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その25

 コツン☆

 カナの後頭部に何かが当たる。


「えっ、痛い。こんな所にボタンが落ちている、これが飛んできたの?」


 後ろを振り返り足元に転がるボタンを拾おうとすると、今度はおでこに何かが当たる。

 さすがのカナも驚いて、手に持っていた半熟卵のせ激うまベーコンサンドを下に落としてしまった。


「イタタ、また当たった。外からくるみボタンが投げ込まれてる。

 あっ、ケルベロス、そのパンは食べちゃダメ!!」


 床に落ちた半熟卵のせ激うまベーコンサンドをケルベロスが見逃すハズなく、あっと言う間にパンをくわえて走り出した。

 人間の食べ物を犬に与えるのは良くないと聞いてたカナは、ケルベロスを慌てて止めたが、黒の豆柴はベーコンサンドをくわえたまま小窓をくぐり外に逃げた。

 カナは少し赤くなっておでこをさすりながら、ケルベロスが逃げた窓のそばに来る。

 外から部屋の中にくるみボタン投げ込んだ誰かが、窓の向こう側にいるはずだ。

 こんな悪さをするのは、きっと自分を冬薔薇塔に閉じこめた最高位オジちゃんの手先の者だろう。


 カナは警戒しながら外を覗こうと背を屈めると、突然窓から腕が一本伸びてきた。

 

「ひゃあー、急に腕が出てきて、ビックリした!!

 あれ、これは子供の腕みたいで、服の袖のボタンが千切れている。

 きっとこの子がワタシにボタンをぶつけたのね」 


 ケルベロスにベーコンサンドを取られ、後頭部とおでこにボタンをぶつけられて機嫌は悪いカナは、怒りにまかせて小窓から伸びた腕を鷲掴むと思いっきり引っ張った。



 ***



 ガキ大将がくるみボタンを冬薔薇塔の小窓に投げ込むと、そこから黒い小犬が飛び出してきた。


「中からワンちゃんが出てきた。このワンちゃんがアタシに道を教えてくれたの」


 三つ編み少女ティナが、嬉しそうに黒い子犬に声をかける。

 ケルベロスはボールが弾むようにルーファス王子側に駆けてくると、嬉しそうに口に咥えたモノを見せた。


「ケルベロスさま、僕はオヤカタを呼んでって頼んだのに、どうして食べ物を持って来たの?

 もしかしてこれはオヤカタのご飯!!」


 焦って王子がたずねるがケルベロスはパンを美味しそうに食べだし、それを見たガキ大将のお腹がグウグウ鳴った。

 オヤカタを呼んでとお願いしたのに、肝心のケルベロスは食事中だ。

 仕方なくルーファス王子は小窓の中に腕を伸ばし、投げ込んだくるみボタンを拾おうとした。

 すると突然中から腕を掴まれて、強い力で引っ張られる。

 

「うわっ、イタイイタイ。オヤカタが僕の腕を引っ張っている!!

 違うよオヤカタ、ケルベロスさまが勝手にご飯を取って来たんだよ」

「きゃあー、中にボタンの投げ込んだから、魔女さまが怒っている。

 このままじゃ、ルファの腕が千切れちゃう!!」


 黒髪そばかす顔の少年は腕を引っ張られて痛がり、ティナは顔面蒼白になり悲鳴を上げる。

 【茶色い髪の魔女】を怒らせた悪者は、地獄の魔犬に魂を喰われたり牛頭の魔人に異界に連れ去られると、人々の間で噂されていた。


「おいヨソ者、落ち着くんだ。中から引っ張っている魔女の腕を掴まえろ。

 塔の中に魔女は一人だ。俺たち三人で引っ張れば力負けしない」


 ガキ大将の言葉を聞いて、無抵抗で引っ張られていた王子も気を取り直す。

 掴まれた腕をねじると、相手の細い手首に触れた。

 これはオヤカタの手だ。

 四年前の記憶にあるオヤカタの手は自分より大きかったのに、今はとても細く感じる。

 一瞬、油断したルーファス王子の絡めた手のひらを強く握り返され、手首を逆方向に押し倒された。





 窓の外から伸びてきた腕が、カナの手を握った。

 腕を引っ張られて抵抗する様子に悪戯心が沸いたカナは、手のひらを握り返し手首をひねると、瞬発的に力を入れて、引き寄せるように相手の腕を床に強く押し付けた。


「フハハッ、このカナさまに腕相撲を挑もうなんて、十年早いわ!!」

「イタイイタイ、オヤカタやめてよ。腕が折れる!!

 手を離して、僕だよルーファスだよ」


 窓の外からカナのよく知る子供の悲鳴が聞こえた。

 驚いて腕を放し窓の外を覗くと、しかしそこには黒髪にそばかす顔の見知らぬ少年がいた。


「君は誰?

 どうして塔の中に物を投げ込んで、人にぶつけるイタズラなんかしたの」

「オヤカタ、僕だよルーファスだよ。

 オヤカタに会いたくて、母上の離宮を抜け出して来たんだ。

 別人に姿を変えているけど、オヤカタなら僕の声を分かるでしょ」

「確かに……その声は王子そっくりだし、ケルベロスがなついて足元で寝そべっている。

 ええっ、まさか本当に、君はルーファス王子なの!!」


 カナが大声を上げ、その様子を見ていた白い鳥の姿をしたハビィは慌てて上の階に飛んでゆく。

 ルーファス王子がもう一度窓の中に腕を伸ばすと、今度は優しく握り返された。

 魔女カナの指は細く、そして指先は荒れてとてもガサガサしている。


「僕のせいでオヤカタは、最高位大神官に捕まって塔の中に閉じこめられている。

 ごめんなさい、今すぐオヤカタを彼方あちらの世界に返してあげる」


 ルーファス王子はカナの手首に触れる。指先に冷たい金属が当たり、白銀の守護蛇が変化したリングが王子の魔力に反応して細かく震えた。


「オヤカタをこの世界に縛りつけているのは僕自身だ。

 腕のリングを外せば、オヤカタの体は妖精森に還れる」


 オヤカタと別れてからずっと会いたくて、四年目に妖精森の扉を開いてやっと会う事が出来た。

 でもオヤカタと一緒に居られたのはわすか数日。まさか自分のせいでオヤカタを辛い目に合わせるなんて。

 きっとこれが最後、僕はもう二度とオヤカタに会えないだろう。

 それでも王子は覚悟を決めて、窓越しに触れた手首のリングを引きちぎる。




 ピピ、ピ、ピピピ――――――――


 王子の握りしめた手の中で、けたたましく虫の鳴き声が聞こえた。

 

「あれっ、これは守護蛇じゃない!!

 腕にはめる文字デジタル時計だ。

 オヤカタ、リングを外すから反対側の手を出してよ」

「王子から貰ったリングなら、DIY作業中は邪魔だから首に巻いてチョーカーにしているわ。

 それにワタシは、まだ妖精森には帰らない。

 この素晴らしい赤煉瓦建造物をリフォームして、ワタシを閉じこめた最高位オジちゃんにもう一度頭突きをお見舞いして、王子を弟子にする考えを改めさせるまで居座るわ」


 塔のリフォームに専念しているように見えた魔女カナだが、実は壁面のツタを剥がし煉瓦積をチェックしていた。イザとなれば壁をバールで破壊して脱走する目処はつけている。

 しかし大叔母さんが暮らしていた美しい冬薔薇塔を壊すのは嫌なので、それは最終手段だ。


「でもこのままじゃオヤカタは、ずっと塔の中に閉じ込められて不自由なままだよ」


 そう言われたカナは、窓越しにルーファス王子の手のひらを力強く握り返す。


「ねぇ王子ってワタシより少し痩せているよね」

「僕はオヤカタよりずっと細いよ。

 オヤカタは僕と同じ身長なのに、胸や尻に肉が付きすぎているんだ」


 王子がそう答えると、魔女カナは自分と同じ大きさになった手のひらを離した。

 そして大急ぎで螺旋階段を二段またぎで駆けあがる。


「えっ、オヤカタどうしたの?」

「ルーファス王子、こっちこっち、上を見てぇ――」


 突然、少し舌足らずの明るい娘の声が王子の頭上から降ってきた。

 小窓を覗いていた王子が顔を上げると、側にいた三つ編み少女が先に気付いた。

 

「あっ、塔の上の窓が開いている。茶色い髪の魔女さまの顔が見えたよ」


 驚いて王子は立ち上がりティナが指さす方向を見ると、塔の三階の窓から頭だけ外に突きだした魔女カナが顔が見える。


「何言ってんだティナ、声なんて聞こえないし魔女の姿も見えないぞ」


 三つ編み少女ティナにはカナの姿が見え、ガキ大将には見えないようだ。

 そして三人の子供の元へ、上空から大きな翼を広げて美しい白い鳥が舞い降りてくる。


「ルーファス王子さま、ここは最高位大神官のいる聖堂と目と鼻の先。

 こんな危険な場所に、護衛も付けずに子供だけで来たのですか!!」

「侍女長、ニールにも止められたけど、僕はオヤカタを彼方あちらの世界に還すために来た。

 でもオヤカタは、まだ還らないって言うんだ」


 黒髪そばかす顔に変化した王子と白い鳥が会話する姿に、ティナは声をあげた。


「この白い鳥さん、人間の言葉でルファとしゃべっている。

 ねぇ鳥さん、雑木林の獣道は子供しか通れないから、ニールお兄さんはルファに付いて来れなかったの」


 白い鳥に三つ編み少女ティナは、ルファをここに連れて来た理由を話す。

 どうやら彼女は魔力持ちで、窓から顔を出したカナの姿が見え、王子と話すハビィの声が聞こえるらしい。


「ティナなに言ってんだ。鳥はピィピィ鳴いているだけじゃないか」


 その様子を見ていたガキ大将は、自分だけが除け者にされたような気分になる。

 この世界では魔力があり魔導カラクリを扱える者と、そうでない者がいる。


「どうして、ティナやヨソ者には魔女の姿が見えるのに、俺には見えないんだよ」

「僕やティナは、妖精族の血が流れている魔力持ちなんだ。

 お前は剛腕族の血が流れているから、普通より力が強い。それだけの事だ。

 僕は騎士になりたいから、魔力より剛腕族の力を持つお前の方がうらやましい」


 ガキ大将は、魔力無しの自分に劣等感を感じていた。

 しかし隣に立つヨソ者は、スゴい魔法が使えるのに自分がうらやましいという。


「魔力無しの俺がうらやましいなんて変なヤツ。

 おいヨソ者、ルファって言ったな。

 俺の名前はリオだ。俺がうらやましいなら、お前を子分にしてやるぞ」

「僕はもうオヤカタの弟子だから、リオの子分にはならない。

 でも僕には協力者が必要だ。ティナもリオも僕に仕えるがいい」

「はぁ、何言ってんだ偉そうに。お前が俺の子分になるんだよ」


 微妙に会話は食い違うが、とにかくルーファス王子とガキ大将リオは互いを認め合ったようだ。

 二人が喧嘩をやめて仲直りしたとティナは喜ぶ。




 カナは窓から顔を出して王子たちを眺めながら、何度も手招きする。

 その窓は子供の自分なら通り抜けられそうだが、上までかなりの高さがあるが、


「ハビィ、あの窓からオヤカタを外に出せないのか?」

「残念ですがルーファス王子さま、窓は狭すぎてカナさまは通り抜けられません。

 ああ、ワタシにもっと力があれば……。

 魔女カナさまを抱えて飛んで、ルーファス王子さまと会わせてあげるのに」


 するとハビィの声を聴けないはずのリオが、ぽつりと呟く。


「一階と二階の壁に通気口があって、煉瓦も所々飛び出している。

 俺はオヤジの煙突掃除仕事を手伝っているから、これぐらいの高さなら上まで登れそうだ」


 ガキ大将リオが何気なく言った言葉に、ルーファス王子は瞳を輝かせる。


「上まで登れるって、リオ、それは本当か!!

 僕は塔の中にいるオヤカタに絶対会いたいんだ。リオ、壁の登り方を僕に教えろ」

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