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その22

 色とりどりの女性用下着が並べられた店内で、黒髪の少年と背の高い兄が金髪の女性店員と話をしていると、店の奥から幼い三つ編み少女が慌てた様子で現れる。


「お母さん、魔女さまからもらった金剛白桃のおかげで具合が良くなったのに、無理して店に出ないで」

 

 ルーファス王子とニールは互いに顔を見合わせる。

 どうやら女の子は店員の娘のようで、母親がもう大丈夫だと答えると怒り出した。

 

「ニール、今ふたりは魔女から貰った白桃の話をしている」

「はい、どうやら少女は雑木林の中にある冬薔薇塔に行き、魔女カナさまに会ったようです」


 ニールの言葉に、ルーファス王子は三つ編み少女の方を向いた。


「おいそこの娘、お前は冬薔薇塔に幽閉された茶色い髪の魔女を見たのか!!」


 そういうと黒髪にそばかす顔の少年は、母親と口論中の少女の肩を突然掴んだ。少女は驚いてその手をふりほどき、母親の後ろに隠れる。

 

「その話を詳しく教えろ。お前は冬薔薇塔で僕のオヤカタに会ったのか?」

「待ってください王子、いえルファ。知らない女の子に乱暴に声をかけてはダメだ。

 ああ、驚かせて済みません。今の魔女と金剛白桃の話を詳しく聞かせてもらえませんか」


 親子は会話に割り込んできた黒髪の少年に戸惑った表情を見せたが、少年の兄が丁寧な口調でたずねてきたので、昨日冬薔薇塔であった出来事を話す。


「娘は黒い小犬を追いかけて、雑木林の小さな道を通って冬薔薇塔へ行ったそうです」

「アタシのパンを犬が盗って逃げたの。それで追いかけたら犬は冬薔薇塔に隠れたわ。

 パンを返してって泣いてたら、犬はパンの代わりに大きな金剛白桃を持ってきたの」

 

 三つ編み少女がその事を話すと、ニールは一言「あっ」と声を上げた。


「しまった、昨日は朝早く宿を出て、ケルベロスさまの朝ご飯を忘れていた。

 俺から餌が貰えないから、ケルベロスさまはパンを盗んでカナさまの所に行ったんだ」


 自分の失敗に気づいたニールは頭を抱える。

 その隣で黒髪の少年に変化したルーファス王子は、母親の後ろに隠れた娘に近寄ると強い口調でたずねた。


「おい娘、お前は塔の中に幽閉された魔女の姿を見たのか」

「白薔薇塔の下に小さな窓があって、中を覗いたけど真っ暗だったよ。

 でもとても甘くて、美味しそうな匂いがした」


 それまで険しい顔をしていた王子は、三つ編み少女の言葉に大きく息を吐くと安堵した表情になる。


「そうかよかった、魔女のすっを見てないのだな。

 誰かに姿を見られる前に、僕は冬薔薇塔に行ってオヤカタに服を着せなくては」

「えっ、なにがすっぱいの。

 魔女さまから貰った白桃はとても甘かったよ」


 少女は不思議そうに首をかしげると、偉そうな口調で話していた少年の瞳がうるんで大粒の涙がこぼれ落ちた。


「僕のせいで、オヤカタは、苦しんでいるんだ。

 早く冬薔薇塔に行って、僕はオヤカタを助けたい」


 近所では見かけない顔の黒髪少年は、どこか高貴な雰囲気を漂わせている。

 冬薔薇塔の御利益の噂を聞いた信者たちが、遠方から町にやってくる。この兄弟も他所から冬薔薇塔に願い事をするために、この町に来たのだろう。

 話を聞いていた娘の母親は、俯いて悔しそうに涙を流す少年の頭を優しくなでた。


「坊やは、そのオヤカタの病気を治したいのね。

 冬薔薇塔の魔女さまは私を助けてくれたから、きっと坊やのオヤカタも助けてくれる」

「アタシは黒い犬に抜け道を教えてもらったから、冬薔薇塔に行く道を知ってるよ。

 明日冬薔薇塔の魔女さまにお礼を言いに行くから、お兄ちゃんも一緒に連れて行ってあげる」

 


 ***



 カナは床に倒れた家具を元に戻して、赤いリュックに入っていた忘年会景品のスポンジで汚れをこすり落とす。特に大きなソファーは念入りに綺麗にして、一仕事終えるとそれにどっしりと腰掛けた。


「ふふっ、座面のクッションは弾力があって座り心地抜群のソファーに、ビロードのような柔らかくて温もりのある手触りが気持ちいい。

 綺麗な黒と茶のまだら模様だけど、このソファーは何の皮を使っているんだろう」

「カナさま、お茶を入れましたので一服してください。

 それにしても瓦礫が散らばる廃墟のような部屋を、カナさまお一人で見違えるほど綺麗に掃除しましたね」


 魔女カナは丸一日ほとんど休まず部屋を掃除し続け、ハビィはカナの働きっぷりに驚いた。

 こちらの世界の一日は、カナの体感では二、三時間にしか感じられず、外が夜になっても魔女はまだまだ眠らない。

 

「本当に私たちとは異なる十倍の時を、魔女は生きているのですね。

 そしてカナさまの持つ魔力も人の十倍、いえ、それ以上あります。

 きっとカナさまがその気になれば、最高位大神官など簡単に打ち破ることが出来るでしょう」 

「えっ、私の力って頭突きのこと?

 そうねハビィさん、次は最高位オジちゃんに頭突きを十倍増しでお見舞いしてやるわ」

 

 ハビィにそう答えたカナは、自分の額をなでながら瞳を爛々と輝かせた。



 

 一服休憩した後、魔女カナは白い鳥の姿をしたハビィに編み物がしたいと言った。


「ワタシ編み物なんて全然出来ないから、ハビィさんに編み物を教わりたいの」

「お任せくださいカナさま。どのような編み物を作りたいのですか?」


 一階の寝室に毛糸玉があったから、それで編み物をするだろうとハビィは単純に考えていた。

 しかしカナは、部屋の隅に集められた薔薇のツタを持ってくる。


「このツタを編んでとても大きな、私が横になれるぐらい大きなレースを作りたいの。

 そしてそれをハンモックのように部屋に吊して眠りたいわ」


 カナがイメージしたのは夏別荘のツリーハウスだ。

 ツリーハウスの部屋の中に張り巡らされたネットや吊るされたハンモック、それを真似て薔薇のツタを編んで冬薔薇塔の中に張り巡らせようと思った。

 カナのの言葉にハビィは驚き、そしてしばらく考え込む。

 太くてしなやかで弾力がある薔薇のツタなら、人が乗れるくらいの編み物を作れるだろう。

 しかし初心者のカナにレース編みはハードルが高い。

 まず編み物の基礎から教えなくてはならない。


「ではカナさま、最初は簡単なクサリ編みから始めましょう。

 編み目から糸をすくって新たな編み目を作ります」

「クサリ編みならワタシでも簡単に出来る。ハビィさん、早くレース編みを教えて」


 さっそくカナは ハビィの指示に従って編み物を始めた。

 静かにその様子を見守っていたハビィは、しかし十五分もすると表情が険しくなる。


「カナさまの編み目は、途中から全部バラバラです。

 こんな適当に編んではいけません。ツタを全部ほどいて、やり直して下さい」

「ええっ、ちょっとぐらい編み目が違ってもいいじゃない」


 家庭科が大の苦手のカナは、基礎のクサリ編みの段階でボロボロだった。

 エレーナ姫の侍女長を務めルーファス王子の教育係のハビィは、教えるとなると完璧主義で妥協しない。


「カナさま、何を言ってるんですか。

 編み目が一つ違うだけでそこから綻びが生じ、これまで苦労して作り上げたモノが全部ダメになってしまうのです。

 ワタシが指導するからには、いい加減な物は作りません。カナさまも肝に銘じてください」

「うっ、ハビィさんって優しそうに見えて結構スパルタ!!」


 ハビィが納得ゆく仕上がりになるまで、カナは半泣き状態でクサリ編みをやり直しさせられ、結局ハビィは大きなレースを一人で編むことになる。

 変化した鳥の鍵爪を利用してレースを編み続け、一晩かけてそれを完成させると、疲れて塔の上で眠ってしまった。

 そしてひカナは、何度もやり直して二十メートルの長さになったクサリ編みを引きずりながら、冬薔薇塔の天窓を見上げる。


「童話のラプンツェルは、幽閉された塔から逃げ出すために自分の長い髪を垂らしたの。

 ワタシの髪はラプンツェルみたいに長くないけど、クサリ編みをいくつか束ねたら丈夫な縄が出来そう」


 カナはこの建物に幽閉されてから意識して上を見続けていた。

 そうすると好奇心が芽生え、この赤煉瓦の巨大建造物の頂上を攻略したいと考えるようになる。

 しかし塔の上まで続く壁づたいの階段は途中で崩れ落ち、その先には進めない。


「階段を上がれないなら、縄を伝って上まで登ればいいじゃない。

 それにはもっと沢山の薔薇のツタが必要だわ。

 少し休憩したら、ツタの伐採作業を再開しよう」


 カナはそう呟くと、コートの内ポケットから隠し持っていたお菓子の袋を取り出す。

 ハビィが眠ったのをいいことに、本日二杯目の甘いクリームコーヒーを飲みソファーに横になりながら花束の砂糖細工を摘まみ食いをする。

 カナがゴロゴロしていると、豆柴が喜んでカナのお腹の上に乗っかってきた。


「そういえばケルベロスは、甘いお菓子も果物も食べないね。

 フリーズドライ食品って人間用に味付けされているから、犬に食べさせちゃダメ?

 ケルベロス、お腹が空いたらニール君のところに帰って餌を貰うのよ」

 

 カナの言葉に黒の豆柴は、意味が分かっているかのように「ワン」と吠えた。


 

 ***

 


 女神と天使が戯れるレリーフに、壁を埋め尽くす七色の宝玉に彩られた豪華絢爛な冬薔薇聖堂。

 しかしそこに信者の姿はほとんどなく、祭壇前に捧げられた供え物も数えるほどしかない。

 簾の降りた祭壇横に座る最高位大神官は、長い親指の爪を苛立たしげにカジりながら、神官からの報告を聞いていた。


「本日、最高位大神官さまへ、面談希望の者はいらっしゃいません。

 女神像に参拝に来た信者数は四十五人、供物は金貨五枚に赤宝玉八個です」

「そんな下らない報告、この状況を見れば分かります。

 それよりも外にある魔女の祭壇には、どれだけの信者が来ているのですか!!」

「ひぃ、魔女の祭壇の調査は、別の者が報告します。雇われ下位神官、早く来い」


 不機嫌な最高位大神官に急かされた神官は、大慌てて背後に控える者を呼んだ。

 呼ばれて部屋に入ってきたのは木箱を抱えた背の高い黒髪の下位神官で、他の神官のように平伏することなく立ったまま優雅な仕草で最高位大神官に挨拶をした。


「最高位大神官さまにご報告いたします。

 魔女の祭壇に手を合わせる信者の数は、昨日一日で五百人ほど。

 祭壇には花や果物、金貨や装飾品まで供え物で溢れかえっています。

 信者たちは正直ですね。御利益のある魔女に手を合わせると聖堂の女神像には目もくれず、さっさと町に帰ってゆきます」


 背の高い黒髪の神官の物言いに、周囲にいた他の神官は驚愕の声を上げる。


「貴様ぁ、たかが雇われ下位神官の風情で、最高位大神官さまに向かって何という口の利き方をするのだ!」

「ああ、失礼しました。

 魔女の祭壇の供え物を少し片づけたいと思って、持ってきたのですが……」


 雇われ下位神官はそう言うと、両手で重たそうに抱えていた木箱を投げ出すように乱暴に置いた。

 

 ガシャン、チャラチャラ、チャリンチャリン


 重たい箱の中身が何なのか、聞こえた音から予想できる。

 隣にいた神官が思わず箱に手を伸ばそうとすると、雇われ下位神官は素早く箱を拾い上げた。


「これは【茶色い髪の悪い魔女】に捧げられたモノ。ですから魔力のない徳の低い神官が持てば呪われるでしょう。

 これを扱えるのは膨大な魔力を有した、徳の高い優れた最高位大神官さまだけです」


 すると目の前の簾が上がり、黄金の衣を着た最高位大神官が祭壇の前で両手を広げていた。


「そこにいる黒髪の下位神官、お前のそれは正しい判断です。

 【茶色い髪の悪い魔女】呪いが他者に降りかかっては危険なので、木箱を私の前まで持ってきなさい。

 他の神官たちは、魔女の呪いが降りかからないように部屋の外に出るのです」


 そして人払いがされた後、最高位大神官は黒髪の下位神官から受け取った木箱の中身を見て感嘆の声を上げる。

 箱には異国の金銀銅貨や透き通ったカラフルな色水晶玉、美しく磨かれた六角形の指輪や丸い耳飾りなどの装飾品がぎっしりと詰まっていた。

 

「おお、この銀より堅い金属で作られた指輪は、きっと東の山脈でしか発掘されない蓬莱聖石です。

 このすべて同じ大きさで、濁りのない色鮮やかな玉は水晶竜の涙に違いないでしょう。

 では【茶色い髪の悪い魔女】の捧げ物は、最高位大神官である私が責任を持って預かりましょう。

 もし他に、このような危険な捧げ物を見つけたら、私の所まで持ってきなさい」

「最高位大神官さまの仰るとおりにいたします。どうか私の顔も、お見知りおきください」





 他の神官たちの妬みの声も気にしない様子で、黒髪の下位神官は冬薔薇聖堂を後にした。

 黒髪のイケメン下位神官に変装した女騎士アシュは、さっきまでの出来事を思い返すと、薄く形の良い唇がほくそ笑む。

 最高位大神官が異国の金貨と勘違いしたのは、妖精森から持ってきたゲーセンコイン、竜の涙はビー玉、そして六角形の指輪はボルトのナットだった。 


「ネジの留め具を蓬莱聖石と勘違いするなんて、ルーファス王子さまが仰った通り、最高位大神官には殆ど魔力を持たない只の人間ですね。

 そんな人間が祖先がえりの魔力を持つ妖精族の王子を弟子という名の傀儡にするなんて、身の程知らずにもほどがある。

 きっと魔女カナさまが、あの男の化けの皮をすべて剥がして下さるでしょう」


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