第五話
苗は驚くほど急速に育ち、広がっていった。間違いなく、宮廷まじない師がほどこしたまじないの効果によるものだろう。種も瞬く間に芽を出し、急成長していく。植え付けからわずかひと月足らずで収穫期を迎え、シルビアはわくわくしながら摘み取ったハーブでお茶を入れた。
まずはフレッシュな状態で、試飲してみる。入れ方は簡単で、ポットに適量のハーブをいれて、お湯をそそぐだけだ。ポットの上に布製のカバーをかぶせ、砂時計が落ちきるまで蒸らしたら、カップに注いで出来上がりである。ミントティーはすっきりとした味わいで、青紫色のマロウティーは色合いが美しく、カモミールティーは良い香りがして、気持ちを落ち着かせてくれる。中には、独特の苦みがあったり、香りが強すぎたりするお茶もあったけれど、そこは蜂蜜をたらして甘みをつけたり、レモンをくわえたりして、飲み易くなるよう工夫すれば問題ないと感じた。
もう何杯目かわからないハーブティーをすすりながら、色鮮やかな花々と緑溢れる庭園を見回して、シルビアはうっとりと目を細めた。
――ああ、幸せ。
外で飲むお茶がこんなに美味しいなんて、知らなかった。
気持ちのよい風とぽかぽか陽気に誘われて、つい、うつらうつらしてしまうけれど、継母の息がかかった侍女に嫌みを言われることもなければ、目を離した隙に、お茶に塩を混ぜられることもない。いつも気を張っていたお城での生活が、今では遠い日の出来事のように思える。――明日からドライハーブを作って……今夜の夕食は何にしようかしら……そうだ、お茶うけ用にお菓子も作らなくちゃ……。
半分夢の中にいるせいか、考え事がまとまらない。この店に来てからずっと、祖父が自分を見守ってくれているような気がして、シルビアは椅子にもたれかかると、安心して眠りについた。
……
それから毎日のように庭仕事とドライハーブ作りにいそしみ、時々、お菓子づくりにも精を出しつつ、シルビアはのんびり開店の準備を進めた。店名は一目見てわかるように「自家製ハーブティーの店」にした。お茶用のドライハーブの販売がメインだけど、試飲用とはいえ、店内でゆっくりお茶の時間を楽しんでもらいたいので、座り心地の良い椅子やテーブルも用意した。天気が良い日は裏庭も開放する予定だ。
メニュー表も作ってみた。お客さんが見やすいよう、ハーブティーの種類名の横に効能と値段を表記する。一番頭を悩ませたのは販売価格で、トーマスに相場を調べてきてもらい、それよりも安めの値段を設定した。誰かのためというより、自分のために作ったような店だけど、シルビアは満足だった。
案の定、開店してもしばらくは客が来ず、閑古鳥が鳴いていた。市井の暮らしぶりを見るために作られた店だけあって、繁盛するまじないまではかけられていないようだ。
「このあたりは、ただでさえ人通りが少ないですから」
同情してくれたトーマスが、廃材で可愛らしい木製の看板を作ってくれたので、それを入り口の目立つ場所に置いた。すると、ぽつぽつと客が入り始めた。嬉しかったのは最初だけで、実際はお客とどう接すればいいかわからず、戸惑うことのほうが多かった。
暇さえあれば母の日記を読みふけり、商売のいろはを学んだつもりでいたが、現実はそう甘くはないのだと実感した。見かねて手伝いにきてくれたトーマスが、色々とフォローしてくれるおかげで、かろうじて体面を保っているというのが現状だ。
「シルビアさん、とりあえず肩の力を抜きましょうよ」
商売に関しては、先輩であるトーマスにも苦笑混じりに言われてしまい、恥ずかしくなってしまう。
お客を前にすると緊張してしまい、思うように喋れないシルビアだったが、回をこなすごとに慣れてきて、次第に会話もスムーズにできるようになっていた。とあるお客さんに、おすすめしたハーブティーを気に入ってもらえて、その品種のドライハーブを買ってもらえた時は、嬉しさのあまり涙が出てきたほどだ。
――生まれて初めて、お金を稼いだわ。
少しずつ、無理をしない範囲内で商売をし、日々の仕事を楽しみながらこなしていく――こんな平穏な日々がいつまでも続けばいいと思っていた矢先、彼が現れた。
「いらっしゃいませ」
裏庭で摘んだ花をテーブルの上に飾っていたシルビアは、入り口に目を向け、息を止めた。扉を開けて入ってきたのは、褐色の肌に赤い瞳をした騎士――ガジェ・ノーマンだった。




