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第四話



 少年はただのビラ配りではなく、便利屋トーマス本人だった。学校が休みの日だけ、趣味と実益を兼ねて何でも屋の仕事をしているという。

 

「ここって、昔は花屋でしたよね。今は何をやってるんですか?」


 外だと人目があるため、とりあえず中に入ってもらったものの、トーマスは入り口のそばから動かなかった。お客とはいえ、お互い初対面だし、警戒しているのかもしれない。お城でも、下働きしている少年はたくさんいたので、トーマスのように、学校に通いながら仕事をしている子どもは珍しくなかった。

 

「それをこれから考えるのよ」


 買って来て欲しいものを書いたメモと一緒にお金を渡すと、トーマスは何も訊かずに、外へ飛び出していった。あのまま、お金だけ持ち逃げされてしまうかもしれないという不安もあったものの、持ち逃げされたらされたで、勉強料だと思えばいいと、割り切っていた。


 しかし心配は杞憂に終わり、トーマスは小一時間ほどで戻ってきた。焼きたてのパンに、卵とミルク、じゃがいも、にんじん、タマネギ、バター、チーズ、塩胡椒、小麦粉など、買い忘れは一つもなく、シルビアは内心ほっとした。卵も割れていないし、瓶に入ったミルクも濃厚で新鮮そうだ。ちゃんと良い物を選んでくれている。


「お釣りはとっておいて」

「だったらお代は結構です」


 トーマスのことを気に入ったシルビアは、週に二回は必ずうちに立ち寄るよう、彼に約束させた。トーマスは礼儀正しく頭を下げて、店から出て行く。これで食料が尽きる心配がなくなった。思う存分、庭仕事に集中できると、シルビアは喜んだ。


 育てるものを決める前に、まずは庭の手入れをする必要があった。庭に生えている草は雑草がほとんどだったが、中には祖父が育てていたらしき花が埋もれていて、それらを慎重に掘りおこして植え替え、一カ所に集めた。祖父が残してくれた花は薔薇も含め、どれも美しく咲き誇り、シルビアの目を楽しませてくれた。幸い、庭には害虫除けのまじないがほどこされているらしく、花には虫一匹ついていない。


 庭仕事が終わると、次は食事の準備だ。その日の夜はシチューを作り、パンと一緒に食べた。途中でかき混ぜるのを忘れてしまい、鍋の底が焦げついてしまったけれど、美味しかった。


 翌日も庭仕事に精を出す。かなり空きスペースができたので、早速トーマスに頼んで、植物の苗と種を買ってきてもらうことにした。シルビアはお茶好きなので、単純にお茶として飲める植物を育てたいと考えていた。美容と健康に良ければなおのこといい、ということで、母の日記を参考にしつつ、ハーブを育てることにしたのだが、


 ――品種は何がいいかしら。


 お茶として飲んだ時に得られる効能を、紙に書き出しながら、種類を決めていく。タイムとカモミールには老化を防ぐ効能があるし、ローズマリーには消化を促す効能があるようだ。安眠や頭痛に効果的なハーブも気になる。ローズマリー、ミント、タイム、カモミール、スイートバイオレット、レモングラス、スイートバジル、ラベンダー、マロウ……などなど。


 知識はあっても、しょせんは素人のやることだから、きっとうまくいかないでしょうね、とは思うものの、とりあえずやってみないとわからないし、時間はたっぷりあるしで、シルビアは張り切っていた。


 トーマスはわざわざ荷車を用意してくれて、大量の苗と種を買ってきてくれた。


「何の店をやるのか、決めたんですね」

 

 自家製のハーブティーを作るつもりだと言うと、トーマスは苗を室内に運び込みながら、「お茶屋さんをやるんですか」と不思議そうな顔をする。


「そう、なるのかしら」


 試飲用にフレッシュハーブティーを無料で提供しつつ、気に入ってもらえれば、お茶用のドライハーブを買ってもらう――なんて、うまくいかないかもしれないけれど、


「繁盛したら、ぜひ僕にも手伝わせてください」


 シルビアは微笑み、「トーマスのほうこそ、仕事はどんな感じなの? 学校との両立は大変じゃない?」と聞き返すと、彼は「あー」と決まり悪そうに視線をそらした。それから答えをはぐらかすように、


「そういえば、アマーリエ王女が病で亡くなられたという噂、ご存じですか?」


 思わずどきっとしてしまったものの、平静を装い、「いいえ」とかぶりを振った。「ただの噂でしょ」


 しかしその数日後、国王が帰国すると同時に、第一王女アマーリエ・ルドヴィカ・シルビニアの死は公のものとなった。死因は病死で、王族による葬儀が大々的に執り行われた。第二王女は無事隣国の王子と婚約を果たし、喪があけ次第、婚儀を執り行うという。


 トーマスの世間話に耳を傾けながら、シルビアはほっとしていた。どうやらガジェ・ノーマンがうまくやってくれたようだ。死体もないのに自分を殺したと信じこませるなんて、よほど王妃から信頼されているのだろう。父王も自分の死に、不信を抱いていないようだし。


 ――これでめでたしめでたし、よね?


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