最終話
誕生祭七日目の最終日、トーマスは朝からそわそわしていた。
これは何かあるなと思いきや、案の定イツカが現れて、にこにこしながら言った。
「仕事のことはあたしたちに任せて、今日は楽しんできてくださいね、シルビアさん」
一体何の話かと首をかしげると、
「メロエ」
呼ばれて顔を向けると、私服姿のガジェがいて、驚く。
「どうしたの、その格好」
「今日だけ休みを頂いた。どうやら殿下の差金らしい」
眉間にしわを寄せながら、難しい顔で彼は言う。
「美人の恋人をほうっておくと、そのうち悪い虫がつくぞと脅された」
それで君の仕事の手伝いに来たのだと言われて、
「ガジェ様、それだとお休みになりませんよっ」
「そうですよっ。この際、シルビアさんとお二人でゆっくりしてきてくださいっ」
「せっかくですから、お祭り見学などされてはどうですか?」
「おいしいもの、たくさんありますよ」
――なるほど、そういうこと。
だからイツカが助っ人として来てくれたのねと、シルビアは申し訳なく感じた。
どうやら二人に気を遣わせてしまったらしい。
――でも、せっかくだし。
ここは二人の好意に甘えることにした。作業用のエプロンを外して、二人に軽く指示だけすると、軽やかな足取りでガジェのもとへ行く。
「さあ、行きましょうか?」
***
どこか行きたいところはある? とガジェに訊ねると、「特には」と困ったような顔をする。「だったら適当にまわりましょう」と言いつつ、かねてより目をつけていた屋台へ、彼を誘導する。
「見て、ガジェ。あの栗の形をした焼き菓子、とってもおいしそう」
まず自分が毒見をするといってきかない彼に、シルビアはにっこり笑うと、袋買いした一口サイズの菓子をつまんで、ガジェの口の前に差し出した。
「あーんして」
「……普通に自分で食べていいか?」
「ダメ、あーんして」
思い切り眉間にしわを寄せて、嫌そうな顔をするものの、結局シルビアの言うことを聞いてくれる。控えめに開けられた口に菓子を押し込むと、「おいしい?」とシルビアは訊いた。
「うまい」
シルビアも一口食べて、「ほんとね」とうなずく。外の生地はカリッとしているのに、中はふんわり柔らかく、甘さ控えめで何個でもいけそうだ。
「次はあれを食べましょう」
きょろきょろと辺りを見回して、目に付いた屋台を指差す。
細い糸のような飴で柔らかくくるまれた、木の実の菓子だ。
人気の商品だけあって、周辺に人だかりができている。
「君はここにいろ。俺が買ってくる」
当然のように、シルビアを人ごみからかばうように立つガジェに、
――まったく、護衛騎士じゃないんだから。
シルビアはあきれたものの、悪い気分はしなかった。
今は仕事中ではないのだから。自分を大切に思ってくれているからこその行動だろう。
「ガジェ、他の店に行きましょう。ここへはまたあとで来ればいいから」
シルビアが人ごみに押しつぶされないよう、その身体で通り道を確保しようとする彼の腕を強引に引っ張って、比較的人通りの少ない道を歩き出す。
「そういえば、最近リリィの姿を見かけないのだけど」
「……ああ、それは」
言いづらそうにしているガジェに、「話して」と目で訴える。
彼は観念したように口を開いた。
「サジェットのマーラ嬢にいたく気に入られたようで」
リリィの有する膨大な魔力とその聡明さに、感銘を受けたカサンドラは、ぜひとも我が国に来て欲しい、宮廷魔術師としてあなたの手腕をいかんなく発揮してもらいたいと言って、リリィのそばを離れようとしなかったらしい。
「いくら断っても無駄だからと、孤児院に身を隠しておられる」
そうだったの、とシルビアは気の毒に感じた。
カサンドラは常に自国のことを――魔術師の後継者不足を憂い、少しでも魔力のある者を見つけると、スカウトせずにはいられないのだそうだ。
「でも、あのリリィが隠れるなんて、よっほどね」
「しつこい上に、魔法の装飾具を無理やり押し付けられて、辟易されていた」
「魔法の装飾具?」
これだと言って、ガジェが取り出したのは、箱に入った金製のブレスレットだった。
シルビアは思わず「あっ」と言いかけて、慌てて口を閉じる。
「この城下町でもすでに何個かばらまかれたらしい。これを見かけたら、すぐに壊すよう、ジェイトン卿から頼まれている」
そのブレスレットには、身につけた者の所在地を術者に知らせるだけでなく、どうしても身につけたいという気持ちにさせられる魅惑の魔法と、一度身につけると外せない魔法までかけられているという。
――人材集めに必死ね。
とりあえず、無害なものだとわかってほっとした。
心配事が一つ減って、気分が上向きになる。
「ところで、今度はどこへ向かってるんだ?」
「特に決めてないわ。ただ、あなたとこうして並んで歩いてるだけで、楽しいし」
甘えるように腕を絡ませると、なぜか優しく髪を撫でられる。
「メロエ」
「なあに?」
「俺の国では、愛し合う二人が互いの持ち物を交換しあうことで、婚約が成立する」
さらりと言われて、一瞬だけ反応が遅れた。
驚いてガジェの顔を見上げる。
彼は人気のない場所へシルビアを誘導すると、おもむろに足を止めた。
持っていた短刀で自身の髪の毛をひと房切り落とすと、それをシルビアに差し出す。
「受け取ってくれるか?」
気取りのない、彼らしい求婚のやり方だと感じた。
けれどその瞳は真剣で、ためらいがない。
シルビアは胸が高鳴るのを感じながら、両手でそれを受け取る。
「だったら、私のほうも」
短刀を借りて、ガジェと同様にひと房髪を切り落とす。
それをハンカチで包んで、ガジェに差し出した。
「私にはあなただけよ」
強すぎる抱擁に身を任せながら、シルビアは目を閉じた。
ただただ、幸せだった。
<了>
これにて、完結となります。
ここまでお付き合い頂き、感謝の言葉しかありません。
書籍版を買ってくださった方も、ありがとうございます。
なろうの運営者様と、読者の皆様のおかげで、最後まで書き上げることができました。
私事で不幸が続いてしまい、お礼を申し上げるのが遅くなってすみません。
また別の作品等で、応援して頂ければ、励みになります。
ありがとうございました。




