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その21

 三つ編みの少女が完熟金剛白桃を持って帰り、それと入れ替わりにハビィが戻ってきた。

 カナとじゃれて遊んでいる黒い小犬を見て、侍女長ハビィはケルベロスの姿に驚く。


「カナさま、ただいま戻りました。

 まぁ、いつの間にケルベロスさまがいらしたのですか。

 雑木林の周囲を警戒する武装神官に気づかれず冬薔薇塔に入り込めるとは、さすがは地獄の魔犬です」

「おかえりなさいハビィさん。

 ケルベロスの声がどこからから聞こえて来て、壁を調べると小窓が隠されていたのよ。

 だから壁の煉瓦をちょっと壊して、そこからケルベロスを中に入れたの」

「カナさま、普通煉瓦の壁は簡単に壊せません」


 小さな柴犬のケルベロスは、ベッドの上でカナの持つツボ押し器をくわえて遊んでいる。

 地獄の番犬ケルベロスに魔女カナを守ってもらえれば安心だ。


「ニール君にケルベロスの世話をお願いしたけど、ケルベロスがここに来たって事は、もしかしてニール君やルーファス王子も近くにいるの?」


 外の状況を全く知らないはずなのに、さすが魔女カナは勘が鋭い。

 ハビィは町外れの旅館にルーファス王子とニールが潜伏し、女騎士アシュは神官に化けて聖堂に潜り込んでいると説明する。

 話しながらハビィは不思議そうに首を傾げ、そして室内を見回すとカナにたずねた。


「なんだか部屋の中から、とても甘い薫りがします。

 カナさま、もしかして私が居ない間につまみ食いしました?」


 カナはハビィの言葉に目を白黒させて魔化そうとしたが、それが甘いクリームのお菓子と完熟白桃だと完全にバレる。


「えっと、昼寝して起きたらオヤツの時間だったから、クリームのお菓子をコーヒーに溶かして飲んだの。

 それから白桃はケルベロスを連れてきた女の子にあげたから、私は食べていないわ」

「カナさま、甘いコーヒーは飲み物だから大丈夫と思っていませんか?

 でも正直に話して下さったので、まぁオヤツという事にしましょう」


 お菓子のつまみ食いを怒られるかと身構えていたカナは、ハビィの言葉に胸をなで下ろした。

 そんなカナの様子にハビィは申し訳ない気持ちになる。

 夏別荘でエレーナ姫や王子や自分たちは、衣食住満たされて自由に過ごしていたのに、魔女カナの不自由な状況はそれと真逆だ。 

 なんとしても早く、茶色い髪の娘を冬薔薇塔から解放しなくてはならない。


「私たちは皆で力を合わせ、カナさまをここから救い出します。

 今しばらく幽閉された辛さに耐えて下さい」

「ありがとうハビィさん。皆が私のために行動を起こしていると知ったら元気が出てきたわ。

 ベッドでダラダラなんかしていられない。

 王子がここに遊びに来てもいいように、早く三階のガラクタを片づけてリフォーム計画を実行しなくちゃ」

「えっ、王子が遊びに来る?

 それに建物を改装するとは、一体どういう事ですか」


 魔女カナが夏別荘を改装した時は、あちらの世界 (ホームセンター)の資材を持ち込み魔導カラクリ(電動工具)を使役していたが、ここにそんな道具はない。

 しかしカナはこれからのリフォームを楽しそうにハビィに話す。


「道具なら愛用のバールとカッターナイフで充分だし、材料は沢山の煉瓦があるわ。

 これからハビィさんにも色々と手伝ってもらいたいの」

「カナさま、私のこの姿では煉瓦運びは出来ませんよ」


 魔物と男の使役が得意なカナの言葉に、さすがのハビィも焦る。

 カナの行う改装作業は重労働で、白い鳥の姿をしたハビィには荷が重いのだ。


「まさか、肉体労働は頼まないよ。

 それよりもハビィさんは編み物が出来る?」

「はい、出来ます。カナ様は編み物を習いたいのですね」


 魔女カナはハビィに不思議な事を聞いてきた。

 編み物なら女らしい趣味だし、幽閉されている間の暇つぶしにちょうど良いかもしれない。

 しかしこの時、魔女カナがとんでもないものを編み上げるつもりだったとは、ハビィでも全く予想できなかった。



 ***



 冬薔薇塔の三階は上まで吹き抜けの応接室で、壁伝いに塔の真上まで伸びた階段は途中で崩れ落ちていた。

 薔薇のツタが張う赤煉瓦の壁を、カナは注意深く調べている。


「部屋の瓦礫を外に捨てたいんだけど、どこかに塞がれた窓は……あったあった」


 一階の小窓と同じように、ここも壁の一部が煉瓦で塞がれている。

 カナはバールで煉瓦を一つずつ丁寧に剥がすと、中から一階の窓より少し大きな窓が現れた。

 バールで留め具を壊して窓を開く。

 すると外の冷たい冬の風が頬に当たり、目の前に雑木林の緑が飛び込んできて、カナは思わず窓の外に身を乗り出した。

 

「この窓の大きさだと、もしかして外に出られるかも。

 頭と肩はギリギリ窓を通るけど、うっ、イタタタッ、胸がつかえてこれ以上外に出れない!!」

「キャア――、カナさまおやめ下さい。

 この窓は狭くて通り抜けは無理です。

 もし通り抜けられたとしても、三階の高さから落ちて大怪我をしてします」

「どうしようハビィさん、窓から抜けなくなっちゃった。

 肩がはまって動けない。

 中から引っ張って助けてぇ!!」


 窓の外に体を無理矢理出そうとしたカナは、クマのプーさんよろしく上半身が窓枠から抜けなくなってしまう。

 足をばたつかせながら暴れて顔を上げると、雑木林のすぐ側に大きな建物が見えた。

 それは最高位大神官の居る冬薔薇聖堂で、塔からとても近い場所にあるが、この高さでは雑木林の木々に隠れて聖堂がよく見えない。


「ああ、今の私の姿では何も出来ません。

 ケルベロスさま、どうかカナさまを助けて下さい」


 ハビィの声を聞いた黒い小犬は、その瞬間体から禍々しい煙が吹き出すと巨大な三頭の魔犬に変化する。

 ケルベロスはカナの腰のズボンを咥えると、窓枠から勢いよく引っぱり出した。

 急に引っ張られたカナは後ろ向きに尻もちをつくと、小犬に戻ったケルベロスを押しつぶしてしまう。


「あっ、ケルベロスごめんね。

 もう少しなのに、胸が邪魔して通り抜けられない。

 他に出口は無いみたいだし、どうして大叔母さんはこんな変な建物を作ったのかしら」


 カナは尻で押しつぶした小犬を抱き上げて慰めながら、部屋の中をうろうろ歩き回り、ハビィも他の出口を探して塔の上部を調べる。


「そういえば、夏別荘の台所はとても立派な厨房がありましたのに、この冬薔薇塔には台所がありませんね」


 確かにハビィの言う通り、この建物にはセンスの良い寝室に大理石の浴室、そして上まで吹き抜けの応接室があるのに、何故か台所がない。

 大叔母さんはここで修行していたらしいが、いったい何の修行をしていたのだろう?

 考え事をしながら部屋の中を歩いていたカナは、うっかり床に落ちた本を踏んでしまう。

 部屋の端に倒れた本棚の中身の本が、埃をかぶって床に散らばっている。

 本は布貼表紙の洋書で、カナの読めない文字で書かれていた。しかしその中にニホン語で書かれた実用書が混じっている。


「これは【三日で痩せるデドックスダイエット】、それに【体質改善プチ断食ダイエット】。これもこれも全部ダイエット本ばっかり。

 まさか大叔母さんの修行って断食ダイエット!!

 断食なら料理をする必要がないから、この建物に台所が無いんだわ」

「蒼臣国は美食の国ですし、始祖の大魔女さまがいらした時は、人々が食べ物を供え物として持って来ました。

 食べ物の誘惑を絶つために、大魔女さまは冬薔薇塔に籠もって修行をなさったのでしょう」

「うん、大叔母さんは太りやすい体質だったからね。

 でもワタシは断食 修行ダイエットなんて絶対無理。その分体を動かしてエネルギー消費するわ」


 そう言うとカナは床に散らばった本を拾い始める。

 この廃墟のような空間は、カナにとってDIY魂をかき立てる最高に素敵な場所だ。

 

「さて、応接室の大掃除とリフォームを始めますか。

 邪魔な瓦礫は開いた窓の下に集めて、とりあえず部屋半分を綺麗にしよう」




 最初の仕事は床の瓦礫片付けで、リュックに入っていた45Lポリ袋1ロールに燃えるゴミと燃えないゴミに分別しながら、倒れた家具を元に戻す。


「こんなところにソファーの片足が転がっていた。

 テーブルは表板に大きな傷が付いているから裏返して使おう。もしかしてアレに利用できるかも」


 忙しく部屋の片づけをするカナの側で、鳥の姿のハビィは壁に這ったツタを剥がして集める。


「カナさま、その白熊樹で作られたタンスでとても重く、女ひとりで動かすのは無理です」

「ふふっ、それが一人でも動かせるの。

 最初に瓦礫やゴミを片づけたのは床を綺麗にするためで、この部屋はタイル貼りだから家具を持ち上げなくても、タンスの下に布や紙を挟んで床を滑らせれば簡単に移動できるの」


 小柄なカナは大きな戸棚や三人掛けソファー、大テーブルを軽々と部屋の片方へ移動する。

 その様子を呆気にとられて見ていたハビィに、カナはにっこりと笑いかけた。


「薔薇のツタを取り除いたら、ハビィさんの要望に応えて台所代わりの煉瓦積み石窯を作るわ」

「まぁ、煉瓦でピザ焼き石窯を作るとは、本当にカナさまらしい。

 では石窯が出来上がれば、私は美味しいピザを作りましょう」



 ***



 町の中にある小さな店から、カタカタと足踏みミシンの音がする。

 エレーナ姫が妖精森から持ち帰った足踏みミシンを改良した魔導ミシンのおかげで、蒼臣国の衣服は格段に良くなった。

 特に女性用の胸当ブラてと下履パンティきは大人気で、町に数店女性用下着を製造販売する店がある。


 色とりどりの女性用下着が並べられた店内に、黒髪の少年と背の高い兄が入ってくる。 

 弟は店の商品を珍しそうに眺めているが、兄の方はうつむいたまま顔を真っ赤にして店の中に声をかけた。


「す、すいません。昨日買った下着を大きいのに取り替えてもらいたいのですが……」

「ニール、いや兄さん。もっと大きな声で呼ばないと店員に聞こえないぞ」

「無理だよ王子、いやルファ。

 まさか二日続けて女性用下着店に来なくちゃいけないなんて、誰かに見られたら恥ずかしいっ」


 ニールの蚊の鳴くような声は足踏みミシンの音でかき消され、ルーファス王子が大声で店の者を呼ぶ。


「誰か居ないか。

 昨日兄さんが買った下着を取り替えてもらいたいのだ」

「あっ、お客さんがいらしていたの。失礼しました」


 ミシンの音が止み、店の奥から現れたのは波打つブロンドの婦人で、ニールは何度か頭を下げながら店員に話しかける。


「すみません、別の人をお願いします。

 痩せて具合の悪そうな、白髪のオバサンを呼んでもらえませんか。

 俺はその店員さんから……下着を買ったので」

「あら、それは私よ。

 お兄さんが桃色の下着を買ったのは、ちゃんと覚えているわ。

 私は昨日まで体調が悪くてマトモに店番もできなかったけど、冬薔薇塔の魔女さまのおかげですっかり元気になったの」


 金髪の店員の言葉に、ルーファス王子とニールは互いに顔を見合わせる。

 すると店の奥から幼い三つ編み少女が慌てて走ってきた。


「お母さん、魔女さまからもらった完熟金剛白桃を食べてやっと病気が治ったのに、まだ無理しちゃダメだよ」

 

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