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第六話

   *


「ほう、如()だから()前図。下の名前は逆さにして頭をもじり……」


 くだらないとでもいった具合に、メザメは下唇を突き出したその口元から息を吐き出した。


「それにしても、()()だなんて古めかしい名を使うから、なんとなく時代背景はもっと昔のものだと、そう錯覚していた。そんな事など何処にも記されていないのにな」


 鋭い目付きがツユへと差し向く。額に垂れた毛髪をかき上げ、後ろに流しながらギラリとした犬歯を見せる。


「ははァ。キミは途中、情報を開示する時に言ったな。()()()()()()()()()事と。まるで端から僕が、キミの話すキテレツ怪奇な依頼に興味を示すと思っているかの様な口振りだ」  


 ゴクリと唾を飲み込んだツユは、視線を自らの足元へと注いでいく。

 メザメは不遜な態度で足を組み直し始めた。  


「とんだオカルト話。こんな話に誰が取り合うと思う。随分と安く見られたものだ、小娘が、なんと豪胆な……」


「だってアナタは、怪奇の専門家だって、()()()()()だって、そう聞いて私は……」


 メザメの右眼がツユを覗き、その鼻腔が()()の残り香を嗅ぎ付ける。


「だが、確かに気配がする。確かに()()()


 それは“怪奇蒐集家”として、この謎を解き明かしたいという意味だろうか? 小首を傾げたツユがおうむ返しにするのを聞き終える前に、メザメは口元を歪ませながら再び足を組み換え、高く掲げた膝の所に手を置いた。


「繰り返すがジョウロくん。この怪談が実話であるとすると、どう考えても不可解な点が一点あるね」


 コクリと頷き、ツユは答えた。


()()()()()()()()()()()。これが事実であると踏まえた上で、この『異界のおみくじ』は一体、誰の視点で書かれたものか……そうですよね」


『異界のおみくじ』が実話であると仮定した場合、その語り部――つまり視点の主は、最後に事切れた雨前図栗彦の姿を、その視点を観測している。無論それは異界に吊るされ取り残された栗彦当人には出来ない筈の芸当であり、そもそもからして、生存者の居ないこの話に観測者がいるというのもまた妙な話であるのだ。

 そこまで聞いたツユの脳裏に閃きがあった。


 ――いや、居る。居るでは無いか、一人、この物語には生存者が―― ()()()()()()()()()()()()、が。


 おかしそうに、はたまた愉快そうに、メザメはパチンと一度手を打ってみせた。驚いたツユが視線を上げていくと、そこには黒い両目を爛々と灯らせた、怪奇に魅せられた男の姿があった。


「クク……存外、馬鹿でもない。そうだ、僕が一番魅了された部分はそこだ、その点に尽きるのだ。――この物語が事実であると仮定するならばこれは、この物語は()()()()()()()記したか……最後を記したその()()は一体誰のものか――狐か? それとも栗彦か…… 一体何の目的があって!」


「ち……近いですメザメさん」


 興奮して乗り出した身を椅子に沈めていきながら、メザメはわざと困った様に頭をもたげて見せた。


「……しかしだジョウロくん。とっても困った事に、この話には何処にも被害者がいないでは無いか。誰にも害が及んでいない。提灯にされた人は望んでそうなっているのだし。つまり解き明かす道理も無い、違うか? 僕はそういった事に無闇に横槍を入れる様な無粋者では無いつもりだよ」


「……います。大切な者を亡くしてしまった被害者なら、ここに。それに兄だって、夢半ばでその文章を狐に奪われたんです! 私が兄に代わって、この件の解明を依頼します!」


 額に被せた手のひらを脱力し、その細長い指先の間からニタリと笑んだ不気味な口角だけを見せて骨董屋は、まだ狐と決まって訳では無いがな、と付け足すように語った。


「わかった、そういう事ならその依頼。この怪奇蒐集家(かいきしゅうしゅうか)メザメが承る」

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