第七話
「なにが便利屋トーマスよ。よくも騙してくれたわね」
翌日、店に立ち寄ってくれたトーマスを捕まえて、シルビアは笑顔で詰め寄る。
「な、なんのことでしょう」
「とぼけても無駄よ、トーマス・ジェイン。あなたが王妃付きの騎士、ガジェ・ノーマンの小姓であることは、調べがついているんだから」
というより、そのことを思い出したというのが、正直なところだ。
「あの男に命令されて、この店に来たのね。一体何を企んでいるの」
「し、シルビアさんこそ、ガジェ様の何なんですか」
逆に聞き返されて、「ん?」と眉をひそめる。
「僕は、あなたのお役に立つよう、あの方に命じられただけです。無償だと、あなたに警戒されると思い、便利屋のふりをしました」
それで最初、どこかぎこちなかったのか。そもそもトーマスはシルビアの正体を知らされておらず、さらには、まじないの効力により、未だにシルビアの正体に気づいていないというから、思わず拍子抜けしてしまった。
「あなたの主人は一体何を考えているのかしら」
「それを訊きたいのは僕のほうですよ」
シルビアが離れると、ほっとしたようにトーマスは言った。
目元の下がほんのり赤くなっている。
「トーマスは騎士付きの小姓でしょう。彼のことをよく知っているのではないの」
「ガジェ様は無口な方ですから」
確かに王城に居た頃も、彼が誰かと親しげに話をしている姿を見たことはなかった。いつも無表情で王妃のうしろに控えていて、隙あらば話しかけてくる貴族の令嬢を、冷めた目で見返していた。
いつだったか、王妃に横恋慕したとある中年貴族が、まじない師を雇ってガジェ・ノーマンに弱体化のまじないをかけ、家臣らに襲わせるという事件を起こした。しかし警備兵がかけつけた際、ガジェ・ノーマンは無傷で、襲撃したほうの人間がそろって瀕死の状態だったらしい。
立派な傷害事件だが、王妃が権力にものをいわせ、事件そのものをなかったことにしてしまったため、表沙汰にはならなかったようだ。しかし、それ以来、赤目の悪魔に手を出す者は死を覚悟せよ、というお触れが出回っているとかいないとか……。
「でも僕は、ガジェ様のことを少しも怖いと思ったことはありません」
あの方は優しい人ですと、トーマスは言った。というのも、暇さえあれば、城下町にある孤児院を訪れ、厨房で余った食材を届けたり、子どもたちに剣を教えたりしているらしい。トーマスも元は孤児で、親戚から家を追い出され、路上で生活していたところをガジェに保護されたという。そのまま彼のところに居着き、小姓になったそうだ。
「まじないが効かないというのは、本当なの?」
「らしいですね。ガジェ様が闘技場で勝ち抜けられたのも、剣術に秀でておられるだけでなく、魔術のたぐいがいっさい効かない体質だったおかげとか。ちなみにあの方の国では、まじない師のことを、魔術師と呼ぶそうです」
それで王妃の目に止まったのかと、シルビアは納得した。彼女好みの精悍な顔立ちに、引き締まった体躯、神秘的な赤い瞳――見た目が好ましいだけでなく、利用価値があると思ったから、騎士の位を与えてまで自分のそばに置いているのだろう。彼を暗殺者として自分のところへ差し向けたのも、祖父が自分に、護身用のまじないを与えたことを見越した上でのことに違いない。
――あの人のことを甘く見ていたようね。
無事に逃げおおせたからよかったものの、そうでなかったらと思うとぞっとしてしまう。ガジェ・ノーマンは間違いなく、自分にとっての命の恩人だ。監視されるのはイヤだけど、絶対に彼の足を引っ張らないようにしないと、とシルビアは決意を新たにする。
「宮廷では、ガジェ様が王妃様の愛人だなんて言われていますが、まったくのでたらめです」
トーマスは鼻息荒く怒っていた。
「ガジェ様は純粋に、その能力の高さを国王様に認められて、王妃様付きの騎士になられたのに」
噂好きの侍女や小間使いが、あることないこと吹聴してまわっているそうだ。王妃が彼を寵愛している様子は、傍から見れば明らかだが、トーマス曰く、男女の関係は一切ないという。「そうだったの」と、周知の事実として侍女の話を真に受けていたシルビアは反省し、目を伏せた。
「だいたい、ガジェ様はまだ19でいらっしゃるのに、王妃様は42ですよ。ありえないでしょう?」
ありえないこともないと思うけど、え、あの人、私と変わらない歳なの? もっと年上かと思っていたけど、苦労したのね。
トーマスはそこで一息つくと、
「ところで、僕はもう、お役目ごめんなんでしょうか?」
おずおずと切り出されて、「それはないわね」ときっぱり言った。
「あなたがいなくなったら、私が困るもの」




