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第二十四話



 まじない師の実力は、術の知識量や正確性に左右されるところもあるが、たいてい、生まれながらの魔力の保有量で決まると言われている。リリィ・ジェイトンは、王国にわずか五人しかいないまじない師の一人であり、前国王にその実力を認められ、若くして宮廷まじない師にまで上り詰めた逸材である。


 祖父が亡くなってすぐ、リリィは姿を消したのだが、彼女が今ままでどこにいて、何をしていたのか、シルビアは知らなかった。護身用のまじないが発動したことで、術者である彼女が現れたというのは、なんとなくわかるが、


「いったん、私の隠れ家においでください、姫様」

「でも……お父様に会わなければ……」

「どのみち、ここから中に入ることはできません」


 継母が甥のパリスに命じて、王城の出入口という出入口に第一王女の侵入を防ぐまじないをかけていると聞き、シルビアはあきれた。


「でも、なぜそれを……」


「ノーマン殿からの情報ですわ。詳しいことは後で説明しますから、応援をよばれる前に、ここを離れましょう」


 衛兵らの視界が完全に元に戻る前に、シルビアはリリィの後について、その場を離れた。


 ……


「マザーの正体はリリィだったのね」


 連れて行かれた先は、住宅街にある貴族の邸宅のようなお屋敷で、広い庭では数人の子どもたちが遊んでいた。孤児院と聞いた時は、もっと堅苦しい施設のようなものを想像していたのだが、ここは違うようだ。どこか家庭的で、落ち着ける空間になっている。無償で手伝いに来てくれているという近所の奥さま方に挨拶しつつ、二階の執務室に案内された。


「正確には、マザー代行ですわ。元はジュリア様が始められたことなので」

「おばあさまが?」


「ジョージ様が花屋の店主をおやりになるなら、ご自分も何かやりたいとおっしゃられて……ジュリア様がお亡くなりになられた後、不肖ながら私があとを引き継ぎましたの。この館の者たちは誰も私の正体に気づいていませんわ。イツカ・ベルタは別ですけれど」


 ジョージは前国王であった祖父の名である。祖母は正体を隠しつつ、私財を投じて「子どもの館」を創設し、自ら率先して、将来を担う孤児たちの育成に力をそそいでいたそうだ。シルビアがまだ幼い頃に亡くなってしまったため、祖母との思い出はほとんどなかったものの、それを聞いて、胸が温かくなった。


「それより教えて。なぜ王城から――私の前から姿を消したの?」


 リリィは用心深く扉を閉めると、あらためてシルビアに向き直った。


「フォンティーヌ様に、姫様の暗殺を命じられたからですわ。すぐ、陛下にそのことをお伝えしようとしたのですが、直前で気づかれてしまい、ノーマン殿に捕縛されてしまいました。彼にまじないは効きませんから、さすがの私も逃げることが出来ず……」


 そのまま、口封じのためにリリィを殺せと、王妃はガジェに命じたらしい。


「ですから、私や姫様に手を出せば、王太子殿下は一生お目覚めにならないだろうと申し上げました」


 こうなることを予測し、前もって異母弟に眠りのまじないをかけていたようだ。王妃がヒステリーを起こした隙にリリィはその場から逃げ出し、この館に身を隠していたという。しかし、いくら助かるためとはいえ、長期にわたって、まだ十二歳の王太子を人質にとることはできず、三日後にまじないを解除したらしい。最愛の息子が目覚めると、王妃は再びガジェにリリィの行方を追わせたらしいが、


「ええ、ええ、あっさりこの場所を突き止められましたわ。ノーマン殿の、魔力を感知する能力の高さは、私たちまじない師にとっては脅威としか言いようがありません」


「でも、彼はあなたを殺さなかった……」

「イツカ・ベルタのおかげですわ」


 シルビアに椅子に座るよう勧めると、リリィは部屋の奥にある小さな台所でお茶を淹れ始めた。


「ノーマン殿がここへ来た時、偶然あの子が居合わせたんですの。私を守ろうとするあの子を見て、激しく動揺しているようでした。昔の自分の姿が重なったのだと、後になって教えてくれましたが」


 彼と同じ、獣人の血を引くイツカの存在が、ガジェに、他人に対する興味を抱かせたらしい。獣人について、知っていることを全て教えてくれれば見逃すと、彼のほうからリリィに交換条件を持ちかけてきたという。


「おかげで、姫様とこうして再会することができました。王城には、私がほどこしたまじないがまだいくつか残っていますし、姫様の動向には常に目を光らせておりました」


 テーブルの上に運ばれた、赤い薔薇模様のティーセットを見て、イツカはこの模様を写し取って刺繍にしたのねと、シルビアは微笑んだ。


「私もイツカも、姫様の作るお茶の大ファンですのよ」


 今淹れたカモミールティーも、シルビアの店のドライハーブを使っていると知って、「いつの間に」と驚いてしまう。そういえば先ほど、無償で手伝いに来ているというご婦人方の中に、見覚えのある人がいたようないなかったような……。


「私が城を出た後のことは、ガジェから訊いたのね」


 一口お茶を飲んで、リリィは苦笑まじりに言った。


「姫様がお亡くなりになられたと、風の噂を耳にした時に問いつめましたわ。よもや素直に話してくれるとは思いませんでしたけれど。どうやら、ミイラ取りがミイラになったようですわね」


 シルビアもカップに口をつけて、ほっと息をついた。優しいお茶の香りが、こんな時でも気分を落ち着かせてくれる。


「元々、フォンティーヌ様の計画がうまくいくとは思っておりませんでした。ノーマン殿はやる気がないようでしたし、私も阻止するつもりでしたから」


 だからイツカ・ベルタをうちの店の寄越したのかと、シルビアは首を傾げる。イツカもそれがわかっていたからこそ、自分に懐いてくれたのか。


「でもまさか、ノーマン殿があそこまでなさるとは……」


 シルビアは熱いのもかまわず、一気にお茶を飲み干すと、


「リリィ・ジェイトン」


 とあらためて彼女の名を呼んだ。


「元宮廷まじない師であるあなたにお願いします。どうか私に力を貸して。私はどうしても、お父様に会わなければならないの」


「……逃げるつもりはないのですね」

「リリィだって、ここを離れるつもりはないのでしょう?」


 リリィはじっとシルビアを見返すと、ふふと笑みを浮かべた。

 

「ええ、姫様。ともに戦いましょう」


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