③-第一話
「ここ最近、はりきってますね、シルビアさん」
「当たり前でしょ。誕生祭まで、もう一週間もないんだから」
誕生祭は、王の誕生日を祝う祭りである。現国王が誕生した日の7日前から始まり、最終日には王城前広場で国王によるスピーチが行われる。祭りの期間は、派手に装飾された山車が通りを巡回し、美しい娘たちが子どもたちにお菓子を配って回る。街の中央広場では多くの屋台が集まり、見ているだけでも十分楽しめる祭りだが、
「それにしても、まさかシルビアさんが屋台を出すなんて、思いもよりませんでしたよ」
お店の台所で、シルビアの菓子作りを手伝いながら、トーマスは言った。
「私だってお祭りを楽しみたいもの」
「そして、できれば店の売上に繋げたいと?」
「祭りで屋台を出せば儲かると言ったのはトーマスじゃないの」
「儲かるかもしれないと言っただけですよ」
言いながら、試作用のお菓子をつまみ食いしているトーマスに、シルビアは「こら」と腰に手を当てる。
「イツカの分も残しておいてよね。あとで来るんだから」
「あ、そうなんですか」
すぐさま食べるのをやめて、なぜか髪の毛を整えている。
色気より食い気という言葉を聞いたことがあるが、彼の場合は逆らしい。
「彼女も青空市場で露店を出すって、珍しく興奮してたわ。お祭りの期間はいつもの五倍は売れるんですって」
「さすがだなあ」
「お祭りってそんなに儲かるものなの?」
「そうとは限りませんよ。場所や状況によって、差が出るらしいので」
「……そうなの」
「いつもより財布の紐が緩んじゃうのは確かですけど」
がっかりしたシルビアに、トーマスは慌てて付け加える。
「浮かれて余計なモノもまで買っちゃいますしね」
「でも、あまり期待はしないでおくわ。今回はお祭りを楽しむのが優先で、儲けは二の次だから」
「と言いつつ、準備に力入ってますよね。この焼き菓子、とってもおいしかったですよ」
それを聞いて、シルビアはにっこりした。
「でも、これを屋台で出すかどうかは決めかねているの」
「どうして? 悪くないのに」
「なんだか、おいしいだけだと物足りなくて。どうせなら誕生祭らしい特徴があって、見た目も華やかで、思わず手に取って食べたくなるような……」
「主役はハーブティーだから、そこまで考えなくてもいいと思いますけど」
シルビアはぐっと拳を握り締めた。
「わかってる……わかってるんだけど」
「欲が出ちゃうんですね」
わかります、とトーマスはうなずく。
「そのせいで迷走しているのかも」
「こだわりすぎると失敗するって言いますよ」
そうよね、とシルビアは肩の力を抜いた。
「少し休憩しましょ。お茶を淹れるわ」
こんがらがった頭をほぐすには、一度頭の中をクリアにしたほうが良いと、シルビアは屋台で出す予定のブレンドティーを用意した。秋に入ってお肌の乾燥が気になるようになったため、保湿効果やアンチエイジング効果のあるブルーマロウをメインにしたものだ。またマロウには脂肪燃焼効果も期待できるため、ついつい食べ過ぎてしまう秋にはぴったりだと考えた。
他には、身体をぽかぽか温めてくれるジンジャーティーや、定番のカモミールティーなども出す予定だ。
「それより、大丈夫なんですか」
熱々のお茶を飲みながら、トーマスは上目遣いに訊ねる。
「中央広場には大勢の人たちが集まるんですよ。正体がバレるかもしれない」
「変装するから平気よ」
シルビアはけろりと答えた。
「たった7日間だけだもの。お祭りに夢中で、誰も気づきやしないわ」
「その中に、もし知り合いがいたらどうするんですか」
トーマスの心配を、シルビアは笑い飛ばした。
「ユリウスは仕事で自治領に戻っているし、大丈夫だと思うけど」
「……念のために、リリィさんにお願いして、まじないをかけてもらったほうが……」
即座にダメだとシルビアは首を振った。
「リリィに甘えるのもいいかげんにしないと」
「けど……」
「心配してくれるのは嬉しいけど、そんなに私って、頼りないかしら」
思わず頬を膨らませると、トーマスは決まり悪そうに視線をそらした。
「頼りないというより、危なっかしいというか」
「なんですって」
睨みつけると、慌てて話題をすり替えられる。
「そういえば、王さまの誕生日には隣国の王子が賓客として来られるそうですね」
そうね、と興味なさげにシルビアもうなずく。サジェットの第一王子キィニールは、シルビアの妹ソフィーヌの婚約者である。妹は一年喪に服したあと、隣国へ渡り、彼と結婚して王太子妃になる予定だ。
城を出てかなり経つせいか、キィニールの顔はおぼろげにしか覚えていないが、キザな振る舞いと妙に芝居がかった声だけははっきりと思い出せた。彼に求婚されたことが、今では遠い日の出来事のように思える。
――でも、行動を起こすきっかけをくれたのは、彼なのよね。
その点は感謝すべきなのかもしれない。
「お城では連日連夜、舞踏会が開かれるとか」
当時、継母に軟禁されていたシルビアは一度も出席したことがなく、「そうなの」とそっけなく肩をすくめてみせる。もっとも、ガジェと同じくパーティーと名のつくものは苦手で、出席したいとも思わなかったが。
けれど続けられた言葉に、シルビアは少なからず動揺した。
「王子の警護はガジェさまが担当されるそうですよ」




