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②‐第十四話



 医師に扮したリリィの到着により、兵士は一命をとりとめた。夜会で振る舞われた飲物に、即効性のある毒が入っていたらしく、到着が少しでも遅れていれば助けられなかったかもしれないと、珍しくリリィが弱音をこぼしていた。王に変装していた兵士は個室で治療を受けていたため、事が公になることはなく、夜会はただちにお開きとなった。


「お父様の命を狙ったのは誰? なぜガジェはこの場にいないの?」


 リリィによって、透明化のまじないが施されたマントをはおらされたシルビアは、彼女の後ろをついて歩く。すぐに公爵邸を出て店に戻るよう言われたが、父の命が危険にさらされているとわかった今、見過ごすことはできなかった。


「ご安心ください、ノーマン殿は陛下のおそばにおりますゆえ。それよりシルビア様、もう少し声を抑えてくださいまし。誰かに聞かれでもしたら不審に思われますわ」


「主催者であるバーナード公が犯人だとしても、あまりに露骨すぎるわ。おおっぴらに夜会など開いて、飲み物に毒を混ぜるなんて――叔父様がそこまで愚かだとは思えないけれど」


 不安のあまり、シルビアは夢中になってしゃべり続ける。そもそも動機が不明だと。父が死ねば、玉座を引き継ぐのはレオナールだ。


「それにユリウスは、獲物が罠にかかったと言ってたわ」


 外へ出て、人気のない場所まで来ると、リリィはようやく足を止めた。


「おっしゃる通り、この夜会は、陛下のお命を狙わんとする者をおびき寄せるための罠ですわ」


 ひと月ほど前、城下町の視察に出ていた国王は、駆け寄ってきた子どもにナイフで胸を刺されたという。相手が子どもだったため、護衛騎士も油断し、王への接近を許してしまったらしい。幸い、胸もとに入れていた懐中時計のおかげでかすり傷一つなかったが、子どもは自らの失敗を悟ると、ナイフと共にすぐさま姿を消してしまったそうだ。


「子ども?」

「十二、三歳くらいの男の子だったらしいですわ」


 レオナールやトーマスと同じくらいの子が? と耳を疑ってしまう。


「でもお父様が助かったのは、リリィのまじないのおかげでしょ?」


「……確かに懐中時計には、陛下の御身をお守りするよう、強力なまじないを施しています。ですが……私のまじないが正常に機能していたのであれば、刺される前にナイフを弾き飛ばしていたはず……」


 リリィは考えこむようにつぶやいた。


「どういうこと?」

「意図的に、まじないの効力を弱められた可能性があるということです」

「子どもは本当に一人だったの?」

「ええ、ただし、赤い瞳をしていたそうですわ」


 シルビアははっとし、リリィは憂鬱そうな顔をしている。


「獣人の血を引く子どもであれば、魔力が効かないのは道理……ですが、何か引っかかるのです。その場にノーマン殿がいれば、もっと詳しい情報を得られたのですが」


 あまりのことに呆然としてしまう。

 

「……だから私に隠していたのね」


 国王暗殺未遂は大罪だ。子どもとはいえ、死刑は免れないだろう。


「犯人を捕らえるまで情報を公にしてはならぬと、陛下が周囲の者たちに口止めなさったのですわ。もとより、陛下がお忍びで城下町におりられていることも、ごく限られた者しか知りませんし」


 一息ついて、リリィは続ける。


「獣人の血を引く子どもが、国王暗殺未遂の嫌疑をかけられたとなれば、同じ獣人の血を引くノーマン殿のお立場が危うくなるとお考えになったのでしょう。私もイツカのことを考えると……」


 それ以上言葉が続かないというように、黙り込んでしまう。


「ユリウスはなぜそのことを知っていたのかしら」


「バーナード公から聞いたのでしょう。万が一にも陛下が暗殺されたとなれば、真っ先に疑われるのは王位継承権を有する方々です。ですから陛下自らバーナード公のもとへ出向き、お話をされたのですわ」


 そしてバーナード公は自らの潔白を証明するために、息子のユリウスを領地から呼び寄せ、今回の夜会を企画したという。国王を――王に扮装した兵士を囮に、犯人をおびき寄せるために。また、身代わりとなる兵士は、ユリウスが王に似た人物を自治領から選んで連れて来ていた為、仮面で変装させる程度で済んだらしい。


 それで仮面舞踏会にしたのかと、シルビアは納得した。まじないを使って王に化けても、獣人相手では見抜かれてしまうからだ。


「陛下は最後まで、身代わりを立てることを反対していらっしゃいました」


 だからこそリリィは時間をかけて、王に対するものと同等の、強力な護身のまじないを身代わりの兵士に施したという。そして彼が身代わりであることを知っているのは、当事者である父を含め、バーナード公とユリウス、リリィとガジェの五人だけらしい。


「では、ヘルマン様や護衛の騎士たちにも知らされていないのね」


「ええ。敵をだますにはまず味方からだと、ユリウス様が強くおっしゃるもので……最終的に陛下も納得されたようでした」


 父がお忍び先で襲われたことを考えれば、ユリウスが王の周りにいる人間を警戒するのもうなずける。


「それで私をこの夜会に招待したのね」

「正確には、餌となる情報を与えたのですわ」

 

 ユリウスが自分のことを王の愛人だと思いこんでいる以上、犯人に王の情報を横流ししていると疑われても、仕方がないのかもしれない。


「公爵邸で陛下が命を落とせば、バーナード公に疑いの目が向けられるのは必至。ユリウス様もそのことを考慮した上で、犯人は必ず現れると踏んだのしょう」


 そして王の身代わりとなった兵士は、毒を飲まされ、倒れた。


「でも、赤い目をした子どもなんて、どこにもいなかったわ」


 いくら仮面をつけていても、大人たちの中に子どもが紛れ込んでいれば目立つはずである。リリィも考え深げに目を伏せた。


「ですが、現に護身のまじないが効かなかったわけですから……」


 まじないが正常に機能していれば、仮に毒を飲んだとしても、体内で浄化され、命に危険は及ばないとリリィは言った。


「犯人は獣人ではなくて、獣人のふりをしたまじない師かもしれないわ」


「その可能性は私も考えましたわ。まじないの効果を一時的に無効化する術が使われたのではないかと……あれは人体に直接術を施すため、私たちまじない師でも気配を感知することができません」


「だったら……」


「ですがあまりにリスクが高すぎる、禁忌の術です。本来、私たちまじない師は、命あるものに直接、文字を刻むことはしません。文字を刻まれた者は、まじないの効果が発動するたびに激痛に襲われ、この世のものとは思えぬ苦しみを味わうからです。そそぎ込まれた魔力に対して、肉体が拒絶反応を起こすのですわ。ですから、媒体となる物体が必要となるのです」


「まじない師が自分の身体に術を施したとしても?」


「拒絶反応こそ起こしませんが、代わりに命を削られ、肉体は短期間のうちに衰弱し、死に至る――昔、師から教わりましたわ」


 物憂げな表情を浮かべ、リリィはため息をついた。

 

「でも、リリィ――」

「お静かに」


 しっと指を立てられ、背後から近づいてくる足音に気づいた。


「――ジェイトン卿、こちらにおられましたか」


 現れたのはユリウスだった。バーナード公が執務室で待っていると、リリィに知らせに来たらしい。彼は焦りをにじませた表情で辺りを見回すと、


「ところで話は変わりますが、淡い紫色のドレスを着た、銀髪の女性を見かけませんでしたか? 黒いレースの仮面をつけた――」


 リリィは優雅に首を傾げると、


「そういえば先ほど、そのような女性とすれ違ったような……」


 ユリウスの顔色が変わった。その女性がどこへ行ったのか訊ねられたリリィは、「迎えの馬車が来て、乗っていかれましたけど」と怪訝そうに答える。


「もしや、その女性が陛下の飲み物に毒を……?」

「いえ、彼女はこの件には無関係です」


 断言しつつも、ユリウスの声に力はなく、彼はリリィを促すように歩き出した。



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