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第二十七話



 ――いつまで、気絶したふりをしていればいいのかしら。


 リリィが継母とパリスを足止めしてくれているとはいえ、時間を無駄にするわけにもいかず、シルビアは思い切って目を開けた。

 

「目を覚ましたのか、アマーリエ」


 ただ名前を呼ばれたことが、震えるほど嬉しくて、しばらく、まともに口をきくことができなかったほどだ。見れば、いつの間にか長椅子に寝かされている。慌てて上体を起こして座り直し、しゃんと背筋を伸ばした。父は向かい側の椅子に座ると、「それで」と口を開く。


「おまえには色々と聞きたいことがあるのだが、その前に、これまでのことを謝らなければ……」


 これ以上の謝罪は必要ないし、時間もない。「お父様」と父の言葉を遮り、シルビアは強引に本題に入った。

 

「恐れながら、お願い申しあげます。ガジェ・ノーマンの死刑をとりやめ、ただちに彼を解放してください。彼があのような行動をとったのは、私のせいなのです」


 その瞬間、父の目に鋭さが戻り、為政者としての顔をのぞかせた。


「……レイド国で手に入れた、まじないを無効化する男のことか。フォンティーヌがえらく気に入っていたのは知っているが、おまえと何の関係がある?」


「私が生きて、ここにいるのは、あの人のおかげだからです」


 シルビアはこれまでの経緯を、できるだけ簡潔に父に伝えた。

 父は「信じられん」と繰り返し漏らしていた。


「つまりあの男は、おまえを守るためにフォンティーヌを襲ったと? それを裏付ける証拠や証言はあるのか」


「ではお父様は、本当に彼がフォンティーヌ様と心中を図るつもりだったとお思いですか? すぐに癇癪を起こして、罪のない使用人たちに当たり散らすあの方に、それほどの魅力があるとは思えませんが」


「……アマーリエ」


 苦虫を噛み潰したような顔でたしなめられて、言い直す。


「情報源は以前私に仕えていた小間使いのジョスリンです。ですが、家族を人質にとられているため、証言はできないでしょう。リリィ・ジェイトンでしたら――」


 そこで父は驚いた声をあげた。


「ジェイトンが戻ってきているのか?」

「はい、お父様」

「今までどこにいて、何をしていたのだ」

「それを今からご説明いたします」


 話が終わると、父は長い息を吐いた。


「おまえやジェイトンの言葉を疑うわけではないが、にわかには信じられん。何より、フォンティーヌがそれを認めんだろう」


「では、私が病死したと、陛下に嘘の報告をした件については……」


 シルビア自身、このことを喜んでいたため、強くは言えなかったが、父は痛いところを突かれたように、頬をゆがめた。第一王女の死について、当時の父は何の疑問も抱かず、全ての儀式を王妃に取り仕切らせていたらしい。葬儀の最中も記憶が曖昧で、気づけば全てが終わっていたという。


「わたしのそばには常にパリスがいた。あやつが何かよからぬ術を使った可能性がある。この件については、パリスも含めてフォンティーヌを追及し、必ずやおまえの名と身分を復活させると約束しよう」


 身分の復活など、シルビアは望んでいなかった。それと引き替えに、ガジェ・ノーマンを無罪放免にして欲しいと懇願するが、


「それはできぬ」


「なぜ」とシルビアは叫んだ。「私怨のために他者を脅し、暗殺を強要させるような女など、刺されて当然ではありませんか」


「落ち着きなさい、アマーリエ。おまえの言っていることが全て事実であれば、フォンティーヌは大罪人だ。それ相応の罰を受けることになる。しかし現時点で、それを証明することは難しい。仮にジェイトンが証言したとしても、おまえと共謀して王妃を陥れようとしているという意見も出てくるだろう。暗殺騒動はおまえの自作自演だと」


 そんな――とシルビアは唇を噛みしめた。


「だったらせめて、刑の執行を延ばしてください」


「フォンティーヌの一件は、あの男が勝手にやったことで、おまえが命令を下したわけでも、頼んだわけでもなかろう。なぜそこまで……」


 父はため息をついて続けた。


「死罪は免れぬと、あの男も承知していたからこそ、おまえに自身の心のうちを明かさなかったのではないのか。自責の念に駆られる今のおまえを見て、やつが喜ぶと思うか?」


 ――あの人の考えていることなんて、誰にもわからないわ。


 だからこそ、もう一度会いたい。会って、話がしたいのに。

 

「どうかリリィ・ジェイトンをこの場にお呼びください、お父様。証拠なら、彼女が必ず見つけ出してくれます。あとは……」


 その時だった。突然、大きな音を立てて扉が開き、パリスが現れたのは。シルビアの姿を認めると、「ここにおったのか、亡きアマーリエ王女の名をかたる不届き者めが」と、真っ青な顔で近づいてくる。


「陛下、騙されてはなりません。この者は、まじないの効果で姿を変えているだけの、偽者です」


 まっすぐシルビアを指さして、パリスは言った。


「まじない師である私には、おまえの本当の姿が見えているのだぞっ」


 震える声で言われても説得力に欠けると、シルビアは冷めた目で相手を見返す。とんだ茶番だが、一方で、父がパリスの言葉を信じないか、不安でもあった。


「……ギルバート、この名に聞き覚えはあるか?」


 唐突に王に問われたパリスは、慌ててひざまずくと、「かつての近衛騎士団長ギルバート・サイラス様のことでございましょうか。数年前に、大病を患ってお亡くなりになられましたが」とすぐさま答える。


「そう、わたしの剣の師でもあった人の名だ。若い頃、よくお忍びで城下町へ連れ出してくれた。王城にこもってばかりでは、人として成長できないと言われてな。そしてレイシアに出会った。彼女に名を訊ねられた私は、身分を隠そうと、咄嗟にギルバートの名を借りた」


「はあ……」


 パリスは一体何の話をしているのかと怪訝そうな表情を浮かべている。


「死者しか知らない情報を、なぜこの娘が知っていたのか、おまえには説明できるのか? この娘は先ほど、わたしのことをギルバートと呼んだのだぞ。死者を蘇らせるまじないはこの世に存在せぬと、おまえは以前、わたしに言ったな」


「で、でしたら、なおのこと怪しいではありませんか。どこでその情報を手に入れたのか……陛下がお命じくだされば、私がまじないでこの者を……」


「おまえと話していても埒が明かぬ。今すぐこの場にリリィ・ジェイトンとフォンティーヌを呼んでまいれ」


 パリスの顔色がますます悪くなった。


「以前もご報告申し上げたと思いますが、ジェイトン氏は未だ行方をくらましておりまして……」


「つまらぬ隠し立てはよせ。リリィ・ジェイトンがこの城に来ていることはわかっているのだ。それとも王であるわたしの命がきけぬと、おまえは言いたいのか?」


「で、でしたら、ただちに確認してまいります」


 パリスが退室した直後、


「シュトライツっ」


 父の声に応じて、衛兵の一人が部屋に入ってきた。シルビアに気づいて一瞬だけ目を丸くしたものの、余計なことは言わずに、その場にひざまずく。


「お呼びでしょうか、陛下」

「すぐさまパリスの後を追い、奴を見張れ。気づかれぬようにな」

「仰せのままに」


 衛兵は一礼し、すぐばやく部屋の外へ飛び出していく。シルビアは立ち上がり、床に落としてしまったマントを拾うと、父に向かって口を開いた。


「お父様、いえ、陛下、少しだけお時間を頂きたいのですが」

「どこへ行く? ガジェ・ノーマンに会いに行くつもりなら……」

「久しぶりに、妹の顔を見ておきたいと思いまして」


 そういうことか、とつぶやき、父はうなずく。


「では、ソフィーヌもここへ連れてきなさい」

「ありがとうございます、陛下」


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