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その26

 三つ編み少女のティナとガキ大将のリオ、そしてそばかす顔の少年に変化したルーファス王子は、茶色い髪の魔女に会うために冬薔薇塔へやってきた。

 最高位大神官に囚われた茶色い髪の魔女は、塔の中を無理矢理掃除させられ、着る服もまともにないと噂されていた。

 ルーファス王子が十日ぶりに見たカナは、元気そうで少しふっくらして、冬薔薇塔の小窓から顔を出して笑いながら手を振っている。


「オヤカタ、もう少し待っていてね。

 僕は絶対、この冬薔薇塔を登ってオヤカタに会いに行くよ」

「私は王子を待っているわ。お友達も一緒に遊びにきてね。

 塔の中を、子供たちが驚くぐらいリフォームをしなくちゃ」 

「えっ、カナさま。塔の中をこれ以上どんな風に魔改造するのですか?」


 涙をこらえながら頬をほのかに赤く染め恋い焦がれるようにカナを見つめるルーファス王子と、悪戯心で瞳を輝かせるカナ。

 二人を見守るハビィの心境は複雑だ。

 ルーファス王子が慕う魔女カナは、師や姉としてみれば情のある素晴らしい人物だが、魔女は男を利用することしか考えないと言われている。

 そんなカナに恋心を抱くルーファス王子の将来を考えると、ハビィは心の中でそっとため息をついた。


 


 それからお腹を空かせた三人の子供たちに、食事が運ばれてきた。

 ガキ大将リオはハビィが運んできたカゴに入ったサンドイッチを見ると、再び腹の虫をグゥグゥと大きく鳴らす。

 子供が食べやすいように四等分されたサンドイッチは、パンから具がはみ出るほどのボリュームがある。

 じっくり熟成された絶品ベーコンとチーズに野菜数種類を挟まれ、こんがりトーストした白パンを、子供たちは口いっぱいにほおばった。


「もぐもぐ、うわっ、肉が軟らかくて旨い。

 さっきから肉の焼ける匂いがしてたけど、このベーコンだったのか。

 俺ん家じゃ、紙みたいに薄いベーコンしか食べられないんだ」

「バターと甘い蜂蜜がたっぷり塗られた白パンも美味しいね。

 塔に閉じこめられた魔女さまは、どこから食べ物を持ってくるの?」


 不思議に思ったティナがハビィに聞いてきたが、返事はなかった。囚われた魔女カナに手助けがある事と最高位大神官に知られてはならない。

 ガキ大将リオは一人分のサンドイッチでは量が足りなくて、もっと食べたそうな顔をしていたので、ルーファス王子は自分のサンドイッチを分けてあげた。


 同じく食事を終えたカナは、しばらく窓越しに子供たちとおしゃべりしていたが、次第に睡魔が襲ってくる。カナは眠気まなこをこすりながら、塔一階の小窓から外をのぞいた。


「今日はお風呂の掃除に部屋の片づけ、それからツタで編み物をして、ふぅ〜、とても忙しかったわ。

 眠る前に王子とも会えたし、コレで安心して休める」

「オヤカタ、僕らも町に帰るよ。外でニールが待っているんだ。

 そうだ、オヤカタにこれをあげる。僕とニールからオヤカタにプレゼント」


 そう言ってルーファス王子は赤いリボンが結ばれた箱を小窓のそばに置くと、子供たちは名残惜しそうに何度も後ろを振り返りながら、雑木林の中に消えていった。

 カナは小さな窓から王子が帰るのを見続け、そして少し寂しい気分を味わいながらゆっくりとベッドに横たわる。

 部屋の中は安眠を誘う香が焚かれ、肌触りの良い木綿のシーツに軽くて温かい薄い羽布団と、大叔母さんのふわふわ手縫いクッションが並べられている。

 実はこのベッド、大叔母さんが彼方あちらの世界から持ち込んだ三つ星ホテル仕様の超高級マットレスで、横になるカナを体をしっかり受けとめて優しく包み込む抜群の寝心地だ。

 そしてカナはベッドにゴロゴロと寝転がりながら、王子から貰った箱の綺麗な赤いリボンをほどく。


「嬉しいな、王子からのプレゼントって、中身はなんだろう?

 これは可愛いオレンジ色のハンカ……えっ、パンツ!!」




 獣道の入口でニールは王子の帰りを待っていた。

 冬薔薇塔から無事に帰って来たルーファス王子は、興奮しながら大声でニールに話しかける。


「ニール、僕はオヤカタと会えたぞ。

 オヤカタはとても元気で、ちゃんと服を着てすっぽんぽんじゃなかった。

 ニールの選んだ下履パンティきを、オヤカタに渡してきたぞ」

「うわぁ、王…ルファ。大声でそんな話しないで下さい!!」



 ***


 

 カナの一日はコチラの世界の十日に当たる。

 塔に閉じこめられて八日目ずっと起き続けた魔女カナは、やっと深い眠りに入った。

 白い鳥の姿をした女官長ハビィはケルベロスに留守を任せると、町外れの旅館で女騎士アシュとこれからの作戦を話し合う。 


「魔女カナさまは、これから二日間眠り続けるでしょう。

 その間に私たちは、カナさま救出のために動かなければなりません」

「ハビィさま、私は神官として聖堂に潜り込み、最高位神官に取り入る事が出来ました。

 王都の情報を色々と調べたところ、最高位大神官が執拗にルーファス王子さまを弟子にしたがるのには理由があるようです。

 最高位大神官の地位を得るための手札として覇王に嫁がせた養女の娘が、色々と揉め事を起こしているようです。

 その手札だった娘を切り捨て、今度はルーファス王子さまを新たな手札として使おうとしているのです」

「そんな男に、我々の大切な至宝であるルーファス王子さまを奪れたりしません。

 現在ウィリス隊長は辺境の地で同志を集め、最高位大神官に反旗を翻す準備を進めています」


 辺境の地の向こうには、覇王の権力の及ばない豪腕族の隣国がある。

 同じ女神さまを信仰する隣国にエレーナ姫は大人気で、魔導カラクリの技術提供で関係も良好だ。


「隣国の力を借りて最高位大神官を追い出し、覇王を見限り大国と距離を置くとエレーナ姫は決断を下しました。

 ウィリス隊長は上手く働いてくれるでしょうが、もう少し時間が必要です。

 幸いなことに、最高位大神官は魔女カナさまに気を取られて、ルーファス王子様の事はすっかり忘れている様子」

「魔女カナさまが様々な奇跡を起こしたという噂話は、蒼臣国中に広まっています。

 私は最高位大神官の失態を探し出し、悪い噂を焚きつけましょう」


 女騎士アシュの言葉にハビィは満足げに頷いた。

 今この隠れ家の旅館には、アシュとハビィの二人しかいない。


「ルーファス王子とニールは今、村の子供の家に出かけています」




 街道を外れた小麦畑の向こう側に、柱がゆがみ屋根が落ちそうな小さな家が建つ。

 その家の裏の家畜小屋には、足の折れたロバが床に横たわり苦しそうにうめいていた。

 ニールは周囲を偵察して、家の周囲に怪しい人の気配はない事を確認する。

 ガキ大将リオに連れられて、ティナとルーファス王子は家畜小屋に入ってきた。


「このロバは、大家に借金して買ったばかりなんだ。

 荷運びで稼いで借金を返さなくちゃならないのに、足が折れて使い物にならない。

 このまま借金を返せないと、俺たち家族は住んでいる家を追い出されるんだ」


 夕方父親が町から帰って来たらロバを食用に潰し、その肉は自分たちが食べることはなく売って借金返済に充てるのだ。

 それでも残った多額の借金を返すため、家族全員で必死で働かなくてはならないだろう。

 今までのように街の仲間たちと遊ぶ暇なんて無くなる。

 普段は勝気な表情のリオが、暗く沈んだ声で説明をしながら横たわるロバを指さした。

 王子はロバに近づくと、斜めに折れて肉が腫れ上がった前足に触れる。


「リオ、僕がロバの怪我を治してやるから、その代わりに壁の登り方を教えろ」

「今こんな時に、冗談なんか言うなよぉ。

 お前にロバの怪我を治せる訳ないだろ!!」


 王子を怒鳴った後、リオは悔しそうに顔を背ける。

 それに構わずルーファス王子は自分の手のひらに魔力を集め念を込めると、小声で呪文を唱えながらロバの折れた足に触れた。

 妖精族の祖先がえりの魔力を持つ王子だから出来る、怪我を癒す魔法だ。


「ルファの体が、キラキラ光っている」


 少し魔力を持つティナは、黒髪にそばかす顔の少年の色が消えてゆくのが見えた。

 白銀の絹糸のような髪に透けるような白い肌、そしてルビー色の瞳をした知らない少年がいる。

 七色に輝く光は苦しそうに横たわったロバを包み込み、しばらく周囲を漂ったあと不意に消えた。

 苦しそうにうめいていたロバの息が穏やかになり、そして斜めに折れ曲がっていたロバの足が真っ直ぐになった。


「えっ、ロバの折れた足がくっついた。ルファの魔法って凄い!!」


 ルーファス王子の魔法を感じ取ったティナは歓喜の声を上げ、リオは怪我の治ったロバの奇跡を目の当たりにして、呆気にとられて立ち尽くしている。

 ティナが見た白銀の髪をした少年は消え、そばかす顔のルファに戻っていた。

 ルーファス王子は少し疲れた様子で、小屋に入ってきたニールに体を支えられていた。


「リオもティナも、僕が魔法を使った事は秘密だ。

 父親に聞かれたら、茶色い髪の魔女から貰った白桃をロバに食べさせたら怪我が治ったと話せ」

「そういえば最高位大神官は、男の子が好きな変なオヤジだってお母さんが言っていた。

 ルファは魔法を使えることを知られたら、変なオヤジの大神官に捕まっちゃう」


 ロバはよろめきながらもゆっくりと立ち上がり、驚いて固まったままのリオの元に歩いてくる。

 鼻面を押し付けてきたロバに顔を舐められて、リオはやっと正気に戻る。

 金持ちそうな魔法を使う子供と、兄と騙る護衛の騎士。

 それに茶色い髪の魔女の知り合いだというヨソ者の正体が誰なのか、ガキ大将リオには判ってしまった。


「おいルファ、ロバの怪我を治してくれて、あ、ありがとう。

 俺はお前のためなら何でもする。ルファが茶色い髪の魔女に会えるように手伝ってやるよ」

 

 この日からルーファス王子はリオに壁を登り方を教わる事になり、ロバの怪我が完治するまで自転車を使って荷運びを始めた。

 そして茶色い髪の魔女がロバの折れた足を治したという噂は、街を越え遠くの村々まで広がってゆく。 

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