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③-第七話

 

 翌日も、その翌日も、キィニールはシルビアの前に現れた。


「あなた、モテるんでしょう。あたしのことなんかさっさとあきらめて、よそへいったらどう?」


 相変わらずの塩対応にもめげず、キィニールはにこにこしている。


「君と一緒にいると楽しいから」


 露骨に警戒するシルビアに、


「ただ単に君と友だちになりたいだけだよ。そんなに警戒しないで」


 その証拠に、ちゃんと護衛騎士を従えているだろと言われ――ガジェの姿に、シルビアは嬉しそうな顔をした。軽く手を振ると、ガジェは困ったようにうなずいてみせる。


「……僕の前で堂々といちゃつかないでくれるかな?」

「あら、あたしたち恋人同士なんだから。こんなの当然でしょ」


 悪びれないシルビアに、キィニールは「ホント君っていい性格してるよね」と皮肉を言う。


「お淑やかなアマーリエ王女とは似てもにつかない」


 そんな時だった、


「キィニール様っ」


 甲高い呼び声に、驚いて顔を向けると、黒いベールをかぶった女が立っていた。

 背後には護衛騎士と侍女の姿もあり、シルビアは瞬時に女の正体を察した。


 ――……ソフィーヌ。


 ベールを乱暴に払うと、顔を真っ赤にした第二王女は、婚約者を涙目で睨みつけていた。


「こ、こんなのって、あんまりですわっ」

「どうしたんだい、ソフィ?」


 一方のキィニールに後ろめたい様子はなく、慣れた様子で婚約者のもとへ近づいていく。


「そんなに怖い顔をして、可愛い顔が台無しだよ」


 優しく頬を撫でられて、一瞬ぼうっとした表情を浮かべるソフィだったが、


「その女は誰ですの?」


 敵意むき出しの目でシルビアを睨みつける。


「確かに、顔かたちは姉のアマーリエに似ていないこともないですが、よく見れば別人ではありませんか。髪の毛の色も違いますし、何より、姉はこういった貧乏臭い格好はしませんわ」


 第一王女である異母姉は、母親に暗殺されたと――死んだものとソフィーヌは思っているため、今のシルビアを見ても、単に姉に似た女としか認識していないようだ。


 ――貧乏臭いって……悪かったわね。


 ソフィーヌのこういう面は、やはり母親譲りなのか。


「キィニール様ともあろうお方が、こんな平民女にうつつを抜かすなんて……」 

「うつつを抜かしてなどいないよ」


 さすがに隣国では人気の王子様だけあって、こういった修羅場は慣れているのだろう。

 キィニールは反省するどころか、困ったように首を傾げる。


「ただ単に、城下町を視察していただけさ」

「ですが、殿下が連日町におりられるのは、気に入った女に会うためだと聞きましたわ」

「誰がそんな嘘を君に吹き込んだのかな?」


 間近で顔をのぞきこまれたソフィーヌは頬を赤らめると、まっすぐ後ろにいる女性を指さした。シルビアはその時初めて、第二王女付きの侍女とは他に、もう一人の女性が控えていたことに気づく。


 ――彼女は……。


 その美しい顔には見覚えがあった。

 それはキィニールも同じらしく、


「カサンドラ・マーラ」


 忌々しそうにつぶやく。


「我が婚約者にいらぬ心配をかけるとは、どういうつもりだ、マーラ嬢」


 キィニールに呼ばれ、しずしずと前に出てきた彼女はゆっくりとこうべを垂れる。


「殿下の手癖の悪さは、我が国でも有名ですので。一度、ソフィーヌ様に現場を押さえていただいて、お叱り頂いたほうが今後のためかと」


「出過ぎた真似をするな」


 どうやら、キィニールはこの女性が苦手らしく、眉間にしわを寄せている。


「そうは参りません。王妃様より、くれぐれも息子から目を離さぬよう、言いつかっておりますので」


 なるほど、彼女が先に現地入りして周辺を見回っていたのはサジェットの王妃の命令だったのかと、シルビアは納得した。おそらく、醜聞を避けるために、王妃は自分付きの侍女を監視役として王子のもとへ送りこんだのだろう。しかし当のキィニールはそれを嫌がり、ソフィーヌに押し付けたと。


 ――ソフィも苦労するわね。 


「……クソっ」


 小声で悪態をつくキィニールだったが、


「ソフィ、せっかくなのでこのまま、お忍びのデートといきましょうか?」


 甘い言葉で婚約者のご機嫌をとるキィニールに、ソフィーヌはこくりとうなずくものの、


「でしたら、あの平民女に夢中になっているというのは嘘ですのね?」


 すがるように訊ねる。


「ええ、もちろん。マーラ嬢の早合点です」


 ソフィーヌはほっとしたように胸をなで下ろすと、嬉しそうにキィニールの手をとった。

 そんな二人のあとを追うように、騎士と侍女たちが付き従う。


 ようやくこれで仕事に集中できると、ほっとしたシルビアだったが、


 ――いいなぁ、デート。


 ガジェの後ろ姿を見送りながら、悩ましげにため息をついた。



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