女?」

「ええ、そうよ。王子は私の弟子で、君は王子のお友達でしょ。

 さぁ早く中に入って。あれ、もしかして体がはまって動かないの」


 そう言うと魔女カナはいきなりリオの腕を担ぎ、上手投げのように渾身の力を込めて前に引っ張る。


「うわぁ~~っ、イタイイタイ、やっぱりアンタは悪い魔女だ。もっとゆっくり引っ張れよ」

「もう少しで体が通るから、文句言ってないでお腹に力を込めてへこませなさい」


 見上げた塔の上から、子供の悲鳴が聞こえた。小窓に突き出た足がジタバタもがいていたが、しばらくするとやっと窓の中に入った。

 冬薔薇塔の下でその様子を眺めていたルーファス王子とティナは、互いに顔を見合わせる。


「あのリオが、イタイイタイって泣いていたね」

「うん、僕のオヤカタは子供でも手加減なしだから、窓にはまったリオは思いっきり引っ張ったんだ」


 そう答えたルーファス王子は、冬薔薇のツタで編んだ縄を握りしめると、塔の壁に足をかけて登りはじめた。

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