表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/71

第七話



「なにが便利屋トーマスよ。よくも騙してくれたわね」


 翌日、店に立ち寄ってくれたトーマスを捕まえて、シルビアは笑顔で詰め寄る。


「な、なんのことでしょう」


「とぼけても無駄よ、トーマス・ジェイン。あなたが王妃付きの騎士、ガジェ・ノーマンの小姓であることは、調べがついているんだから」


 というより、そのことを思い出したというのが、正直なところだ。


「あの男に命令されて、この店に来たのね。一体何を企んでいるの」

「し、シルビアさんこそ、ガジェ様の何なんですか」


 逆に聞き返されて、「ん?」と眉をひそめる。


「僕は、あなたのお役に立つよう、あの方に命じられただけです。無償だと、あなたに警戒されると思い、便利屋のふりをしました」


 それで最初、どこかぎこちなかったのか。そもそもトーマスはシルビアの正体を知らされておらず、さらには、まじないの効力により、未だにシルビアの正体に気づいていないというから、思わず拍子抜けしてしまった。


「あなたの主人は一体何を考えているのかしら」

「それを訊きたいのは僕のほうですよ」


 シルビアが離れると、ほっとしたようにトーマスは言った。

 目元の下がほんのり赤くなっている。


「トーマスは騎士付きの小姓でしょう。彼のことをよく知っているのではないの」

「ガジェ様は無口な方ですから」


 確かに王城に居た頃も、彼が誰かと親しげに話をしている姿を見たことはなかった。いつも無表情で王妃のうしろに控えていて、隙あらば話しかけてくる貴族の令嬢を、冷めた目で見返していた。


 いつだったか、王妃に横恋慕したとある中年貴族が、まじない師を雇ってガジェ・ノーマンに弱体化のまじないをかけ、家臣らに襲わせるという事件を起こした。しかし警備兵がかけつけた際、ガジェ・ノーマンは無傷で、襲撃したほうの人間がそろって瀕死の状態だったらしい。


 立派な傷害事件だが、王妃が権力にものをいわせ、事件そのものをなかったことにしてしまったため、表沙汰にはならなかったようだ。しかし、それ以来、赤目の悪魔に手を出す者は死を覚悟せよ、というお触れが出回っているとかいないとか……。


「でも僕は、ガジェ様のことを少しも怖いと思ったことはありません」


 あの方は優しい人ですと、トーマスは言った。というのも、暇さえあれば、城下町にある孤児院を訪れ、厨房で余った食材を届けたり、子どもたちに剣を教えたりしているらしい。トーマスも元は孤児で、親戚から家を追い出され、路上で生活していたところをガジェに保護されたという。そのまま彼のところに居着き、小姓になったそうだ。

 

「まじないが効かないというのは、本当なの?」


「らしいですね。ガジェ様が闘技場で勝ち抜けられたのも、剣術に秀でておられるだけでなく、魔術のたぐいがいっさい効かない体質だったおかげとか。ちなみにあの方の国では、まじない師のことを、魔術師と呼ぶそうです」


 それで王妃の目に止まったのかと、シルビアは納得した。彼女好みの精悍な顔立ちに、引き締まった体躯、神秘的な赤い瞳――見た目が好ましいだけでなく、利用価値があると思ったから、騎士の位を与えてまで自分のそばに置いているのだろう。彼を暗殺者として自分のところへ差し向けたのも、祖父が自分に、護身用のまじないを与えたことを見越した上でのことに違いない。


 ――あの人のことを甘く見ていたようね。

 

 無事に逃げおおせたからよかったものの、そうでなかったらと思うとぞっとしてしまう。ガジェ・ノーマンは間違いなく、自分にとっての命の恩人だ。監視されるのはイヤだけど、絶対に彼の足を引っ張らないようにしないと、とシルビアは決意を新たにする。


「宮廷では、ガジェ様が王妃様の愛人だなんて言われていますが、まったくのでたらめです」


 トーマスは鼻息荒く怒っていた。


「ガジェ様は純粋に、その能力の高さを国王様に認められて、王妃様付きの騎士になられたのに」


 噂好きの侍女や小間使いが、あることないこと吹聴してまわっているそうだ。王妃が彼を寵愛している様子は、傍から見れば明らかだが、トーマス曰く、男女の関係は一切ないという。「そうだったの」と、周知の事実として侍女の話を真に受けていたシルビアは反省し、目を伏せた。


「だいたい、ガジェ様はまだ19でいらっしゃるのに、王妃様は42ですよ。ありえないでしょう?」

 

 ありえないこともないと思うけど、え、あの人、私と変わらない歳なの? もっと年上かと思っていたけど、苦労したのね。


 トーマスはそこで一息つくと、


「ところで、僕はもう、お役目ごめんなんでしょうか?」


 おずおずと切り出されて、「それはないわね」ときっぱり言った。


「あなたがいなくなったら、私が困るもの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ