③-第三話
誕生祭前夜、
「ずいぶんと怪しい女ですね」
新作のお菓子――粉砂糖をまぶしたカボチャパイを頬張りながら、トーマスは眉間にしわを寄せている。
「あ、これ、サクサクしてておいしいです」
「ありがとう。常連のお客さまから、とっても甘いカボチャをいただいて、試しに作ってみたの」
ようやく屋台で出すお茶請け用のお菓子が決まって、シルビアもホッとしていた。早速トーマスを店に呼んで試食をお願いしたのだが、
「やっぱりガジェは来られないのね」
落胆するシルビアに、トーマスも困ったような顔をする。
「昼頃、王子さま御一行がお城にご到着なされたので」
「ええ、それなら私も見に行ったわ。王城へ続く道に沿って、人垣ができていたもの」
通りは野次馬で溢れていて、馬車の中から手を振るキィニールの姿は、ほとんど見えなかったが。
「殿下を警護する騎士たちに混じって、ガジェの姿もあったわ」
「今、サジェットの騎士たちに、王城の警備状況を説明しているところです」
「護衛だけでなく案内係も兼ねているのよね」
「というより、おそらくそちらがメインになるだろうと、ガジェさまはおっしゃっておられました。王子を護衛する騎士たちは、サジェットでも選りすぐりの強者ぞろいだとか」
「あら、ガジェだって負けていないわよ」
「もちろん、一番お強いのはガジェさまです」
パイを食べ終えると、トーマスは思い出したように言った。
「そういえば、王子付きの侍女の中に、カサンドラという名の綺麗な女性がいましたね」
「青みがかった黒髪に灰色の瞳をした?」
「侍女の皆さんがそうですよ。サジェットでは一般的ですから」
「……だったら、偽物だという可能性もあるわけね」
トーマスはぽかんとしている。
「カサンドラさんに成りすます必要、あります?」
「わからないわよ。彼女、有名人みたいだし」
はあ、と曖昧にうなずきながら、ティーカップを手にする。
「実際に会って確認してみないことには、なんとも……」
そうよね、とシルビアもため息をつく。
「この国の言葉――ルシルダ語を、それは流暢に話していたわ」
「だったら、ご本人かもしれませんね」
ふうふうと息を吹きかけ、お茶を冷ましながら、トーマスは言う。
「語学に堪能な侍女を連れてきたので、ソフィーヌさまの話し相手にどうかと、殿下から陛下へ、直々に申し出があったそうです」
そう、とシルビアは考えこむように顔を伏せた。
「王子が彼女のことを信頼しているのは間違いなさそうね。マーラ家はサジェットでも有力な貴族の家柄だし、彼女の祖父は国王の信頼も厚い宮廷魔術師……」
そこで、トーマスはおずおずと口を挟んだ。
「ですが今、サジェットでは魔術そのものが廃れつつあると……」
彼が何を言いたいのか、シルビアにはわかっていた。
今でこそ、サジェットは医学の先進国として知られているものの、元は魔術師の国である。
「ええ、私もリリィから話は聞いているわ。代を経るにつれて、魔術師の力が弱まっているんですって」
はるか昔、建国時代を生きたサジェットの魔術師たちは、空を舞う竜を操り、水や風の精霊を実体化させて使役したりと、常人ならざる魔力を有していたという。けれど今では、枯れ枝に火を灯したり、風を起こしたりするのがやっとで、
「さすがに宮廷魔術師ともなると、もっと高度な魔術をお使いになるそうだけど」
「有する魔力については申し分ないと、マザーも太鼓判をおされていましたしね」
「でも、今ではずいぶんとご高齢よ」
「ご本人は一刻も早く隠居なさりたいのに、後任が決まらず、周囲に引き止められているとか」
「候補者はみな力不足だという話だし」
一息ついて、シルビアもティーカップに手を伸ばす。
「ところで、カサンドラさんからもらった箱には何が入ってたんですか?」
途端、シルビアは決まり悪そうな顔をした。
「それとも見ずに捨てちゃったとか?」
「いいえ……ここにあるわ」
しぶしぶ腕を差し出すと、トーマスは不思議そうな顔をした。
シルビアは言い訳がましく口を開く。
「だって、あのまま外に放置しておくわけにもいかないでしょ? 通行の妨げになってしまうし」
「綺麗なブレスレットですね。金細工で高価そうだ。だけど……」
怪訝そうな視線を向けられて、いたたまれなくなる。
「身に付けるつもりなんてなかったのよ。ただ中身を確認して、どう処分するか決めるつもりだったの」
矢継ぎ早に続ける。
「これを見た瞬間、どうしても身につけずにはいられなかったの。なぜか、そういう気分にさせられたのよ。でもすぐに後悔して、外そうとしたんだけど」
「はずせなかったと?」
肩を落として、うんとうなずく。
試しにトーマスが、店にある様々な工具を使ってブレスレットを外そうとするものの、
「ダメだ、まるで歯が立たない」
額から汗を流して、早々に諦めてしまう。
「ただのブレスレットじゃないですよ、これ」
「だから、そう言ってるじゃないの」
「もしかして呪いがかかっているとか」
怖いこと言わないでよとシルビアは身震いした。
「今のところ、何も起きてはいないのよ」
「わからないですよ。気づかないうちに寿命を削ら……」
シルビアはたまらず耳をふさいだ。
「やめて、それ以上は言わないで」
「すぐにマザーに相談すべきですよ」
ためらうシルビアに、トーマスは言った。
「さもないと、ガジェさまに言いつけます」
シルビアは観念したようにうなだれた。
「わかったわ。だからどうか、あの人には言わないで。心配させたくないの」
約束はできませんと、トーマスはきっぱりした態度答えた。
「シルビアさんの身に危険が迫っているとわかったら、すぐにガジェさまに知らせます。じゃなきゃ、僕が叱られますから」




