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②‐第十七話



 今度は正体を偽らずに、マントを脱いで仮面をはずし、彼の前に姿をさらした。


 シルビアの姿を目にした途端、レオナールの目から鋭さが消えた。ろうそくの明かりに照らされて浮かび上がる、白い寝間着姿とかすかに震える小さな肩が、どこか頼りなげに見える。


「姉上……?」

「驚かせてごめんなさい。あなたの夢を訪れるのは、これで何度目かしら」

「……夢?」


 さすがにもう、この手は通用しないかと心配になったものの、レオナールは納得したようにうなずいてくれる。


「ソフィがよく、姉上の夢を見てうなされているそうですが、次は僕の番ということですね」


 聞き捨てならない言葉に、「あら」と眉を上げる。


「それは私のせいではなく、あの子の良心の呵責によるものよ。私が一度でも、あなたやソフィーヌに意地悪したことがあって?」


 レオナールはにやっと笑い、首を横に振る。


「ソフィは姉上の美しさを妬んで、しょせん半分は庶民の血だと陰で悪口を言っていましたから。でも僕は一度だって――」


「レオナール、あなたに訊きたいことがあるの」


 異母弟の言葉を遮り、シルビアは本題に入った。


「ここ最近、ヘルマン様に会って、何か気づいたことはない?」


 レオナールの表情がにわかに強ばる。


「……なぜ姉上がヘルマン殿のことをお訊ねになるのですか」

「彼が父の命を狙ったからよ」


 レオナールは青ざめた表情で絶句している。異母弟の動揺ぶりを見て、ヘルマンが自害したことはあえて伏せた。いずれ耳に入るだろうが、これ以上、彼を動揺させたくなかったからだ。


 ややして、レオナールは乾いた笑みを浮かべ、口を開いた。


「夢の中の姉上は意地悪ですね。僕をからかっておられるのでしょう? ヘルマン殿がそのようなこと、なさるはずないではありませんか」


「城内の警備が強化されていることは、あなたも気づいているでしょ」

「……だから何だというのです」


 頑ななレオナールの態度に、違和感を覚える。


 ヘルマンから剣術の指導を受けていたレオナールなら、何か知っているかもしれない、少しでも父のために情報が得られればと思って彼に会いに来たのだが――自分が考えている以上に、異母弟はこの件に深く関わっているのではないかと、不安を覚えた。


「今現在も、お父様の命が狙われているかもしれないのに、あなたは何も感じないの?」


 レオナールは奥歯を噛みしめ、うつむく。


「僕を見限ったのは父のほうです。いずれ僕を廃して、ウィザー伯を王太子の座に据えるおつもりなのでしょう」


 この台詞を聞くのは二度目だと、眉をひそめた。


「お父様が直接あなたに、そうおっしゃったの?」

「いいえ、けれどそう思っておられるのは間違いありません」

「断言する理由は?」

「僕が父の本当の子ではないからですよ」

「では、本当の父親は誰だというの?」

「それは……」

「根も葉もない噂に踊らされるほど、あなたは愚かではないはずよ」


 レオナールはぐっと拳を握りしめ、涙目で睨みつけてくる。


「姉上に僕の気持ちなどわかるはずがない。僕にそのことを教えたのは、他ならぬ母上です」


 思わず耳を疑ってしまう。


 ――なぜフォンティーヌ様がそんなことを……?


 彼女は狡猾な女性だ。仮に事実だとしても、理由もなしに、そのことをレオナールに打ち明けたりはしないはず。


「父親の名は明かしてくれませんでしたが、昔その男性と母上は、心から愛し合っていたそうです。そして僕が生まれた。父上は――陛下は、その事実を知りながら、僕をご自分の子として認知する代わりに、母上にその男と別れるよう、迫ったと――」


 元々父王には、フォンティーヌに対する愛情がなかったため、不貞云々に関しては不問に付すと言われたらしい。明らかに作り話だと思ったものの、レオナールは完全に信じ切っているようで、


「……母上は僕のことを心配しておいででした。ご自分が囚われの身となった今、王城に僕の味方をする者は一人もいないと。ソフィですら、信用してはならぬと」


 ――囚われの身となった今?


「レオ、あなたが父の子ではないと、フォンティーヌ様に打ち明けられたのは、いつの話なの?」


 しまったとばかりに唇を噛み、黙り込んでしまうレオナール。そういえばリリィが以前、レオナールの寝室でまじないが使われた形跡があったと言っていた。


「まさか、パリス・メイデンが残したまじないを使って、幽閉中のフォンティーヌ様に連絡をとったのではないでしょうね?」


 沈黙がそのまま肯定を表し、「何て事を」とシルビアはうめいた。


「自分が何をしたのか、わかっているの?」

「母上は悪いことなどしていませんっ。パリスに操られていただけだっ」

「声を荒げないで」


 外にいる衛兵に聞かれたのではないかと、一瞬ひやっとしたものの、誰かが中に入ってくる気配はなく、ほっとしてレオナールに近づく。


「大きな声を出したら、夢から覚めてしまうわ」


 落ち着かせようと、そっと彼の肩に触れるが、乱暴に振り払われてしまう。


「……姉上は僕を疑っておられるのでしょう? 父を殺すよう、僕がヘルマン殿をそそのかしたのではないかと」


「そんなこと、考えたこともなかったわ」

「本当に?」


「むしろ、なぜあなたがそんなことをする必要があるのか、教えて欲しいくらいよ。あなたは将来、イヤでも即位しなければならない。ユリウスのことをライバル視しているのなら、父ではなく彼の命を狙うはずでしょ」


「……僕が王になれば、母上をお救いできる」


 ぽつりとつぶやかれた言葉が、全てを物語っていた。

 脳裏にひらめくものを感じ、シルビアは息を飲む。


「フォンティーヌ様がそう言って、あなたをけしかけたのね」


 レオナールは「違う」と即座に否定したものの、その表情は苦しげだった。


「……母上は僕の身を案じて……」


「王の本当の子ではないから? そう言ってあなたの不安や恐怖をあおり、操ろうとした。そして、あのペンダント――ああ、どうして忘れていたのかしら。お継母様がお若い頃、よくつけてらしたわね」


 ペンダントと聞いて、レオナールの肩がびくっと跳ねる。


「あのペンダントをヘルマン様に渡したのはあなたね、レオナール」


 王妃の部屋は、新たな主人を迎えることなく、そのままの状態にしてある。おそらくその部屋から彼女の所持品を持ち出したのだろう。中におさめられていた髪は、黒髪の侍女か小間使いからもらったものを、フォンティーヌの物だと偽ったに違いない。


「フォンティーヌ様に頼まれたのでしょう?」


 レオナールは力なくうなずく。


「何の意味があるのか、その時はよくわかりませんでしたが」

「そして後日、ヘルマン様があなたの本当の父親だと教えられたのね」


 だからあの日、護衛もつけずに一人で王城を逃げ出したのだ。

 突きつけられた現実の重さに耐えきれず……。


 十中八九ヘルマンは、若かかりし頃のフォンティーヌにとって、ひと時の遊び相手だったに違いない。けれどヘルマンの口振りだと、少なくとも彼は、本気でフォンティーヌのことを愛していたようだ。


 ――彼女は私に、人を愛することの素晴らしさを教えてくれました。ですが今の私には、それに見合うだけの価値がありません。


 甥のパリスを利用し、王を操ろうとした罪でフォンティーヌが投獄された際、ヘルマンは己の無力さを嘆いたに違いない。


「ヘルマン様はあなたを即位させることで、フォンティーヌ様を――愛する女性を救えると考えた。だから、父の命を狙ったのね」



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