その24
ルーファス王子たちが冬薔薇塔に来る数時間前。
ガシャン、ガチャ、ガシャン
塔の天窓近くの梁に留まって休んでいたハビィは、突然なにかが砕ける大きな音に目を覚ました。
「ハッ、今の音はいったい!!カナさま、大丈夫ですか」
驚いたハビィは翼を広げて下に舞い降ると、そこに割れた煉瓦を抱えたカナがいた。
「ハビィさん、せっかく寝てたのに起こしちゃってゴメンなさい」
「カナさま、薔薇のツタに煉瓦を結びつけて何をしているのですか?」
大きな音の正体は、梁に吊るしていた煉瓦が下に落ちて割れた音だっだ。
「これはツタの強度を測る耐久テストなの。
煉瓦の重さは約2.5キロ、薔薇のツタは煉瓦二個5キロ分の重石に耐えきれるから、ツタを二本まとめてクサリ編みにすれば重さ10キロまで切れない。
それを何本も束ねて太くすれば、とても頑丈な縄が出来るの!!」
「しかしカナさま。どんなに丈夫な縄が出来たとしても、この建物の窓は小さすぎて通り抜けることは出来ません」
カナは煉瓦を抱えながら嬉しそうに話しているが、出入り口のない冬薔薇塔から外に出る事は出来ない。
「それなら大丈夫、ワタシは上に登る縄を作るの。ほら、真上に大きな天窓があるじゃない」
「まさかカナさま、冬薔薇塔の天窓まで登って、そこから外に出るつもりですか!!」
「天窓までの高さは体育館天井と同じくらいだから、頑張れば縄を伝って上までのぼれそう。
ワタシ、よくアスレチックやロッククライミングで遊んだし、縄のぼりも得意なの」
天窓はかなりの高さがあり、そこまでツタを編んだ縄で登るなど普通は考えられない。
しかし猿のように木登りする魔女カナなら、自力で天窓まで登ってしまうかもしれない。
「カナさまは木登りが得意でも、この高さから手を滑らして落ちたら大怪我をしてしまいます。
それに縄を作るなら、とても長いクサリ編みが最低でも六本は必要です。
カナさまの下手なクサリ編みは使えませんし、私一人で編むには時間が掛かりすぎます。
せめて侍女たちがいれば、編み物を手伝わせましたのに」
ハビィがとても心配そうな様子にカナは「上まで登ったら、天窓から飛び降りてバンジージャンプを試したい」という言葉を飲み込んだ。
腕にはめたデジタル時計は【20:45】を示し、こちらの世界では十日、カナにとっては長い一日がやっと終わる。
「今日一日がんばって働いたから、夜は豪華なディナーとか出来たらいいなぁ」
カナが作業を終えて一階に降りると、寝室に据え付けられた小さなテーブルの上には食器が並び、夕食の準備がされている。
「ではカナさま、料理は肉と魚、どちらを選ばれますか。
肉料理は、彼方の世界で食べた肉の薫製を再現してみました。魚の方は蒼臣国名物の虹色白身魚の香草ムニエルです」
「お肉の燻製とムニエル、どっちも美味しそうで、う~ん、両方食べたい」
「ダメです、カナさま。どちらが食べたいかちゃんと選んでください。
それからお菓子を摘まみ食いしていたので、食後のデザートはありません」
どうやらカナがお菓子を隠し持っている事は、完全にバレていた。
ここからが侍女長ハビィの本領発揮、お湯をかけるだけのフリーズドライ食品に一手間加えて、豪華なディナーに仕上げるのだ。
カナの目の前に大皿に乗ったベーコンが運ばれてきた。そしてスープ皿代わりのコレクティブマグカップに具だくさんのオニオンスープ、柔らかくフワフワの白パンにトッピング用の数種類のチーズやサラダが並べられる。
「ハビィさん、このお肉ってお取り寄せグルメで一番人気の、花華牧場まん丸豚のしっくり熟成させた絶品ベーコンにそっくりよ!!」
「ええ、そうですカナさま。
夏別荘に届いたお中元の薫製がとても美味しかったので、何度か試行錯誤を繰り返して、やっと納得できるモノを作り上げることに成功しました」
蒼臣国の人々は、彼方の世界から持ち込まれた魔導カラクリや料理を見事に再現し、魔改造を加えるほどの技術力を持つ。特にフリーズドライ食品は彼方の世界より進んでいるかもしれない。
そんな事を取り留めもなく考えているカナの目の前で、ハビィは銀のトレイを鉄板代わりに、炎の結晶でベーコンを焼きながら切り分ける。
「ふわぁ、分厚く切られた肉は綺麗な桜色で、ナイフを入れると中から澄んだ色をした肉汁があふれ出てくる。
ベーコンが香ばしく焼ける濃厚な匂いと、ジュワジュワと脂の跳ねる音を聞くとお腹が空いて待ちきれない。ベーコンは表面はパリパリに焦げ目を付けて焼いてください」
そしてほとんど閉ざされた部屋の中を煙と匂いが充満し、わずかな通気口はカナがバールで開けた小窓だけだった。
香ばしく焼けたベーコンの香りは、冬薔薇塔の外に向かって流れ出ていった。
***
三つ編み少女はふと首を傾げ、周囲を見回し鼻をひくつかせる。
「ねぇ、冬薔薇塔の中から、とても美味しそうな匂いがするよ。
魔女さまがお食事しているのかな」
互いに睨み合う少年たちの動きがとまる。
冬薔薇塔の小窓から、白い煙と共に燻された肉が焼ける香りが外に流れ出ていた。
「チクショウ、旨そうな肉の焼ける匂いがする。腹減ったぁ!!
俺は朝メシも食わないで、ココまで来たんだぞ」
その美味しそうな香りに引き寄せられるようにティナは小さな窓をのぞき込むと、中は真っ暗で何も見えない。
続いてルーファス王子も窓の前にしゃがんで、ルビー色の瞳に魔力をこめて中を覗き込んだ。
結界を透かす魔眼が映し出したのは、夏別荘の客間にそっくりな白を基調とした部屋で、中にはセンスの良い家具と温かみのある手作りのキルトが飾られている。
そして猫足椅子に腰掛ける、柔らかなウェーブの掛かった茶色い髪の娘の背中が見えた。
「オヤカタの姿が見える。良かった、今日はちゃんと服を着ている。すっぽんぽんじゃない。
おおい、オヤカタぁ、僕だよルーファスだよ」
ルーファス王子が窓の外から大声で呼びかけると、カナの足下にいた小犬が気づいたようだ。
王子は窓から手を伸ばし黒い小犬を呼び寄せようとしたが、ケルベロスは王子と食事中のカナの顔を見比べる。
「ケルベロスさま、お願いします。
僕が冬薔薇塔の外に来ているって、オヤカタに知らせて」
「クーン、ワンワン、ワンワンワン」
ケルベロスは外にいる王子よりカナの食べている分厚いベーコンが気になり、餌をねだって吠え始めた。
そのせいで王子がカナを必死に呼んでも、犬の吼え声に掻き消されてしまう。
「ルファ、中でワンちゃんが吠えて騒いでいるね」
「塔の中のケルベロス……黒い小犬と魔女を呼んだけど、食事に夢中で気付いてくれない」
話を聞いてティナはもう一度窓の中を覗くが、その先は真っ暗で魔女や小犬の姿は見えない。
冬薔薇塔の結界の中を覗き見ることが出来るのは、魔女の弟子だけだ。
この赤煉瓦の向こう側にオヤカタがいるのに、僕はオヤカタの側にいたいのに、どうしていつも会えなくなるんだろう。
王子は悲しくなって小窓の前で両膝を抱えて座り込んだ。
膝を抱えてうずくまるルーファス王子の頭を誰かが小突く。
「おいヨソ者、こんな所でしゃがんでいたら邪魔だ。
どけよ、次は俺の番だ。塔の中にいる魔女の姿を見せろ」
腹の虫をグウグウ鳴らしながら、ガキ大将は小窓の前に座り込む王子を何度も小突く。
もはやケンカする気力も無い王子は、のそのそと場所をゆずり、ガキ大将は小窓の中をのぞき込んだ。
窓の中は不気味なほど真っ暗で、そこから肉の焼ける匂いと犬の吠える声が聞こえる。
ガキ大将はおもむろに、地面に落ちている小石を拾うと窓の中に投げ込んだ。
「えっ、リオ何をするの?」
ガキ大将が力一杯投げ込んだ石は窓の中に吸い込まれ、次の瞬間同じ早さで跳ね返ってくる。
その様子に王子は思わず顔を上げた。
「呼んでも魔女に聞こえないなら、中に何か投げ込んで気づかせるしかないだろ」
「この塔は結界が張られて、石を投げても跳ね返ってくる。
そうか、石の代わりに魔力を込めた別のモノを投げればいいんだ」
そう言うとルーファス王子は、服の袖に付いたくるみボタンを引き千切り、そのボタンに魔力を込めた。
ガキ大将を真似て窓の中にボタンを投げようとしたが、何故か手元が狂い別の場所に投げてしまう。
「あれ、おかしい。どうして窓の中に投げられないんだ?」
投げたボタンは窓の縁や壁に当たって跳ね返り、王子が何度もボタンを拾っていると、それを見ていたガキ大将が王子からくるみボタンを取り上げる。
「あっ、何をする。僕のボタン返せよ」
「このヘタクソ、どこを狙って投げてるんだよ。
お前は中にいる魔女にボタンが当たらないように、手加減して投げるから手元が狂うんだ。
でも俺は魔女を信じていないからな。手加減無しで投げてやる」
***
「ワンワン、ワンワンワン」
「ちょっと待ってケルベロス。これ食べたらミルクをあげるから。
ふぁあ、イイ匂い。こんがり焼けた分厚いベーコンにトーストした白パン、野菜を挟んで上に半熟卵をトッピング。
あーん、これを一口で食べ……。痛いっ、何かがワタシの頭に当たった!!」
ガキ大将の放ったくるみボタンは、見事カナの後頭部に直撃した。
「なろう2014大賞」締切1日前に10万文字到達、間に合ったぁ。




