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気落ち令嬢は三人の小人に癒される(仮)  作者: 松原水仙


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3/3

3.屋敷での新生活

 式と披露宴が終わり、ビクターの屋敷へ向かう馬車の中にいる。向かいに座る彼に緊張して、顔を上げることができない。組んだ彼の長い足を見るだけで精いっぱいだ。

 ビクターは口数が少ないクララを気遣ってか、ゆったりと話しかけた。


「とても良い式だったね。家族も喜んでくれたし」

「本当に。感動のあまり泣きそうになりました」

「僕もグッとくるものがあった。一生に一度の思い出だ」


 ふんわりと笑う彼と気持ちを共有できたようで嬉しい。

 人手が足りなくなるのに、父も母も喜んで送り出してくれた。初めて愛されていると感じることができた。


 私の事もちゃんと大切に思ってくれていたんだわ。


 その後もビクターが他愛のない会話で車内の雰囲気を和らげてくれたおかげで、クララの緊張も次第に解けていく。

 馬車の乗り心地が相乗りのそれとは比べ物にならないほど良い。背もたれも椅子も中身がギュッと詰まっているような柔らかな弾力がある。

 心地いい。

 式や披露宴での気疲れと睡眠不足でいつの間にか寝入ってしまっていた。


 クララが目覚めたのは、屋敷に繋がるアーチをくぐり終えようとした頃だった。ハッと目を開くと、正面にいるビクターが微笑んでいて蒼ざめる。


「すみません!いつの間にか寝てしまって」

「構わないよ。それだけ僕の前でリラックスしてくれたってこと」


 眩しい笑顔でそう言われ、クララの頬が赤く染まった。


 二つ目の門をくぐり、そのまま十メートルほど真っすぐ進むと目の前に城のような屋敷が現れた。

 馬車が止まった瞬間に、ごくりと喉を鳴らす。


 まさか、これがビクター様のお屋敷?


 あまりの立派さに圧倒されていると馬車のドアが開いた。ビクターが差し出した右手を取って馬車から下りた途端、老紳士がスッと前に歩み出てくる。白髪交じりの髪を横に撫でつけた彼は、年季の入った皺など、ものともせず生気が溢れている気がした。


「お待ちしておりました。執事のジェイムズでございます」

「クララ・コックスです!初めまして」


 ジェイムズは背筋をピンと伸ばし、柔らかい目でクララを迎えてくれた。渋い声だが通りが良く、するっと言葉が入ってくる。

 後ろに控えていた三十名ほどのメイドたちの間を通り、ジェイムズの後ろをついていく。廊下の至る所に花や絵画が飾られ、目を楽しませてくれてた。


 何度か廊下を曲がったところで、ジェイムズが音もなく焦げ茶色のドアを開け、中へ通された。

 床を覆うグレーの分厚い絨毯と、同色のソファ、それに木製の低いテーブルが目に入る。暖炉の上には植物と風景画が飾ってあり、窓から入る優しい光と相まって、ゆったりとした空気を感じた。


「こちらがファミリールームでございます。今、お茶をご用意いたします」


 ビクターと隣り合ってソファに座り、手際よくお茶を淹れるジェイムズの手元に釘付けになる。


「どうぞ」と差し出されたお茶はオレンジ色で、湯気が上っている。近くにはお砂糖とミルクが用意されていたが、そのまま飲んでみた。

 緊張で喉が渇いていたこともあり、スッと入ってくるお茶がとても美味しく感じた。


 本当はこんな味だったのね。


 家ではほとんどミルク味のお茶しか飲んでこなかった。驚きで口元を押さえ、初めての独特の味を堪能する。


「美味しいです!」

「良かった。この茶葉はミルクとも相性がいいよ」


 促されて試してみると、こちらも美味しい!お茶とミルクが同じくらい主張していて、やはり我が家のお茶はお茶ではなかったのだと理解する。

 初体験のマカロンは見た目から美味しそうで、砂糖が入った贅沢な甘さと、すっきりとした紅茶がぴったりだった。

 胃袋も心も満たされ、ビクターが隣にいることにも慣れてきた。


「明日は屋敷を案内するよ。今は庭の薔薇が見頃だし」

「わあ、楽しみです!」


 この部屋に来る時に通ったドアを見ただけでも、我が家の部屋数よりずっと多かった。

 掃除が大変そう、と思ってしまうのが悲しい。


 クララの部屋はファミリールームを出て、廊下の突き当りを右に曲がって五部屋ほど先にあった。ビクターがドアを開けると、中にメイド姿の少女が畏まった様子で立っている。ビクターがクララの腰を軽く抱いて彼女に近寄り、紹介する。


「侍女のアンです。何かあれば彼女にお伝えください」

「はい。よろしくね、アン」

「アンです。こちらこそ宜しくお願いします」


 アンはぷっくりとした赤い頬を持ち上げ、目尻を下げた。二十歳に満たないくらいだろうか。こげ茶の髪を一つに纏め、眉上で切りそろえた前髪が可愛らしい。


「晩餐になれば呼びに来ます。それまでこちらでお休みください」

「ありがとうございます」


 ビクターが去った後、ついきょろ、と部屋中を見回してしまう。白で統一された調度品に、二メートルはある大きな窓。その窓から外を覗くと、木々や花が風で揺れている。

 ビクターが用意してくれた淡い黄色の部屋は春の陽気が漂っているようで、いるだけで温かい気持ちになれた。


 アンは話しやすくて、初対面という感じがしない。五人兄弟の長女なのだと明るく話す。ピアノの音色のような美しい声は聞いているだけで癒された。



「晩餐の準備が整いました」

 直接迎えに来てくれたビクターが、手のひらを上にして右手を差し出す。クララは震えながら、その上に自分の手を重ねた。


 これが世にいうエスコートというやつね!


 ドレスがないという理由で一度も社交界に参加したことがないクララは、不自然なほど体が固まるのを自覚した。

 ビクターは気づいてか、優しくクララに話しかける。


「お部屋はお気に召しましたか?」

「ええ。とっても気に入りました!あのお部屋で毎日過ごせるなんて夢のようです」

「それを聞いて安心しました。クララ様の為に設えた部屋なのですよ」

「えっ。私の為に?」

「そうです。メイドたちも一緒に考えてくれました」

「そうなんですね!後でお礼を言わないと」


 私の為に部屋まで用意してくれるなんて…。


 ぽかぽかと心が温まり、いつの間にか肩の力も抜けていた。




「前菜のホタテのポワレでございます」


 謎の黄色いソースがかかったほんのり焼き色がついたホタテは大きくて、脇に添えた緑の野菜が食欲をそそる。


 なんて美しいの!それにホタテなんて!


 近くに海がなかったクララは魚介が新鮮で堪らない。こみ上げる感動を抑えて一口、食べた。


 こんな食感初めて!不思議!歯ごたえがあるのか、ないのか分からないわ!噛むと甘くてじわっと味が出てくる。


 向かいにビクターがいるのも忘れ、ナイフを置いて、ほっぺに手をやる。


「お口に合いますか?」

「とっても!」


 目を輝かせたクララにビクターがフフッと噴き出した。


「良かった!是非ご堪能ください」

「…はい」


 少し恥ずかしくなり、一口が小さくなる。


「オマールエビのローストでございます」


 とろりとしたクリーム色のソースがかかった赤い海老。アクセントに散らした緑が何とも映える。


 美味しい!こってりとしたクリームと海老の身が合う。それにこの弾力!


「魚介は領地の名物なので、美味しそうに食べているのを見て安心しました」

「私の地方は酪農が盛んだったので魚介に馴染みがなくて…。こんなに美味しいなんて」

「私の妻になったのだから、これから毎日でも食べられますよ」


 ……妻??


 聞き馴染みのない単語に、危うくフォークを落としそうになった。


「そうだ。クララ様というのも他人行儀なのでクララと呼んでもいいですか?敬語もなしで」

「え、ええ。勿論です」

「私の事はどうぞビクターと」

「…ビクター…?」


 …ビクター??


 男性を呼び捨てにしたことなんて生まれてから一度もない。言われるがまま繰り返したものの、急に顔が熱くなった。


 どうしたのかしら。名前を呼んだだけなのに。何だか私、おかしいわ。


 ドクドクと体の内側から音がする。


 目の前ではビクターがはにかんでいて、目のやり場に困ってしまった。


「ねえ、明後日なんだけど二人でどこかに出かけない?もっとクララのこと知りたいし」

「行きたいです!」

「観光がてら領地を案内するよ」





 何もかもが新鮮で幸福に包まれていたその夜、アンが気合を入れて着飾ってくれた。クララにも意味は分かる。

 全身が心臓になったのかと思う程にバクッバクッと音が聞こえる。緊張して待っていると、寝室にビクターがやってきた。


 ど、どうしよう。どうしたら…。


 ぎゅうぅと目を瞑っていると目の前から声が振ってきた。


「今日は移動で疲れたでしょう」

「え?」

「こういうことは、もっとお互いを知ってからにしよう」


 ビクターは自分の上着をクララの肩に羽織らせた。


「今日はゆっくり休むといいよ。寝室は僕の部屋と繋がっているから何かあればいつでも呼んで」


 もしかして、あまりにも私が緊張していたから気を遣ってくれたのかしら?


 お言葉に甘えて、その日は緊張と疲れで何も考えずにぐっすりと寝入ってしまった。



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