②‐第十九話
継母と会って、話をさせて欲しい。レオナールの目を覚まさせるにはそれしか方法がないと言うと、リリィはふうと息を吐いた。
「私の一存ではできかねます。陛下もお許しにならないでしょう」
「リリィ・ジェイトン、私は宮廷まじない師としてのあなたではなく、友人としてのあなたに頼んでいるのよ。弟を救いたいの。お願いだから、手を貸してちょうだい」
「……母君の本性を知れば余計に傷つくだけですわ」
「あの子は王太子よ。重い責任を背負っているからこそ、事実を知る権利があるし、また知らなければならないと思うわ」
「まさか、殿下にご自分のことを話すおつもりですか?」
驚くリリィに、シルビアはためらいなくうなずく。
「恐れながら、それは逆効果だと思います。あなた様にまで騙されたと知ったら……」
「そうね。私に騙されて、裏切られたと思うかもしれない。それでも話すわ。夢の中で語りかけるだけでは、あの子を救うことはできないもの。だからお願い、お継母様に会わせて」
継母は自分のことを、以前にも増して憎み、恨んでいるはず。それを逆手にとって、なんとか自白させられないかと、シルビアは考えていた。
「確かに、シルビア様の姿を見れば、怒りに我を忘れて、ボロを出すかもしれませんわね」
「私はあの人にとっての起爆剤だもの。できれば、レオナールにもその場にいてもらいたいのだけど」
ややして、「わかりました」とリリィは息を吐く。
「何か方法を考えましょう」
「ありがとう、リリィ」
「お願いごとはこれきりにしてくださいましね」
約束はできないと、シルビアは曖昧に微笑んだ。
……
レオナールに真実を話すと決意したものの、相手の反応が怖いという気持ちもあった。リリィの協力を得て、深夜、再び異母弟の寝室に忍び込んだシルビアは、「レオ? 起きてる?」と、こわごわ透明化のマントを脱いだ。すぐさま上体を起こしたレオナールが蝋燭に火を灯す。その顔は見るからに憔悴していて、よく眠れていない様子だった。突然現れたシルビアを見、いつの間に自分は寝てしまったのかと、彼は驚いていたが、
「姉上、姉上の言う通りでした。ヘルマン殿は僕のせいで――」
突然泣き出したレオナールに、シルビアは打ち明けるタイミングを失った。慌てて彼に近づき、その華奢な身体を抱きしめる。
「自分を責めてはダメよ」
「ですが僕が彼に、母上を助けたいなどと言わなければ……」
「お父様はあなたのせいだとおっしゃったの?」
「母上との縁を断ち切らぬ限り、僕は罪を犯し続けるのだそうです」
うつろな表情で、他人事のようにレオナールはつぶやく。
「父上は何がなんでも、母上を首謀者に仕立てたいらしい」
「お父様の言うことが信用できない?」
「姉上まで、母上を貶めるおつもりですか?」
彼の身体が警戒して強ばるのを感じ、シルビアは唇を噛みしめる。
「事実、私はあなたのお母様に殺されかけたわ。聞いているでしょう?」
うろたえたように、レオナールは視線を泳がせる。
「それは、パリスが母上を操っていたからで……」
「なぜパリス様が私を殺そうとするの?」
「……姉上に横恋慕していたからだと、母上はおしゃっていました」
「その言葉を、あなたは信じたのね」
「母上が僕に嘘をつくはずがない」
「でも、あなたがお父様の実子ではないと、嘘をついたわ」
レオナールは言葉に詰まり、肩をふるわせた。
あと一押しだと感じ、シルビアは続ける。
「レオナール、あなたに話さなければならないことがあるの。でもその前に、これが夢ではないということを、あなたに知ってもらわないと」
「急に何を……」
「夢ではないのよ、レオナール。現実に私は生きて、あなたの目の前にいるの。あなたに会いに来たのよ、自分の足で」
「嘘だ」
ぽかんとするレオナールの身体を、いっそう強く抱きしめと、「……痛い」と彼は漏らした。
そっと腕をほどいて、彼の顔をのぞきこむ。
「死者に痛みは与えられないわ、そうでしょ?」
「生きておられたのなら、なぜ……」
レオナールは混乱していた。怒りのためか、喜びのためかはわからないが、目を潤ませ、じっと自分を見上げている。胸に痛みを覚えながら、シルビアは全てを打ち明けた。継母との確執を、ガジェへの愛を、そして平民として生きることへの憧れと喜びを。
「きっかけは、レイシアお母様の日記だったわ。ソフィーヌの言葉はある意味正しいのかもしれない。私は王族として生きるより、庶民として暮らすほうが性に合っていたから」
「……嘘だ」
「黙っていてごめんなさい、あなたには理解できないでしょうね」
呆然と話を聞いていたレオナールは、顔をぐしゃぐしゃにしてシルビアを睨みつけた。
「僕が、子どもだからですか?」
怒ったように問われ、「違うわ」とかぶりを振る。
「私が変わり者なだけよ」
「だからガジェ・ノーマンを愛していると? 彼は母上を刺した男ですよ、その上、蛮族の血が流れている」
さも穢らわしいと言わんばかりの口調に、血の気が引いた。咄嗟に手を振り上げ、気付けばレオナールの頬をひっぱたいていた。
「あなたのお母様は権力にものを言わせて、彼を無理矢理従わせようとした。その報いを受けたのよ」
レオナールの目に、初めて憎しみの色が滲んだ。
そのことに絶望しながら、シルビアは続ける。
「そして彼がやったことは、私の罪でもあるわ。彼は私を守ろうとしただけだもの」
レオナールははっとしたようだった。おそらくガジェに、ヘルマンのことを重ねたのだろう。しかし、彼は乱暴にシルビアを押しのけ、拒絶するように首を横に振った。
「姉上は僕のことを騙していたんだ」
そう受け取られても仕方がないと、シルビアは目を伏せる。
「姉上は王族としての義務を放棄し、母上に罪を着せ、僕たち家族を見捨てたっ」
「王女としての身分を捨てたことには、弁解の余地もないわ。けれど……」
反論しなければと思うのに、それ以上、言葉を続けることができなかった。目頭が熱くなるのを感じ、嗚咽をこらえるために口を押さえる。こうなることはわかっていたはずなのに、自分でも想像していた以上に、レオナールの言葉に傷ついていた。
「父上の件では、母上は確かに僕に嘘をついたかもしれない。けれど、姉上だって――」
黙って涙を流すシルビアを見、レオナールは口を閉じた。はっとしたように息を飲み、なぜか傷ついた表情を浮かべる。
「……出て行ってください」
やがて、絞り出すような声で彼は言った。
「まだ話は終わっていないわ」
「独りにして欲しいと言っているんです」
何か言わなければと、シルビアは懸命に口を開いた。
「私は確かにあなたを騙していたわ。だから今、その報いを受けている」
涙を流すシルビアから視線をそらし、レオナールは吐き捨てるように繰り返す。
「出て行けと言っているのが聞こえないのですか? あなたの顔など、もう見たくもない」
「レオナール……」
「気安く名を呼ばないで頂きたい。あなたは姉上でも、ましてや王女でもないのだから」




