②‐第十八話
けれど、シルビアにも一つだけわからないことがあった。なぜヘルマンが自殺を図ったのかについてだ。国王暗殺未遂は重罪だ。けれど、いくら追いつめられた状況とはいえ、あの真面目なヘルマンが、親族の命乞いもせずに、ためらいなく服毒したことに、違和感を覚えていた。
「あのペンダントには、もともと何が入っていたの?」
あらためて考えてみれば、空のロケットペンダントを、継母が肌身離さず身につけていたとは考えられない。まさか自分の髪の毛を入れたりはしないだろうし。
「……銀色の、丸い粒のような物が一つ……」
レオナールはうなだれ、観念したようにつぶやく。
「それも一緒にヘルマン様に渡すよう、お継母様に頼まれたのね。何なの、それは?」
「ヘルマン殿の身を守るための薬だと聞きましたが……」
おそらくヘルマンは、それが即効性の高い毒とは知らずに飲んでしまったに違いない。そう直感したシルビアは「何て事なの」と再びうめいた。
未だヘルマンの死を知らないレオナールは、
「母上をお救いするためなら、できる限りのことはすると、確かに僕は彼と約束しました。ヘルマン殿が犯した罪は僕の罪でもあります。ですが僕はけして、父上の死など望んではいなかった――けっしてっ」
声を殺して涙する異母弟を、シルビアは黙って抱き寄せた。
全てはあなたの母親が仕組んだことで、あなたはただ操られているだけだと、今からでも遅くはないから、お父様に全てを打ち明けなさいと言いたかったが、根本的な問題を解決しない限り、レオナールは自分の言葉には従わないだろうと、シルビアは考えた。子が親を慕うのは当然のことで、無理に親子の縁を断ち切ろうとすれば、逆恨みされるのは目に見えている。
――ともかく、レオナールの父親が誰か、はっきりさせないと。
そもそも、王族の血を引いていない男児を王太子の座に据えるなど、考えられないことだ。父とフォンティーヌは政略結婚で、ゆえに彼女の男遊びを看過しているところはあるものの、世継ぎに関しては、父も側近らも慎重を期していた。
「ああ、姉上、夢の中の姉上はやっぱりお人が悪い。ヘルマン殿が父上の命を狙ったなどと……現実に起こるわけが、ない……のに……」
シルビアはその晩、レオナールが泣き疲れて眠るまでそばにいた。窓の外が明るんできたことに気づき、再びマントを羽織る。扉に耳を当て、外に出るタイミングをうかがっていると、
「お話は済みまして?」
外側から扉が開き、あきらめ顔のリリィが立っていた。
転移のまじないを使ったことで居場所がばれたのか、はたまた城内に施されたまじないに感知されたのかは不明だが、漠然とこうなる予感はあったので、シルビアは驚かなかった。
「ひどい顔ね」
彼女の、目元にできた隈とこけた頬を指摘すると、「あら、人のことは言えませんわよ」と苦笑で返されてしまう。
「それで、私は何をすればよろしいんですの?」
……
後日、リリィから報告を受けた王は、レオナールを自室に呼び寄せ、他者をまじえずに、二人で話をしたという。長時間にも及ぶ話し合いの後、部屋から出てきたレオナールは、目を充血させ、頬を真っ赤に腫らしながらも、いつもの毅然とした態度を崩さす、周囲の者たちに弱みを見せなかったらしい。
「お父様はなんと言って、レオナールを自分の子だと納得させたの?」
休憩中、店に顔を出してくれたリリィにお茶を出しながら、シルビアは訊ねた。
「それが、殿下がお生まれになってすぐ、陛下は、殿下とご自分の血を医師に採取させ、医療先進国である隣国の大使に、調査を依頼したそうですわ」
それによって、両者の血縁関係は明らかとなり、同様の説明を受けたレオナールも、すんなり納得したという。
「サイラス殿の情報では、フォンティーヌ様は常に避妊のまじないを身につけておられたとか。陛下とお過ごしになる時のみ、はずされていたようです」
王妃として、そういうところは抜け目がないのだと、いつもならあきれてしまうが、レオナールの心情を思うと、今はただただほっとしていた。
「それで、レオナールはお父様に全てを話したの?」
「最初は頑なに口を閉ざしておられましたが、ヘルマン・カートが自害したと知って泣き崩れ、全ての責任は自分にあると、ゆえに彼の一族を処罰しないで欲しいと、陛下に懇願されたそうです」
フォンティーヌに対する怒りが再燃し、シルビアは唇を噛んだ。
レオナールの寝室には、かつてパリスによって、遠隔精神感応のまじないが施されていたらしい。リリィ曰く、どれほど離れた場所にいても、自分がよく知る人物であれば、思念で会話することが可能になるという。
「息子の声を聞いて、お継母様はしめたと思ったでしょうね」
リリィはまじないの痕跡を見つけた後、すぐに監獄へ使者を送ったものの、どこにそんな証拠があるのかと、追い返されてしまったらしい。囚人とは思えぬ高慢な態度だが、現王太子の母親であることに変わりはないため、看守も彼女の扱いには手を焼いているという。
――なぜあの人は、いつもいつも……。
母を慕う可愛い我が子に、恐ろしい計画の片棒を担がせたばかりか、一途に自分を想い続けてくれた男性を、口封じのために殺すなんて。今回の一件で、さすがのレオナールも、母親の本性に気付いてくれたはず、と思ったのだが、
「殿下はフォンティーヌ様のこともかばっておられたそうです。暗い監獄に幽閉されて、気が病んでしまっただけだと。一度でも王の暗殺をほのめかすようなことは口にしていないと」
フォンティーヌはただ、昔の恋人のことを思い出して懐かしく思い、息子に贈り物を届けてもらったに過ぎない。国王暗殺を計画し、実行したのはヘルマンの独断であって、フォンティーヌの本意ではないと。
「そんな……」
「陛下も落胆しておられました。言葉でレオナール様を説得することは、もはや不可能だと」
シルビアは無意識のうちに、血がにじむほど唇を噛みしめていた。
「お父様は、レオナールにどのような処罰を下すおつもりかしら」
「それは、今の段階では何とも……」
歯切れの悪いリリィの言葉に、不安をかき立てられる。今は処分が決まるまで、自室での待機を命じられているらしい。
「だったら、セリシア・マーレンのことはどうなるの? 彼女がこの件に関わっているという可能性は?」
「確かに、セリシア様とはここ最近会っておりませんし、シルビア様の言葉を疑うつもりもありません。ですが証拠がない以上、彼女の名誉を傷つけることになりますわ」
セリシアに関して、彼女が姉弟子あるせいか、リリィは特に慎重だった。
「セリシア様に限らず、他にもまじない師はおりますわ。そもそも、依頼主の要望に応じたまじないを施すことが私たちの仕事で、たいていのまじない師は、その先のことまで関知しません」
リリィの言うことももっともだと、シルビアは目を伏せた。この件にまじない師が関わっているとしても、その人物にとっては、ただ自分の仕事を全うしただけに過ぎないのだ。
「でも、お継母様の件は、このままにはしておけないわ」
さもないと、レオナールが全ての罪を背負わされてしまう。
彼は一生、自分のことを責め続けるだろう。
――どうすれば、あの子の目を覚ませることができるの?
「あの方が罪を認めるとは思えませんけど」
シルビアは覚悟を決めて、まっすぐリリィを見返した。
「私に考えがあるのだけど」
「……イヤな予感しかしませんが、聞くだけ聞きましょう」




