第九話
「いらっしゃ……あら、あなたなの」
来店したガジェ・ノーマンを、シルビアは愛想良く出迎えた。トーマスから彼の話を聞いて、そのすべてを鵜呑みにしているわけではないけれど、元々王城にいた頃から彼に対して悪い感情を抱いていなかったし、借りがあるのも事実なので、邪険にはできないと思い直したのだ。
今、店にいるのは自分だけなので、人目を気にせず声をかける。
「今日もお使い? それとも……」
「前とずいぶんと態度が違う。トーマスから何か聞いたのか?」
うろんげな視線を向けられて、おほんごほんと咳払いする。
「彼、あなたのことをとても尊敬してるみたい」
「そうか? 俺といるより、あなたの手伝いをしている時のほうが、生き生きしているようだが」
相変わらずの無表情ぶりだが、声がいつもよりも低い。
これってもしかして、嫉妬されているのかしら。
「トーマスは本当にいい子ね。気は回るし賢いし。あなたは監視役としてあの子を寄越したんでしょうけど」
もはや彼なしでは、商売だけでなく、暮らしが立ちゆかなくなるのでは、と思うほど、シルビアはトーマスを頼りにしていた。しかしトーマスの夢はガジェのような騎士になることで、困ったわとシルビアは腕を組む。
「いずれ、あの子をめぐって、あなたと争うことになりそう」
「……何の話をしている」
「ただいま戻りました」
備品の買い出しに出ていたトーマスが戻ってきた。「ガジェ様っ」と主人に気づいて目を輝かせる。「どうしてここに……」
「お前がこき使われていないか、心配になって見に来た」
自分の時とは打って変わり、優しい表情を見せるガジェに、シルビアは呆気にとられてしまう。すかさずトーマスが、「シルビアさんはそんな人じゃありませんよ」と頬を染めつつフォローしてくれたものの、
――何これ……。
親密な関係を見せつけられて、強い疎外感と同時に、なぜか敗北感まで覚えるシルビアだったが、負けるものかと、ガジェを押しのけてトーマスの前に立つ。
「買い出しありがとう、トーマス。疲れたでしょう? 今お茶を淹れるから、ゆっくり休んでいって」
「そうだ、シルビアさん。今度出すことにしたお茶請け用のお菓子、ガジェ様にも食べてもらいましょうよ。お客様に出す前に、第三者の意見も聞いておかないと」
「そ、そうね」
トーマスを頼りにしているというより、もはやトーマスの言いなりになっているというほうが正しいのかもしれない。それはガジェも同じらしく、「どうぞ」と大人しくトーマスに手を引かれ、気づけば椅子に座らされていた。「ガジェ様、甘いものお好きでしょう?」
黙ってうなずくガジェの姿に、シルビアはまたしても目を疑ってしまう。これでは、どちらが面倒を見ているのかわからないと、思わず吹き出してしまった。
……
まず最初に出したのはチョコレートブラウニーとミントティー、続いて、薄く焼いたミニパンケーキに熱々のカスタードクリームを挟んだものとレモングラスティー。これなら小さくてもボリューム感あるし、それほど難しくないからと思い、挑戦してみたのだが、果たしてお客さんの口にあうだろうか。
どんな辛辣な感想がくるのかと冷や冷やしたが、
「うまい」
相変わらずの無表情で、何を考えているのかわからなかったが、瞬く間に平らげてしまったので、嘘やお世辞を言っているわけではなさそうだ。お茶との相性も悪くないと言われて、ほっとした。
「それ、シルビアさんが作ったんですよ」
「人は見かけによらないな」
あなたが言う? と思わず口を挟みたくなったものの、トーマスがあまりにも楽しそうな顔をしているので、水を差すのもどうかと思い、黙っていることにした。
「うちで淹れるお茶もハーブティーに変えようかと思うんですが」
「お前の好きにすればいい」
しきりに話しかけるトーマスに、優しく応じるガジェ・ノーマン。宮廷の貴族たちが見たらあらぬ誤解を抱きそうだが――シルビアも思わず想像してしまい、胸をどきどきさせてしまった。通りで、トーマスが彼のことを良く言うはずだ。
まもなくお客さんが入ってきて、対応していると、いつのまにかガジェの姿は消えていた。後片づけを手伝ってくれたトーマスに訊ねる。
「結局あの人、何しに来たかしら」
「単に様子を見に来ただけじゃないですか? 僕がシルビアさんに迷惑をかけていないか、心配になって来たとか」
逆ならありえるわね。




