第六話
「当店のご利用は初めてですか?」
初対面を装いつつ、トーマスのアドバイスを守って笑顔で接客しながらも、内心はパニック寸前だ。なぜ? どうして彼がここに? ただの偶然?
――とりあえず落ち着くのよ、シルビア。
これまでも、若いだとか綺麗だとかお客さんに褒められることはあっても、亡き第一王女に顔が似ていると言われたことは一度もなかった。トーマスでさえ、なぜかシルビアさんの顔だけ覚えられないんですよねと不思議がっていたし、まじないは間違いなく効いている。ゆえに、挙動不審に陥る必要はないのだ。
ガジェ・ノーマンの目に、今の自分がどんな風に映っているのかはわからないけれど……。
「こちらがメニュー表です。試飲は何杯されてもかまいません。またご自身で摘んだハーブを試飲されたい場合は、裏庭に出て頂いて……」
シルビアの言葉を遮るように、赤目の騎士は口を開いた。
「俺は主人に使いを頼まれただけだ。長居はしない」
続いて注文されたのは老化防止と美容効果のあるドライハーブばかりで、よりにもよって護衛騎士に使いを頼むなんてと、あきれてしまった。
――あの人は相変わらずね。
人使いが荒くて、傲慢で、美に対する執着心が強くて――
かなりの量のドライハーブを注文されたので、料金だけ支払って、あとで城に届けるよう言われるかと思いきや、自分で持ち帰ると言うので、商品を包装するあいだ、椅子に座って待ってもらうことにした。「よかったらどうぞ」とあとで自分で飲むつもりだったカモミールティーを差し出す。
――やっぱり、私には気づいていないみたい。
まじないが効かないのは生まれながらに魔力を持つ人間――すなわち、同じまじない師だけ。例外はないはず――そう自分に言い聞かせてしまうのは、ガジェの神秘的な瞳のせいだ。ただでさえ眼光が鋭いのに、宝石のような瞳を向けられると、全てを見透かされたような気がして、落ち着かない。
それにしても、ドライハーブを売っているお店なら他にもあるのに、よりにもよって、王城から遠く離れた、町外れにあるこの店に来るなんて……と、シルビアは首を傾げた。確かに最近、お客さんは増えているけれど、それは他店よりも少し安く販売しているからで、特別目を引くような商品を置いているわけではないし。欲しい物を手に入れるためなら、お金に糸目をつけない王妃が、わざわざ安価の店を指名したとは考えにくい。
「店の従業員はあなただけか?」
ぐるぐる考え事をしていると、いつの間にか近くにガジェ・ノーマンが立っていて、びくっとしてしまう。待たされて怒っているのだと思い、「すみません」とシルビアは首をすくめた。
「あと少しで終わりますから」
「うまく町民になりすましているようで、安心した。そうしていると、少しも王女に見えない」
感心するようにつぶやかれ、思わず凍り付いてしまう。
「――どうして」
「後をつけた」
赤目の騎士は淡々と答える。
狩猟の森からずっと、シルビアを尾行し、この隠れ家を突き止めたらしい。尾行に気づかなかった自分も悪いのだが、道中、開放感のあまり、るんるん気分でスキップしているところを見られたと思うと、きゃーと悲鳴をあげたくなる。
「当然だろう。あなたがヘマをして見つかれば、俺もただではすまない」
「でも……」
混乱するシルビアに、赤目の騎士は続ける。
「この店に入った瞬間、過剰なほどの魔力の気配を感じた。それらがあなたの正体を隠し、身を守っているようだ。もっとも、俺には効かないが……手が止まっている」
指摘されて、シルビアは慌てて作業を続けた。つまり彼は、私のことを心配して店を訪ねてきてくれたということ? というより、私が彼の足を引っ張らないよう、監視するために来たって感じかしら。っていうか、魔力の気配を感じたなんて、さらりと言っていたけれど、この人、本当は何者なの……。
「報告によれば、あなたはうまくやっているようだし――」
報告? 報告って何? その瞬間、あることを思い出して、シルビアは「あっ」と声を上げてしまう。あの顔、どこかで見覚えあると思ったら――。
どうかしたのかと訊ねられ、「いいえ」と憮然とした表情で返す。瓶に詰めて小分けし、割れないように包装したドライハーブの山をガジェに押しつけると、営業スマイルを浮かべ、
「お買い上げありがとうございました」
やっと自由になれたのに、監視されるなんてごめんだわ、とばかり、そのまま店の外へ追い出そうとするが、
「……この恩は一生忘れない、か」
あの時うっかり口走ってしまった台詞を、確認するようにつぶやかれてしまい、ぎくっとした。ガジェの言うことが事実なら、シルビアが暗殺対策として身につけていた護身用のまじないは効果がなく、彼の気が変わらなかったら、あの場で自分は斬り殺されていたわけで……
「また来る」
そう言って、赤目の騎士は店を出ていく。
脅し? 今、軽く脅し入ってたわよね?
しばらくぽかんとしていたものの、ティーカップを片づけようと、テーブルに近づいたシルビアは、お茶がきれいに飲み干されていることに気づいて、思わず吹き出してしまった。
――もしかして、ハーブティー、好きなのかしら。




